正義の味方参上!
-1-《正義の味方参上!》
昼下り。大きなステンドグラスの窓のある両階段の踊り場に、その男は立っていた。男の年齢は40代半ばほど、白髪交じりの髪に無精髭を生やし、上下水色の作業着を着ている。彼の右腕には白いドレスの女が拘束されており、彼は彼女にナイフを突き付けながら、階段の下の群衆に叫ぶ。
「 篠田を出せ! こいつがどうなってもいいのか! 」
拘束されている女性は泣きそうな声で助けを求めた。
「 だ、誰か……。助けて…… 」
だが、階段の下にいる正装を纏った人間たちは顔を見合わせるばかりで誰も動かなかった。
要求を無視された男は激高して言う。
「 そうか、出すつもりはないんだな! なら宣言通りコイツを殺してやるっ! 」
そして、宣言通りにナイフを持ち上げて女性を刺そうとした。その瞬間、
「そこまでだっ!」
という声とともにステンドグラスを派手に割って何者かが洋館に飛び込んできた。男は思わず振り向いて手を止め、群衆もその視線を飛び込んできた何かに向ける。
そして、群衆のひとりが大きな悲鳴をあげた。それもそのはず、ナイフを持つ男から数メートル横に着地したそれは、一見、人のような形をしていたが、人ではなかった。
筋肉質なその体は白い毛皮に覆われ、背中には床につくほど大きな蝙蝠の翼がある。ホルゾイのような頭には、両目を隠す髪の毛のような長い毛と二本の湾曲した黒い角が生えている。
白い異形はゆっくりとライオンの様な尻尾を揺らすと、唐突に出現した30センチ程のブラックホールの中から10歳程度の人間の子供を掴み出して、自身の鋭い爪を子供に突きつけて怒鳴る。
「 弱い者を盾にする卑怯者め! 人質を解放しろ! さもないと、お前の息子の命がないぞ! 」
そして、言葉の直後に群衆の中から飛んできた銃弾に脳天を撃ち抜かれて、その場に崩れ落ちた。
群衆が銃声のした方に視線を向けると、そこには拳銃を右手に構えたスーツ姿の男が立っていた。
「 悪党はお前だろ 」
男は二十代後半くらいで黒髪短髪、身なりはそれなりに整っているが、目つきは悪く粗暴な印象を受ける。彼は子供が逃げたのを確認すると倒れた異形に言う。
「 事件連絡が入って来てみれば、器物破損に誘拐、恐喝……。連絡にない犯罪が増えてるじゃねぇか 」
すると、彼の言葉に呼応するように、踊り場の方から若い女の声がした。
「 先輩の無許可発砲で4つ目ですね 」
群衆が声のした方を見ると、ナイフ男が後ろ手に手錠をかけられていた。手錠をかけているのは黒いスーツを着た茶髪でボブヘアの女性である。
群衆の中にいたタキシードの男はおずおずと目付きの悪いスーツの男に尋ねる。
「 あの、あなた達は……? 」
スーツの男は拳銃をホルスターにしまうと、代わりにスーツのポケットから縦開きの皮手帳を取り出して、群衆に手帳の中を見せた。
「 見ての通り警察だ 」
皮手帳は警察手帳で、中には男の顔写真が貼られていた。写真の下にある名前は八代誠二である。犯人を取り押さえている女性も彼に合わせるように手帳を開いて此方に見せる。女性の方には神崎栞という名前が記されていた。
タキシードの男は倒れた異形を指さして尋ねる。
「 え? じゃあ、あの化け物も警察……? 」
誠二は無表情で否定した。
「 いや、知らない生物だ 」
すると、先程撃たれたはずの異形が急に起き上がり、大声で喚く。
「 誠ちゃん酷い!僕たち友達じゃないか! 知らないなんて、ボク傷ついちゃう! 」
タキシードの男は目を丸くして声を上げた。
「 うわ! 生き返った!? なんなんだコイツ! 」
異形は目を丸くしてタキシードの方を見ると、驚きの籠った口調で話す。
「 ええ!? 君まで僕のこと忘れちゃったの!? 仕方ない、聞き飽きたと思うけど自己紹介してあげよう! 」
そして、異形はタキシードの男の方を向くと、姿勢を正して口上を始めた。
「 僕は、「目隠しで真理を謳う愚者の集」、「他者を犠牲に自己を肥やす権威者」、「抗うことを忘れた臆病者」。そんな絶望をからっと嗤うサイテーでサイコーな悪魔、アドラキア・メネトさ! 」
タキシードの男は困惑して呟く。
「 悪魔……? 」
それと同時に洋館の観音開きの扉が勢いよく開かれた。開いた扉から現れたのは武装した警官隊である。
警官隊の中央には護られるように初老の男がいる。彼は白くなった髪を額が見えるようにぴっちりと頭の上にまとめており、着ている紫のスーツもかなり立派なものだ。男の姿を見て声を上げたのは人質になっていた白いドレスの女性だった。
「 パパ! 来てくれたのね! 」
白髪の男は片手を上げて応答すると、隣に立つふくよかな男性警官に話しかけた。
「 ふむ、娘は無事か。命びろいをしたな、署長。もし娘に怪我のひとつでもあったら、君の地位は崩れていただろう 」
話しかけられた警官、夜喰署署長の米田広文は渋い顔で「 申し訳ありません 」と頭を下げる。白髪の男は不満げだったが、娘にもう一度呼ばれると娘の方に向かって歩いていった。
残された米田は近くにいた赤いドレスの女性に確認する。
「 事件を解決したのは誰ですか? 」
女性は踊り場を指さして答える。
「 それなら踊り場に……。ってあれ? 」
だが、示された踊り場には手錠のかかった男が一人と、それに駆け寄る子供が居るのみだった。女性は目を丸くして言う。
「 いない。悪魔も居なくなってる! 」
その言葉に反応したのは踊り場に向かう階段で娘を抱きしめた白髪の男だった。
彼は割れたステンドグラスの向こうを見つめて神妙な面持ちで呟く。
「 悪魔…… 」
※
一方その頃。誠二と神崎は車で住宅街を移動していた。運転席には神崎、助手席には誠二が乗っている。二人のいる車内に荒い口調の無線が響く。
『 強盗犯は白いバンで東通りを逃走中、付近の捜査員は東通りへ急行せよ! 』
誠二は無線の音量を落として、隣の神崎に言った。
「 まったく、事件が解決したと思ったらまた事件……。物騒な街だな。それに、この騒ぎ方はまた《寄付連合》絡みか? 」
神崎はフロントガラスの方を見たまま言葉を返す。
「 そうでしょうね。民間からの通報なら全捜査員への連絡なんてありませんよ 」
誠二は忌々しそうに呟いた。
「 警察は未だにアイツらのもの、か。《あの事件》は終わってないんだな…… 」
すると、その呟きを遮るようにフロントガラスの上部から、前方を覆い隠す格好でラキアがぶら下がってきた。
「 ちょっとぉ! 二人共、どうしてボクを置いてくのさぁ! 」
いきなり視界を失った神崎は、思わず急ブレーキをかける。
「 きゃっ!? 」
車の上にいたラキアは前に大きく吹き飛び、後ろからはドスンという大きな衝撃を感じた。誠二は窓を開けて前方のラキアを怒鳴る。
「 お前っ! 事件現場で暴れた次は交通妨害かよ! いい加減にしろよ! 」
神崎は暫し放心していたが、我に返ったように誠二に言った。
「 追突した後ろの車は大丈夫でしょうか!? 私、見てきます! 」
彼女は慌てて運転席の扉を開けて車外に出ようとする。すると、その瞬間、空いた扉の外から手が伸びてきて神崎の額にライフルの銃口が突きつけられた。
ライフルの銃口を向けているのは黒いローブに身を包み、フードを目深に被った人物である。フードの両耳あたりには白い色で羊の角のような模様が大きく描かれており、何かの装束のようだ。
神崎が両手を挙げて投降を示すと、銃を突きつけている人物の後ろからもう一人、フードを目深に被った黒いローブの人物が現れた。その人物は女性の声で言う。
「 ……まさか、私達がカネを別の車に載せ替えたのに気づくとはねぇ。警察も中々やるじゃないか 」
そして、ゆっくりと神崎に歩み寄ると、神崎の顔に自分の顔を近づけて薄気味悪い笑顔を向けた。
「 だが、残念だったね。私達の方が上手だよ 」
ほんの短い沈黙。
神崎が口を開こうとするのと同時に、黒ローブの女の後ろから、男の悲鳴が響いた。
「 うわぁっ! 」
悲鳴の方ではライフルを持った黒ローブが誠二に首を締められていた。男がライフルを地面に落とすと、誠二それを車の下に蹴り飛ばして、黒ローブの男を盾にして言う。
「 残念なのはお前たちの方だ。相手が一人だと思ったか? 」
黒ローブの女は苛立った表情で誠二を見つめた。神崎はその隙を見逃さず黒ローブの女の腕を掴み、それを後ろ手に回す。
「 もう逃げられませんよ! 大人しく投降しなさい 」
ローブの女は暫く沈黙していたが、ある時、居直ったように「はぁ」と短いため息をついた。彼女は小さく口を動かして何かを《囁く》。最初はよく聞こえなかったが、理解しようと口の動きを思い出すと次第に意味が分かった。
『 手を離しなさい 』
彼女は確かにそう言っていた。
その声はどこか聞き覚えのある声で、誠二は直ぐに違和感に気がつく。
( ……!? 身体が勝手に……! )
自分の意志に逆らうように腕から力が抜け、黒ローブの男が開放される。明らかに《操られている》感覚。
( ……これって、まさか )
それは初めて感じたものだったが、確かに知っている状況だった。目の前では、神崎に押さえつけられていたはずの女も開放されている。
自由になった男は這いつくばって車の下のライフルを拾うと、今度は誠二に銃口を突きつけた。ライフルの男は黒ローブの女に言う。
「 流石は救済者様だ。彼らをどうしますか? 縛り上げて人質にでもしますか? 」
女は首を横に振った。
「 いいや、人質なんて必要ないよ。私達は《正義》のために動いてる。汚い真似なんて不要さ 」
それから、ニコリと口を動かして言う。
「 ただ、お仲間に今後の行動を報告されるのは厄介だね。それについての対策は講じさせて貰おう 」
神崎は女の方を見て聞く。
「 私達をどうするつもりですか? 」
女は答えた。
「 なに、心配はせずとも悪いようにはしないよ。私達は《正義の味方》なんだから 」
《つづく》
<次回予告>
連絡を受けた佐藤は病室へと駆け込む。そこにはベッドに横たわる父と、父に寄り添う麺子がいた。父は足を折っただけらしく元気そうだったが、自分の経営する店の今後が心配になったらしく、佐藤は唐突に「店を継いでくれ」と頼まれる。佐藤は勢いに負けて実家のラーメン屋を継ぐことになったが……?
「老舗ラーメン繁盛記」第1話
「突然ですが二代目です!」
次回もお楽しみに!




