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旅の道筋



 小鳥たちもまだ眠っている夜明け前の時刻。私は読みかけの本を置き、ため息をひとつこぼしました。私の隣には、この城の書庫から集めるだけ集めた女神について書かれた書物が置いてあります。それらを見て、私はさらにもうひとつ大きなため息をもらしました。


「……結局、何も分からなかった…」


古くから女神伝説を信仰しているこの世界では、受け継がれた分多くの物語があります。しかし、それらのどれも何故かお触り程度にしか載っておらず、分かったのは『女神は太古の昔からこの世界に存在している』という曖昧なことだけ。単純な疑問なのですが、そんな昔から女神がいただなんて、誰が知っているというのでしょう?まあ、それを執筆した方が不老不死というなら分かるのですが。私は興味本位で裏面を見ました。


「……ルック・シュタイン……718年生まれ……ですよねー」


私は力が抜けたように椅子にもたれかかりました。現在が816年なので、約100ほど前の方ですか。もう生きてはおられないでしょうね。もしも不老不死ならば、女神を見つけられなくても、その知恵でなんとかして助けになってもらいたかったものです。ふと空をみると、先ほどより少し明かりが出てきたように見えました。私は次の本を手に取りました。一刻も早くここを発たねばなりません。私は先ほどとは別の意味でため息が出そうになりましたが、こらえて次の本を手に取りました。


「……あ、これもルックさんの」


タイトルは『女神の歴史』ですか。もしかしたら、彼は女神に関しての専門家なのかもしれませんね。それならば、この本の山には彼が執筆したものが多くあったのかもしれません。…まあ、わざわざ確認したりはしませんが。


「……えっと……うっ!!」


最初のページにある目次を開いたところ、私はその文字を見て思わずうなってしまいました。そして慌てて何ページがパラパラとめくり、そして頭を抱えました。


「古代文字だ…」


まるでミミズがはねているかのような文字がびっしりと書かれています。フィルマン様のご指導を必死についていった結果、今ではハウヴァー文字だけではなく、他の国の文字の読み書きもできるようになった私です。しかし、さすがにすでに使われていない古代文字まではさっぱりでした。一応フィルマン様に教えてもらったものはありますが、このような随筆となると、さらにややこしい表現となっているため解読は困難を極めるのです…。…正直自分には関係ないと思っていましたが…。


「………さぼらずにやっておけば…」


そう私が頭を抱えていると、ふと目に止まったのは何かの絵。それは大きい女の人と、剣を持っている男の人が描かれたものでした。二人はそれぞれ何かを抱いており、その何かには文字が書いてあるのです。私は女の人が抱いているほうの文字に見覚えがありました。確かそれは……そう!ハウヴァーの歴史について教えていただいたときです。


「……フェアル」


今の言葉で、妖精という意味を持ちます。昔から、ハウヴァーに限らず冒険家たちの興味を引き付けてならなかった妖精。とある説では、人に魔力を与えたのが妖精たちだといいます。しかし、魔界仮想歴666年、魔族と人間の大戦争が起こり、彼らの消息はぱったりと消えてしまったのだと。魔力の源であるという彼ら。まだこの世界に魔力が存在しているのだから、彼らも存在しているはずだと主張する人もいますが…いまだ彼らの姿を見た者はいません。


「妖精…ですか」


いまいち他のところが読めないので、それが何を意味しているのかよく分かりませんね。女の人が妖精と言いたいのでしょうか?しかし、その絵が記載されているページには、他にいくつもフェアルという言葉が出てきます。そういえば…。私は本の山から一冊の本を取り出しました。これはごく最近書かれたものらしいのですが、ここには妖精について詳しく書かれてあるのです。そして最後に、妖精の森とまではいかないものの、彼らの子孫と思われる種族がそこに住んでいる場所を発見し、その森に行くという所で終わっています。あとがきを見るに、著者は自分が生きて戻れないだろうと予感し、この本を出版したようですね。場所は……ここから西に離れたシシドニア大国領。


「…正直、私のこじつけかもしれないし、妖精が本当にいるかもわからない」


でも、唯一の手掛かりはそれだけ。私は意を決して立ち上がりました。そして上着を羽織り、ドアノブへ手をかけたところで、自分が忘れ物をしているといことに気づきました。


「いけないいけない! これを忘れたら、自分の意思で出て行ったんだってわかりませんよね」


最期に、私は半ば無理やりに終わらせた置き手紙をベッドの上に置き、静かに部屋をでました。隣の部屋ではまだカルファが寝息を立てていることでしょう。まだ日が登る少し前の時刻なので、廊下は人の気配すらありません。私はなるべく音をたてないようにして、玄関へと歩きました。昨日のあの宴会の騒ぎなどなかったかのように静まり返った大広間を通り過ぎると、私の目に小さな窓から見えるテラスが入ってきました。それから目を逸らすと自然と足は早まり、玄関が近づいてきました。…あれが最後の会話か。私は昨日の会話を思い出し、少し寂しくなり、慌てて首を振りました。いけません。こんな未練たらたらで、これからの旅を乗り越えられると思っているのですか!!私は目の前にある取っ手を開きました。


「……少し寒いですね」


外の扉を開けると肌寒い風が私の頬をかすめました。私は上から羽織っている上着のフードを被りました。なにより早くこの土地から離れることが先決です。なにせ、ギルが待ち伏せしている可能性がありますから。それに、フィルマン様はもちろんのこと、ベルンもああ見えて勘が鋭いところがありますからね。


「……」


門の扉に手をかけようとしたところで、私は思わず大きく深呼吸をしました。ここにはもう戻ってくることはないでしょう。それは覚悟していたことです。それにフィルマン様のように移動魔法を知らず、また馬での移動手段が得られない私にとって、気づかれぬうちにこの場から離れなければならないのは困難なこと。分かっています。しかし、頭で理解しても…これでいいのかという迷いが生まれてくるのです。最後にエマ様方の姿を見なくていいのかとか、手紙にまだ書くべきことがあったのではないかとか、本当に私の拙い考えを当てにしていいのか…考えだすときりがありません。戻る言い訳はあとからあとから溢れ出てきます。私は自分に言い聞かせました。


「…私には役目があります。その役目を果たさず、何がエマ様のメイドですか」


私の言葉とは裏腹に、頭に浮ぶのは考えないようにしてきた方々の顔です。それと同時につんっとしたものがこみ上げてくるのが分かります。私は何度もそう唱え、静かに扉を開けました。大きく息を吸いこみ、そして一歩外へと踏み出しました。まずこの町から早く出て、近くの森へと行きましょう。あそこなら機が多く茂っていて、馬からの追跡を避けることができますし。気づく頃には、私は森それから…それから…


「おかえりなさいリオ」


……え?


「思っていたよりも遅かったわね。今、夜が明けたわ」


門の扉を開けた先にいらっしゃったのは、エマ様で…何故か椅子に座り、優雅にお茶を飲んでいらっしゃっています。そのお姿もまた優雅でいらっしゃり……って違う!!!


「エマ様、なっ!? え!? ここ…えっ!?」


私はとうとうおかしくなってしまったのでしょうか!?私は確かに外へ出て門の扉を開いたはずです。しかし、その門を開いた先には……


「リオは何を言っているのかしら?」


「きっと混乱しているのでしょう。なにせ、城から出ようと門を開いたのに客間に戻ってきてしまったのですから」


私の動揺っぷりにくすくすと笑われるフィルマン様。ほんの数分前に、もう2度と戻ることはないと思っていたお城に戻っている?私は状況を理解できず、とりあえず自分の体が動くことを確認しました。すると少し冷静になったのか、客間だというこの部屋に私を含めエド様一行全員が集合しているということが分かりました。エマ様とエド様は中央の椅子におられ、こちらを静かにみられるフィルマン様はエマ様のお隣に。


「リオ殿は見ていて飽きませんな」


そして大笑いしているギルは窓付近に、私の代わりにエマ様方の給仕をしているカルファはお二人の側にいます。ひとり淡々と仕事をする姿に、少し申し訳なさを感じます。


「……」


こちらを睨みつけるようにエド様のお隣で見ておられるのは、いわずもがなベルンです。エド様はそんなベルンと私を交互に見ながら、困ったお顔をされております。皆、私が話し始めることを待っているようでした。しかし…私には何も話すことはないのです。ですから、


「ノックもせずに申し訳ありませんでした。皆さまお揃いで、何かご予定でもあるのでしょうか。私は邪魔になりそうなので、これで失礼を……」


と一礼をして部屋から出ようとしまいした。しかし、


「無駄でございます。ナノエの時と同じく、この部屋から出れないようにしてありますので」


というフィルマン様の声で、私の手は止まりました。…つまり、逃げ場はないと…。それでも、なんとか誤魔化せないか…そう思っていた私ですが、


「リオ、こんな夜明けにお出かけなんて感心しないわね」


エマ様のこの言葉で観念いたしました。どうやら彼らを説得しなければ、妖精の森に行くのは不可能そうです。…できれば、それは避けたかったのですが…。私はゆっくりと振り返りました。


「申し訳ありません。しかし、私には王直々受けた命があります。女神を探すという命が。ですから…」


「ええ、分かっているわ。お父様の命令は絶対。それを止めるつもりなんてないわ」


きっぱりとそう言われるエマ様。てっきり止められ、あらゆる知識を使って言いくるめようとされると思っていたので、私はほっと胸を撫で下ろしました。しかし、やはりエマ様は私の想像の上をいかれます。私は次のお言葉を聞き、驚きのあまりむせそうになりました。


「私たちも同行するから」


「な…何をおっしゃっているのですか!?」


またエマ様のわがままが始まった。私はこの時そう思っていました。ですから、次の言葉は、王女が嫁ぎに行く以外他国に行くだなんて、王の許可がない限り許されないのはずでした。しかし、そう口を開きかけ、私はエマ様の言葉にハッとなりました。


「わたし……たち?」


そして、今度はエド様を見ました。エド様は先ほどの困り顔から一変、私に頷きながら口を開かれました。


「そう。リオは姉上のいつもの気まぐれで言っていると思っているだろうけど、違う点がひとつ。その気まぐれに僕も乗ったことだよ」


しっかりと私を見られるエド様。私は言葉を失い、頭が真っ白になりました。まさか…エド様まで…


「ちょっとエド。私は気まぐれなんて起こしたことなんてないわよ」


「い、今のは言葉の綾だよ姉上」


「あの言葉のどこに言葉の綾なんてあったのよ!」


私は二人のやり取りが遠ざかっていくのを感じました。…どうしよう。どういえば、お二人は納得してくださるのでしょう…。ああ見えて、エド様はエマ様以上に頑固です。気まぐれなエマ様なら落ち着いて説得すれば、まだ勝機はありましたが、エド様はそうはいきません。反論しても徐々に逃げ道を失くしていかれるのです。そういうところ、師であるフィルマン様にそっくりだと思います。…そうだ!フィルマン様!!あの方の知恵を今こそ借りる時です!!私は、にこやかにお二人のやり取りを眺めていらっしゃるフィルマン様をすがるように見ました。この方がこちら側についていただければ……いえ、仮にこの方がダメでも、ギルやダメ元でカルファを引き入れれば…


「リオ殿。誰かあなたをここまで連れてきたのか覚えていらっしゃるでしょう?」


私の視線に気づかれたフィルマン様に、にこやかに拒絶されてしまいました。その様子を見ると、この方は賛成派…ということなのでしょうか?しかし、何故……


「私は殿下や姫君の意見を尊重したまでです。あぁ、一応言っておきますが、ギルやカルファもこちら側です。ベルンフリートのやつは見てのとおりですが」


「ギルもですか!?」


私はギルを見ました。すると、ギルはニコッと軽く手を振るだけで何も言いません。う…裏切り者!!カルファなんてこちらなんて気に留めもせず、仕事をこなしています。…こうなると、少々寂しい感じもしますが。ベルンの奴なんて最初からあてにはしていません。


「…うっ…」


気のせいか、エド様の隣からくる重圧が増したような気がします。私はさらにそちら側を見れなくなり、エマ様方の説得の方に集中することにしました。


「い、いくら言われましても、これだけは私も譲れません! エマ様! 王女が嫁ぎに行く以外で自国を出るだなんて、王の許可がない限り認められませんよ! エド様、あなた様はそれよりも他にすることがあるのではないですか! 一刻も早く、ハウヴァ―の都を取り戻さなければいけません。王やお妃さまの安否も気になりますし…女神探しなんてやっている暇なんてありませんよ!」


しきりにまくしたて、私は息をつきました。すると、さっそくエマ様が大きく息を吸い込まれました。


「だからって、リオ一人だけで探せるとは思えないわ。リオ、ハウヴァー以外の土地の知識あるの? ないわよね。リオが他国に出かけたことはおろか、城から出たことすらないことは知っているのよ!! それにね、お父様からの命で同行するんだから、リオに断る権限なんてないわ!!」


私は正論をつかれ、思わずうっとなりましたが、最後の言葉に矛盾があったので、それを反論することにしました。


「べ、別に知識なんてなくても地図がありますし行くあてもありますから、エマ様のご心配は杞憂というものです! それにしても、聞き捨てなりません! いつ王からそのような命をいただいたのですか!? エマ様方には一刻も早くハウヴァーの再建を……」


ここではらはらして私たちのやり取りを見ていたエド様が口を挟まれました。


「違うよ。父上は、僕らに各自の判断で動けと言ったんだ」


私は自分が墓穴を掘ってしまったことに気づきました。確かに、王の使者ブケファロスは、そう私たちに伝えていたのです。私はそれを勝手に、ハウヴァーの再建ために動けと解釈していたのです。


「ええそうよ。だから、私たちは私たちの判断で動くの。勇者リオに同行すると」


先ほどまで言い合い(まあ、エマ様の一方的でしたけど)していたとは思えないほど、双子の息の合った連係プレーに私が言葉につまっていると、不機嫌そうな声が追い打ちをかけてきました。


「今回の殿下も姫君も意思は固い。お前がどういったところでお聞きになられないだろう。お前は何故そうひとりで…」


しかし、ベルンの言葉はそこで途切れました。私の後ろでノック音が聞こえたのです。私は驚き、後ろに下がりました。時計を見ると、メイドたちは起きている時刻です。


「朝早く申し訳ございません。ここにいらっしゃるとお聞きしたものですから…。その…ご一緒に軽食でもいかがかと思いまして…」


高い甘い女の人の声でした。聞き慣れぬ声に私は首を傾げましたが、言葉を聞く限りメイドさんではないようです。それならば…。私はちらっとギル、フィルマン様、ベルンを見ました。この甘い感じは私でも分かります。これは、意中の異性に向けられたものです。そしてこの場で考えられるのはこの3人。すると、3人の中でひときわ顔色を変えたのはベルンでした。


「………ご指名だ。女性を待たせるのは失礼だぞ。あの熱い目線に気づかぬお前ではあるまい」


フィルマン様の言葉に顔を引きつらせるベルン。普段であれば、この状況にいたたまれない気持ちになるのですが、今回はそれが神様の救いの手に感じました。あの状況の追い打ちはつらいですから。私がほっとしていると、ベルンと目が合いました。ベルンはそんな私を見て、さらに怒りが増したようです。しかし、そんなことをしているベルンよりもエマ様の方が先に先手を打たれました。


「入りなさい」


そう声をかけると同時に、扉は開かれました。入って来たのは、どこぞのパーティーでみたようなThe 令嬢コーデの方。私はエマ様方を遮っている位置にいることに気づき、慌てて横に逸れました。


「エドワール殿下やエマリア姫様もご一緒とは知らず…」


「謝罪は結構よ。それより、ベルンフリートに用があるのでしょう? 連れて行っていいわ」


エマ様の言葉に反応したのはベルンです。


「ひ、ひめさ……」


「姫様のお心遣いに感謝いたします。では、参りましょうベルンフリート様」


エマ様の許可が出たご令嬢様は無理やりベルンの腕をとり、部屋を出ていきました。呆気に取られていた私とは違い、姫様はふんっと鼻を鳴らされました。


「これで邪魔者はいなくなったわ」


「姫様もやりますな。領主のお嬢様を邪魔といい、それに何のためらいもなく生贄をだすとは」


くくくっと笑うギル。その言葉に今まで無表情を貫いて来たカルファも、つられてニヤリと笑いました。


「悪冷えもなく『エドワール殿下やエマリア姫様もご一緒とは知らず…』って言う奴よ? 追い払ってもまた来るわ」


まあ、次はないけどと、不吉なことを呟かれるエマ様。私はため息をつきました。そういえば私もエマ様に見捨てられたことあるんでした。…ベルンに同情しますね。いえ、ご令嬢様は年相応に可愛くいらっしゃいましたし、案外楽しくやっていそうです。


「さて、話を戻すわ。といっても、もう話し合うことなんてないけれど」


「ありますよ!! 勝手に私が折れたことにしないで下さい! 私は認めませんからね!!」


そうです。ベルンがいなくなった今6対1から5対1へと変わったのです。つまり、説得する人数が6人から5人になったということ。……少し有利になった…と思いたいです。私はこれが堂々巡りになりそうで、ため息をつきました。


「……………リオは私たちといたくないの?」


_________


「……………リオは私たちといたくないの?」


姉上の口からその言葉が出た時、僕は思わず顔が引きつってしまうのが分かった。姉上が最終手段の賭けに出たのだ。この情に訴えかけるような言い方をし、情に脆いリオがほだされるのを待つこの作戦。一見すれば、姉上に甘いリオであれば成功するかに見える。しかしながらこの作戦、実は前に一回失敗している。その時は、怒りが倍になり、姉上は1週間ほど嫌いな食べ物を誤魔化すことができなかったほどだ。今のどちらも引かないこの状況で、はたして成功率が上がるのか…。先ほどから無言のリオを恐る恐る見ると、


「わ、私の心情はこの話に関係ありません。私がどうしたいではなく、エマ様方が何をすべきかが大事であり……」


少しばかりだが動揺しているようだった。僕はちらりと姉上を見た。…思った通り、口元がにやりと笑っている。こうなれば、この議論はもう姉上の独壇場だ。


「リオはまた約束を破ろうとするのね。私はリオとの約束は破ったことないのに」


口元を歪ませた顔を伏せたまま姉上は言った。僕はリオが姉上の策略に気づきやしないか内心ひやひやしていた。


「そ、それについては申し訳ないと思っています。しかしながら、これは国の未来を左右するものであり……」


「だからこそ、エドも私も同行すると言っているの。国の未来がかかったものに何故リオだけが行かなくてはいけないの? 王の子である私たちが行くべきよ。私の考え間違っている?」


姉上の問いにリオは再び言葉に詰まる。そして反論の言葉を探していた。その姿を見て、リオはどうしても僕らを同行させたくないという思いが強いことが分かった。女神を探す旅。これは容易なことではないだろう。恐らく人生の大半を費やしても困難を極める。それをリオは分かっていて言っているのだ。女神を探すという方法以外で、ハウヴァーを取り戻す手を探すことを僕らに求めている。しかし、僕らの身を案じるリオが譲れないように、僕らもまた譲れないのだ。リオは自分の身をなげうってでも目的を達成する節がある。それは、数年前の魔物の襲撃ではっきりしたことだった。僕らはリオに生きていてほしい。生きて、僕らの側にいてほしい。もう、誰も失いたくはないのだ。アヒムの顔が頭を過り、僕は拳を握りしめた。


「今回の命は、辛く厳しいものになります。それに加え、ナノエの追手が行く手を阻んでくるでしょう。野宿はもちろんの事、食べ物でさえ確保できないこともあります。それに引き換え、ここにいれば、衣食住には困りませんし、なにより安全です。ですから…」


あ…。僕は姉上の感情の高ぶりを感じた。この話し合いの中で初めてのことだった。


「嫌よ! リオもそうやって私たちを見捨てるの!?」


あまりの激高にリオは驚いた顔をした。僕もだ。ここまで取り乱す姉は初めてだった。


「リオの言いたいことは分かるわ! エドはともかく、私が耐えられるわけがないって言いたいのよね? 耐えられるわよ。リオがいないこの場所よりよっぽど耐えられるわ!! ここの連中は私たちの事なんて思い通りに操る人形にしか思っていない! お父様にどう恩を売るか、私たちをどう利用すれば今の暮らしを保てるか、それしか頭にないのよ! 私はここで政略結婚の道具、エドなんてあの令嬢と結婚させられるのがオチね。それか、早々にナノエに引き渡されるかしら? そうなれば私は第一王子と結婚させられ、エドは処刑されるか一生牢獄の中。まあ、私たち奴隷になるのは変わりないわ」


そう言って姉上は折り曲げた膝に顔を埋めた。今度は、涙でぐちゃぐちゃになった顔をだ。リオが僕を見た。僕は何も言えず、目を逸らした。姉が嗚咽を上げなら、最後に言った。


「私にはリオしかいないのに」


リオは知らないのよ。その言葉を言うと、姉上からはすすり泣く声しか聞こえなくなった。僕は姉上の言葉が胸に刺さっていた。そうだ。僕にはいるのだ。王位後継者の僕には、頼ることのできる者は多い。しかし姉上は違う。姉上には本当にリオしかいないのだ。僕には姉上のことはある程度理解できても、女性の気持ちが分からないため寄り添うことができない。それはフィルマンたちにも言えることだった。どれだけ彼女に言葉を投げかけても側にいても、心情を理解し支えることができないのだ。…そんな当たり前なことに気づかないで、僕はどれだけこの姉を孤独にしてきたのだろう…。リオが姉上のメイドになる前のことを思い出し、僕は胸が締め付けられた。


「………リオ」


僕は今度はまっすぐリオを見つめた。リオは姉上から僕に目線を移した。その顔を見て、リオの決心が揺らいでいることが分かった。


「一国の王子として…ううん、双子の姉エマリアの弟として、お願いしたいんだ。どうか、この旅に僕らが同行することを認めて欲しい。姉上にはリオが必要なんだ」


「エド様!?」


頭を下げた僕にリオは戸惑いを見せた。そして慌てたようにこちらへ来て、叫んだ。


「分かりました、認めます!! 認めますから! お顔をお上げください!!!!」


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