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オラシオン・リサーチャー・レポート FILE NO 0 X1210X 初代所長ラムハのオラシオン設立記

作者: 平里マア




「ついにこの日がやってきたか……」

「はい。頑張ってくださいね」


ラムハは呟く。元はコステロ王国の司書の一人でしかなかった彼だが今は世界各国の人々に対して国際会議で自分の主張を発表しようとしている。それは幼いころからの夢が叶う瞬間でもあり自分にとっての挑戦が始まろうとした瞬間だった。




**********************************************




ラハムはコステロ王国のキスカ子爵家の出身で生まれてから何不自由なく生活してきた。食事にも困らず、友達も多く、勉学にも励み成績は優秀。このまま大人になれば王宮で働くことも決して夢などでは無かった。


だが幸せな生活で暮らす一方ある疑問を抱いていた。


彼は小さい頃から本をこよなく愛し、暇さえあれば図書館に通っていた。特に歴史書が好きで、国内外問わず膨大な量の本を読んでいた。しかしどの本にも大抵黒塗りや意図的に破られていたページがあったのだ。それは挿絵の部分、あるいは文の中、酷い時には丸々一章が潰されていたりして読めない所があった。彼にはそのことが不思議でたまらなかった。本は読むためにあるのに何故読めないようになっているのか。ならば読めない部分はなぜ書かれたのか。日に日に疑問は強くなっていった。と同時に読めない部分には何が書かれていたのかという好奇心も生まれた。


そこでラハムが町の司書に尋ねた。どうして本の中に読めないページがあるのかと。するとその司書はただ相応しくない表現があるからと答えるだけだった。他の図書館に行って聞いても似たような答えが返ってきた。だが彼は諦めなかった。司書達は読むのに相応しくないと言ったが裏を返せば司書になれば読めない部分を読むことができるのではないかと考えた。


そしてラムハは王宮で働く資格のための勉強を止め司書になる勉強を始めた。もちろん彼の両親や友人は思い直すよう何度も忠告した。王宮職とただの司書では地位も給金も天と地ほどの差がある。しかも彼の学力ならば王宮職の資格も余裕で受かるはずであった。それでも彼の決意は固かった。徐々に親の忠告は厳しくなり喧嘩になることも多くなっていった。これはさすがにラムハも親の話を受け入れ始めやがて互いに納得する形に収まった。それは宮廷図書館の司書になることだった。


こうしてみると最初から宮廷図書館の司書を目指せば何も問題が無いように思うだろう。しかしその難易度はケタ違いなのだ。最低条件が王宮職の資格と司書の資格を持っていること。そしてどちらとも実務経験が5年以上無いと試験に挑戦することも出来ない。しかも毎年数千人の受験資格を持った人がコステロ王国全土から試験を受けにやってくるが合格するのは十人前後である。しかしこの試験に受かると国家司書の免許がもらえ全国各地の本をいつでも取り寄せることが出来る。つまりこの資格を手に入れれば親の提示した条件を満たし、なおかつ自分の好きな本をいつでも読めるのだ。


学校を卒業したラムハはまず宮廷事務の資格を2年間独学勉強し取得した。元々彼は頭が良かったため日常の勉強をこなしていれば自然と合格出来た。そこで事務官と経理の仕事を勤めながら同時に司書の勉強を進めていた。王宮の仕事は周囲に対して頭を下げてばかりでとても楽しい仕事と言えるものでは無かったが書類仕事の都合上仕事が早く終わった時は読書や司書の勉強が出来たので特に不満は無かった。


そして5年後の29才の時司書の試験に合格したラハムは王宮での仕事を辞め中規模の図書館の司書になった。まだ志の途中だがこの時点で彼の夢は叶ったと言える。そのためあとはゆっくり本を読みながらたまに勉強をして適当な時期に国家司書の試験を受けようと思っていた。しかしここに彼の誤算が生じる。元々司書になりたかった理由はあの読めない本の内容を読みたいだけだった。しかし司書になっても読めない部分に変わりは無く初めて町の司書たちもあの読めない本の内容を知らない事が分かった。この事実はさらに彼の探究心に火を付けるきっかけとなった。


ならばどうすれば良いか。そう考えあらゆる図書館や資料館に聞き込んだ結果すべての本を管理している国家司書なら分かるかも知れないという結論に達した。そのため彼は猛勉強を始めた。仕事の合間に試験の本を読み、家に帰っては勉強をするという厳しい生活を8年続けた。そして司書を務めながら必死に勉強した結果彼は史上最年少の37才で国家司書試験を合格した。これには両親も涙を流して喜んだらしく、ようやく自由と夢をつかみ取った。


国家司書になったラハムは昔の記憶を頼りに王宮図書館の本を探した。だがここでも完全な本を読むことは出来なかった。そのため彼は国家司書の権利を使い国内外問わず探した結果出版社の倉庫に原本がありそれを取り寄せた。その内容はコステロ王国の敗戦の話や他の国からの批判の部分などだった。しかしこの時は長年読めなかった本が読めたという事実に満足していた。何故消されていたのかの理由を考えずに。


そしてここで彼は真実を知ることとなる。


その後年が明け新しい本がたくさん図書館に追加された。その時に出された仕事は

本の不適切な表現の確認だった。この仕事は町の図書館でも同じことをやっていた。ただその時は既に王宮図書館でチェックが終わっていたため特に気にはしていなかった。しかしその削除項目の内容は、宗教、戦争、文化問わず国民に対して強い影響を与える記録や思想、その他国家の不利、不都合になる情報の削除および訂正という国からの圧力がかかったものだった。


これに対してラハムは失望した。まさか長年読みたかった部分が国家司書の手によって消されているとは思いもしなかった。しかも国家の利益に関係していることだけで改ざんされていたからだ。本来歴史とは人から人にあるべき姿でそのままの情報を伝えられるべきはずだ。そこには主観も客観もない。事実のみが歴史として語り継がれるべきである。そこに人の手が加えられることは歴史ではなく単なる都合のいい道具だ。しかも訂正した事実さえも隠され、周囲の司書も職員も全員が結束しているのだ。


このことに耐え切れず翌年ラハムは国家司書を辞職した。家族からは大反対の末絶縁状態になったがもうこれ以上国家司書を続ける気にはなれなかった




**********************************************




数年の時が立ち、ラハムは小さな町の司書を務めていた。規模も小さく給料などは以前よりかなり減ったが後悔はしていなかった。情報の改ざんと言う心残りを除いては。


あるとき国際会議で気になる議題が出たという話を仲間の司書から聞いた。なんでも戦争によって情報が失われている事実を考慮し、世界各国のあらゆる知識、技術、歴史、それらを後世に伝える研究機関を作ってはどうかというものだった。


この話を聞いてラハムは必ず成功させるべきだと思った。そこで王宮に勤めている友人に有識者でそのような研究機関の設立が可能かどうかの話し合いの場を設けたいと嘆願した。


その結果コステロ王国の領地外でなら良いと許可を得たため国内外へたくさんの招待状を送り全国から多くの知識人が集まった。


集まった人数は総勢53名。来た人は誰もが優秀な学者や研究者でその中にはアトラ帝国の応用技術部長サレナ、スレキダル共和国の学者のオーフェンなどの後にオラシオンを創設するメンバーも集まっていた。そして全員が国際研究機関を作る事を夢見ていた人たち、あるいは自分の信念に従って理不尽を受け入れた者達だった。


そして話し合いを重ねるごとに具体性は増していった。例えば調査に派遣した隊員の公正さが保たれるように誰にも邪魔されない権利を作ることや、発見した情報の保管の仕方、調査員に対する給料や予算、維持費に応募資格などたくさんの話し合いを進めて行った。


会議の回数が3ケタに到達する頃には参加した人数は1000人を超え一つの書類が出来ていた。机上の空論だと思われていた研究機関の設立を嘆願する書類だ。その内容は多岐に渡っており活動目的、毎年掛かる費用、募集人員、調査員を守るための権利、情報の保存などが具体的に記されていた。


翌年1月20日、この年の世界会議でその嘆願書は提出された。一つの案に過ぎなかった議題は9年の歳月をかけ現実のものになっていた。


それが国際学術研究保存機関設立計画書、通称オラシオン計画だった。




**********************************************




「では次に新条約承認希望の国際学術研究保存機関設立計画代表、コステロ王国ラハム キスカ氏」

「はい」


ラハムは世界の代表者達の拍手を浴びながら世界会議の檀上に立った。彼の一歩は自分たちの考えを、夢を、思いを繋げる小さくて大きな一歩だった。


「静粛に。各国の代表の方々は聞いていると思うがこの案は既に審査を通過している。そのためこの採決が最終決定となる。ではキスカ氏、始めてくれ」

「はい。皆さまどうぞよろしくお願いします。この計画の具体的な内容はお手元の書類に書いてありますので私はこの計画に関する我々の考えや意見を手短ですがお話しさせていただきます。端的に申し上げますとこれは私たち人間にとっての課題だと考えております」


そう、彼に出来ることはただ自分の思いを伝えることだけであった。


「人間は他の動物たちとは違い爪や牙ではなく知能を武器にここまで生きてきました。それがいわゆる技術であり知識であり記録というものです。極端に言いますとそれを失うと言うことは人間であることを捨ててしまうことと大差ありません。

しかし戦争が多発しているこの世界ラオールでは昔からあった文化や歴史は徐々に失われているのです。初めての戦争から今日までおよそ200年間続いています。それでも戦争は止まらない。もはやどの国も後に引くことは出来ない状況。私は戦争学者では無いのでどの国にもある譲れない信念、理念、覚悟といったものは分かりません。ですがこの瞬間にも受け継がれてきた記録は消え、数少ない民族は滅び、世界は荒廃しているということだけは分かります。

その中で私達は自由に世界を調査し記録すること、すなわちオラシオン計画を実行することで人間が生み出した大切なものを守って次に繋げる存在でありたい。ただこれだけが私たちの望みなのです。そのためにどうか皆さまよろしくお願いします。ご清聴ありがとうございました」


深々と頭を下げラハムが発表を終えると会場からは拍手が半分ほど聞こえた。残りの代表達は資料を見て考えている。


「ありがとうございます。何か質問などはありますか」


そう言うと多くの手が挙げられた。この計画については各国に利益もあるが不明な点も多く資料だけでは納得しない部分も多かったのだ。


最初の質問した人は顔中に傷のある軍人だった。


「メロヘルテ連邦外交官のシガラムと言う。仮にこの計画が認証されたとしても世界会議に出ていない国や違法組織は山ほどある。もし記録を溜め込むならテロリストなんかに狙われたら終わりじゃないか?」


「もちろんその可能性はあります。ですので調査員の応募条件は最低でも自分を必ず守れる者と決めています。その他にも情報が漏れない工夫として調査員の行動を監視、制限するシステムも考えています」

「なるほど、これからに期待ってことか。わかった。ありがとう」


次に質問した人は痩せた長身のいかにも狡猾そうな男だった。


「中立同盟ニルシアの代表代理のモレキだ。仮にその組織の運営が成功して調査を記録した場合、その記録は当然出資している私たちは自由に見れるってことでいいのかな?」


「完全に自由とはいきません。情報保護の為、ある程度各国共通の規則を付けようと考えています。今出ている案では共通の回数制限や一定の金額の入金です。これらの内容は承認された後話し合いたいと思っています」

「了解した。少し不安だがまあ前向きに検討しよう」


その他にも細かい質問が老若男女問わずいくつも出た。全ての国を納得させることは難しかったが流石は学者というべきだろう。持ち前の知識を生かしかなりの国々を説得することが出来た。そして最後の清楚な女性軍人からの質問が流れを変えた。


「どうやら最後みたいですね。私は大北合同2軍副隊長のハルグリオと言います。本当にどうでもいい質問かもしれませんが、その計画は別名オラシオン計画と言いましたね。何か意味があったりはするのでしょうか」


「はい。オラシオンとは古い言葉で”人々の願いや祈り”という意味があります。恐らく各国の皆さまも何かしらの願いがあるはずです。そしてこの計画は人類の歴史が続いてほしいという我々研究者の願いです。私達はこの願いが世界に広まり例え何千年、何万年経過しようが人類が存続してほしいという祈りをこめて付けました」


この質問を答えた途端会場から拍手が巻き起こった。これが意味することは世界各国も人類が存続してほしいという同じ思いを持っているという事を意味するのだった。


「それは素晴らしい名前だと思います。皆さんの拍手から分かる通りきっと世界の皆さんも同じことを考えていると思いますよ」

「ありがとうございます。それでは質問に対する応答は以上とさせていただきます」


「キスカ氏、ご苦労であった。では各国の代表者達は意見をまとめて欲しい。1時間後に採決に移る」


「お疲れ様でした。成功だと思いますよ」

演説の場から降りた途端緊張から解放されよろけるラハム。その彼に肩を貸したのは秘書のレチルだった。

「あぁ……どうしようレチル、終わっちゃった。俺噛んでないよな?」

「まったく締まらないですね。大丈夫ですよ。あとは待つだけです。ほらさっさと立って下さい」

「いつも通り辛辣な……でもありがとう」

そしてあとは結果が出るのをただ待つだけであった。




「それでは採決を取る。世界同盟に加盟する国家及び組織全311の3分の2を占めた場合国際学術研究保存機関設立計画は可決される。では札を上げて頂きたい」


この一瞬で運命は決まった。


「集計の結果賛成213票反対87票棄権11票により本計画は仮採用とする」


とたんに拍手が会場を包み込む。


「静粛に。後日主要5か国主催でさらに具体的な内容についての意見会を行う。以上をもって新条約承認会議を終わる。それでは次の議題だが……」


ラハム達は会議が終わると部屋を後にした。


「レチル、これって夢じゃないよな」

「嘘だと思うなら脛でも蹴りましょうか?」

「そこは普通頬をつねるとかだろう」

「では失礼しますね」

「いや、許可だしてないから……イテェ!」

その痛みは本物だった。

「はい、おめでとうございます!」

「イッテェ……やった……俺はやったんだ!」

彼の頬を伝う涙はきっと痛みのせいだろう。


こうしてこの年の世界会議は幕を下ろした。世界にとって大きな成果を遺して。




**********************************************




この世界会議の翌年からオラシオン設立のための工事が始まった。建設場所は戦争から遠い組織である中立同盟シルニアの治めている土地に建設されることが決まった。

それから19年と言う歳月をかけ現在のオラシオン本部は完成した。


残念ながらこの4年後にラハムは病で亡くなってしまった。しかし彼の志や思いは次の世代へ受け継がれ数百年の歴史を築いていくのだった。


この様な経緯から国際学術研究保存機関オラシオンは設立された。


そして物語は綴られる……




読んでいただきありがとうございます

カクヨムに応募を試みたものの締め切りに間に合わなかった作品をリメイクしたものです

というか設定しか練っていない状態なので連載ではなくたまに読み切りとして投稿することにしました

こちらは特に完結させる予定は無いです

機会がありましたらまたよろしくお願いします

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