忍び寄る謎の影
その後自分の部屋に戻った私は、真っ直ぐベッドへと行き、寝転びました。
「………ふぅ。」
私の部屋は使用人の部屋にしては少々豪華で、一人部屋に鏡台もあります。他の使用人は共同部屋で、この時は一人部屋でよかったなとしみじみと思うのです。色々なことがありすぎました。魔物たちの侵入、今後のこと、そしてお見合いのこと。まあ、それは今悩んでも仕方ありませんし、まずは明日、エマ様やエド様にご心配をおかけした謝罪と看病をしてくれたお礼に参らねば。それに今日の仕事を変わってくれた方々にもお礼を言って……明日は大忙しです。数時間前に起きたばかりなのですが、再び眠気が襲ってきました。どうやら体は睡眠を欲しているようです。私は着替えることも億劫になり、そのまま目を瞑りました。
「その綺麗な目をもう閉じてしまわれるのかな?」
私以外誰もいないはずの部屋から声が聞こえ、私ははっと目を開けました。そして部屋を見渡すと、赤いバンダナを頭に巻いた男がドアにもたれかかっていました。先程までは誰もいなかったはず。
「………どなたでしょう。女性の部屋に声もかけず入るだなんて、無礼だと思いませんか?」
私の警戒する声に男は面白いものを見るかの様な顔をし、私に笑いかけました。
「それは失礼いたしました。ここがまさか貴方のような可憐な女性の部屋だとは思いもしなかったもので。」
軽い調子でニコッと笑う男でしたが、その言葉が嘘だということは私でもわかりました。
「………そうですか。でしたら、お帰りはすぐそちらです。見ての通りお茶などを出すことは出来ませんので、さっさとお帰りになった方がよろしいかと。」
「おやおや。それは手厳しい。」
そう言いながらも、男は私の方へ近づこうとします。私は後ろへ一歩下がりました。何が目的か知りませんが、唯一の出口は男がいる方向。ベルンたち騎士団長に比べて、体つきや雰囲気も大したことないようなこの男ですが……しかし、何故でしょう。私の中で警報がなり止みません。というのも、隙が全くないのです。へらっと笑ってまるで無害そうな顔をしていますが、その目は鋭く私を見ています。私はその目つきに背筋が凍るような思いをしながらも、必死でこのバンダナ男から逃げる手段を考えてました。この部屋に武器はなく、逃げるとすれば後ろの窓から。しかし、得体の知れないこの相手に背中を見せての逃走は危険です。せめて窓が開いていれば飛び出せるのですが……。
「そのように警戒しなくても何もいたしませんよ。ただちと野暮用がありまして。」
先日の魔物の件がつい昨日起こった後で、この見知らぬ男が無関係だとは思いません。私はゆっくりとさらに後ろへと下がろうとしました。しかし、
「っ!?」
私は足に突然の痛みを感じ、そのまま座り込んでしまいました。立ち上がろうにも足が動きません。さらに足を見ると、紫色の模様のようなものがありました。………これは……?
「枯渇痕ですな。しっかし、これはまたえらく派手に出てますな。よく今まで普通でいられたものだ。もしかして自分が魔法を使えるのだということに気づいておられなかったのか?」
いつの間にか私の目の前にいる男が私の足の痣のようなものを見て聞きました。この男はこれが何か知っているようです。私は恐る恐る口を開きました。
「………自分がそのような能力を持っているということは気づいておりました。」
さて、ここからどうやって聞き出すかが問題です。もしかしたらこの男は害を為すものかもしれません。しかし、聞き出せる情報は聞き出しておいて損はありません。それに今まで謎だったこの能力のことが分かるかもしれないのです。
「すると、周りの目を気にして使えなかったという方が正しいのか。それならば、このように濃い枯渇痕なのも頷けるな。」
さらに男は枯渇痕とやらの説明を付け加えました。枯渇痕とは、いわゆる体内の魔力不足が原因となって現れる痣のことで、まだ未熟な魔法使いなどによく現れるのだといいます。私の場合、足に出たのは負担がかかるような魔力の強化をしたせいで、魔力のバランスが崩れ、足の方に魔力が十分に行き届いていないのだと。魔力はいわゆる血液みたいなもの。それが全体に行き届かなければ、つまりは死を意味します。私はそれを聞き、ぞっとしました。無知とは恐ろしいものです。
「と、いうところで俺の出番なのです。おっと! 俺としたことが貴方のお名前を聞いておりませんでしたな。お聞きしても?」
何故ここで、見ず知らずのあなたの出番なのかよく分かりませんが、何かあるのでしょう。
「………リオと言います」
「おおっ! それはまた綺麗なお名前ですな。可憐な貴方にふさわしい。そんな貴方に一つ詩を送りたいところですが、残念ながら時間がありません。それはまた次回ということにいたしましょう。」
私はただきょとんとして、目の前でよく喋る男を見ていた。よくもまあそのような聞いている方が恥ずかしくなるようなセリフを言えるものです。
「それでは失礼して。」
男は私を抱き抱え、にっこりと微笑みます。よく見ると男は大変整った顔立ちをしており、ぎょっとするような美少年でした。歳は私ともベルンともあまり変わりません。
「なっ!? なにを………わっ!?」
私はベッドの上に下ろされました。しまったと思った時にはもう遅く、男は私の顔に手を添えて妖艶な笑みを浮かべました。
「何もしませんよ。リオ殿はただ気持ちを楽にして、目を閉じさえしておけばよいのです。」
「近いです! 止めてくださ……!?」
急に声が出なくなるのが分かり、私は喉を触りました。男はその様子を見て微笑み、私の首元に唇を当てました。ぞわっとする感覚がし、私は必死に抵抗しましたが、男は離れる様子はありません。そして私は先程襲った眠気が再び訪れるのを感じました。私の抵抗もむなしく、そのまま深い眠りの世界へと落ちていきました。
☆
「…………はっ!?」
目を覚ました時、外は既に明るく、部屋には誰もいませんでした。私はいつの間にかかけられている掛け布団を脱ぎ捨て、体を確認しました。見たところ変わりはありません。私はひとまずホッとして、ベッドから降りました。そしてふと着替える時に鏡を見ると、首に赤い虫さされのようなものが見えました。鏡に近づいて見てみますと、それは薔薇のような形をしているようでした。
「………なにこれ?」
私はこすって消そうとしましたが、私が一瞬目を離すとその薔薇の形をしたものは消えておりました。私は首を傾げましたが………まぁいいでしょう。結局、あの美形は誰だったのでしょうか。野暮用とは何だったのでしょう?……それとも疲労からくるただの夢だったのでしょうか?……さて、今日は大忙しです。