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ハウヴァー王宮内

――――――――――


「なぜこうも時間がかかるのだ!!」


大きな怒号が部屋中に響き渡った。それはナノエ帝国第二王子、テフィアット・アーマーの側近、ニアリス・ゴイルのものだった。彼の反応にその矛先が向けられている兵士たちは身ぶるいをさせた。


「も、もうしわけござ……」


彼のすぐそばにいた兵士の一人が、謝罪の言葉を口にしようとする。しかし、彼がそれを口にすることなかった。なぜなら、その首は体を置き去りにして床に落ちたからだ。


「ひっ…」


兵士たちは思わず出てきそうになった悲鳴をあわてて押さえ込んだ。口を開けば次は自分だと察したのだろう。しかし、それがさらに彼の気に障ったようだ。ニアリス・ゴイルは怒りを露わにし、再び彼らに言葉を投げかけた。


「我らが主様の命が下ってからどれほどの時間が経った? ハウヴァー王太子一行を捕らえられないどころか、みすみす逃がしただと? 貴様ら、私に恥をかかせる気か?」


彼の怒りは治まることなく、言葉を投げかける度に頭部のない肉塊は増えていく。


「そうか。さては貴様ら、我の従順なる兵士たちではないな?」


とうとう立っている兵士は二人だけとなってしまった。ふたりとも下を向くこともできず、息を荒げながらまっすぐ立っていた。その額からは大粒の汗が流れている。片方の兵士は意を決して、彼の問いに答えた。このままでは、自分の首さえも危ないと思ったからだ。


「お…恐れながら申し上げます! 我々はあなた様の忠実な僕でございます! もう一度機会をください! 今度こそ…今度こそはきっとあなた様のご期待に答えて…」


「期待?」


しかし、その叫びも空しく、その兵士の首も床に落ちてしまった。残った最後の一人の兵士…もとい兵士たちの指揮官だった男は、さらに息を荒げた。故郷に残した家族の顔を思い浮かべながら。


「貴様らはすでに我の期待を裏切ったのだ。今更、どうするというのだ。その使えぬ脳みそでやつらの居場所が分かるとでも言うのか? ……あぁ、もう答えることすらできんか」


ガチガチガチ…。奥歯が自分の意思と関係なく動く。死にたくない…。こんな…死に方は嫌だ。大体、これも全てあのハウヴァーの不要種(ジャンク・スピーシー)が勝手な行動を起こしたせいなのだ。命令に背いた行為で、勝手に持ち場を離れ、挙句の果てには王太子は逃げられた。俺たちは悪くない。俺たちに過失はなかったはずだ。男は任務へ向かう直前に話した妻の顔を思い浮かべた。不名誉の死に方をすれば、故郷の家族に迷惑がかかる…。そのときの男の頭にはさらに、生まれたばかりの子供の顔が浮かんだ。…そうだ…あの子のためにも…俺は生きなくては…。そして、最後の一人となってしまった兵士は、なけなしの勇気からゆっくり彼を見た。もうすでにその兵士の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたが。


「なんだ? もう貴様一人か? 何か言い残したことでもあるか?」


ニアリス・ゴイルはそう男に促した。男は敬礼の姿勢をとり、彼に訴えた。


「はっ! わ、我々はハウヴァー王太子一行を捕らえ損ないました。しかしながら申し上げます! 彼らは恐らく、まだ未侵攻の領地に逃げ込んだものと思われます! あの場から3日以内で訪れる領地を特定すれば、やつらを捕らえることは可能です! いえ、捕らえてみせます! どうか…どうか…」


「…ふむ…」


男の言葉にニアリスは考え込むような仕草を取った。その行動に男は少々気を持ち直したようだ。軽く深呼吸をし、気分を落ち着かせた。しかし、そのときも決して冷たい床に寝ている元自分の部下を見ないようにはしていたが。


「確か…貴様は最近ひとり息子が生まれたと言っていたな」


「! は、はい!」


覚えてくださっていたのか…。男は内心驚きながらも頷いた。彼にとって、自分たち下っ端はただの替えの利く道具としか見られていないと感じていたからだ。そして、このタイミングでこの言葉をかけて下さったということは、自分に情をかけてくれるのではないだろうか…。そのような考えが頭をよぎり、男は安堵した。そして、次の言葉を待った。『今度こそハウヴァーの王太子一行を捕らえよ』という命令を。


「そうか。息子が生まれたか。……それは気の毒なことだな」


「…は…」


しかし、返ってきたのは期待していたものとは違っていた。ニアリスは微かに笑みを零しながら、口を開いた。その瞬間、男は自分がいかに愚かだったのか理解した。


「生を受けたばかりだというのに、生まれてくる場所を間違えたばかりに、再び女神の元に返らなければならないとはな」


それが自分の息子の話だと気づくのに時間がかかり、そして男は顔色を変えた。ニアリスの言葉の意味が分かったからだ。


「お、お待ちを! 息子は…息子は関係ありません! 罰は私が受けます! …どうか…どうかご慈悲を…ニアリス様!!」


男はニアリスに縋り付こうとしたが、何かが引っかかりそれは妨げられた。男はここで初めて自分の足元を見た。そして、叫び声をあげた。


「いい被検体が見つかった。獣では限界があったからな。それに比べて、人間は生の執着が強い。特に、故郷に家族を置いてきた者ほどな。これで我が主様に面目も立つというもの。光栄に思え」


クククッと笑うニアリス。そして、男に群がる異形のものたち…先ほど自分が亡き者にした元兵士たちに命じた。


「やれ。だが、殺すなよ。そいつには実験体になってもらわなくてならないからな。ハウヴァーのやつらと同様、ナノエの兵器として存分に働いてもらわなくては」


「お…お願いします…ひっ! やめ…来るな……ぎ…ぎゃあああああああ!!」


ぐしゃ…ぐちゃ…嫌な音が何度も何度も部屋に響き渡り、次第に男の声もか細いものとなっていく。最後に、ニアリスは小さく言葉を口にした。それはあまりにも呆気なく小さくなっていく男に対して言ったものだろう。ニアリスは一言、言葉を投げかけた。


「………まぁ、失敗作にならなければ…な」


――――――――――


 「………まぁ、失敗作にならなければ…な」


扉の向こう側から聞こえてきたその言葉を聞き、俺はため息をひとつ吐いた。


「…タオゼント様…」


部下のひとりが俺に合図を送る。それは、この部屋にいる生者はニアリスしかいなくなったことを意味した。怒りのはけ口に発散できた後、あいつの性格を考えたらすぐに姿を現すだろう。


「………タオゼント。盗み聞きか? どうやら母親にいいことと悪いことの判別を習わなかったようだな?」


案の定、30秒も経たず扉から現れたニアリス。俺はこいつの嫌味を無視し、我が主様の命を伝えた。


「我が主様がお前の実験の完成具合をお聞きになられたいそうだ。それに、『例のアレ』についても」


「おおっ! 丁度、良い被検体が手に入ってな。これで完成は間近だろう! 『例のアレ』についてもそろそろだとお伝えしてこよう!!」


やけに上機嫌で王室へと向かうニアリス。俺はその後姿を一瞥し、それと反対方向に歩き始めた。後ろから待機させていた部下が数人付いてくる。


「…タオゼント様。よろしいのですか?」


普段は無口な部下たちだったが、珍しく口を開いた。俺は声を久々に聞いたなと思い、彼に発言を許可した。


「最近のニアリス様の行動は度を越しています。最近は、兵士すら不足しているというのに、今回のあのような行動…今後の計画にも影響を及ぼしかねません」


「…確かに、あいつの行動は目に余るものがある。しかし、我が主様はご承知済みで、あいつを動かしていらっしゃる。我らがどうこうすることでもない」


俺の言葉に部下たちは何か言いたそうだった。俺が言葉を促すと、少々歩く早さをあげた。ニアリスの報告が終わったら、今度は俺の番だ。それまでに考えを固めておきたかった。そのために、俺はとある場所に向かっていた。


「……やはり『例のアレ』と関係しているのですか?」


「……どうしてそう思う?」


俺はそれを疑問で返した。この部下たちとは長年の付き合いだ。それこそニアリスなんかよりもずっと前から俺と行動を共にしてきたし、我が主様に仕えてきた。だからこそ、何かしら感じ取ったのだろう。長年仕えてきた我らにしか分からない、我が主様の焦りを。


「……乗り気ではなかったはずのこの戦争に急にご自身で向かわれたり、やけに実験を急かされたり、それに…雨狐の君を王の許可なく決められたり…明らかに、普段の主様からは考えられない行動です。…長年仕えてきましたが、このようなことは『あの時』以来です」


表情が中々読めない彼らの心の内が、このときばかりは俺も理解できた。確かに、普段は冷静沈着の我らが主様がここまで心を乱されているのは、『あの時』以外に見たことがない。俺はやはり、この考えの必要性を感じ始めた。そうと決まれば、早くあの場所へと向かわなければ…。


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