次の進路
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「まったく、姫様にも困ったものだ。あの状況でまさか蚊帳の外にされるとは思ってもいなかった」
「と言いながらも、きちんと相手の話を聞き出してきたのだろう? 食えん奴だ」
俺はため息をついた。確かに奥方を交えての食事会は最近の状況を詳しく聞き出す絶好の機会であったが、俺はこちらのことが気がかりで話なんてほとんど上の空であった。しかし、タイミングよく王都を通りかかった御者の話をきくことができたので、俺はそれをフィルマンに伝えた。
「……そうか。予想はしていたが…やはり酷いな」
「ああ。王都はもはや壊滅的だ。市民は動く屍のように生気がないし、街は死人で溢れ、暴動が絶えないらしい。ナノエはその度に見せしめとして、ハウヴァーの兵士を磔にして牽制している。…その者たちの家族もいるだろうに残酷なことをする…」
しかし、その話には不可解な点があった。それは、その磔にされている兵士のほとんどが皆戦に出ていた兵士ばかりだというのだ。その俺の疑問は、ギルが解決した。
「おそらくそれは、姫君のお言葉があったからでしょうな。ハウヴァーの守護者が処刑され怒り狂う兵士たちを留めたお言葉。それを、彼らはひたむきに守っているのでしょう。それゆえ彼らは、ただただ武器を取らずに牢屋で耐えているのです」
そんなことがあったのか…。俺はその場にいなかった悔しさがこみ上げた。
「……過ぎたことを悔やんでいても仕方あるまい。大事なのはこれから我らがどうするかだ。殿下が旅に同行すると決めた以上、我らもそれをサポートするほかないだろう」
フィルマンが淡々とそう言う。ギルはフィルマンを冷静な奴だと評価したが、俺は違った。長年の付き合いである俺はその裏に、こいつもまた俺と同じ思いを抱えているのだと分かったからだ。殿下や姫君がいなければ、俺たちは今頃王都へ攻め入っていたことだろう。それほどまでに屈辱的な敗北だった。勝機をつかみ損ねた戦。ナノエは違反行為をした、敗北は仕方ない…。そう言ってしまうのは簡単だ。しかし、戦に反則負けは存在しない。勝ちは勝ちだ。実際、ナノエはそうして王都を乗っ取り、我らはこうやって追われる身となっている。…女神さえ動いてくれればこの状況も打破されることだろうが、何かしらの理由があるのか動く気配さえない。
「……そういえば、リオさんは急にどうされたんすかね? あの方がこの場にいなければ進まない話でしょう?」
呼んできましょうかと、立ち上がろうとするカルファを俺は制した。
「どうせ、あいつがおっても話が進まないだけだ。今だけでも休ませておいてやれ」
あいつがステータス表示を見れたとは驚きだったが、何故かあいつは自分の手をまじまじと見ると、真っ青になって部屋を出て行った。部屋で休むとだけ言われた俺たちはその姿を呆然と見つめていたが、あいつの行動が不可解なのは今に始まったことではない。きっとまた細かいことを悩んでいるのだろうということにして気にしないことにした。それよりもあいつにはまだ今回の件について言っていなかった。それについての文句はあとで言おうと俺は心に決めた。
「そういうところをもっと全面的に出していけば、ベルンフリート様も報われると思うんすけどね」
やれやれと言った様子のカルファ。その言葉に吹き出すフィルマン。
「もっといってやれカルファ。こいつは今まで無意識でやって来たからな…くくくっ!! まあ、こいつの分かりやすさは天下一品だからな、それに気づかないリオ殿の鈍さも天下一品よ」
「確かにベルンフリート卿は、そういうさりげない気遣いが苦手でいらっしゃりますからなぁ」
散々俺の話で盛り上がる三人。俺はため息をついた。
「…話を戻そう。女神を探す旅に同行するんだったな。あてはあるのか?」
俺は自然とフィルマンを見た。フィルマンはしきりに笑った後で、息を取り戻すのに数秒かかった。
「昔から、女神は人間に干渉されないところに住んでいると言われている。神が住むところと言えば、おのずと決まって来るだろう?」
俺は窓の外を見た。既に日は真上にさしかかろうとしていた。……天空か。
「神の住む都は空のさらに上にある…。そう歌う詩人もおりますが、しかしフィルマン殿。どうやって我らはそのような場所へと行けるのでしょう?」
ギルがもっともな問いを返した。
「なにも直接そこへ行かずとも、方法はある。なにせ太古の昔から、我々人間は神族と付き合いがあったのだからな」
フィルマンのその口ぶりからすると、何か考えがあるようだ。俺は次の言葉を待った。
「シシドニア共和国へ向かおう。そこに私の知り合いの魔術師がおる」
シシドニア共和国。ハウヴァー大国やナノエ帝国とは違い、王が存在しない国ということで有名だ。では、どうやって国を治めているのか。それは、何年かに一度だけ行われる国民の投票で、国を治める者を決めているのだ。そのような形式であるためか、シシドニアは三大大国の中でも最も治安が良いとされ、戦で領土を広めるなどせずに今の三大大国まで上り詰めたと言われている。一度だけシシドニア領地を訪れたことがあるが、王都から遠い土地だが荒れた雰囲気は一切なく、民は平穏そうに暮らしていたのをよく覚えている。そんなシシドニアに、知り合いの魔術師がいたとは。こいつにそのような頼れる知り合いがいたことにまず驚きを隠せない。カルファも俺と同じようなことを思っていたようだ。怪訝そうな顔を隠しもしていない。フィルマンは俺とカルファの目線なんかおかまいなしとばかりに話を続けた。
「我々魔術師の中には必ずひとり、神託を聞く能力を授かる者が存在する。我々はその能力を有する者を『女神の代行人』と呼ぶ。これで女神と接触でき、我々を導いてくれるだろう」
フィルマンのこの言葉で、行く先の見えない旅がだいぶ光がさすものになった。ギルは頷きながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「なるほど。『女神の代行人』ですか。私も風の噂で聞いたことがありますな。確か、その神託は実際に女神が乗り移るという関係上から、女性しかなれないのだとか。なるほど。二重の意味で会うのが楽しみですな」
俺はため息をついた。こいつの頭の中にはそれしかないのかと。
「じゃあ、さっそく明日にはここを発つんすか?」
カルファが席を立ちながらそう言った。外が騒がしくなったことから、ここを片付け始めるようだ。俺は喉まで出かかっていた言葉を口にするか迷った。俺の発言は、自分の中で留めておくべきかどうか判断に決めかねていたのだ。
「………いや。その前に殿下や姫君に判断してもらわねばならないことがある」
フィルマンが俺の顔を見て、そう言った。その顔からして、俺とは違いとうにこいつは意思を固めているようだった。