メイドから勇者へと
日差しが温かく感じるお昼過ぎ、私は洗濯物を取り込みながら一息ついておりました。もうすぐ春が終わり夏がやってくる頃。月日が流れるのを肌で感じながら、つい先日にあった誕生日パーティーのことについてぼんやりと思い出しておりました。この黒い髪を見れば分かる通り、私には人目に付く場は合わないのです。やはり今回も色々ありました。
「何故ここに穢れの者がいるのでしょう?」
私が急に頼まれたメイドの仕事を終え会場に戻っている途中、どこかの貴族様のご令嬢が私を見て、こそこそと話していらっしゃいました。
「嫌ですわ、お姉様。あれはここの従業員よ。ですがなんとも貧相な顔立ちであります上に、あの不吉な髪の色でございましょう。あんなのとっととお祓いして追い出してしまえばよろしいのに。」
また散々な言われようです。私は何も聞かなかったような顔をして横を通り過ぎました。
「見てごらんなさい。近くで見るとますますみすぼらしいわね。きっとあれが不吉を呼んでいるのよ。つい先日、おじ様が倒れられたのもそのせいね。」
……私はあなた方のおじ様だなんて存じ上げませんが…。私は散々な物言いに思わずため息が出そうになりました。その場を足早に立ち去ろうとしましたところ、
「ねえ、あなた。」
と声をかけられました。いつの間にか目の前に立ちふさがっていらっしゃったのはピンク色のドレスに身を包まれたとある令嬢様。可愛らしい顔立ちをされており、一目で愛されて育ったのだということが分かります。最近流行っていると言われるレースが付いたドレスに、ふわふわと巻かれた髪の毛。微かに漂ってくる甘い香りは、確か姫様が嫌がって付けられなかった香水でしょうか。上から下さらには周りの空気まで気合いがはいったThe 令嬢コーデです。しかし、そのような方が私に何の用でしょう?
「……私でございますか?」
「ええそう。あなたよ。」
お飲み物でしょうか?しかし彼女の手には飲みかけのグラスがありますし…。何故この方がメイドの私にわざわざ声をかけるのか理由が見つかりません。その方は私に敵意むき出しの目をされており、私は戸惑ってしまいます。名前も知らない方に恨みを買うようなこといたした覚えがないのですが…。
「…あ、あの…何か…?」
私は恐る恐るお尋ねしました。令嬢は私の顔を気に食わなさそうに見て、口を開かれました。
「あなた、ベルンフリート様に近づくの止めていただけるかしら」
私は何故いきなりベルンの名前が出てきたのか分かりませんでしたが、彼女の左指を見て状況を把握しました。彼女の左手の小指には赤い花が装飾されている指輪がはめられていたのです。それはルーナのおまじないと呼ばれていて、昔から女性が好きな人を振り向かせる時に使われているもの。彼女のその相手はおそらくベルンだと察し、私は体をこわばらせました。
「私あなたとベルンフリート様が楽しくおしゃべりをしていましたところを見ておりましたの。それはまあ、楽しそうにしておりましたわね。」
私はエマ様方が避難されたあのバルコニーを思い出しました。確か表には見張りがいたはずですが、おそらく彼女はそれをくぐり抜けたのでしょう。……完全に油断しておりました。私は自分の詰めの甘さに殴りたくなりました。
「あなた身分をわきまえてはどうかしら? いちメイドごときがベルンフリート様となれなれしくするべきではない。そう思いませんこと? 大体、穢れの者であるあなたとこの国の守護者となられる方とが釣り合うわけないじゃない。ベルンフリート様もさぞご迷惑でしょうね。貴方のような方に好意を持たれるだなんて。」
まるで弾丸のように言葉を浴びせ、私をにらみつけられるこの方に私は何も言い返せませんでした。目が熱くなるのが分かったので、黙って唇を噛みしめました。わざわざ言われずとも、自分がベルンと結ばれることなどあり得ないことくらい分かっています。分かっていたからこそ私はわざと距離を置いたのです。分かっています。分かっているんです。ですが、それでもできなかったんです。何年も何年も諦めようと、避けたり距離を置いたりして努力したんです。でもダメで…。
「メイドはメイドらしく床でも拭いていればいいのよ。あなたも穢れの者ではなくて貴族に産まれればよろしかったのに。」
そんなことわざわざあなたに言われずとも何回も思いました。もし自分が一国のお姫様に転生したら…などということは。しかし現実私はメイド。なんの才能もなく、見た目も他のご令嬢に比べたら見劣りする程度。……いっそこんな思いをするくらいでしたら、あの時死んでおけばよかったのかもしれません。無様に生きてしまった結果がこれです。人様や恩人に迷惑ばかりかけてしまうこんな人生なんて…
「……そうよ! 穢れた種族がベルンフリート様に色目を使うなんて、恥知らずにもほどがあるわ! 」
そう怒鳴り、彼女は手に持っていたグラスを私に投げつけます。それは私の顔一直線に向かってきて、私はとっさに腕で顔を守りました。しかし、いくら待っても来るはずの衝撃はなく、その代わりパリンッとガラスが割れる音がしました。私が目を開けると
「ベ、ベルンフリート様!」
私の目の前には見慣れた大きな背中が立ちはだかっておりました。そして静かな低い声が辺りに響きます。
「言いたいことがあるならば直接私に言って下され。彼女を巻き込むのは止めていただきたい。」
「ち、違いますわ。私はただ……」
「婚約の件でしたら先日お断りしたはず。これ以上私から申すことはありません。では失礼します。」
ベルンが不意に私の手をつかみ早足でその場を離れました。私はしばらく呆然としていましたが、ふと我に返りベルンに止まるよう言いました。ベルンの早歩きはかなり速いものでありましたし、何よりつかまれていた手が痛かったからです。
「すまん」
ベルンが私に背中を向けたまま言いました。私はベルンの真正面に立ち、ベルンを見ました。やはりグラスの中は飲み物が入っていたようでベルンの服や髪が濡れております。私は持っていた布を取り出しました。まさかここで本人が登場するだなんて彼女も思ってもみなかったのでしょう。追いかけてくる気配もありません。
「…大丈夫かリオ」
申し訳なさそうにこちらを見るベルンに私は何も言えなくなり、黙って布を手渡しました。
「……すみません。ありがとうございました。」
「…いや。こちらこそすまなかったな。あの方とは一年位前にとある会議でお会いして…」
「いえ! ……私は大丈夫です。」
私は思わずベルンの言葉を遮りました。その場には気まずい雰囲気が流れます。私はそれに耐え切れず、口を開きました。
「……あの方の求婚をお断りされたのですね。可愛らしい方でしたのにもったいない。」
「…ああ。半端な気持ちでするものでもないからな。」
ベルンは言いづらそうに目線を外しながら言いました。私は気持ちが沈んでいくのが分かりました。やはり私が予想していた通りだったようです。
「……婚約者、いらっしゃるのであれば教えて下さればよかったのに。そうしたらもっと良い対応もできました。」
「……は?」
私の言葉の意味がまるで分からないと言いたげな顔をするベルン。これは照れているのでしょう。ここは私が言えるような空気にしなくては。
「大丈夫です。分かっていますから。それでお相手はどなたなのです? アヒム様にはいつ報告なさったのですか? とうとう天下の黒騎士殿も生涯付添う相手を選ばれたのですから、おめでたいことで……」
「待て! 一体お前は何を言っている!?」
……ここまできてしらばっくれることもないでしょうに。そんなにも大物と婚約されたのでしょうか?それは心して聞かないと。
「何って…。あなた様の婚約者のお話に決まっているではないですか。せっかくの求婚をお断りされたのは、すでに婚約者がいらっしゃるということなのでしょう? 婚姻式などの準備もありますし、私共といたしましてはなるべく早く……」
「何を言っている! 婚約者などおるわけないだろう!! 早とちりをするな!」
ベルンのその言葉に今度は私が首を傾げました。いない?ではなぜお断りを……あ…。私はそのベルンの慌てようからある一つの結論を下しました。それはベルンは思いを寄せている相手はいるものの、いまだ思いを伝えられず右往左往しているということです。私は聞いてはいけなかったことを聞いてしまったのかもしれません。
「………あ、そうなのですね。私としたことがその……とんだ失礼を…。」
無意識にしどろもどろになってしまいます。なるほど。それは口が裂けても言えませんね。戦場では敵を一人残らず射殺してしまう天下の黒騎士殿が、まさか一人の女性を射止められないなんて。まあ、女性の扱いなんて心得る機会がなかったベルンらしいと言えばらしいですが。
「…なんだかまた失礼な勘違いをしているようだが…まあよい。心配せずとも数か月後くらいには報告する。……今は次の戦に集中したいからな。」
急に顔つきが険しくなるベルンに、私も姿勢を正しました。
「先ほど聞いた話だが、ナノエ帝国が怪しい動きをしておるらしい。…噂では魔族と手を組んだと聞く。そうなればシシドニアも黙ってはいないだろうが、彼らが動く前に奴らはこの国に攻撃を仕掛けてくるだろうな。おそらく大きな戦となる。」
淡々と語るベルンと対照的に、私はだんだんと青ざめてくるのが分かりました。ハウヴァー、ナノエ、シシドニア。それらは三大大国と呼ばれてからもなお、特に国同士で仲がよくなかったハウヴァー王国とナノエ帝国は頻繁に衝突しておりました。アレクサンドロス王が就任されてから起こったナノエ帝国との戦で大勝利を収めてから、ナノエ帝国の攻撃はおさまりつつあったのです。それに彼らも他と変わりなく魔族を毛嫌いしていらっしゃるはず。それがなぜ…
「所詮は噂話だ。確証も何もない。しかし、それで兵の士気が下がるのは事実だ。このことは内密に頼む。」
「……承知いたしております。」
確かにそれは中々価値が大きい情報です。噂話とはいえそれを聞き出したとなると、ベルンは意外にも人から情報を聞き出すことが上手いのかもしれません。本当に意外です。頭が筋肉だらけという私の中のベルンのイメージを払拭しないといけないかもしれません。
「……それでだな。その戦の前にリオ、お前に話しておきたいことがあるのだが…」
姿勢を正し、改まったように言うベルン。私はそれを見て、とてつもなく重要な機密を言われるのだと察しました。そして固唾を飲む中、ベルンの口が開き……
「こんなところにいたのか。お前、さっさと戻れといわれたばかりだろう。」
大きなため息をつくフィルマン様によってそれは遮られてしまい、私は結局その機密を聞けずじまいでした。まあ、少々怖いような気も致しますので聞かなくてよかったと思いましたが……。
「……って、なんでここでベルンが出てくるの。」
私は回想を一時中断し、頭を軽くたたきました。この回想、ほとんどベルンで占められていたような……いいえ!違います。これは戦争のことについて再度確認をしたかっただけです。それだけです。…そうそう。あのパーティーは何も悪いことばかりではありませんでした。今まで内気でインドア派だったエド様が初めて、外の世界に興味を持たれたのです。やはり成長を間近で感じられるということは素晴らしいことですね。
「あんた何、百面相してるの。」
料理長のジュリーが眉をひそめて立っておりました。…いつの間に…はずかしいところを見られてしましました。
「…い、いえ、なんでもありません。ジュリーこそこんなところで何を? 仕込みも終わり、いつもであればお昼寝をしている時間では?」
「寝てる場合じゃないってこと。来なよ! おもしろいもんが見れるよ!」
何やら興奮した様子のジュリーに私は首を傾げました。しかし、まだ干してある洗濯物をちらりと見ます。さすがにこのままではいけません。
「私も手伝うからさ! ほら!」
近くにあるものからせっせと取り込んでくれるジュリー。私もそれに負けじと慌てて取り込みました。そしてしばらくすると洗濯物はすべて取り込み終わり、私はジュリーに引っ張られてお庭へと参りました。
「なんかさ、かなりの凄腕の詩人が来たんだよ。それもかなりの美形!」
目をキラキラとさせて言うジュリー。詩人とは古来から伝わる歌や詩を曲に合わせて人々に伝えるのを役割とする者たちのことを言います。王宮には大きな戦争の前に詩人を招き入れる場合があり、それを考えると私はジュリーのように喜ぶことはできないでいました。
「ほら、あそこ」
いつもであれば人通りがあまりないお庭には多くの人が詰めかけておりました。忙しい使用人たちも目を輝かせてそれに交じっております。かなりの人の数に私たちは何も見えなかったのですが、人々の顔つきを見ると今から詩人は弾き始めるようです。
「あいよ。ごめんなさいね」
人々が期待に耳をひそめる中、ここぞとばかりにジュリーが人込みをかき分けました。私の腕をつかんだままなので、私も自然と彼女と一番前の特等席へと並びます。
「今夜のまかない、おまけするからさ。それともなに? 減らされたいのかい?」
…私は何やら黒い取引を見てしまったようなそんな気がしてしまいました。私にウインクをするジュリーに私はなんとか微笑むと前を見ました。きれいな琴の音色が聞こえたからです。その音に先ほどまでぶつぶつと言っていた人もうっとりと耳を傾けています。前奏が終わると、今度は澄んだ美しい声が辺りに響き渡りました。それはリズムに乗せて軽やかに私たちの耳へと届き、かつてあった出来事や情景が頭に浮かばせます。その詩人が唄い終えた後もその場はしんっと静まり返り、人々はその余韻を楽しんでいるように感じました。
「中々の腕だ。詩人、名を申せ。」
アレクサンドロス王の声にふと我に返りました。詩人は被っていたフードをとり、赤いバンダナをあらわにしました。私はそのバンダナに目を奪われ、そして自分の血の気がどんどん引いていくのがわかりました。あのバンダナは…
「ギルと申します。」
「そうか。では詩人ギル。お主をわが宮殿の専属詩人として認めよう。これは先ほどの唄の褒美だ。受け取るがよい」
「ありがたき幸せでございます。」
顔は見えませんが、背丈、恰好、声、そしてなんといってもあの目立つ赤いバンダナ…間違いありません。彼はあの時の痴漢男。やはりあれは夢などではなかったのだと今さらながらに放っておいた自分にあきれ返ります。
「リオ、空いている部屋に案内させなさい。」
王妃様の声にはっと我に返りました。私があわててお辞儀をすると、痴漢男と目があいました。痴漢男は清々しいほどの笑顔をこちらへ向けてこられます。王様や王妃様がご退出されると、痴漢男は私のところに来られます。
「女神ユカーナでさえ、あなたのそのきれいな髪を作り出すことは不可能だろうな。あなたのような者に案内していただけるとは私は運がいい」
私の髪を手に取ると男は私に微笑まれました。身震いするとともに、ああ、お姉さま方の殺気がひしひしと感じます。私は軽く会釈をし、歩き出しました。後ろでは男がお姉さま方に向かって何やら言葉をかけておりました。
「おや? このような人気のないところに案内して、そんなに二人になり…」
私は男を人気のない廊下に連れていくと、男のほうをにらみ、いい加減うんざりするような言葉を遮りました。
「あなたは一体、何が目的なのですか? 私のこと覚えていらっしゃいますよね?」
「もちろんだリオ殿。あの時のすばらしい夜はいまでも鮮明に…」
「それです! 一体あなたはあのとき私に何を…」
やはりこの男でした。この男がベッドに私を連れていったところは覚えております。そしてその後………
「いやいや、勘違いなさるな。私はただあなたを助けたかっただけだ。旅先で枯渇痕を出して死んでいった者を何人も見てきたのでな。たまたまあの部屋に入り、足に枯渇痕が出ていたリオ殿を見つけた。しかし、急を要したとはいえ女性の部屋でそのような無礼をいたしたこと、誠に申し訳なかった。」
ぺこっと綺麗なお辞儀をして、謝罪する痴漢男……改めギル。このようなギルの態度に予想外だった私は、少々戸惑いました。しかし、ベッドに運んだ後の出来事が頭をよぎりました。
「……私の首に……何かしましたよね? 私は足に枯渇痕が出ていたはずですが。」
「確かにリオ殿の場合、足の魔力の濃度が極端に低かったために枯渇痕が現れていたが、その体全体も必要な魔力が足りていなかったのだ。少々手荒いかとは思ったが、私の魔力を譲与させていただいた。その後、体の調子はいいだろう?」
………確かに最近、体がよく動くなと思っていましたが………はっ!だめです。危うく騙されるところでした。この男は見る限り女性慣れしています。何度もこの手で逃れてきたに違いありません。
「リオ? こんなところで何をしておる?」
あちらから来られたのはフィルマン様でした。まだ色々と聞きたいことはありますが、そろそろ引き際でしょう。
「こちら専属詩人のギルでございます。今彼をお部屋まで案内するところでして。」
「そうか。外が騒がしかったのはそれか。よろしく頼む。」
「もちろんでございます。かの有名なフィルマン殿にお目にかかれて光栄ですな。」
恭しくお辞儀をするギル。フィルマン様はちらりと私を見て、ギルを見ました。私は何でもないような顔をして、ギルに先を促しましたが……
「それではそろそろ参りま……」
「ああ、そうそう。先程の続きですが、いくら疲れていたからといっても男性がいる前で無防備に寝てしまうのはいかがなものかと。あのときは流石の俺でも自制心を試され……」
「ちょっ!?」
私は慌ててギルの口を抑えました。聞こえないように祈りましたが、世の中そううまく行きません。
「ね、寝る!? リオ、お前………」
……フィルマン様はしっかりと聞こえていらっしゃったようです。私とギルを交互に見られます。私は慌てて誤解を解こうとしましたが、
「おっと、部屋に参られるのであったな。ではフィルマン殿、我らはここで失礼を。」
その前にギルが私の手を引き歩きだしました。後ろを見ると、呆然と立っていらっしゃるフィルマン様の姿がありました。私がきっとギルを睨みましたが、素知らぬ顔で微笑むギルなのでした。
☆
「………いない。」
その後、私はフィルマン様の誤解を解こうと必死でお姿を探しましたが、フィルマン様は一向に見つかる気配がありません。避けられているのでしょうか……。
「リオ。ここにおったか。リーマン様がお呼びだ。」
その途中、私は同じ使用人に呼び止められ、フィルマン様探しは中断となりました。こんな時に何の御用でしょう。
「失礼いたします、リオでございます。」
私は早足で大臣室の扉を叩き、中へと入りました。中にはリーマン様がお一人でいらっしゃいます。
「……来たか。そこへ」
私は近くの椅子に座らせられ、頭にはてなマークを浮かべながら、リーマン様を見ました。普通使用人を座らせたりなどしませんし、まず担当でない者を部屋に呼び出したりもしません。リーマン様は深いため息をついて、口を開きました。
「リオ。ナノエとの大戦のことは知っておるな。その件で少々お前に頼みがあるのじゃ。」
確かにそのことは知っておりますが、頼みとは一体何のことでしょう?私は女でメイドですから、お役に立てることと言ったら食料を詰めることだけですが……。
「今日からメイドのリオではなく、勇者のリオとなってもらいたい。」
しかし、リーマン様の言葉は私の想像を絶するものでした。いきなり勇者になれと言われても、私は頭がついていけません。
「え?」
「ナノエが魔族のものと手を組んだのだ。この意味がわかるな? 魔族と手を組んだということは、つまり魔王がバックに付いておるということ。このままでは兵の士気がさがるばかりか、皆臆してしまう。そうなれば我々の負けじゃ。」
ベルンが言っていた噂は本当のことだったようです。しかし、リーマン様がおっしゃっていることは分かりますが、それが何故私なのかということです。私なんか勇者に見立てても、何もならないのでは……
「お主は異世界から来たのであろう? 異世界から来るものは特別な力を持つと聞く。」
何故それを!?私はリーマン様の言葉に驚きました。私が転生者だということは誰も知らないはず。しかし、それを聞く前にリーマン様は私に頭を下げ、必死に懇願されました。
「頼む! 一時的で良いのだ。この戦が無事終われば、元のメイドに戻って良い! 一部の者以外には勇者がお前だとは知らせず、兵達にただ我らには勇者がついておるということを暗示させればよいのじゃ。お前の身の安全はわしが保証する! だから頼む!」
「あ、頭をお上げください。私が勇者などと誰が信じましょう? 私はただのメイドでございます。」
「この間の襲撃のお主の活躍。あの出来事があれば信じよう。お主が勇者ではないことはわししか知らぬことにする。それにお主は何もせずとも良い。その他はわしが手配した者に任せる。頼む! この国のためだ。」
この国のため。私はその言葉に一つため息をこぼしました。勇者と偽って、兵の士気を上げる。言葉の響きはいいですが、要するに皆を騙せということ。確かに私は異世界人ですが、特別な能力などあるわけがありませんし他の人と変わらず普通の人間です。多少魔法は使えますが、それを隠している身でもありますし、その秘密は墓場まで持っていく覚悟です。この戦いが終わっても自分の国に勇者がいるとわかれば、魔王やその他の魔族を殲滅しようとする動きも出るはず。その時、どうされるおつもりなのでしょうか?…………その時は私を王宮から追い出して終わりですね。所詮私はいち使用人。つまりは使い勝手のいい駒。しかし、それが分かっていても断れないのが使用人です。
「分かりました。お引き受け致します。」
………申し訳ございません。エマ様、エド様。お約束お守りできないかもしれません。