従者としての心の動きと信頼関係
敵が多くいる中、僕と姉上はカルファとギルと共に行動していた。閃光が僕らを包み、暴れるアイーダを落ち着かせていると、目の前にはギルがいた。そしてその代りに、近くにいたはずのリオとベルンフリートの姿はなくなっていた。
「ギル様っ!」
先ほど偽物がいたからだろう。警戒したカルファが剣をギルに向けた。
「おっと、その剣は俺に向ける必要はないぞカルファ。フィルマン殿の指示で来たのだ。信じられないならば、事前に決めていた合言葉を言おう。美女に?」
ギルがにこやかにそういうのに対し、カルファは顔を真っ赤にした。ごもごもと言い辛そうにする。…言い辛い合言葉なんて、意味があるのだろうか?
「……はい、時間切れだ。合言葉を忘れるだなんて、ダメではないかカルファ。美女にと俺が言ったら、お前は…」
「ぎゃあああ!!!! もういいっすよ!! あんたがギル様なのはわかったっすから!!」
慌ててギルの言葉を遮るカルファ。…一体どんな合言葉にしたのだろう…。澄ました様子のギルは、僕らにお辞儀をした。
「こんな危険な場所にお待たせしてしまい、申し訳ありません。さあ、移動するといたしましょう」
そして移動すること現在。僕らは落ち合うことになっている森のはずれにたどり着いた。しかし、
「…敵がいるわね」
姉上の言葉に僕は頷くしかできなかった。僕らを森から逃がさないように、数人の敵が僕らを待ち構えていたのだ。あと少しだというのに…。
「…そう言えば聞き忘れていたのだけど、リオとベルンフリートは一体どこにいったのかしら?」
今問うべきではない言葉を、のんきにも姉上は口にした。ギルはくすりと笑って、
「最初はちりじりになっておりましたが、今はお二人共フィルマン様と合流してこちらに向かっておるようです」
と伝えた。はぐれた二人のことが気になっていた僕はほっとした。姉上はそんな僕を見てこういった。
「ギルがどうやって私たちをあの光から守ったのかは後で聞くとして…今はあの敵をどうするのか考えましょ。リオ達が来た時にこんな状態じゃ、手放しで喜べないわ」
僕は姉上の言葉にキョトンとして…そして笑って頷いた。この姉の言う通りだ。そんな僕らにギルは提案した。
「その役目はこのギルにお任せください。奴らをここから離れたところに引き離してごらんにいれましょう」
役者のようにきどった言葉に、姉上は満足そうに頷いた。しかし、僕は彼の腕を掴んだ。
「僕も行くよ。ここから離したいなら、ギルだけでは役不足だ。王子である僕がいれば、それは補える」
僕の提案はギルには予想外だったようだ。驚いたように僕を見つめた。
「あの人数ならば私ひとりでも相手できますが、しかしあなた様を守りながらとなると……」
「僕のことは二の次だ。それに僕だって、自分の身くらい守れる」
僕の目をじっと見つめたギルだったが、僕が引かないと分かると、渋々と言った様子で頷いた。僕は彼の後ろを追って、アイーダに乗った。
「姉上たちはここに隠れていてくれ。カルファ、姉上を頼む」
僕はそう言うと、そっとギルの後を追った。そして、姉上たちから少し距離を取ったところで、ギルが頷いたのを合図に、
「ハウヴァー大国王太子はここにいるぞ! 私は逃げも隠れもしない!!」
と声を張り上げた。僕たちを待っていた兵士たちは俊敏な速さでこちらにやって来た。
「ハウヴァー王太子、お覚悟……っ!?」
ギルだって負けてはいなかった。こちらにやって来る兵士たちに、次々と矢を打ち込んだのだ。しかし、それを逃れてくる兵士もいる。ギルはそれを手前で剣で相手していった。ギルはとても詩人だと思えないくらい、綺麗な剣さばきで彼らを倒していった。兵士たちは警戒するように、いったんギルから距離を取ったが、
「こいつに構うな!! ハウヴァーの王子は殺してもいいと言われている!! そうなれば我らの勝ちだ!」
兵士の一人がそういうと、途端僕に殺意に満ちた目を向けてきた。僕がその目に気圧されていると、ギルが口を開いた。
「ほう。私は眼中にないと言いたいのですな。貴様らがそのようだから、ナノエの兵は質が悪いと言われるのだ」
ギルの言葉にギロっと彼を睨む兵士たち。ギルは彼らを刺激して、どうしようというのだろう…。僕はハラハラしながら、その様子を眺めた。ギルは言った。
「自分たちでは気づかないものなのか? ベルンフリート卿やフィルマン卿、そしてこのギルと比べて、貴様らよく自分の容姿が気にならないな。いったん鏡を見て、出直してくるといい」
僕はギルの言葉に、目をぱちくりとさせた。ギルは何故この状況で容姿なんて気になったのだろう?しかし、その言葉で、彼らの堪忍袋の緒が切れたようだ。一斉にギルに襲い掛かった。
「待て! そんな挑発に乗るな!! 罠だと気づかないのか!!」
先ほど声をかけた一人がそう叫んだが、もう遅い。兵士たちは力なく地面に倒れた。
「…すごい…」
僕が思わず呟いた声はギルに届いたようだ。
「いえいえ。ただ私は剣を振っただけです。ナノエは今後兵を訓練するときに、気をつけなければならないようですな。皆癖が同じだ」
ギルの言葉を聞いて、僕は納得した。確かに逆上した兵士たちは皆、同じ姿勢で首をあらわにした体勢で剣を振りかぶっていた。ただそれを一瞬で見抜き、誰よりも早く剣を彼らの首に流れるように斬りつけることができたのはギルだからだろう。
「…役に立たない者共が」
残った一人は、そう吐き捨てるように呟いた。負けたとはいえ、勇敢に戦った仲間に向かってそのような言葉はないだろう。彼は僕の非難を向ける目線に気づき、笑いかけた。
「どうやら優秀な駒をお持ちのようですな、ハウヴァーの王子よ。だが……それはこちらも同じですぞ」
ちらりと姉上たちがいる場所を見て、彼は叫んだ。
「我らが気づかないとお思いか!!」
その言葉と共に、まだ隠れていた兵がひとり飛び出して、姉上たちに襲い掛かったのだ。
「姉上!」
僕は駆けつけようとしたが、ギルにそれは制された。ギルはウインクをしながら、
「姫君は大丈夫でございます。彼女の元には優秀な騎士がいますからな」
と言った。騎士とはおそらくカルファのことだろう。しかし、彼と姉上は相性が悪く……
「心配はいりません。気にかけている女性の危機を救うという使命は、世の男性からしてみれば、その女性とお近づきになれる絶好の機会ですからな。それをみすみす逃すような真似はいたしませんよ」
ギルが何を言っているのか分からず僕は首を傾げた。ギルの言葉は、カルファは姉上に気がある…と言っているように思える。しかし、あんなに姉上と言い合いをしていたカルファが姉上に好意を持っているだろうか?…ギルには悪いけど信じられない。僕はいつものギルの軽口だと思うようにした。ギルの言葉通り…なのは分からないが、カルファは姉上を守り切ってくれたからだ。
「……ほとほと役に立たない連中だと痛感いたしましたな。やはり頼れるのは自分だけということでしょう」
その兵士はため息をひとつつくと、
『火魔法』
と唱えた。その途端、僕らを火の玉が次々と襲った。アイーダそれを避けてくれるが、その玉の数はだんだん増えていく。
「なるほど。貴様がフィルマン殿のおっしゃっていた魔法の目…とやらか」
ギルが苦々しそうにつぶやいた。魔法の目…。それはある特定の範囲で誰かが魔法を使うと、その場所を察知して特定することのできる魔法使い特有の能力の事だ。また、その能力から魔法を使えるものを別名でそうよんだりすることがある。
「そうだ。俺のような優秀な人材は他にはいない。ハウヴァーの王子、唯一自分を守っている仲間が私ではなく、そこにいるお色気馬鹿であることを後悔されていることでしょう。まあ、私は何を言われても、あなたの駒などにはなりませんがね」
僕はその言葉にカチンと来た。先ほどから、こちらを気遣うように見てくれているギルに僕は思いっきり頷いた。
「僕に構うな! ギル!! あいつを倒せ!!」
僕の言葉に再び驚いた顔をしたギルだったが、今度はニヤッと笑った。
「かしこまりました、エドワール殿下」
そして、ギルは馬を巧みに操り、火の玉を上手く避けながら敵に接近した。敵は大きく目を見開き、慌てて剣をギルに振り下ろそうとした。
「先ほどの話聞いていなかったのか? 貴様らはワンパターンなんだよ」
ギルが斬りつける方が速く、敵は剣を落とした。傷口に血がにじんでいる。僕は彼に近づき、口を開いた。
「僕だってお前なんかお断りだ。仲間を見下すお前を、誰も優秀なんて思わない。僕の仲間にはそんなことする人はいないし、お前みたいなやつを僕は軽蔑する。そんなお前が僕の仲間を馬鹿にするなんて許さない!!」
そういう僕を彼は憎らし気に見て、そして馬から崩れ落ちるように倒れた。ふと、視線を感じたのでそちらを見ると、ギルが僕に笑いかけていた。
「新参者の私にそのような言葉を言ってくださるなんて、殿下のお心はかの広大な海よりも大きく、そして深くいらっしゃる」
その大げさな言葉に僕は慌てて首を振った。
「ギルは詩人だし、本当は僕らを守る義務なんてないのにここまでついてきてくれて感謝しているんだ」
するとギルは、僕の言葉に恭しくお辞儀をした。
「義務がなければ、おそばにいてはいけませんかな? 私はあなた様と共に行動し、そしてそれを詩にして後世の人々に伝えたいと思っております。あなた様の詩人として」
僕は驚いてギルを見た。僕の専用の詩人になりたいというのだ。確かに、詩人を期間限定ではなく自分のそばに死ぬまで置いておく王もいるという話も聞いたことがあるが、それはかなり詩人にとって負担になるという。それをギルは自ら志願するというのだ。動揺する僕にギルは微笑んだ。
「今すべき話ではありませんでしたな。申し訳ありません。しかし、頭の隅にでも置いておいてもらえるとありがたい。私は本気ですから」
僕は慌てて頷き、そして馬を姉上たちの方に歩かせた。
「あと、挙げられる理由としては、リオ殿にもう怒られたくなかったということでしょうか。殿下が魔族と対峙したことを聞き、道中俺までずっと怒られましたから」
少し茶化した言い方でギルはそういった。僕はその光景が頭に浮かび、思わず笑ってしまった。確かにリオに怒られるのは僕もあまり好きではない。そして、僕らが姉上のところに戻る頃、こちらに向かっていたリオたちが手を振っているのが見えたのだった。