異世界の前世の記憶を持つ私が経営する、モンスター保護施設へようこそ!
林の中を黒い巨大な影が素早く木の間を駆け抜け、猫のように器用に体を動かし飛び回る。黒い巨体はやがてある建物の前でぴったりと止まる。そこに立っていたのは太陽の光に反射して美しい輝きを放つ白銀の髪をした可憐なエルフの少女だった。
「あっ、ファフェル!」
『相変わらずの間抜け顔ですね賢者さん、どうにかなりませんかねその顔?』
「お前も相変わらずの辛辣ぷっりだな!? ファフェル!」
少女は可憐な容姿と違って、中身は少し変わおりこのモンスターからは『賢者さん』というあだ名で呼ばれていた。
ファフェルと呼ばれたのは大型肉食モンスターであり艶やかな美しい黒い毛並に猫のようなしなやかな体を持つモンスターであった。ファフェルはこの付近にある森に棲むモンスターであった。
『怪我の手当てでもしてたんですか?』
「うん、翼鷹王のね。翼の包帯を替えて怪我の具合いも見てたの」
『そうですか』
「ファフェルは何の用できたの?」
『なんか用がないと来ないと着ちゃダメなんですか? あぁ?』
「別にそこまで私言ってないよ!?」
ビタンビタンとファフェルは不機嫌そうに尻尾を地面に叩きつける。
『これ、今日の朝ご飯にと』
ボトッンと少女の目の前に落とされたのはファフェルが仕留めたと思われる立派な角を持った草食モンスターの二角鹿だった。
「うわぁ……。立派な二角鹿だね」
『主!』
すると、ポヨンポヨンとボールのように跳ねた小さな黄色い体をしたスライムが少女の胸に飛び込む。
『主、おなかすいたー!!』
ぐるるぅと小さな体ながら立派な腹の音を鳴らすスライム。
「あっ、ごめんプリン。もうそんな時間か……。皆でご飯にしよっか」
『わぁ~い!』
『賢者さん、料理に作るならこの肉も使ってくださいよ』
「え~?……私、モンスターの解体なんてできないから使って欲しいならせめてちゃんと料理に使いやすい大きさにしてよ」
『あれ?賢者さんが俺に口答えですか?随分、生意気になりましたねぇ?』
「いだたたぃっ!! 理不尽!!」
尻尾で少女の胴体を締めるファフェル。すると、プリンが怒る。
「ファフェルお兄ちゃん、主、いじめちゃダメ!!」
『ちっ……』
プリンに注意され、罰の悪そうな表情を浮かべるファフェル。
「いいよ、プリン。私はへっちゃらだから」
『ふん……』
そう言うと黒い巨体の体は漆黒の闇の煙に包まれ、少年の姿に変貌する。あの艶やかな毛並のように美しい黒髪に深紅の瞳をした美少年が現れる。
「さっさと、肉解体して朝ご飯にしますよ? 賢者さん?」
「うん」
ここは心や体に傷を負ったモンスターたちを保護するモンスター保護施設。今日の物語はどうしてこの二人、エルフとモンスターという不思議なコンビが出来たかというお話しである……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはエルフの森の中。世界樹の木を奉る森として数々多くの生き物が住む。そんな中に、あるお転婆な少女がいた。
「ふぅ~、やっと着きましたわぁ」
白銀髪の綺麗なお下げの三ツ編みを垂らし、エルフに特徴的な鋭く伸びた耳。スラッとした体と白い肌に紫苑色の瞳が愛らしいエルフの少女は世界樹の木の元へとやって来ていた。エルフの少女は毎日ここに来ては世界樹の祭壇に祈りを込めるのが日課であった。無事に祈りも終わり、いつも通りの帰り道を通ろうとしたその瞬間であった……。
「ふぇ!?」
少女は足をかけた大樹に覆っていた苔に足を滑らせた。
「ふぎゃ!!」
そのまま滑った勢いで大樹の根にと頭をぶつけた少女。突然、後頭部を襲ってきた衝撃に少女は耐えられずその場で意識を失っていった……。
『ここは……どこ??』
まるで暗い海の底へ放りこまれてしまったかのように体は重く沈んでゆく。
何か私、大事なことを忘れている気が……。そうもやもやとした間々、記憶の深淵へと引き込まれていく少女。すると、次々と彼女の中に自分ではない誰かの記憶や感情が入っていく。
『これは……! 前の私の記憶ッ!?』
そうだ、前の私はこことは違う世界……。異世界の住人であり、そこでは只のどこにでもいそうなちょっとおっさん臭いOLで唯一の好きなものといえば猫や犬など動物を見たり触ったりすることだった。昔は将来はよく獣医さんとかになりたいと夢を描いたものだ……。
だが、そんな生活一転。ある日私は通勤途中、小さな子猫の黒猫が道路に飛び出して引かれそうになった時、思わず猫を守ろうと車の前へ飛び出してしまったのである。
―――そして、そのまま死んだ。全て思い出した。
そこで私ははっと目が醒めた。恐る恐る鞄の中に入れていた鏡を取りだし自分の顔を覗くとまるで知らない可愛らしい少女の顔をが写った気分であった。姿を見る限り、12、3歳ぐらいだろう。エルフの少女としてのこの世界での最低限の智識の記憶は残っているのだが大半は前の自分の記憶で埋まってしまっているので現在の記憶が曖昧になってしまい自分がどこに棲んでおり、どんな名前だったかも思い出せない。
「えーと……」
帰ろうにも来た道が分からず携帯も勿論持っていないのでマップも開けない。『どうしよう……』と少女が困っていると誰が呻くようなうめき声が微かに聞こえた。少女は行く場所もなかったのでただ声のする方に足を向ける。すると、そこにいたのは巨大な艶やかな毛並の漆黒の体に鞭のようにしなやかな尻尾。猫のようにつり上がった赤い瞳に、鋭利な爪が恐ろしいと仲間のエルフたちからも恐れられている蝙蝠竜猫がいた。
蝙蝠竜猫はレアなモンスターの一匹で一流狩人でも狩るのが難しいと言われている大型肉食モンスターであった。
どうやら誰が仕掛けた罠のトラバサミに右足が引っ掛かってしまったらしい。蝙蝠竜猫の右足は痛々しそうにトラバサミの刃が食い込んでおり血が滲み出てる。モンスターにもびっくりしたがそのモンスターが言葉を喋っていたのだ。
『ちっ、俺もこんなものに引っ掛かってしまうとはやきがまわったものですね……』
ほっておけず私は蝙蝠竜猫をなるべく驚かせないよう小さな声で声をかけた。
「怪我してるの…?」
『!! エルフがッ……!! 俺になんの用ですか……!』
私に気づいた途端、毛を猫のように逆立て牙をちらつかせ威嚇する蝙蝠竜猫。でも、私は怖くは感じなかった。寧ろ、よく近所にいたツンデレ猫を思い出して私は可愛らしい思えた。
「大丈夫、安心して! 私は貴方の敵じゃないよ!」
『安心しろって言われてそう簡単に安心する馬鹿がどこにいるんですか? この馬鹿が』
「確かにそうだけど、初対面で色々酷くない!?」
流れるような罵倒をする蝙蝠竜猫。私も思わずつっこんでしまう。な、なんだこの超絶口の悪いモンスターは!
『あなた…! もしかして、俺の言葉が分かるんですか?』
「えっ、あ、うん~…そうみたい?」
そう返事をすると目を丸くする蝙蝠竜猫。私は蝙蝠竜猫に駆け寄り罠を外してやろうと手で精一杯こじ開けようとする。
『ちょっ…! 何してるのんですか!?』
「何って……罠を外そうとしてるんじゃん」
『やめてください! 人の力なんか借りたくありません! それに人の皮膚は脆いです。そんな鋭利な刃なんか触ったら……』
「あれ? もしかして、私のこと心配してくれてるの?? お前、見かけによらず良い奴だね」
『殴りますよ』
「もう殴ってるし!」
鞭のような尻尾を器用に使い、容赦なく私を殴る蝙蝠竜猫。
『っていうか貴女は、俺が怖くないんですか?』
「全然! むしろ、猫みたいで可愛いらしいよ」
『かわっ……!?……貴女、変わってますね』
完全に呆れた顔で私を見る蝙蝠竜猫。
「いたっ!」
私はトラバサミで指を切ってしまった。
『まったく……。だから、言ったのに』
『こっちに来て、傷を見せて下さい』と蝙蝠竜猫に言われ、私は結構深くまで切ってしまった人差し指を見せる。すると、蛇のように長い舌で私の血を舐めとる。
「なっ……!」
『動かないで下さい』
私は恥ずかしくて顔を真っ赤にしたが蝙蝠竜猫は特に気にした様子もなく傷口を優しく舐める。やはり、そこはモンスターと人の認識の違いだからだろうか? 一頻り私の血を舐めとると満足したのか得意げに私に話しかける。
『いいでしょう。その図太い根性を称え、今日から貴女のことは賢者さんと呼びましょう』
「なんだろう、この褒められてるのか貶されるのか複雑な気分は?!」
『俺は賢者さんの貶されて複雑そうに苦痛に歪む顔がとても好きですよ!!』
「ドSか! お前は!?」
このモンスターと話してるとツッコミが絶えない。傷口を見ると見事にその傷は塞がっていた。
「治ってる……!」
『俺の唾液には治癒効果があるんです』
私は直ぐにトラバサミを撤去する作業を再開した。
『もういいですよ、賢者さん。自分のことは自分でなんとかしますから……!』
「そんなこと言わないでよ……! 今度は、絶対に助けて見せるんだからッ……!!」
あの時の猫が助かったかはどうかは今はもう分からない…。だが、今このモンスターは助けてあげることはできる。
開いて! 開いてよ! ……くそたれぇぇえ!
力一杯に私はトラバサミをこじ開ける。すると、私の言葉に応えるかのようにトラバサミが開き始める。
『動いた…!』
「早く足動かして…!! もたない…!」
『……ッ!! 分かってますよ!』
蝙蝠竜猫は足を動かし始める。パリンッとトラバサミが砕ける。
「と、取れた! やったね!!」
思わず蝙蝠竜猫の顔に飛び込んで頬ずりをした私。
『……ッ!!』
「いたっ!」
急に顔を真っ赤にした蝙蝠竜猫は私の頭を無言で叩く。
ちぇ……、折角仲良くなったと思ったのに。無愛想なの。
『誰が無愛想ですって?』
「お前エスパーなの!?」
『ということはそう思っていたわけですね?賢者さん?』
「あいだだだぁあ!」
器用に巨大な肉球で私の頭を掴む蝙蝠竜猫。でも、ちゃんと私の顔に鋭く伸びた爪が当たらないようにしてくれる。そういうところを見ると本当はこいつ、いいなんだなーと思う。
私はふっと蝙蝠竜猫の足に目をやると、血が止まることもなく流れている。
「血がッ……!」
『大丈夫です。舐めときゃいずれ治ります』
「そんなのダメ! 少し待ってて!」
私はそう言うと鞄の中を探り携帯用の包帯と薬草を煎じて作った傷薬を取り出す。私はそれを蝙蝠竜猫の傷口に塗り、包帯を巻く。だが、どう考えても包帯の量が足りなりなかった。
「仕方ない……」
ごめん、もう一人の私……!
そう心の中で謝りながら私は高そうな布を使ったスカートの裾を思いっきり破る。
『なっ……!あんた、何してるのんですか!?』
「ん?スカート破ったんだよ?」
『いや、それは見れば分かりますけど……?そんな女の人が素足を出して…!!』
なんか、人間みたいなこというなこのモンスター……。
そう思いながら私は破いた布を包帯代りにして足りない分を繋ぎ合せ巻いてゆく。
「これでよし!」
完璧な処置だなと自分自身で思わず納得してしまう私。その様子を黙って眺めていた蝙蝠竜猫。
『……貴女を家までお送りします』
「えっ? でも、お前足が……」
『あんた、そんな短いスカートで森の中を歩くつもりですか?そんなんしたら、パンツ丸見えですよ』
「!!」
そう指摘されて、私は思わずスカートの裾を伸ばす。
『まぁ、あんたみたいな幼女のパンツに誰も発情しないとおもいますが』
「幼女で悪かったな! この野郎!!」
若干涙目になる私。もうヤダこのドSモンスター。
『それで貴女の家はどこなんですか?』
「あー……それなんだけど、分からないんですよね」
『はぁ?』
私の質問の答えに?マークを浮かべる蝙蝠竜猫。
『もう別にいいです……。分かりました、貴女の匂いを辿ります』
私を背に乗せ、地面に鼻を向け私の匂いを探す。
『大体方向は分かりました。しっかり掴まっていてください……!』
「えっ!きぁっ……!!」
蝙蝠竜猫がそう言うと、突然風が私を襲う。とても足を怪我していると思えない動きで凄い速さで森を駆け抜ける。本当にしっかり掴まってないと振り落とされてしまう。
『さっ、着きましたよ』
そう言われ降ろされた場所は立派な青い屋根に白い洋館ようなお屋敷の前であった。
「ありがとう……ってあれ?」
後ろを振り返るともう蝙蝠竜猫の姿は居なくなっていた。
ここ本当にもう一人の私の家……?
立派なお屋敷を目の前に茫然としただ眺めていると屋敷から一人のメイド服を着た女性が駆け寄ってくる。
「エルお嬢様……!!」
20代ぐらいの茶髪に茶色の瞳をした女性が私を力強く抱き締める。
「一体どちらまで行かれてたのですか!? お祈りに行かれたはずなのに、いつものお時間に帰られないからこのマーヤ、物凄く心配したんですよ!」
マーヤというメイドは涙を流しながら私を抱き締める。
「ご、ごめんなさい」
「さぁ、朝ご飯はもう出来てますよ。お屋敷の中に参りましょうエルお嬢様」
「……エルお嬢様って私の名前?」
「? エルお嬢様はエルお嬢様しかいませんよ?」
「実は森の中を歩いてた時、頭を少しうっちゃったみたいで……」
流石に話を合わせるのは個人では限界があるので私は頭を打って記憶が混濁しているという設定を作り、話を濁しながら話すことにした。すると、マーヤは慌てたように私の頭を抱える。
「頭を!? け、怪我は!?? 誰かぁ! 誰かお医者様はおりませんかぁー!!」
「マ、マーヤさん落ちついて!!」
「あぁ……! エルお嬢様が私に対してさんを付けるようにッ……!」
気絶するように倒れるマーヤさん。私はぐったりとしたマーヤさんの必死に抱きかかえる。
『だ、誰かマーヤさんのお医者様を呼んでー!!』
そう心の中で泣き叫んだ私であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれからなんとか落ちついたマーヤから話を聞くと、現在の私の名前はエル・ルーシア・ハートと言うらしくここら辺では結構有名な伯爵家の一人娘らしい。父は世界をまたにかける実業家でもあるらしく滅多に家にも帰ってこず、母は既に流行り病にかかり他界。マーヤは私の乳母であり、亡くなった母の代わりに実の娘のように愛情を注いで育ててきてくれた心優しく少しおっちょこちょいなところがある使用人。
「エルお嬢様、そろそろ学校へ参りませんと遅刻してなさいますわ」
「えっ、学校!?」
「はい、大丈夫ですわ。私が馬車でちゃんと学校までお送りしますので」
「は、はぁ……」
メイドも馬車を運転するんだ、この世界は……。疑問も多少残る異世界であったが、私は口の中にある白パンをスープで流し込んだ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぁー……! 疲れだ……!!」
もう一人の私が通う学校は絵に書いたようなお嬢様学校で、今日1日は取り出す笑顔で「ごきげんよう」とドレスの裾を持ちお辞儀をしてひたすら誤魔化していった。文字や言葉は分かるので書き取るのには困らなかったが、もう一人の私にしか分からない話題を出されると答えられないのでなんとか誤魔化すのに苦労した。
「はぁー……私いつになったら戻るんだろう?」
先の見えないこの状況と続く馴れないドレスの恰好と学校生活に私は頭を悩ます。そんな憂鬱な気分の中、何気なく帰りの馬車を覗いていた時だった。城下町の細道に一匹の黄色姿をしたモンスターが見えた。
『あっ、可愛い♪』
どうやら一人遊びをしてるらしくピョコピョコ蛙みたいに跳ね回っている。私がその姿を見てほっこりしていると、モンスターの前にある人間の紳士服をきた30代ぐらいの優しそうな男性が一人モンスターに近づく。
『頭でも撫でてあげるのかな?いいなぁー』
私も撫でたいなぁと羨んだ時だった、突然男性がそのモンスターを蹴り跳ばしたのだ。
「えっ!?」
私は驚いて咄嗟に「マーヤ!馬車を止めて!!」と叫んだ。馬車が止まったと同時に私は先程目撃した現場に駆けていく。後ろから「エルお嬢様!? 一体、どちらへ!?」とマーヤの声が聞こえたが呑気に返事をしている場合ではなかった。現場のあの細道に着くとやはり見間違いではなく男性はあの黄色モンスターを蹴り飛ばしていた。
「貴方一体その子に何してるの!?」
私は急いで蹴り上げられてたモンスターを男性から取り上げ、守るように抱き締める。
「いや~、そのモンスターがちょっと悪さをしてたので懲らしめていただけで……」
「嘘! 私、ちゃんと見てた! この子はただ一匹で遊んでただけだった!」
「チッ、なんだ見てたのかよ……」
その場を誤魔化そうとするは無理だと分かったのか愛想の良さそうな笑みが一変、態度が悪くなる男性。
「ピョンピョン、目障りなんだよ……野良モンスターがよ!!」
男性はそう吐き捨て手を私に向かって振り上げる。私は何もできず、反射的に目を瞑ると。
「いてっ!」
『えっ?』
目を開けると何故か怪我をしていたのは叩こうとしてきた男性の方が手を負傷していた。辺りをみると岩肌に突き刺さるほどの切れ味の謎の黒い鱗が三枚ほどが地面に刺さっていた。
「そこの貴方! エルお嬢様に何をしているの!!」
すると、遅れてやって来たマーヤが私が襲われる姿を見て男性に烈火のごとく怒り狂う。
「貴方! この方がどなたかご存じて無礼を働いていらしゃるの?この方はルーシア家のご令嬢であり次期当主のエル・ルーシア・ハート様ですわよ!!」
うわぁー、なんかよく漫画とかであるお付きの人が言うセリフだぁ……。でも、まさか自分がこんなことを言われる立場になるなんて夢にも思わなかったよ……。
「チッ……! ルーシア家のご令嬢か」
ルーシア家という名家の名が役にたったのか悪態をつきながらそれ以上何もせず男はその場を逃げ去った。
「だ、大丈夫ですか! エルお嬢様!!」
「え、ええっ! 私は大丈夫!」
安心したせいか、今更体が恐怖に震え上がる。マーヤはエルの抱きかかえたものを見て驚き、目を丸くする。
「エルお嬢様……! モンスター嫌いはもう、治られたのですか!?」
「えっ?私ってモンスター嫌いなの?」
「は、はぁ……。こんなお話し私からお話しすると、おかしな話しでございますが……。小さい頃、小型モンスターの悪戯好きの悪魔に追いかけ回されて以降、エルお嬢様は大のつくほどのモンスター嫌いでしたわ」
まったく覚えていないがどうやらもう一人の私と私は全くの正反対の性格らしい。
『……よう』
どこからか子供の声が聞こえる。私はふっと自分の胸にいる小さなモンスターをみる。
「この子は……スライムみたいですね」
「スライム……」
よくゲームとかで出てくるスライムは青色なのだが、この子の体は黄色をしていた。
「はい。けど大きさから見てまだ幼体ですね」
「子供……」
私は抱きかかえたスライムを覗く。
『寒いよぅ……』
小さな体は泥だらけで寒さに揺え上がっている。
「寒いのね! 分かった!! 今、何か温かいものを用意するから!」
私はスライムの体温が下がらないよう服が汚れるのも構わず、人肌で必死に暖める。
「エルお嬢様ッ……! もしや、モンスターの言葉が分かるのでございますか!?」
「ええっ! そうなの、だから早く馬車から何か布を取ってきて!」
「かしこまりました! エルお嬢様!」
マーヤは慌てて馬車へと戻り、私が使っていたブランケットを取ってきた。スライムの体をそれで暖めてやると次第に震えが止まり、安心したのかうとうとしている。私もその様子を見てホッとしスライムを抱き、マーヤと共に馬車へ戻ろうとすると細道の奥からある異臭が私の鼻を掠める。
「何この臭い……」
まるで何かが腐ったかのような腐敗臭に近い悪臭であった。異臭がする方へ私は恐る恐る足を向けた。そして、細道の奥に広がっていたのは思わず目を疑ってしまう信じられない光景だった。
「何ッ……、これ…?」
痩せ細って地面に横たわるモンスターや人に暴力を振るわれたのか腕や足などがなく恐怖に怯え弱ったモンスターやもう既に息の根を引き取っており、無造作に野晒しにされたままのモンスターの屍がそこら中にいた。まるでモンスターたちの死の町であった。
「うっ…!」
私はあまりの酷い光景に吐き気を覚える。「エルお嬢様…、こちらへ」っとマーヤに支えられ、私はなんとか馬車の中へと戻った。
「なんなの…! あの光景は…!!」
ガタカダとあの恐ろしい光景を思い出し体の震えが止まらない。
「エルお嬢様、あれは多分捨てられたペットモンスターたちですわ…」
「ペットモンスター…?」
「はい。今、貴族の間にモンスターを愛でるというブームが流行っておりそれで独自に開発されたのが人にも育てられるモンスター、それがペットモンスターでございます」
「じぁ! ペットというなら飼い主たちがいるはずでしょ!? 何故あんな事態になっているの!」
「はい、それが今国でも問題となっている話なのですが、貴族が飽きてしまったり面倒を見きれないぐらい大きくなってしまったモンスターを捨てる事態が後を絶たないのです」
マーヤも悲しそうに目を伏せながら語る。
「そのスライムもまたペットモンスターとして生まれ、『特殊体質』として生まれてしまったために捨てられた一匹でしょう」
「『特殊体質』…?」
「はい。ペットモンスターとして人気のあるスライムは大量に生産するために遺伝子組み換えの技術を利用して生み出されます。その時に稀に突然変異を起し、特殊な能力や見た目をした者が生まれる時があるのです。そのスライムもきっとその一匹でしょう。ですが、スライムの人気の色は『青色』。だから、きっとその子は捨てられ野良モンスターとして生きていくしか他に道がなかったのでしょう…」
「そんな……」
こんな小さなモンスターがそんな悲しい過去を持っているなんて知らなかった。私は無意識にスライムを抱き締める腕の力が強くなる。
「誰もいないの……!? この事態をなんとかしようとする人や団体は」
「そんな慈善家、この国にはおりませんよ……」
一銭の得になりもしないこの事業。確かに保護施設などは人々の慈善の気持ちでなりなっている活動なので言ってみれば、ほぼボランティアみたいなものであった。
「仕方ないですわ……」
消えそうな声でそっとそう呟くマーヤ。
『この状況が仕方ないですって……?』
私はショックに打ちひしがれる。この劣悪すぎる環境が仕方ないの一言で片付けられまかり通っているこの異世界に。
「マーヤはあの状況を見て何も思わないの!?」
私はこの小さな体のスライムを抱き締める。こんな泥だらけになって、痩せ細って……。
「勝手に私たちの都合でペットして暮らしていたのにある日突然飽きたと言われ身勝手に捨てられて、この子たち幸せを奪って…! この子たちだって立派な生き物なのよ! 心だってあるわ!!」
私の脳裏には物みたいに道端に転がっていたモンスターたちの姿が思い浮かぶ。
「あんなにも傷ついて……。仕方ないだけの言葉じゃ、すまされないわ」
異世界にもこんな酷いことが起こっているなんて私は許せなかった。
「マーヤ……。私、決めたわ! 私はモンスターたちのためのモンスター保護施設を作る!!」
「モンスター保護施設……!?」
「そうよ、折角私がモンスターの言葉をわかる能力を手に入れたんですから。こうやって身勝手に人に捨てられたモンスターや傷つけられたモンスターを保護して新しい飼い主や自然に返してあげるの!」
『誰もやらないなら、私がやってやればいいのよ!』
私はお金があるならそれを少しでもモンスターに使いたいと思った。マーヤは目に涙を貯め私の話しを真剣に聞いてくれた。
「す、素晴らしい熱弁でした…! お嬢様ッ!! 分かりました! 私たちで作ってやりましょう、モンスター保護施設!!」
マーヤもどうやらやる気になったようでメラメラと炎を瞳の奥で燃え上がらせる。
『僕、どうなるの??』
そう聞いてきたのは胸の中にいる小さな黄色のスライムだった。
「私たちのお家で暮らすのよ」
『誰も蹴ったりしない??』
「うん、絶対にさせないよ。プリン」
『プリン?』
「あっ、えっーと……名前がないと不弁かなっと思って勝手につけちゃったんだけど……」
やっぱりプリンはダサかったかな……?そう思った私だったが直ぐに杞憂にそれは変わる。
『プリン……、僕の名前はプリン!』
黄色ジェル状の体を震わせ喜ぶプリン。
まぁ、喜んでるみたいだからいっか?
私はプリンを運び、マーヤに命じてまだ生きている野良モンスターたち全員を屋敷へ運んで温かいご飯と寝床を与えた。こうして、モンスター保護施設は誕生した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私たちはそれからすぐに施設財団を立ち上げた。家の財産を使い、私は傷ついたモンスターたちのために居場所を作り、モンスターたちの意見を取り入れながら最適な空間を作ってあげるように心がけた。こうして、モンスター保護施設は開業していった。
それから、三ヶ月経ったある日のこと。私は家の花壇に咲く花たちに水をやろうとジョウロに水を貯めていた時だった。小さな黒い塊の形をしたモンスターがこっちに近づいてきた。
「あれ? 君どこから来たの?」
預かった記憶のないモンスターだったので、近寄って頭を撫でようとしたその時。
『オマエ……ウマソウダナァ!!』
「きゃあ!」
黒い塊が突如くぱっりと大口を開け、私に襲いかかるモンスター。もうダメだ、本能的にそう感じ目を閉じると、誰が私を黒い塊から引き寄せ、抱き締める。
「邪魔だ」
『ギャヴン!』
黒い塊は少年に素手で弾き跳ばされて、悲鳴を上げると何処かへと逃げ去っていった。
「お久しぶりです……。三ヶ月ぶりですね」
「えっ、お久しぶり……?」
宝石のルビーのような赤い瞳に絹のような細かい白肌をした黒髪の少年が優しく私に向かって頬笑む。
「まさか、俺のこと覚えてえていないんですか……?」
うるうると捨てられた子犬のような儚い目で見てくる謎の黒髪の美少年。
「えっ? えっ?!」
悪いがこのイケメンに心辺りが全くない私は突然の事態に驚く。
「なら、思い出させてあげますよ」
白い肌と赤い瞳の美しい顔がゆっくりと私に近づいてくる。異性にこんな顔を寄られたことがなかったので私はパニックになる。
『近い近い近い近いッ……!!』
心臓が爆破するーー!そう思い、私が目をつぶった時――。
「デュクシ!!」
「ゲフ!」
突如、私の鳩尾に拳がヒットする。この攻撃の仕方と雰囲気……もしかして!
「お前ッ……! その相手の弱点を的確のついてくる嫌な動き…! 分かった、お前あの時の蝙蝠竜猫だな」
「当たりです! 愛ですね!賢者さん!!」
いい笑顔で答える蝙蝠竜猫。
「こんな愛ならいらない……」
私は殴られたお腹を擦る。
「ファフェルです」
「えっ?」
「俺の名です。覚えてといて下さいね賢者さん、ていうか忘れたら貴女の背骨ボキボキに折ります」
「突然の脅迫!?」
私は改めてファフェルの姿を見る。完璧に人間に化けており、これだったら一緒に生活しててもきっと分からないだろう。
「モンスターって人間に変身できるんだな……」
「何を言ってるんですか? こんな芸道ができるのは本当に力があるごく一部のモンスターだけですよ」
さらっと言うファフェルだけど、それってファフェルもその凄いモンスターの一匹ってことだよね?
色々ありすぎて驚いている私に間髪入れず、ファフェルは私の前に訪れた理由を話し始める。
「そう言えば、風の噂で聞いたのですが貴女、モンスターのための保護施設を開拓したようですね」
「う、うん……。少しでもモンスターたちの力になりたくて」
「……長年生きてきましたが、貴女みたいにモンスターのために動く人は初めて見ました」
ファフェルは深紅の瞳をすっと細め、その瞳で私を捕らえる。
「だから決めました、俺今日からここで一緒に賢者さんと働きますんで」
「えっ……?」
「この最強のモンスターと恐れられるこの蝙蝠竜猫が貴女の用心棒になってあげると言ってるんです」
「ええっ!? 別にいらな――ゲハッ!!」
「うるさいですね、人の好意は黙って受けとるべきですよ賢者さん」
「好意とは名ばかりの暴力!」
また鳩尾にワンパンを喰らった私。
くそ。これはよくクソゲーにあるyesの一卓しかないパターンのやつか!
「モンスターの言葉が分かる女性なんて滅多にいませんし、何より退屈しなそうじゃないですか。それに」
私を抱き寄せ『チュッ』とほっぺたに軽いキスをするファフェル。
「へぇ……?」
「俺、一度狙った獲物は最後まで絶対逃さない主義なので」
「なっ、なぁっ……!!」
『それってどういう意味ッーー!?』
これが私とファフェルの出会いの話しであった。後にあの時、私とプリンを助けてくれた謎の黒い鱗を投げてくれた正体を知るのはまた時間のある時に話そう。