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3

 セインは同じ話をふたたび持ち出そうとはしなかったが、口数が目に見えてへったことからみても、納得したわけではなさそうだった。

 エシアを苦しめている母国のやりようを、許すことができずにいるようだ。


 黙っている彼の背中をみつめながら、ここにリュートがあればどんなによかっただろうと、姫は思った。そうしたら、美しい旋律が何よりも彼の心を伝えてくれるのに──。


 ふたりがすすんでいる田舎道は明るくのどかで、今度こそ追手も来ないだろうと思えるようなおだやかさだった。

 木陰で休んでいるとき、姫はふと従者の背中に手をのばし、さらさらと長い銀髪を細い指先ですくいとりはじめた。


「姫さま」

ややあって、セインがかたい声で言った。

「何をなさっているのですか?」

「みつあみをしているのよ」

「………」

「だって、たいくつなんですもの。あなたがお話してくれないから」

「……お手が汚れますよ」

「大丈夫よ、とてもきれいな髪ですもの。金髪も嫌いではないけれど、銀の髪は昔からわたしのあこがれだったわ」


 しばらくの間、姫は無言で作業に没頭していたが、やがて彼の肩をぽんとはたくと満足そうに声をあげた。

「ほら、できた。おさげに花もさしてみたの。似合うわよ」


 彼が急に立ち上がったので、姫はびっくりして身体をそらした。

「なあに、いきなり」

「あちらに泉があります。お手を清めたほうがよろしいかと」

「そんなこと気にするものじゃないわ。あら、ほどいてはだめよ。せっかくきれいにできたのに、もったいない」

「もったいなくなんかありません」


 抗議しようとして彼を見上げた姫は、目をぱちくりさせた。

 熱があるわけでもないだろうに、セインの顔は真っ赤だった。目が合うと明らかにうろたえ、もう一度髪にふれようと手をのばすと、さらにいっそう赤くなって後ろにさがった。


「まあ……」

 たいへんめずらしい出来事だったので、姫は思わず、彼の顔をまじまじとのぞきこんでしまった。

「おかしな人ね。はずかしいの?」

「……姫さま」

 従者が困り切ったように呟く。

「からかわないでください」

「おさげが嫌なら、一本にまとめましょうか?」

「そういう問題ではなくて……姫君が、下々の者の髪なんかにさわるものではありません」

「あなただって、ときどき、わたしの髪を編んでくれるじゃないの。自分がさわるのはよくて、人にさわられるのは恥ずかしい? 似たようなものでしょう」

「全然、似てません」

 

「ね、もう少し編ませてもらえる?」

「嫌です」

「すぐにおわるようにするから」

「だめです」

「いいじゃない。ね。今度はお花じゃなくてリボンにしてみたいのよ」

「だから、からかわないでくださいと言っているでしょう?」


 セインが大きな声を出したとたん、ふたりのまわりで、ざあっと草がたなびいた。きらきらしたベールのようなものが、うずまきながらたちのぼってゆく。


 ふたりは思わず立ち止まり、くるくるまわる光のベールを目で追った。

 やわらかな草の間には、掌にのるほど小さいエルフたちがまどろんでいて、それがいま、いっせいに飛び立ったのだ。

 透きとおるほど白い身体とうすい羽の一群は、上へ上へとのぼってゆき、やがて陽ざしの中に見えなくなった。


「……行っちゃったわ」

 姫君が、ぽかんと空を眺めながら呟いた。


 それからふたりは、おとなしく泉まで行って、のどをうるおしたり疲れてほてった足を水でひやしたりした。

 泉の水は水床まで見通してしまえそうなほどに澄んでいた。馬も休息をよろこんで、うれしそうに岸辺の草をはんでいる。


 しばらく休んでいるうちに、逃げていったエルフたちがひとり、またひとりと空から舞いおりてきて、旅人たちの肩や膝の上にとまりはじめた。

 リュートがなくても、自分たちのまわりには美しい音楽がちゃんと流れているのだと、姫君は思った。



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