素直になれない仲
次の日の朝。私は眠りすぎた頭を起こすためにテラスへいました。大広間には誰もおらず、私はその静けさから昨日のことを思い出しておりました。
「……予定では今頃、次の街でしたね…」
思わず手すりに寄りかかり、景色をぼんやりと眺めました。昨日と同様風が少々冷たく感じますが、今更取りに戻るのは面倒です。私は自分の手を目線と同じになるように上げました。…ステータス表示。
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★ステータス表示★
名前:リオ
種族:不明
性別:女
年齢:18
職業:メイド 勇者 転生者
能力:身体強化 女神のご加護→高濃度魔法……etc.
称号:『王族直属のメイド』 『孤独の勇者』→『王族の勇者』
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「…………やっぱり変わってないか…」
私はため息をつき、自分の手の平から目線を逸らしました。ギルからステータス表示を見ることを教えてもらってから、私の頭はそれでいっぱいでした。私は一体何者なのでしょう。勇者の件もありますが、なにより一番気になっていた種族が『不明』とは一体どういうことなのか…。考えても考えても分かりません。私は…人間ではないのでしょうか。
「そんな薄着で風邪を引きたいのか」
考えに夢中で誰かが来たことに気づかなかったようです。…まあ、見なくても誰なんて分かりきっていることですが。私が会いたくないときにいつも来るんですから。ため息をぐっとこらえ、私は後ろを振り返ろうとしました。しかしそれより先に、私の肩に布がかかり、私は振り返ることも忘れてそれを見ました。それは、その方が着ていた上着でした。
「お前には多少大きいだろうが、風邪を引くよりましだ。着ておけ」
多少どころか丈が余って床につきそうなのですが、その厚意に甘えることにしました。お礼を言うと、私は風で飛ばされないように手で上着を抑え、彼を見ました。相変わらずのツリ目に、綺麗な青銀の髪。そしてその精悍そうな青い瞳には彼の強さが表れています。ただ当の本人のベルンは口を開かず、ただ風に弄ばれている髪をうっとおしそうに払いのけました。
「……何も言わないのですか?」
しびれを切らした私は彼に問いかけました。わざわざ大広間のテラスに来たのは、私に昨日言いかけたことをいうためでしょう。まぁ、どうせ私への小言と説教といったところでしょうが。
「言おうと思ったがやめた」
しかし、意外にも彼はそう言うと、一昨日と同じく私の隣に立ちました。
「お前が言っても聞くような玉ではないことは、長年の付き合いで分かっていることだ」
「…喧嘩を売っているんですか?」
「本当の事だろう」
私は言い返そうとしましたが止めました。ベルンと言い合いするということに気が向かなかったからです。ベルンは私を見ました。私はベルンを見ませんでした。私はただ景色を見ていたので、最初は誰が声を発しているか分かりませんでした。そして、数秒してその声は自分だということに気づきました。
「私、もう二度とここには戻って来ないつもりでした。エマ様にもエド様にも…あなた様にも二度と会わない覚悟でここを出ました。それなのに、その数分後には戻ってきているんですから驚きですよね。ですが、何よりも驚いたのは、その結果にホッとしている自分です。なんだかんだ言っても私は、皆さんと離れたくなかったんですよね」
ため息をつき、そしてなんでこんなことをベルンに話しているんでしょうと思いました。こんな話をされても困るだけです。私はなんでもない、そう慌てて言おうとしました。
「いいんじゃないか? それで」
しかし、その前にベルンが口を開き、私にそう笑いかけました。
「それだけお前が殿下や姫君を大切に思っているということだ。殿下や姫君だって同じだ。お前のことを大切に思っていらっしゃる。大事な主君がそばにいろと言うんだ。そばにいてこそ、お前はメイドとしてお二人に仕えられるのではないか。たとえ、掃除で失敗しようが料理を焦がそうが、ひとりで行動するよりその方がずっとお前らしい」
ベルンの青銀の髪がきらきらと光り、深い青い瞳が優しく私に微笑みかけました。その途端、どくんっと鼓動が速くなるのが分かりました。鼓動と共に顔が熱くなります。私は突然の不意打ちに頭が真っ白になり、次の言葉を慌てて探し始めました。
「あ………あなた様に言われずとも分かっております!! 私がメイドの仕事を失敗するのが当たり前だとおっしゃりたいようですが、正直心外です。言われずとも、私は自分の仕事を全うするだけですから」
………………………………あぁぁぁーーー!!私の馬鹿!ベルンは私を励ますつもりで言ってくれたのに、なんでこんなひねくれた言い方しかできないのですか!!い、今からでも遅くはありません。言うのです。すみません、ありがとうございます、と!!!さあ!!でないと………さすがのベルンでも……
「そうか…。そんなつもりで言ったわけではないのだが…」
ほらあーー!!いつもなら言い返してくるベルンも、さすがに引いてしまったではないですか。私は慌てて先ほどの言葉を訂正しました。
「ち、違うんです!! あなた様が励ましてくださった事、伝わっていました。しかし、私はその…あんな言い方しかできなくて……その……………ん?」
私が話す最中も何も話さず、とうとう愛想を尽かされた…そう思いかけた時です。ベルンが不自然に震えているのが見えました。そしてハッとしました。ベルンの上着は私の肩にかかっています。つまり、ベルンは夏とはいえ風が強い朝に薄着一枚でいるのです。寒くないわけがありません。私は思い切ってベルンを見ました。そして、この上着を返そうとしたところ、
「く…くくっ……はははは!!! もう駄目だ!! 我慢ならん!! お前は一体何回引っかかれば、学習するのだ!!!」
ベルンは口に手を当てておなかをかかえて笑っていました。そして、もうこらえなくていいとわかると、今度は盛大に笑い始めるベルン。私はあまりのベルンの爆笑っぷりに、怒りが溜まっていくのが分かりました。こいつ………あのときのことといい今回の事といい、こっちは必死だというのに…私をおちょくるのもいい加減に……
「そう怒るな。悪かった。お前があまりにも必死だったものでな。そう焦らずとも、お前が俺の言葉に何かしら返そうとしてくれたことは分かっておる。言っておくが、先ほどの言葉は俺の本心に違いはないからな」
しかし、私の怒りが沸点にたどり着く前に、頭に心地よい重さがかかりました。それはベルンの手でした。ベルンは笑いすぎて涙目になった顔で、私に笑いかけ、そして何度も私の頭に手を置きました。
「お前が俺の言葉を素直に捉えないことくらい分かっておるわ」
私は不意に思い出してしまいました。この心地よい重みに、この優しい声に、この強くて優しい幼馴染に、私は何度も何度も思いを馳せていたことを。…ベルンも思ってくれていたでしょうか?一度でも…一瞬でも…脳裏に私のことがかすめたでしょうか?私の身を案じ、胸が張り裂けそうな思いをしてくれたでしょうか?そうであったならば私は………いえ、なんでもありません。そんなの、高望みしすぎですね。
「…もう戻りましょう。あなた様の体が冷えてしまいます。次の行き先を、話し合わなければなりませんし」
私はズキッとする胸の痛みを隠すように大広間への扉を見ました。返事がないベルンの顔をちらりと見たとき、彼の瞳が一瞬暗い色になったような気がしました。私はそれが何故なのかは分かりませんでしたが、とりあえずここを出ることを促しました。そして、大広間への扉を開きかけた時、名前を呼ばれた気がしました。振り返ると、それは気のせいではなかったようで、ベルンが真剣な面持ちで私を見ていました。
「次の行き先が決まった」
その言葉で彼がここに来た理由が、私への説教だけではなかったことがわかりました。それならそうと早く言ってくださればいいのに、何をもったいぶっていらっしゃるのでしょう?しかし、特に催促をするわけでもなく、私は彼の言葉を待ちました。この時の彼の顔がやけに迷っているように見えたためです。そして、彼は迷いの末、口にしました。次の目的地を。
「ハウヴァーだ」
「……え?」