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突然の襲撃

────────


異界仮想歴815年。アレクサンドロス王が治める大国、ハウヴァー王国は次々と他国の侵略を進めていき、ついに三大大国の一つと呼ばれるまで成長していった。アレクサンドロス王は7日という短期間で国境に塀を作り、他民族の侵入を拒む政策をとった。それは同時に強大な力を持つ魔物の侵入も拒むこととなったので、平和が訪れたハウヴァー王国は益々発展していった。これを人々の間で《安息の7日間》と呼ばれる。


アレクサンドロス王の子、エドワール。御年13となる。王子としての自覚が芽生え、その素質も優秀な家臣たちによって磨かれていく。しかし、やっと平和と安泰がもたらされたハウヴァー王国に、驚異が迫っていることをやはりまだ誰も気づいていなかった。


────────


ご無沙汰しております。リオです。この国も大きくなり、街もにぎわいを見せております。この3年間で、私は王妃様のお側もおまかせ頂けるようになり、愚鈍な自分でも成長するのだなぁとしみじみと感動しているところです。王女様のお転婆も人前では少々控えめとなり、お稽古に励まれる日々。また殿下はもうそろそろ初陣するお年へと近づいてこられたので、アヒム様の元で必死に毎日鍛錬に励んでおります。そうそう。ベルンは戦での功績が認められ、騎士団長の中でも、名誉あるアレクサンドロス陛下側近十一人衆の中へと抜擢されました。今日も忙しく、地方を廻っております。私も自分の仕事を頑張らなければ。


「マリア様。失礼致します。リオです。」


王妃様から呼び出された私は王妃様のお部屋の扉を軽く叩きました。


「お入りなさい」


凛とした声が中から聞こえたのを確認して、私は扉を開けました。部屋には王妃様が1人大きな椅子に優雅に座られていらっしゃいました。肌が白く、人間とは思えない綺麗な顔立ちに、線の細い身体にかかる艶がある金色の髪。絶世の美女という言葉がこの方にぴったりでございます。何をするにしても絵になる方で、私はつい見とれてしまいました。アレクサンドロス王がゾッコンなのも頷けます。


「そちらにある物を。」


王妃様は表情を変えず私に命じられました。マリア様のお部屋はアレクサンドロス王が戦地から持って帰られた物で溢れております。王はまず手土産をマリア様のお部屋へと運ばれ、王妃様が部屋に残すのかどうか選別されるのです。今回はあまり大きいものはなく、私はほっとしました。


「かしこまりました」


金で作られた琴に、宝石が散りばめられたネックレス。次々に高価なものを箱に直したり布をかけたりなどしていくと、ふとある物に目が止まりました。それは幸運の花と呼ばれる植物が中に入っていまして、他の物と比べるととても質素なものでした。アレクサンドロス王がこれを選ばれたとは、何とも珍しい。


「マリア様。このペンダントなのですが……」


私はマリア様の前にそのペンダントを持っていきました。マリア様は私の手の中のものをチラッと見ました。


「差し出がましいようですが、この花は大変貴重で、またこのようにきちんとした形であるは大変珍しいのです。幸運の花と呼ばれておりますし、これは残されておいた方がよろしいのではないでしょうか?」


幸運の花を身につけると、その人は笑顔で暮らせるという話を聞いたことがあります。それを思い出すのと同時に、アレクサンドロス王の願いがこもっているようにも思われました。


「………幸運の花ですか。ハイルの花弁はほかの部分と違い、使い道はなくまた成長も遅い。それを幸運とは、滑稽なことです。」


淡々としかしまるで吐き捨てるように言われるマリア様。氷の王妃と言われているほど、表情に変化がなく感情の起伏が見られないマリア様のこのようなご様子は初めて見ました。……あまりこの花が好きではないのでしょうか?


「…私は花の中には小さな人が住んでいて、その人が笑わせてくれるから幸運の花と言われているのだと聞きました。小さい人は体があまり強くなく、寿命も10分の1。しかし彼らが作るものは絶品で、綺麗であると。お伽噺のような話ですが、本当に小さな人が住んでいたらと思うと夢がありますよね。」


私がペンダントの中の赤色の花を見ながらそう言いましたところ、小鳥のさえずりのような笑い声が聞こえました。私はその声の主がマリア様だと気づくのに少々時間がかかりました。


「小人ですか。それはまた可愛らしい。気に入りました。」


私の手の中にあるペンダントを取り、自分の首にかけられるマリア様。微笑むそのお姿はまさに女神様のよう。この出来事から私は、マリア様と少しお近づきになったように感じました。



「なるほど。あの氷の王妃様がですか。それは興味深いことで。」


「はい。もうとてもお綺麗でいらっしゃって、同じ女の身でありましてもつい見とれてしまいました。」


私はマリア様のお部屋から物を運び出し終えると、その足で書庫へと向かいました。そこにいらっしゃったのは、ベルンと同じ騎士団長であり十一人衆の一人、フィルマン・フランク様でした。彼はベルンとは違い倒した敵の数で十一人衆に選ばれた訳ではなく、その戦い方で抜擢されたのです。先の戦で死傷者は、掻きむしって血が出たという者一名という前代未聞の出来事で、見事大勝利を叩き出した方なのです。フィルマン様は眼鏡をあげながら、私に言いました。


「それはそれは。貴重な経験をなさったようで。それにしてもリオ殿は随分古いタイプのお伽噺を知っておられるのですな。」


「やはり古いのですか? 」


「ええ。それは小人がまだ発見されていなかった時のものかと。確認されている現在では確か……妖精でしたか。」


小人の次は妖精ですか。それはまた夢がある話です。私は微笑みながら、フィルマン様のコップにお茶を注ぎました。


「おおっ、もうこんな時間ですか。そろそろ始めましょう。帰宅するのが遅れてしまう。」


ふと時計を見られたフィルン様が私にペンを渡されました。


「はい。本日もよろしくお願いします。」


フィルマン様はベルンと同じ歳でありながらも、この王宮で彼以上に博識な方が見当たらないという程、知識が豊富な方です。昔からの顔なじみであることもあり、この世界の学が全くない私はフィルマン様に頼み込み、こうして週に二回ほど勉強を教えて貰っているのです。お陰様で今では簡単な文であれば読み書きができるようになりました。


「違う! ここの訳、やり直しです!」


私が頭を悩ませて出した答えを見て、バンっと机を叩かれるフィルマン様。………いつもの感じはどこへやら。豹変して、かなり厳しい鬼先生。私が別の訳をし、恐る恐るフィルマン様をうかがいますと満足そうに頷かれていました。私はホッとして次の問題へと移りました。


「リオ殿。この問だが……」


ビクッと体を震わせました。……その問はつい答えを適当に書き、投げ出してしまったところ……。その途端、丸めた紙束で頭を叩かれました。


「諦めましたな。言ったでしょう。私は解く速さは問いませんが、考えを放棄することだけは許しませんと。何回言えば分かるのですか? この頭は見かけだけですか?」


頭を丸めた髪束でポンポンと軽く叩くフィルマン様。私は睨みつけるようにその問を見ました。………あー!だめです。いくら考えてもこれは………。助けを求めるようにフィルマン様を見ると、ため息をつかれました。


「そう簡単に答えが出てしまえばそれまで。人間は頭を使ってこその生き物ですから。私はあなたを買っているのです。死ぬ気で考れば答えも出ます。………ひとつ言うとするならば、見るだけで導き出せる答えとは限りませんよ。」


…………見るだけ?今までじっと見てきた問でしたが、それだけではまだ足りないと……?私は別の紙にその問をまとめてみました。そしてしばらくするとそれが少々ひねくれた、ただの言い回しであると言うことに気づきました。私がその答えを書いて、フィルマン様を見ると微笑んで次の問へと進むよう言われます。私はこうやって見事に飴と鞭の見事なコンビネーションで達成感を感じさせられ、益々勉学への意欲が高まったのでした。


こうして時が過ぎ、私は提示された問題をすべて解き終わりました。


「フィルマン様、本日もありがとうございました。」


「いやいや。よく頑張っておられますよ。よき生徒を持って嬉しいものです。」


フィルマン様は嫌な顔一つされず、私に笑いかけました。本当に良き方々に私は出会ったものです。


「では、門外までお送り致します。」


「頼む。では、馬の準備を………」


その言葉で片付けをしていた私の手は止まりました。そしてフィルマン様を見ますと、ニヤッと笑っています。


「申し訳ない。すっかり失念しておりました。リオ殿に動物とは適切な組み合わせではありませんでしたね。」


…………この方はたまにこのように私をからかわれるのです。私と動物が相性がよくないと気づいたのは1年ほど前のことでしたが、その前からもそのきざしはありました。何故か私が近づくと鳩や鳥たちが去っていったり、馬たちが馬小屋の奥から出てこなかったりと。はっきりと気づいたのは乗馬の時です。アヒム様が朝の稽古の途中、エド様と共に私も教えていただいたのですが…。…私が近づくと馬たちは怯えるか威嚇をし、私を警戒するのです。エド様には従順でありましたのに。その現場をフィルマン様に目撃されて以来、ずっとこのネタでいじられるのです。私はどちらかと言うと動物は好きな方ですのに。


「………思い出されたのであれば、馬はほかの方にお願い致します。」


「いやいや、私がしよう。アイツは気難しい奴ですからな。」


遊ばれている。いつもそう感じる私なのです。


「ベルンフリートはいないのですか。いい加減、文句の一つでも言おうと思いましたのに。」


少々残念そうに言われるフィルマン様。実はこの二人は性格もタイプも違いますが、友人同士であります。幼い頃からお互い切磋琢磨しながら、今のような名誉な地位を得るための努力をしてこられたのです。それを近くで見ていた私は、大変羨ましく感じておりました。


「フィルマン様が寂しそうにしていたと伝えておきます。」


笑いながらフィルマン様にそう言いますと、途端に不服そうな顔をされます。


「寂しいなどあるわけがありません。むしろその逆です。あんな奴と話したらこちらも馬鹿になってしまいますから。」


「そうおっしゃらず。ベルンフリート様の方は、フィルマン様のことを気にしていらっしゃいましたよ。あいつは栄養失調でくたばっているのではないかって。」


アレクサンドロス陛下側近十一人衆に選ばれた方の殆どは王宮に住んでおります。しかしフィルマン様は、片道三時間かけてここまで来られるのです。家に婚約者の方でも待っていらっしゃるのでしょうか?目の前のきちんとした身なりのフィルマン様を見ると、その可能性もなくはないなと思います。


「くくく。そうですか。それならば会ってやらんとですな。ちなみにリオ殿は寂しがって…………」


言いかけた言葉を途中で止め、バッと門の方を見られるフィルマン様。私もそちらを見ますと、そこにいたものに驚愕いたしました。


「なぜ魔物が!? 」


そこには門番二人に襲いかかっている魔物たちの姿があったのです。今現在、王宮は手薄状態。王のお側に数名の実力者はいるものの、そのほかの警備は不安なところがあります。私はフィルマン様を見ました。フィルマン様は頷かれ、走り出します。私もその後ろに続きました。魔物は三体。一体はとても大きく、クマのような容貌をしている魔物で、残りの二体は大きな可愛くないウサギのような魔物です。これらはこの国で見られない魔物たちなので、外から入ってきたとしか考えられません。しかしそんなことは今は後回しです。門番二人に魔物三体は荷が思いでしょう。私たちは加勢へと向かいます。一瞬私は報告へと行くべきではないかと迷いましたが、こうも騒いでいたら誰だって気づくでしょう。


「私はあの大熊の相手をします。リオ殿はあのウサギみたいな魔物共を門番たちと。」


「はい! お気を付けて」


「そちらも。無茶はされませんように」


私たちは二手に別れ、魔物達の前へと立ちました。門番たちはまだ新人のようで、混乱しておりました。


「大丈夫です。貴方の実力でありましたら、余裕の相手です。落ち着いて相手を見て下さい。」


私は二体の相手していた門番の一人に声をかけました。目の端では、もう片方の門番がこちらへ慌てて走ってきます。この二人に一体を頼みましょう。私は………


「ぐぎ?」


この涎まみれのウサギです。歯は鋭く尖っていて、二足歩行のこのウサギたちの手には使い古された斧が握られています。いつもしている稽古のとおりすれば、私でも大丈夫なはず。私は思いっきり息を吸い込みました。


「貴方方はそちらの一体をよろしくお願いします!」


そう門番たちに叫ぶと、私はウサギの魔物一体の方へ走り出しました。


「ぐぎゃぎゃぎゃ!」


ウサギは自ら飛び込んでくる獲物に笑って、斧を下ろしました。私はそれを避け、常備していた短剣で傷をつけました。剣の持ち合わせがありましたら一撃で倒せたのですが、仕方ありませんね。


「ぎぎぎぎ! ぎー!」


まさか獲物から傷つけられるとは思っていなかったウサギが、怒って私に突っ込んできました。私はそれを受け流し、ウサギに回し蹴りをくらわせました。ウサギは潰れた蛙のような声を出し、すぐ起き上がりました。その目は本気で怒りを感じているようです。斧をしっかりと持ち、私に歯をむき出しにしてうなります。


「ぐぐぐぐ………ぐきゃぁぁぁぁぁ!!!」


ウサギはすごい高さで飛び上がり、私に斧を振り下ろしました。


「ぐ……ぎゃ………」


しかし、真っ二つになったのはウサギの方となりました。私はウサギの斧をスレスレで避け、ウサギの体を思いっきり蹴ったのです。斧を離したウサギをそのままその斧で真っ二つ…とまあこのような結末でした。


「う………うわぁぁぁぁ!?」


ブランクがありながらも無事に倒せて、私がほっと胸をなでおろしていますと不意に聞こえた門番たちの慌てた声。二人の方を見ると、ウサギが背中から羽を生やして宙に浮いておりました。しまった!脚力が彼らの能力だと思っていましたのに!そのウサギは真っ直ぐに王宮へと向かいます。……そこは姫様方の部屋の近く。私はそれに気づくと、斧を持ち走り出しました。


王宮の中は大混乱。他にも何体か入り込んでいたようです。廊下にも小さい魔物が二匹ほどいましたが、構わず切り捨てました。後で掃除が大変そうです。そして私は目的の部屋の扉を勢いよく開けました。


「エマ様!! エマリア様!! リオです。いらっしゃらないのですか!?」


いつもであれば部屋にいらっしゃるはずのエマ様のお姿が見当たりません。私はエマ様のことが気が気でありませんでしたが、その部屋を後にし、今度はエド様のお部屋へと入りました。


「エド様!! 失礼いたします!」


部屋にはエド様と遊びに来られたのでしょうエマ様がいらっしゃいました。しかしエマ様の行方を確認できましたが、おちおち安心してもいられません。先ほどの魔物もそこにおり、今にも斧をお二人に向かって振り下ろそうとしていたからです。私は一カバチか持っていた斧を力いっぱいその魔物に投げつけました。もし当たらなくても魔物の注意をこちらへと向かせれば私の勝ちです。斧は真っ直ぐ魔物の方へと行き、狙い通り魔物の頭部へと刺さりました。私はほっとしながら、お二人の元へ向かいました。


「リオ!」


エマ様が泣きそうな顔を私に向けられます。私はお二人に怪我がないか確認し、安心させるよう微笑みました。


「もう大丈夫です。私がお二人のこと命に代えてもお守りいたします。エド様、よくぞ姉君を守られましたね。ご立派でございます。」


私は放心しているエド様の頭を撫で、そして魔物の頭部に刺さった斧を抜きました。


「ここは危険です。避難いたしましょう。お二人共手を握って離しませんように。そして私の傍に!」


「う、うん!」


私はエド様の手を握り、廊下へと出ました。アレクサンドロス王はおそらく王室におられるでしょう。そこに向かえば安全は約束されたようなものです。


「リオ! あそこ!」


不意にエド様が私の手を引っ張りました。エド様が指を差された方向には、魔物が使用人たちを襲っている光景がありました。私はお二人の安全をとるか、使用人の命をとるか一瞬迷いましたが、未来の王が私に助けろというのです。私は頷き、お二人に動かぬよう言うと、大声で叫びました。


「こちらへ!!」


その声に反応して、大急ぎで走ってくる使用人たち。私も足に魔力をこめて思いっきり床を踏みました。思った通り、一瞬で使用人たちを追い越して、魔物たちとお見合いです。魔力にこのような使い道があったとは。


「エド様とエマ様を!」


私はそう叫ぶと襲いかかってくる魔物たちを斧で一掃しました。一秒一秒が命取りです。私は再び魔力をこめ、足に力をいれました。


「リオ!」


「はい。ただ今戻りました。皆様私に付いてきてください! 魔物がいた場合、私にお知らせを。」


使用人たちは青い顔で黙って何度も頷かれました。私はエド様の強く握る手を引っ張り、先を急ぎます。奥へと奥へと進み、見覚えのある大きな廊下を通りすぎれば王室というところで、邪魔が入りました。私たちの行く手をあのクマの魔物が遮ったのです。私たちを威嚇し、通すまいとしています。私たちが一歩後ろへと下がると、


「ひっ!!」


後ろを見た使用人のひとりが悲鳴をあげそうになり、思わずその口を手で塞ぎました。後ろには三体のゴブリンがいたのです。私は焦る気持ちを無理矢理落ち着けて、考えました。私にとって勝機があるのは後ろのゴブリンたち。しかし、私が相手している間にこのクマが何もしてこないとは限りません。それでしたら、クマの方を相手して、少し距離があるゴブリンたちが来る前にエド様方を逃せば、助けを期待出来ます。……迷う暇はありませんね。


「 私があのクマを引き付けます。その間に王室へ!!」


「リ、リオ!?」


私はエド様の手を離し、斧を握りしめて走り出しました。


「うごおお!!」


クマを曲がり角へと誘い込み、そのクマの後ろをエド様方が通るのが見えました。気づかれないかと少々ヒヤヒヤしましたが、私に気を取られているクマはそれに気づきません。


「グオオオオ!」


クマが私をかみ殺そうとしてきました。しかし、私は壁を蹴りそれを避け、そしてがら空きとなった脳天へ斧を振り下ろしました。欲を出したクマは無様な姿となり、そのまま絶命します。私は斧を抜き、急いでエド様方の元に参りました。まだゴブリンたちが残っているからです。ゴブリンたちの足は思った以上に早く、壁をつたわりながらエマ様方と距離を縮めていきます。私は再び魔力をこめ、力いっぱい床を蹴りました。一瞬眩暈がしましたが、そんなこと言ってられません。私はそのままの勢いで、ゴブリンの一匹を切り倒して、あと二体のゴブリンの前に立ちはだかりました。


「………あなた方の相手はこちらです。」


二体のゴブリンであれば勝機はこちらにあります。私は持っていた短剣をゴブリンの一体に投げつけました。反応できなかったゴブリンは床に倒れました。よし!これで…………


「ぐおおお!!」


しかし、私の考えは甘かったことを思い知らされました。あの死んだと思っていたクマが再び動き出したのです。


「嘘!? 」


斧が古いものだったため、刃が弱くなったのでしょう。斧の刃はこぼれていました。そのクマは脳みそを垂らしながら、私に向かってきます。私はそれを間一髪で避けましたが、その隙をついて残った一体のゴブリンをエマ様方の方へと行かせてしまいました。


「リオッ!」


エマ様が私の名前を呼ぶのが聞こえました。あのゴブリンを倒す手はあります。しかしそれをしてしまうと………。様々な事が頭を過ぎりましたが、最後に浮かぶのはエド様とエマ様の笑顔でした。


「…………愚問でしたね」


私は思いっきり斧をゴブリンの方へ投げました。目をギラギラさせているゴブリンはまさか後ろから驚異が来ているとも思わず、音を立てて崩れさりました。そして体液を廊下に撒き散らし、その動きを止めました。


「リオ!!」


エド様の声を聞きながら、私は後ろを見ます。大きな影が私に向かって、鋭い牙を向けて来てます。


「……………っ!!」


私は来る痛みのために備えました。最後にエマ様やエド様をお守りできたのです。アヒム様の弟子として恥じない最期であったと思います。アヒム様にご恩をお返しできなかったことは心残りですが、私の人生に悔いはありません。ふといつも無愛想で、会ったら言い合いしかしないあの人の顔が浮かびました。………私が死んだらその仏頂面も……涙で濡らしてくれるのでしょうか。………結局何も伝えられませんでしたが、それでいいのでしょう。私は………いちメイドですから。


「リオっ!!!」


突然聞きたかった声が私の名前を呼ぶのが分かり、ハッと目を開けました。私のすぐ横には頭に剣が刺さったクマが絶命しています。そして目の前には……最後に思い浮かべたあの人の姿が。その人はいつもの仏頂面を崩して、慌てた表情で私の方へと走ってきました。なんだ。別に死ななくても、あの仏頂面を崩せましたね。


「………どうされたのです? そのように慌てられて。」


こうして、助けていただいたのにも関わらず私のこの態度をとってしまう癖は直りませんね。しかしベルンは私の変わらぬ態度に安心したようです。少々眉を上げながら私に近づいてこられます。


「お前、無茶はするなとあれほど………」


不意に私の意識が落ちかけるのが分かりました。怪我を負った覚えはないのですが……。しかし、意識を失ってしまいそうでしたので、目の前のこの人に状況を伝えませんと。


「……今から半時間ほど前、魔物の襲撃があり…まだその残党が………エド様とエマ様は……この先の……王室に……王もおそら……く……」


あぁ、もうだめです。意識がなくなる前、焦った声で私の名前を呼ぶベルンの姿が見えました。



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