ステータス表示
「分かりました、認めます!! 認めますから! お顔をお上げください!!!!」
そう私が折れると、長かった話し合いに終止符が打たれました。そして、慌てて半ば無理やりエド様を起こしました。未来の王に頭を下げさせるだなんて…。その事実にぞっとしながらも、嬉しい思いを抱えている私もいました。必要とされている自分に酔っているわけではありませんが、ここまで思われていただなんてメイドの冥利に尽きるではありませんか。顔がにやけそうになるのを抑え、私はエド様を見ました。……すやすやと寝ておられます。そういえば、先ほどからエマ様が静かなことに気づきました。確かめてみると、やはり彼女も寝ていました。
「安心したのでしょうな。無理もないでしょう」
苦笑いをしていた私にフィルマン様はそうおっしゃられました。そして
「お二人の頑張りを伝える前に、お部屋へとお連れいたしましょうか。今からつなぎますので」
とにこやかなお顔で言われます。つなぐ?私がきょとんとしていると、フィルマン様はドアを指さされました。
「原理はこの土地へ来たワープと同じ原理です。先ほどは客人がいらっしゃったので切っておりましたが、再び繋げば外の門とこの部屋を繋げたように他の部屋も繋げることができるでしょう。私はこれを『結合魔法』と名付けました」
成功してよかったと先ほどと同様にこやかにおっしゃられるフィルマン様。私は呆然とその横顔を見ました。もし、失敗だったら私はどうなっていたのでしょう…。
「こんなことでショックを受けていたら、あの人と旅なんてできないっすよ。あの人、人をすぐ実験台にしようとするんすから」
私の心を読んだようにカルファが言いました。
「…私もありましたな。道中に危うく黒こげにされるところでした」
ギルが遠い目をしながら言います。フィルマン様本人はどこ吹く風で、エド様をお部屋にお連れし、ドアを閉めていました。私は慌ててエマ様を抱き上げ、フィルマン様が開ける扉へ入っていきました。
「……ひどいお顔ですね」
エマ様をベッドに下ろすと、涙のあとと目が腫れていることに気づきました。あれだけ泣けばそりゃあこうなりますよね。私はエマ様の目に濡れたタオルを乗せ、部屋を出ました。
「……次、約束を破ろうとしたら虫になる呪いをかけてやるんだから…」
というエマ様の物騒な寝言を耳にしながら。
「姫様はリオ殿が一番嫌がることがわかっていらっしゃるようですな」
それを聞いていたフィルマン様が笑いながら私におっしゃられます。私は彼に苦笑いをし、いつの間にか用意されている私たちの席へと座りました。どうやらカルファが用意してくれたようです。私も彼の手伝いをしようとしましたが、彼はもう終わったのでといい自分の席へと座りました。その間、やはり彼は私の顔を見ようとはしませんでした。
「おや? ベルンフリート卿がお戻りになっていませんが、もう始められるので?」
ギルがそうフィルマン様に言いました。何が始まるというのでしょう?
「あやつにはすでに話してあるからな」
そう言われると、フィルマン様は一口お茶を飲まれました。そして、カップを置かれると、私の方をじっと見られました。
「我々に相談のひとつもなく、黙って出ていかれようとされるとは。リオ殿は中々薄情でいらっしゃいますな」
フィルマン様の言葉に私はちらりとギルを見ました。誰にも言わないと言っていましたが、彼がフィルマン様方に言ったということでしょう。しかし、ギルは私の非難する目線に笑って首を振りました。
「皆さま気づいておられましたよ。昨日申し上げたではありませんか。短い付き合いである私が気づいたのです。長年の付き合いであるフィルマン卿やベルンフリート卿が気づかないわけがないと。まあ、殿下や姫君がお気づきになられていたのは、意外でしたがね」
……そういえば、そのような会話をしたような気がします。動揺しすぎて覚えていませんが。
「当たり前でしょう。姫君はリオ殿の主ですからな。むしろ、普段からリオ殿の変化にいち早く気づかれるのは、エマ様なのです」
「ほう。リオ殿は良き主殿をお持ちのようですな」
ギルの感嘆の声に私は、軽くお辞儀をしました。エマ様のことを褒められ誇らしげな気持ちになり、私はお茶を一口口に含みました。
「ええ。あの方の鋭い洞察力と行動力には毎度ながら驚かせられますな。昨夜、我々がお部屋の外で見張りをしていたときなんて度肝を抜かれました。我らが見張りに経った時を見計らって、エマリア姫様が殿下と共にお部屋から出て来られたのです」
「同じ部屋にっ!?」
私はお茶を吹き出しそうになり、慌てて飲み込みました。お食事後、私は確かに二人をお部屋にお連れしたはず……まさかエマ様…エド様のお部屋に入られて…。私はあまりの行動力に頭が痛くなりました。いくら姉弟だからといって、14の誕生日を迎えられた異性の部屋に行かれるだなんて…
「あれはさすがに私でも冷や汗ものでしたな。王宮ならともかく、ここは領主の城ですからな。何かあれば我らは牢屋行きです。ベルンフリートなんか、顔を真っ赤にしてお二人を指導する様。あれは見ものでしたな」
フィルマン様がくくくっと笑われるのを見て、私は呆れた顔をフィルマン様に向けました。
「ベルンフリート卿のお言葉に意を介さず姫君は、リオ殿がいなくなるからどうにかしてほしい、とおっしゃられたのです。それで、フィルマン様が新魔法を施され、それからお二人はずっとこの部屋でリオ殿を待っておられたのです。眠い目をこすられながら」
「俺も熟睡していたところを叩き起こされたってこと、忘れないでほしいっすね。おかげで寝不足っすよ」
カルファが不機嫌そうにパンを頬張り言いました。それでカルファは元凶である私を見なかったのですね。私は申し訳なくなり、謝ろうとしました。しかし、不機嫌そうなカルファにギルが一言。
「おやおや。リオ殿がいなくなると聞いて、部屋に押しかけに行こうとしていたもののセリフとは思えんな」
「そ、そんなの俺はしてないっすよ!! いい加減なことを言わないで下さい!!」
顔を真っ赤にして怒るカルファ。私は思わず笑ってしまいました。どうやらカルファにも心配をかけてしまっていたようです。私は謝罪の代わりに、
「ありがとうカルファ」
といいました。カルファは気まずそうにパンを再び頬張りました。そう言えば、やけに見たことのあるパンだと思ったら、カルファの家で食べたパンではありませんか。カルファが軽食に作ってくれたのでしょう。私は思わずにやけてしまう顔を、パンを食べることで誤魔化しました。私がパンにかぶりつく姿を見て、カルファがほっとする顔をした気がしました。
「それでリオ殿。今度はあなたの番です。すべてお話しください」
フィルマン様の言葉で、私は体をこわばらせました。とうとうきました。私は言葉を慎重に選びながら話し始めました。リーマン様から私が勇者だということを明かされたこと、女神を探す旅に出ろと言われたこと、そして同じことを王に命令されたことを詳細に話しました。しかし、私が偽物の勇者だという事実は伏せて。
「…ふむ…」
私が話し終えると、しばらくの沈黙がありました。カルファはパンを食べていた手を止め、呆然と私を凝視し、ギルは知っていたか優雅にお茶をすすり、フィルマン様は考え込むような仕草をなさっております。最初に、その沈黙を破ったのはカルファでした。
「リ、リオさんが…勇者!?!?!? 嘘だ!!!!!」
カルファは勢いよく首を振ります。私は気まずくなり、目を逸らしながら謝りました。どう見てもこんなのが勇者だなんてありえませんよね。
「だって…だって、勇者って英雄っすよ!? 体は普通の人の何倍もあって、神々から授かった優れた能力を持っていて、それでいて負け知らずな…あの勇者がリオさん!? 信じられるわけないっすよ!!」
戸惑うカルファ。
「カルファはそちらがいいのかな? 私はそんなむさくるしい勇者の一行だなんて、ごめんこうむりたいものだが。それよりも、リオ殿みたいな可憐な方が勇者であれば、救える魂も多くあるでしょう。あぁ、本当にリオ殿が勇者でよかった」
にこっとこちらに笑いかけるギルに、引きつる顔で無理に笑いかけていると、考えが終わられたのかフィルマン様が口を開かれました。
「なるほど。リオ殿は転生者であられたのですな」
私は顔がぴきっとなるのが分かりました。まさかフィルマン様にも言い当てられるとは思ってもみなかったのです。そして、フィルマン様の次のお言葉は私をさらに驚かせるものでした。
「ギル。お主も転生者だな」
「えっ!?!?」
「おや、よくお分かりで」
ギルはなんともなさそうに肯定しました。私は突然のことで頭が付いていけませんでした。それはカルファもです。
「なんのお話っすか? フィルマン様、転生者とは勇者のことですか? …まさか、ギル様も勇者!? この世の終わりっすね…」
終わりはないだろうと笑うギルはさておき、私たちのためにフィルマン様は丁寧に説明してくださいました。
「お前にはまだ教えていなかったが、転生者とは、この世界外から来たもののことだ。この世界はひとつではない。鏡のように反転した世界がもう一つあるのだ。2つはそれぞれ同じ時空でつながっており、干渉することはないに等しい。しかしだ。そんな2つの世界を自由に行き来できる者がいる。それが、神族だ。神族はそれぞれ、男の神をこの世界外に、そして女の神をこの世界へと分け、それぞれを治めさせた。最初は上手くいっていた両者だが、あるとき男の神が増えすぎた愚かな人間にとことん嫌気がさしてしまった。彼は大洪水を起こし人間たちを滅亡させようとした。しかし、それによって両者のバランスが崩れてしまったのだ。大洪水で死んでしまった人間たちが、こちらの世界へときてしまった。神を呪いながら死んだ人間たちは魔物へとなり、世界は魔物たちで食いつくされるようになった。女神は悩んだ。世界外からきた者の力は計り知れず、女神の力を超える者もいた。しかし、このまま手を打たなければ、この世界の者が死んでいくだけ。そこで、女神は新たに転生者を呼ぶことにした。その転生者は初代勇者、ノア。彼は見事魔物を倒し、両世界を救ったとされる」
私はフィルマン様の話を聞いて、唖然としてしまいました。彼の口から出た名前…。歴史に疎い私でも分かる名前でした。大洪水、ノア…ここまで言われれば分かります。
「ノアの方舟……ですな」
ギルの声に私はハッとしました。ギルが私と同じ転生者というのもどうやら冗談ではないようです。
「そちらではそう呼ぶのか。リオ殿もご存じだったようで。それからです。女神がこの世界のために、転生者を連れてくるようになったのは」
今まで探していた転生者の情報が、こんな近くにあったとは。私はフィルマン様に聞いてよかったという後悔の念と、何故それがあの大きなハウヴァーの書物室になかったのかという疑問が浮かびました。それを聞きますと、
「これは我々魔術師しか知らぬ秘密なのですよ。この場合、緊急時ということで致し方ありませんが、くれぐれも内密にお願いいたします」
ということでした。なるほど…。つまり、フィルマン様の話からすれば、私はこの世界のために何かしらの役割を持っているということですか。それが、女神を探すこと。しかし、どうしても気になることが一つ。
「初代勇者の時代でしたら分かるのですが、女神は何故、今回の件に関して自らなにもされないのでしょう? この世界を司っているのは彼女なのでしょう? ナノエは世界のルールを破ったのですよね?」
「それに関しては、私も今の情報量ではなんとも言えないのですが、おそらく手を出せないのかと。初代勇者により平和になった世界から伝えられている言葉があるのです。受け継がれている言葉はこう言われています。『神は自分が治める世界にむやみに干渉してはならなかったのだ』と」
むやみに干渉してはならなかったのだ…か。確かに、男の神が人間を滅ぼそうとし、2つの世界の平衡が崩れてしまったところをみると、それは正しいように思います。しかし、今回ばかりは干渉すべきなのではないですか、女神様…。
「そのようなお顔をされないで。我々は、我々のやれることをすれば良いではないですかリオ殿」
ギルがそう私に声をかけました。……そうですね。私は私のできることをするだけです。そこに女神もなにも関係ありません。
「なるほどっすね。勇者がお強いのにはそんな理由があったんすか。俺はてっきり女神様のご加護とかがあったのかと」
「そうだな。特に勇者に転生した者には、女神の加護が与えられることが多い。しかし、それは例外中の例外だな。リオ殿は例外中の例外というわけだ」
フィルマン様の言葉にばっとこちらを見るカルファ。私はぽかんと口を開け、なんともあほな顔をしていたと思います。…女神の加護を受けている?私が?黒い髪で虐げられている私が?
「ええええ!?!?!?」
驚きの連続から耐えられなくなった私は、椅子から勢いよく立ち上がってしまいました。その様子にギルが意外そうに言いました。
「おや? 気づいておられなかったのですか?」
「知りませんよ! なんですかそれ!! 私に女神の加護? そんなの感じたことすらないんですが!!」
ギルが適当なことを言っているのでしょうか?いえ、この状況でフィルマン様がそれに乗るとは考えられませんし…。え…じゃあ、本当の話…??
「ギル様はいつお知りになったんすか?」
「リオ殿と最初に会ったときから気づいておりましたとも。そう、まるで運命に導かれるように!!」
「なるほどな。ハウヴァーの者は王の命のもと、他人のステータスを見るのは禁止されているからな」
フィルマン様の言葉に私は、思わず大きな声が出てしまいました。
「ステータス!?!?」
ステータスって、ゲームによく出てくる仲間のキャラクターの状態を表すあれですか!?それをここでは見ることができるのですか!?
「どうやって…どうやってステータスを見ることができるのですか!!!!」
「これは人に教えられることではないのですよ。誰でも見ることができるわけではないのです。ベルンフリートのように訓練で見ることのできるものもいますが、ほんのわずかです。私は生まれつき見えておりましたし、例えば、カルファは相性が悪くそれを見ることができません。しかし…」
フィルマン様がギルをちらりと見て、
「同じ転生者であるギルが見ることができるのであれば、リオ殿も見れるやもしれません」
といいました。私はギルを見ました。ギルはにこりとして立ち上がり、私の横に立ちました。
「まずは目を閉じて、肩の力を抜くのです」
ギルの言う通りにすると、目の前が真っ暗になりました。ギルが肩に手を置くのが分かります。
「ゆっくり息を吐き……そうそうお上手ですぞ。そして、自分の見たいステータスを思い浮かべるのです」
息を吐くのに上手も下手もないと思うですが、いちいちツッコみを入れるのは止めましょう。見たいステータス……見たいステータス……。必死で考えていると、誰かが不意に髪を触るのが分かりました。こんなことをするのはギルしかいません。私はその手を払い、
「すべてのステータスは見れないのですか?」
と聞きました。ギルがくすくすと笑うのが聞こえます。
「できますよ。その場合は、ただステータスの表示と念じればよいのです」
最初からそれを教えてください!!その様子からして、目を瞑るという行動もしなくてよいように感じました。なんだか遊ばれたような気がします。私は速く文句を言うために心の中で唱えました。ステータスの表示!!!
「何をしている」
その途端、私は腕を掴まれ引っ張られました。勢いよく誰かの腕に鼻が当たり、私は顔を歪ませます。誰かの腕だなんて分かり切っていることではないですか!!こんな後先考えない筋肉なんて一人しか知りません。
「おや、ベルンフリート殿。ずいぶん遅いお帰りでしたな。どうでしたかな? 麗しいご令嬢と楽しい時間を過ごされたようで」
「お前には関係ないだろう。それよりも、そろそろ人をからかわれるような行動は慎んでもらいたいものだなギル」
私は手で鼻を抑えました。…鼻血はでていないようです。それにしても、こいつは私に対してごめんの一言もないのですか!!
「ベルン!! 何をしているのかはこちらのセリフです!! 大体あなたの力で勢いよく引っ張られたら…」
私は文句を言おうと顔を上げ、そして言葉を止めました。それよりも驚くべき光景が私の目に映ったからです。
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★ステータス表示★
名前:ベルンフリート・ヘーゲル
性別:男
年齢:21
職業:武人
能力:身体強化 魔力返し……etc
称号:『ハウヴァーの守護者』 『鬼人の騎士』……etc.
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……できた。ステータス表示。私は今度はギルを見ました。にこっと微笑むギル。そんな彼のステータスは…。
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★ステータス表示★
名前:ギル
種族:人
性別:男
年齢:17
職業:詩人 転生者
能力:千里眼
称号:『王が絶賛された詩人』『絶世の美男子』……etc.
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…………。他の称号が少し気になってしまいますが、まあいいでしょう。私は今度はフィルマン様とカルファを見ました。
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★ステータス表示★
名前:フィルマン・フランク
種族:人
性別:男
年齢:21
職業:魔術師
能力:魔法の目 強魔力返し……etc.
称号:『世界最高峰の魔術師』『アレクサンドロス王側近十一人衆』……etc.
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★ステータス表示★
名前:カルファ
性別:男
年齢:15
職業:従者
能力:獣化
称号:『最高峰魔術師の弟子』
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……あれ?ここで私は首を傾げました。誰も彼もすごいステータスを持っているのですが、ベルンとカルファだけ、種族という項目がないのです。二人共人だと分かりきっているはずなのに。
「どうした?」
しかし、先ほどの事もあってそれをこいつに聞くのは癪でしたので、私は先に自分のステータスを見ることにしました。これで先ほどの女神の加護を受けているという謎が分かりますね。えっと……手を見れば分かるでしょうか?
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★ステータス表示★
名前:リオ
種族:不明
性別:女
年齢:18
職業:メイド 勇者 転生者
能力:身体強化 女神のご加護→高濃度魔法……etc.
称号:『王族直属のメイド』 『孤独の勇者』→『王族の勇者』
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「………え…」
私は自分のステータスを見て、わけが分からなくなりました。私は偽物の勇者なのに、何故ここには勇者だと記されているのでしょう?人から祭り上げられた勇者でも、表示されるものなのでしょうか?