王となる者の志
魔物の騒動から数週間が経ち、僕エドワール・カナンは14となった。この国では14の歳をとった者は大人として認められ、結婚また初陣する歳となる。そんな特別な日に双子の姉、エマリアは朝から不機嫌な様子で、リオを困らせていた。
「お誕生日、おめでとうございます。エドワール殿下。エマリア様……」
「そんなの朝から耳にタコが出来るくらい聞いているわ。」
僕達のおめかしはリオではなく、別のメイドたちがする。しかし彼女たちは王の子供としての僕達しか見てくれず、このような式のときなどは決まって姉上の機嫌は悪くなるのだ。今度は何を言われたのか。ウエストのことを言われたのか、日頃の行いを窘められたのか、それともリオの悪口でも言われたのか。…………この不機嫌具合を見ると、三つ目の方だと思う。
「姫様。貴方様方は本日の主役。御偉い様方がわざわざ遠いところから足を運んで下さっているのですよ? 貴方様がそのような顔をしていますと、せっかくの誕生日パーティが……」
「構わないわよ。そいつらは別に私達を祝いに来たわけじゃないもの。そいつらは王であるお父様の権威にあやかりに来ただけ。」
姉上はふんっと鼻を鳴らし、そっぽを向かれる。会場には既にお客様が何人か集まって、主役の僕らを待っている。外を見ると馬車などが連なって、こちらに列をなしているのが分かる。しかし、僕はともかくかなり身なりを整えるのに時間を要する姉上はまだ服を着替えただけ。途中でメイドたちを追い出してしまったからだ。それで既に準備を終えている僕やリオが呼ばれたのだ。
「エマ様、そのような子供じみたことを言うべきお歳はもう過ぎておりますよ。貴方様ももう14。少しはおしとやかさというものを………」
珍しく辛辣な言い方をするリオ。しかしいつもは過保護なリオのその言い方でも姉上を窘めるにはいたらなかったようだ。
「何よ! 私たちに黙って見合いなんかするリオに言われたくないわ! 」
いつもであったらリオが来た時点で、多少機嫌がよくなる姉上がリオが来てもそのような態度な理由がそこで分かった。
「………聞かれたのですか。」
リオはしまったとばかりにため息をついた。僕はそれを見て、見合いの話は本当なんだと落胆した。それは姉上もおなじだったようで、持っていた枕に顔を埋めた。
「結婚したいならとっととして、どこかへ行ってしまえばいいのよ! ずっと一緒にいてくれるって言ったのに!! リオの嘘つき!!!」
リオは気まずそうな顔をしたが、僕と目が合うと微笑んだ。そして姉上へと話しかけた。
「申し訳ありませんでした。しかし、まだまだエマ様方の元を離れる気はありません。貴方様方が立派になられるお姿を見届けてからと思っております。お伝えしなかったこと、お許し願いますか?」
リオは姉上のそばに座り、頭を撫でた。すると姉上はゆっくりと顔を上げ、少々赤くなった目でリオを見た。
「………許さない。………でも、いつものしてくれたら許してあげる」
リオはきょとんとし、そして小さく笑った。そしていつも寝るときしてくれる、おでこにキスをひとつ姉上にした。これで姉上の機嫌も直るだろうとほっとしたのが間違い。
「エドにも」
姉上が僕を指さして言い、リオがこちらを向いたのだ。僕は慌てて首を振った。リオの言う通りもう子供ではないし、僕は初陣する歳でもあるのだ。武人がそのようなことしてもらうわけには………。でもリオが微笑み、
「お姉様があのように言われていますが、よろしいですか?」
と言うと僕は頷くしかない。リオが僕の額にキスをすると、自然と顔が熱くなるのがわかる。
「………さて、それではお部屋を出ましょうかエド様。お姉様は誕生日パーティーのご準備をなさいますから。さらにお綺麗になられたお姉様を楽しみに待っておりましょう。」
リオはそう言って笑った。さすがリオだと思った。姉上の機嫌が途端に直ったからだ。それから数時間後、無事に僕らは誕生日パーティーの会場へと入った。
☆
「我が息子エドワールと、娘エマリアのためにわざわざ足を運んでくれ、感謝する。今日はゆるりと寛いでくれ。」
父上のお言葉があり、僕らの周りには人が集まった。話の内容は父上の話、国の話、自分たちの家の話などどれも僕らに媚を売る言葉ばかり。僕はまだ聞き流すことはできたが、姉上のご性格を考えると………
「………エマ様!」
ちらっと姉上の方をうかがうと、姉上をリオが必死に留めていた。姉上を取り囲んでいる人々を見ると、若い身なりの整った者ばかり。求婚の話だということは察することができた。
「………ということでして。殿下、こちら私の娘でございます。どうぞお話を……」
いつの間にか僕の周りもそのような状況となり、僕は隣にいるベルンフリートに助けを求めた。ベルンフリートは僕が言いたいことを察してくれたようで、申し訳なさそうな顔をし、歩きだそうとする僕の前で道を作った。
「申し訳ありません。殿下は少々気分が優れないようでして。」
姉上がリオを信用しているのと同じように、僕はアヒムの下で一緒に稽古していたベルンフリートや時々家庭教師をしてくれていたフィルマンを信用している。小さい頃はリオ以上に一緒にいたが、ベルンフリートたちが十一人衆になってから忙しくなり、殆ど一緒にいることはなくなった。しかし、このような場でいつも僕の警護をしてくれるのはベルンフリートにフィルマンと変わりない。
「大丈夫ですか? 殿下」
僕はため息をつきながら頷いた。父上はよく平然と話を聞いていられるものだ。僕は久しぶりに人間の中にあるドロドロとしたものを見たような感じがした。
「人というものはそういう生き物でございます。自分の利益のためならば、必死で媚も売りましょう。貴方様は将来王となられる方。今のうち気に入られておこうとする彼らの気持ちも分からなくはありません。」
フィルマンが淡々と僕を諭した。フィルマンの言葉に僕は苦笑いをするしかなかった。
「少し風に当たったらすぐに戻るよ。………姉上のこともあるし」
本音をいえば終わるまでここに避難したいのだが、姉上のことを考えるとそうも言ってはいられない。僕がパーティーから離脱したと分かると、何をするかわからない。ただでさえ短気な性格なのだ。
「そうですな。………しかし、もう遅いと思われますが。」
フィルマンがふくみをもたす言い方をする。
「フィルマン、それはどういう意味……… 」
ベルンフリートは言葉を切った。中が騒がしいことに気づいたからだ。……嫌な予感しかせず、中の様子をうかがうと、やはりその騒ぎの中心は姉上だった。
「しつこい……そう言っているのが聞こえなかったのでしょうか? 」
とうとう我慢ができなかったようで、姉上は威圧的な目で自分より年上の相手を睨みつけていた。リオは少し離れたところで料理を片手に、真っ青になっている。
「な、何をなさるのです! 私はただ……」
「さっきからベタベタベタベタと触ってこられ、不愉快極まりありませんわ。どうぞ私からお離れになっておくつろぎ下さい。貴方方もです。ごきげんよう。」
よほどしつこく言い寄られていたようで吐き捨てるようにいう姉上。リオが料理をおいて深々と唖然としている人々に一礼した。
「申し訳ありません。どうやらエマリア様は少々お疲れでいらっしゃるようです。失礼いたします。」
そして姉上はこちらへ一直線に歩いてこられた。不機嫌な様子を隠そうともせず、男達に一瞥もせずにその場から立ち去ったのだ。その後ろを慌てたリオが追いついてきて、中へ入る扉を閉めた。
「……お尻を触られたし、あいつらベタベタベタと………」
姉上はイライラとした様子で、風で乱れそうな髪を整えながら言った。リオは姉上を見てため息をつく。
「だとしてもですね、相手は大臣のご子息でしたり、この國の未来を担われる方々だったりと………」
「リオはあいつらの肩を持つの!」
「そういうわけではなくて………」
どうやらリオでも手に負えないくらいの怒り具合のようだ。僕は苦笑いしながら、姉上の隣に立った。姉上はちらっと僕を見る。
「…………エドが逃げるから、その分私に回ってきたのよ。一人で逃げるなんてこの薄情者」
「逃げるなんて。僕はただ……避難しただけだよ姉上。」
「同じじゃない! あんたはいいわよね。相手を選べるんだもの。私の相手なんてお父様が決めるのよ? 最悪よ」
姉上がため息をつきながら言う。だけど僕からしてみれば、姉上の方が羨ましい。姉上と僕は同じなのに同じではない。幼い頃からそれは実感してきたことだ。自由奔放な姉上と違い、僕はそれを許されなかった。しかしどんなに努力してもベルンフリートのように強くはなれないし、フィルマンのように先が見通せる能力もない。姉上のようにすぐに行動できるわけでもない。努力しても努力しても全く成長しない僕に父上は愛想を尽かしたようだ。………まぁ、元々興味なんてなかったようだけど。お父様の子供のくせに、何をしても上手くできない僕に、皆分かりやすい態度を示した。上辺だけの言葉、上辺だけの笑顔を向けられ、僕はそれに反応し無ければならない。どんなに反対のことを思っていても、顔を偽りながらそれに頷かなければならない。そんな様子を見かねてか、ベルンフリートたちは気を利かせてくれて、僕を外へと連れ出してくれた。
「そんなこと言うなんてエマ様らしくありませんね。陛下が選ばれた相手でありましても、気に入らなかったらお断りすれば良いのです。そうでしょう? エド様に当たられるのは筋違いというものです。」
リオの言葉にフンっと鼻を鳴らし、そっぽを向く姉上。僕は一瞬リオが姉上に対して怒ったのだと思い慌てたが、リオが姉上の隣で微笑んでいるのを見てホッとした。姉上たちのやり取りを見て、ベルンフリートやフィルマンがくすっと笑う。
「…………もし………」
姉上は珍しく声を小さくして言う。僕は姉上が何を言いたいのかすぐに分かった。そして姉上が荒れている理由も。リオは姉上の言葉を静かに待っていた。
「………もし私が結婚して、どこかの宮殿に行っても、リオは来てくれないんでしょ? 結婚してどこか行っちゃうんでしょ?」
姉上のその言葉にその場いた全員が反応した。ベルンフリートは明らかに不機嫌な顔になったし、顔そのものは冷静を装っているが手がせわしなく動いているフィルマン。そんな僕も思わず目線が足元にいってしまう。リオが僕らから離れてしまうことに納得できなかった。しかしそんな中、リオは優しく微笑んで、姉上を見ていた。
「エマ様が望むならば私はどこへでも付いていきましょう。たとえ結婚できたとしてもその方と常に一緒にいなければならないという事もありませんし。エマ様が無事立派な王妃様となり私など必要ないと言われるまで、私はおそばにいますよ。」
リオの言葉に姉上はばっとリオを見た。その顔は先ほどとは違い、安堵する顔だった。
「ほんと! ほんとね! 私リオを手放す気なんてないんだから!」
そう言って姉上は微笑んだが、僕の心は複雑だった。ふとちらりと先程から沈黙を続けている二人を見ると、よく分からないオーラが出ており、それは触れてはいけないのだと僕は目をそらしながら思った。そして抱き合っているリオと姉上を見て、早く大きくなりたいと僕は思った。
「さて、そろそろお戻りになるお時間ですよ。いいですね。エマ様、エド様」
しばらくしてリオは姉上から体を離し、そう言った。リオのこのような切り替えの早さは流石だと思う。そして、思い出したようにベルンフリートやフィルマンを見て、リオは口を開いた。
「ベルンフリート様にフィルマン様もです。お二人のお姿が見えないと、淑女の皆様が探しておいででした。護衛だけにかまけていらっしゃらないで、接待の方もよろしくお願い致します。」
「おやおや、それはまた手厳しいことで。」
フィルマンは困ったように軽く返事をしたが、ベルンフリートは不機嫌そうな顔をしたままそっぽを向いていた。その雰囲気はお世辞にも良いとはいえない。僕はフィルマンにこそっと聞いた。しかしフィルマンは笑って首を振った。
「いえ、奴はただ不器用なだけなのです。馬や武器は器用に扱うくせに、自分の気持ちを表現することに関しては昔から不器用でして………」
「誰が不器用だ! どこかの誰かではあるまいし、殿下にお前の考えを押し付けるな。どちらかというと俺は器用な方だと思っておるし、さらに空気の読み方も完璧だ。」
その言葉に反応したのが何故かフィルマンではなくリオだった。リオは何か言いたそうに眉間にシワを寄せているが、その口は閉じたまま。言いたいことがあるならば言えばいいのに。しかし、リオの我慢もベルンフリートの次の一言により爆発した。
「自分は空気を読めるなどと勘違いしておる奴よりかはましな方……」
「誰が空気を読むのが完璧だと!? 貴方様もいい加減しつこい性格をしていらっしゃいますね。一体いつのお話をされているのでしょう。」
「お前がそのような勘違いをしておる限り、何度でも教えてやる。大体お前はこちらのことなんかお構い無しに………… エドワール様!?」
「えっ?」
リオたちの久々の言い合いにアタフタしていると、急な突風により僕の体が持ち上がるのがわかった。そして僕は手すりに体をもたれかかっていたので、その体勢は崩れてしまい僕は下に落ちるのを感じた。しかし間一髪でベルンフリートが僕の体を抱き抱えてくれたので、地面に衝突することは防がれた。
「お怪我は? 大丈夫でございますか!?」
僕の体を隅々と見るベルンフリート。しかしその頭に葉っぱが何枚も付いているのがとても面白かった。ベルンフリートは何故僕が笑っているのか分からない様子で、僕を降ろした。
「エド、あんたもついているわよ。」
僕は降りた後も笑っていたが、姉上の言葉に慌てて頭を振った。しかし、姉上は僕の頭を抑え、笑いながら言う。
「髪の毛がぐちゃぐちゃになるわよ。ちょっとじっとしてなさい。」
しかし姉上が髪の毛を整えてくれるのは照れくさく、彼らを見ると三人ともにこやかに微笑んでいたのでさらに恥ずかしくなった。
「ベルンフリート様、貴方様も葉っぱがついております。」
リオが自分の頭を指さしながら、ベルンフリートに言った。ベルンフリートは頭を触るが逆に髪の毛が乱れていく。僕とフィルマンは笑ったが、リオはため息をついた。
「私がしますので、少々屈んでください。」
ベルンフリートが言われた通りに膝を曲げた。リオは器用に葉っぱを取っていく。先程まで喧嘩していたのに、やはり二人は仲がいい。そしてそのまま二人の様子を観察していると、
「うん、できたわよ。」
と言われたので、ほっとして僕は目にかかっていた前髪を払いながら、彼女にお礼を言った。そして再び二人に目を戻すと、不思議なことが起こっていた。
「ま、待ってください! 別に私はいつもしている訳では……って聞いているのですか!!」
先程まで淡々と葉っぱを取っていたリオが動揺していて、先程まで不機嫌だったベルンフリートが今度は上機嫌で僕のところに来ていたのだ。フィルマンを見ると、彼もこの状況が読めていないようで首を傾げていた。
「違いますよ! 本当に違いますからね! 行きますよ姫様。」
「いいけど、何故顔が真っ赤なのリオ。」
「暑いだけです!」
結局何が起きたのか分からないままだったが、リオたちがパーティーへと戻ったので、僕もそろそろ戻ろうかとベルンフリートたちを見た。
「少々お待ちを殿下。」
しかしそれはフィルマンから止められてしまった。僕はきょとんとし、彼の次の言葉を待った。フィルマンはこうして時々僕の考えを聞きたがるのだ。
「こちらからお二人を見て、何かお気づきになることはありませんか?」
しーっと口に手をあて、フィルマンはリオたちを指さした。別段二人の様子は変わりない。挙げるならば、姉上の機嫌が先程より良くなり、再び求婚相手が集まっているということか。リオはそれを隣で眺めている。ふと、会場にいる一部の人々がリオを指さしてコソコソ何か言っているのに気づいた。かすかにその人たちの声が聞こえてきた。会話は聞こえなかったが、彼らは何度も穢れや不吉などという言葉を繰り返していた。フィルマンを見ると、フィルマンは僕にほほ笑みかけ、答えを待った。
「…フィルマン、一体なんだと言うのだ? 」
ベルンフリートが僕をちらりと見てフィルマンに言った。フィルマンはベルンフリートに目線を送ると、ベルンフリートはやれやれといった表情をした。しかしその目はリオの陰口を言っている者達に向けられており、怒りのようなものが秘められていた。
「…………初対面のはずなのに、リオを悪く言う人々が多いこと?」
「ええ、その通りです。しかし、それは何故だと思います?」
昔、リオに一度直接聞いたことがある。ほかのメイドたちがリオのことを言っていた内容が気になったのだ。それは彼女が魔物なのかということ。それを聞くと彼女は少し困った顔をし、
「エドワール様はどう思われます?」
と逆に聞き返した。僕はそのとき分からないと答えた。
「貴方様が私のことをそう思い、遠ざけたいのであれば私はそう致します。」
その言葉に僕は慌てて首を振った。何であろうとリオがリオなのには変わりないし、それにリオ以外の人たちは僕らにとってあまりいい印象がなかったからだ。
「ただリオのことを知りたいなと思っただけなんだ。」
するとリオは嬉しそうに微笑んだ。そして自分の過去、境遇をかいつまんで教えてくれた。そしてそれをよく思っていない人もいるのだと。それを思い出し、僕は口を開いた。
「………リオのことを魔物だと思っているから?」
「そうです。では、何故魔物だと疑われると、悪く思われるのでしょう?」
フィルマンの質問はいつも突拍子もないことだが、このときはさらにそうだった。そんなこと考えもしてこなかったからだ。魔物=悪いものだということが僕の中で成り立っていたし、周りにそれを覆すような発言をする者もいなかった。僕はいつも周りが言っていることを口にした。
「………魔物は人を襲い、害を与えるもの…だから……?」
だけど、僕は自分で言っておいてその答えに納得できなかった。確かに人を襲う魔物もいる。しかし果たしてそれがすべてなのか。人を襲う動物はいるが、逆に襲わず人間と共存する動物もいる。……もしかしたら僕は一つの観念に囚われているのではないか。まだ僕はここ以外の世界を知らない。よって、まだ結論を出すのは早い。僕が無知だからだ。そのような考えから僕はフィルマンを見て、先ほどの答えを言い直した。
「……分からない。」
僕の答えにフィルマンは一瞬目を丸くされた。
「………ほう。」
そして何かを納得したかと思うと、フィルマンは微笑んだ。
「その答えはご自分で見つけてください。これは私からの宿題です。」
そして、僕に中へ入るように促した。ただ人に囲まれても、僕の頭はフィルマンの宿題でいっぱいだった。そしてそれは、パーティーが終わったあとも、僕の頭を占めていた。魔族と人は200年くらい前の戦争で互いに境界線を引き、干渉することはなかった。しかし、魔物が出現するにつれ、人々は魔族が再び人間界に進撃するつもりなのだと懸念してきた。家庭教師の先生は魔族の歴史を教える際、魔族は一匹残らず殲滅するべきという考えを示していた。僕はそれに疑念を抱きそれを口に出すと、狂ったように批判し幼いながらに驚愕したものだ。
部屋に戻り、窓の外を見ると、青い空や街々が広がっていた。そこでふと僕は本の中でしかそれらを知らないのだという事に気づいた。この空の下にどのような人々がおり、どのように毎日を過ごしているのか、また魔族に関してもそうだ。僕は彼らについて何も知らない。そんなことで国を治めることはできるのか。それに僕は………
「今日はお疲れ様でした。」
考えにふけってリオが入ってきたのに気付かず、僕は驚いてリオを見た。リオはそんな僕を見て笑う。その顔を見ながら、多分リオは僕とは違い世の中のことを分かっているんだろうなと思う。リオは頭がいい。だからこそ自分が人からどのように思われているのか理解している。小さい頃からそれはリオを見ていて思っていたことだ。
「エド様? どこか具合でも悪いのですか?」
僕があまりにも黙っているので、リオに心配をかけてしまったようだ。僕は大丈夫と首を振った。そして、まだ考えははっきりとしていなかったが、僕はリオに語りかけた。
「………リオ。僕ね、まだ良くわからないんだけど、王様になったらやってみたいことがあるんだ。」
僕の言葉にリオは目をぱちくりとさせたが、すぐに微笑んだ。何だか嬉しそうだった。
「それはよろしいことです。世界は広いのですから、もっと多くのことを見て知られることは、将来この国のために繋がると思いますよ。」
「………うん!」
まだ何も知らない僕は、まだ見ぬ世界に胸が高鳴っていた。しかし、僕のこの夢は望まぬ形で実現することになる。決して遠くない未来で。そして、それはこのときの僕には思いもしないことだった。