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第二王子の追手

次の日の朝。私は朝早くに目が覚め、ひとり外にいました。夏とは言え朝の気温は冷たく、私は上着を羽織ると、とりあえず比較的目立たなさそうな木の上へと移動しました。少し、昨日の出来事を整理したかったので…。


 


小屋から出た私たちの目の前にいたのは、アレクサンドロス王でもハウヴァーの兵士でもなく、一頭の馬でした。アレクサンドロス王がいらっしゃるとばかり思っていた私たちはその光景に呆然としました。

 

「この馬は…ブケファロス。王の愛馬です」


フィルマン様が彼の体を触りながらそう言いました。遠目からしか見たことありませんでしたが、確かに他の馬よりもたくましく一回り大きいその体には見覚えがあります。それに何といっても、彼の額には王の馬の証であるハウヴァーの紋があることから、私でも彼が王の愛馬であるかどうか見分けがつきます。私は震えだす体を抑えながら、辺りを見渡しました。しかし、どんなに目を凝らそうが他に人影はありません。私は浮かんでいた恐ろしい考えが、現実になったのだと知りました。まさか…アレクサンドロス王は……ハウヴァーは……


「何故彼だけがここに…陛下は!?」


ベルンの動揺する言葉に、ブケファロスは水が入った桶から顔を上げました。そして、じっとこちらを見て、


「主は来ない。私は使者だ」


と人の言葉を口にしました。私はこれ以上にないというくらい驚きましたが、なんとか興味津々で前に出ようとするエマ様を留めました。周りの人々も…あのフィルマン様まで目を見開いて呆気に取られているご様子。ブケファロスは驚く私たちの様子を、鬱陶しそうに見つめ、


「そんなに驚くこともあるまい。今時、馬が話すなど普通の事。それより、その開いた口から我が主の伝言を漏らすでないぞ。主の家来どもよ」


と低い声でそう忠告しました。私ははっとして彼の次の言葉を待ちました。喋る馬だろうが、彼はアレクサンドロス王の使者。彼の言葉で私たちの今後が決まるのです。


 そして、彼の口から私たちはハウヴァー軍が全滅したことを知りました。


「なに!?」


当然の事なら、皆が皆ブケファロスの言葉に動揺しました。彼は続けます。空に閃光が飛び散り、どこからともなく地鳴りが辺りに響き渡る。それがリアリー戦争の終結の証だ、と。しかしあのアレクサンドロス王が負けただなんて、私は信じられませんでした。あの誰よりも屈強なアレクサンドロス王がナノエを打ち負かし、ハウヴァーを救うと信じ疑っていなかったのです。場が混乱する中、ブケファロスは王の伝言を口にしました。その時、彼の目が私に止まりました。


「我が主の伝言は一つだけだ。勇者リオは女神を探せ、後の者はそれぞれの判断で動け」


彼はそう私たちに伝えると、混乱する私たちを置き去りにして…行ってしまいました。彼を呼び止めることは誰もせず、私は走り去る彼の後ろ姿を見つめました。皆の視線を肌で感じていましたが、私はその視線に応えることはしませんでした。私たちがすべきことは情報の整理であり、話し合いではないからです。そして私たちは無言のまま、寝床につきました。




「………女神を探す旅…か」


回想を終え、私は思わず小さく呟きました。王直々の命令でさらに国の危機です。この任務は絶対に達成しなければなりません。しかし勇者でもない私にはあてなどあるわけもなく、それは重く私にのしかかりました。


「……どうしよ…」


ため息をつき、私は幹に体を預けました。心は不安が覆いつくし、導いてくれる光もありません。そもそも私は、拾われてここ数年王宮から出たこともないのです。そんな私が果たして、旅などできるのでしょうか…。女神を探す前にどこかでのたれ死んでしまいそうです。


「…………はぁ…考えても仕方ないか…」


ない頭を悩ませた結果、その問題は後回しにすることに決めました。それよりも考えるべきことがあるでしょう。それはつまり、今後の私の身の振り方です。私はエマ様のメイドではありますが、この場合は王の命令を優先すべきだと考えます。そうなれば、彼らとは別行動取らざるを得ないということ。


「リオー! フィルマンがさっそくここを発つって言っていたわ。早くしないと虫をリオの服に入れるか、置いていくわよ!!」


エマ様の物騒なお声に、私は慌てて木から飛び降りました。少ない荷物をまとめ、そして外の空気を肌で感じたとき、とりあえず一つは決まりました。私がメイドとしてどこまで務めるかという考えです。


「………安全な領地にお届けするまで…ですかね」


そうすれば、あとはベルンやフィルマン様も付いていますし、何も心配することはありません。領地へと着いた後は、私はひとり女神様を探すと致しましょう。


「リオ、今何か言った?」


エド様と一緒に馬に乗られているエマ様がキョトンとした顔でこちらを見られます。私は笑って首を振り、そして自分が唯一乗れる馬…センダ―リアをそっと撫でました。他の馬は触らせてももらえないのですが、何故かセンダ―リアだけは気持ちよさそうに私の手にすり寄ってきてくれるのです。


「それでは今から出発いたしますが、追手の目にはくれぐれもお気を付けください。殿は私が務めましょう」


フィルマン様の言葉に私は頷きました。そして、


「よろしくお願いしますね」


そうセンダ―リアに話しました。センダ―リアはそれに応えてくれたように首を振ります。


「リオ、乗れ」


ベルンの補助がありながらも、私はセンダ―リアに乗ることができました。ベルンが後ろに乗ると、ずしっとした重みを感じてしまいますが、センダ―リアは何ともなさそうにエド様方の後ろを付いていきます。


「センダ―リアは私を怖がらないのですね」


私はふと疑問を口にすると、すぐに返事は返ってきました。


「こいつは昔からあまり臆することはなかったからな」


「そうなのですか? まぁ、怖がりでは戦場は務まりませんよね」


私がたてがみを撫でると、機嫌よさそうに鳴くセンダ―リア。最初に彼に乗ったとき、たてがみを強く握ってしまったことを後悔していたのですが、彼自身そんなに気にしてもいなさそうです。


「それにしてもリオ殿に合う馬がいて安心いたしました。さすがに、歩きでの移動は大変ですからな」


後ろでそうおっしゃるフィルマン様に、私はため息をこぼしました。


「……そうですね。他の馬は、乗るどころか触ることすらさせてもらえませんから。…それに気のせいか、二頭とも私から一定の距離をとっているように見えますし…」


前と後ろにいる二匹の馬の警戒心丸出しの様子に私はショックを隠せません。私が一体何をしたというのでしょう…。しかし、同時にほっと胸を撫で下ろしていました。一定の距離を取ってくれているおかげで、昨日のことを詮索をされないですみそうです。…まぁ、おそらく気を使われているのでしょうが…。この中で一番興味津々で聞いてきそうなギルも…って、あれ?そう言えばギルとカルファはどこに行ったのでしょうか?


「フィルマン様、ギルとカルファはどうしたのですか? 二人の姿が見えないのですが…」


私たちの前にはエド様方、後ろにはフィルマン様。どう見ても馬の数も人の数も足りません。


「カルファは休憩地点である川の様子を見ております。ギルは逆に後方の様子を。ギルのあの能力(ちから)はこの状況に向いておりますからな」


「なるほど。それで追手の様子を伺うのですね」


ギルの詩人としての能力を使えば、辺りの様子は大体分かるでしょうし、もし待ち伏せされていたとしても、カルファが知らせてくれますのでルートを変更することも可能です。抜け目ないその配置…さすがフィルマン様。


「だが、それで追手を完全に巻いたとは言えん。だろう?」


そう言うベルンに、フィルマン様は頷かれました。私が完璧だと思っていたこの策にも、穴はあるようです。


「ああ。なにせ、相手は魔族を率いている連中だからな。どんな手を使ってくるか分からん」


フィルマン様の緊張した言葉に私は唾を飲み込みました。ゾワッとしたものが背中を伝います。話に聞くだけでも、魔族とは恐ろしい能力を持つものばかりだったと言います。そんな未知数な彼らを相手にどうやって対抗すればよいのか…。


「………リオ、スピードを上げるぞ」


「え? わっ!?」


考え込んでいた私は、ベルンがエド様にスピードを上げるように言ったことに気づいていませんでした。ベルンによると、何やら空気がおかしいのだと…。ベルンが何を言っているのかは私にはさっぱりですが、彼なりの経験から何か感じたのでしょう。カルファがいる川周辺は安全のようなので先を進むといいます。風の音の中にフィルマン様の言葉が耳に入ってきました。


「こういう時のお前の勘は、嫌なほどよく当たるからな」


馬を走らせると川はすぐに見えてきました。カルファも私たちを待っていたようで、私たちが降りると慣れた手つきで馬を近くの木に結びます。馬たちは水をがぶがぶと飲みます。ここまでそんなに時間はかかっていないように感じましたが、馬たちからしてみれば私たちを乗せているわけですから、疲れないわけがありませんよね。


 「フィルマン様。この周辺では、ここ最近人が立ち入った形跡はなかったっす。ただ魔物が多く出現している地域のようですから、そっちにも気を張って進まないといけないようっすね」


「そうか。では、ギルと合流次第……」


私はというと、そんな会話をしっかり耳で聞きながら、エマ様方と水筒に水を入れておりました。


「飲み水かどうか気になっていたけど、これに入れば同じことよね」


エマ様が興味深そうにその水筒を見つめながらおっしゃられました。これは少し改良した戦利品がハウヴァーに普及したもので、ただ単に飲み水を持ち運ぶだけではなく、浄水することのできる万能水筒なのです。前の世界では色々な過程を経て飲み水になっていたのですが、これはそれらが全て詰め込まれている構造になっているのです。私が知っている水筒とは違い、上から川の水などを注げばそのまま下から付属のコップで飲むことができます。


「これを作った人は天才ですね。こんなに便利なものを発明してくださるだなんて。会ってお礼を言いたい気分です……エマ様?」


初めて使用した水筒に私が感動していると、急に黙り込まれたエマ様。私が様子を伺っていると、彼女は警戒するように辺りを見渡しているのだと分かりました。この様子は前にも見たことがあります。私は嫌な予感がしました。何故なら、フィルマン様もベルンもエマ様と同じように、辺りを警戒しているからです。


「……馬へ…」


フィルマン様がそう言いわれる前に、私はエマ様とエド様の手を引き、アイーダまで連れて行きました。そして、センダ―リアに飛び乗りました。馬たちも水を飲むのを止め、辺りを窺っているようでした。


「……出発いたしましょう。決してはぐれることのないよう…」


フィルマン様が言葉を中途半端なところで切った、その時です。大きな振動が辺りをこだましました。しかし、それは私たちがいるところが動いているわけではなく、周りの地面が動いているかのよう。それはまさに異様な光景でした。


「走れ!!」


今まで聞いたことのないくらい大声でフィルマン様は叫ばれました。その言葉で次々に走り出す馬たち。


「このまま何事もなく森を抜けることができればよいのですが、それを敵はさせてくれないでしょう。もしはぐれた場合、森のはずれで落ち合いましょう。決してひとりにならないように、近くの者と離れず動くように」


フィルマン様の言葉を頭で反復し、私は大きく息を吸いました。あの異様な光景が頭を過ります。


「あれは敵の能力なのでしょうか?」


「さぁな。だとしても、殿下や姫に害をなそうものなら斬り捨てるだけだ」


ベルンはスピードを緩めながら言いました。私はゆっくり息を吐きました。


「そうですね」


私はベルンの言葉に頷くと、前を見ました。黒い影が私たちに立ちふさがっているのが分かります。私たちは警戒し、注意深く行動を見ていると、その影の姿がはっきりしてきました。


「ギル!?」


目立つ赤いバンダナが私たちに手を振りました。その姿は少々不満げそうです。


「私を置いていかれるだなんて、なんて薄情な。あそこで落ち合う予定だったではないですか。まあ、この私の美貌に恐れてしまったのであれば、それは仕方がないことではあるのですがね」


私は彼の口調にホッとしました。この際、敵でなければなんでもいいです。私がしかめっ面の彼に言葉をかけようとした時、ベルンが剣を抜きました。フィルマン様もです。


「敵が予想以上に我々に近づいていた場合は、指示を待てと言ってある。それまでは姿を隠せ、とも。それゆえ問おう。お前は誰だ?」


フィルマン様の言葉に私ははっとしてギルを見ました。ギルは先ほどとは違い、何の感情もない顔で私たちを見ております。不意にベルンとエド様の馬が走り出しました。


「陛下!! お離れになりませんよう!!」


走り出した時、ギルの姿をした敵にフィルマン様が斬りかかっているのが見えました。それはすぐに見えなくなり、私はぎゅっと手綱を握りました。あれは魔族がギルに擬態していたのでしょうか…。そうでなくとも、フィルマン様お一人で大丈夫でしょうか…。


「案ずるな。フィルマンは学問に通じていることから優男に見られがちだが、その剣の腕前は叔父上も認めていたほどだ。それよりも、まずは自分の身の安全を考えろ。おそらく、殿下や姫君の次にお前が狙われるだろうからな」


「え?」


それはどういう意味…私が聞き返そうとした時、眩しい光が辺りを包みました。


「敵襲っ!? エド様! エマ様!!」


私はあまりの光に思わず目を瞑り、近くにいるはずのお二人の名前を呼びました。落馬したのか、体が宙に放り出されるのが分かります。


「リオッ!?」


誰かが私の名を呼ぶのが聞こえたところで、ぷつっと周りの音が消えました。そして、次に来たのは体が地面に叩き付けられた衝撃です。受け身を取っていたとはいえ、その衝撃に私は息が詰まりました。


「…いった……お二方、大丈夫で……すか…」


恐る恐る目を開いた私は言葉を失いました。なんとその場にいたのは、私だけだったのです。どうやら皆とはぐれて、一人になってしまったようです。私は起こったことに頭が付いて行けず、慌てました。


「エド様、エマ様? カルファ? 私センダ―リアに乗っていたはず…なんで…? ベルン? 皆どこに……」


あの光は一体なんだったのでしょう?敵に追われていることを考えると、奇襲にあったと考えるのが妥当ですよね。しかし、体は別段変わりありませんし……まさか、私たちをばらけさせるのが目的ですか。それならば、エド様やエマ様が危な……


「っ!?」


ガサッと何かが動く物音がし、私は音がした辺りをじっと見ました。風が私の頬をかすめ音の正体は風だったのかと気を緩めそうになりますが、先ほどのベルンの言葉が浮かびました。私は警戒を解かず、一歩ずつ後ろに下がりました。ベルンの言葉の真意は今もよくわかっていませんが、警戒するにこしたことありません。私はもう一歩後ろに下がろうとしたところで、びくっと体を震わせました。私の影だと思われるところにもうひとつ大きな影があったからです。位置的にその影の持ち主は…私の真後ろ!?


「ちっ」


慌てて真横に飛び込んだのと、その影が私に剣をおろしたのとほぼ同時でした。私はバクバクする心臓を抑え、そのまま走り出そうとしました。しかし、


「そうなんども逃げられると思っているのか?」


周りには敵が取り囲むように立っており、私は足を止めました。先ほどの音も隠れていた伏兵だったようです。しかし、私が思わず足を止めてしまったのはそれだけではありませんでした。ゆっくりと後ろを振り返り私に斬りかかって来た人物を見ると、顔が引きつるのが分かります。


「ようこそ穢れの勇者。お前を歓迎するぞ」


「…イッシュバリュート様……」


何ともしつこい方でしょう。第二王子に命じられて私たちを追ってきたのですか。私は周りの動きに警戒しながら、彼を見つめました。イッシュバリュート様は、勝ち誇った笑みを浮かべ、口を開きました。


「どこに行くつもりだった? どこに助けを求めるつもりだった? 我々の手中にアレクサンドロス王がおる限り、お前らにできることは何もないというのに。あの誰よりも強さを極めていた王が何もできず、国が滅ぶ様をお前らにも見せてやりたかったわ!!」


大笑いするイッシュバリュート様を私は思いっきり睨みつけました。どうやら、王がブケファロスを私たちに遣わしたことは知られていないようです。


「エド様方がいらっしゃる限り、ハウヴァーは滅ぶことはありません」


私の言葉に鼻で笑われ残忍な笑みを浮かべると、


「その愚かさはいつになっても変わらんな。終わるんだよ、ここでな!!」


目に止まらぬ速さで目の前に来られたイッシュバリュート様に、私は思いっきり蹴られ地面に倒れました。


「俺が鬼だ、穢れの勇者。せいぜい殺されないように逃げるんだな」


兵士たちが逃げ道を作り、私は急いでその場から離れました。鬼?遊んでいるつもりですか……馬鹿にして!後ろからイッシュバリュート様を先頭に、私を追いかけてくるのが分かります。


 「………はぁ……はぁ……っ!」


しばらく走っていると、苛立ち始めたのかすぐ真横の木に矢が刺さりました。


「獲物はもうすぐだ。どんどん打て!!」


私は息を飲み、慌てて右手の木々が生い茂っているようなところに入りました。矢は次々と飛んできますが、植物などの障害物に当たり、どれも私から遠いところへと刺さっていきます。


「し…つこい…ですね!!」


走り辛い道で、さらに邪魔な枝を切りながら進んでいるので、結構手間がかかります。しかし、後ろにいるイッシュバリュート様さえ巻くことができれば勝機はあります。


「……あ!」


どうやらこの面倒な作業ももうすぐ終わりそうです。木々の向こう側に何か見えます。あまり見晴らしがよすぎないところに出れば良いのですが……。そう思っていた時、後ろからイッシュバリュート様と思われる声が聞こえました。そこからまだ遠い距離にいると分かったのですが、その言葉を聞いたとき嫌な予感がし、私は走り出しました。


「くれぐれも死ぬなよ、今の王に叱られるからな」


私が茂みから出て、三歩ほど足を踏み入れた時でしょうか…。けたたましい爆発音とともに、私は吹き飛ばされるのが分かりました。爆風からろくに受け身もとれず、今日何度目になるか分からない衝撃を受けた私でしたが、運よく飛ばされた場所は浅瀬の川の中でした。


「ごほっごほっ!!」


水が鼻の中に入り涙目になりながら、私はふらふらと立ち上がりました。しかし、上手く立ち上がることができず、頭はがんがんと金づちで殴られたかのように痛みます。爆発音を近くで聞いてしまったので、平衡感覚が上手く掴めないようです。


「お、死んではいないようだ」


イッシュバリュート様の声が聞こえ顔を上げると、後ろから髪の毛を掴まれ地面に押し付けられました。水が口の中に入り、息ができません。私は必死で抵抗しました。


「おい、そこまでにしろ。そいつにはまだやってもらうことがある」


「ごほっごほっ」


上からの力が無くなったと感じると、私は慌てて起き上がりました。恋しかった酸素をこれでもかというくらい精いっぱい吸い込みました。周りはすでに敵に囲まれ、私は悔しさから唇を噛みました。…いえ、まだ勝機はあるはずです。何かないでしょうか…。何か……


「中々楽しめたな。だが、お前は予想外の行動ばかりとる。予定であれば、ここと逆の場所に誘導するはずだったのだが…。まあいいだろう」


その言葉で、時々打って来た矢は私をそちらに行かせないためのものだったのだと分かりました。遊んでいると見せかけて、私をどこに誘導させてるつもりだったのか…。それは次の言葉で分かりました。


「かの有名なハウヴァーの黒騎士を討ついい餌を見つけたんだ。まだその機会はある」


ぞっとしました。アヒム様を殺すだけでは飽き足らず、今度はその孫であるベルンを殺そうというのですか…。しかも、また私はおびき出すための人質として利用される…。私は必死で頭を働かせました。失敗を繰り返すわけにはいきません。何としてもお荷物になることだけは避けなければ……。焦る私の手にはアヒム様から貰った剣が握られています。それは小さく縮んでナイフサイズとなっていますが、軽く揺れる袋が確かについています。確かあの袋の中には……あ…!!私はその袋をそっと手の中に隠しました。


「……アヒム様の閃光弾が欲しいのですが…」


私がぼそっと呟くのと同時に、手の中に違和感を感じます。


「なんだ?」


イッシュバリュート様が怪訝そうにこちらを見られたので、私は顔を上げました。


「アヒム様のときのように上手くいくとよろしいのですが…ベルンフリート様はお強いですよ」


私は軽く笑い、イッシュバリュート様を挑発しました。彼はそれに乗ってくださり、表情からは怒りが感じられます。


「またそれか。あの若造が持っていて、俺にはない力…だったか? そんなものあるわけがない!! お前の目の前でそれを証明してやろう」


剣を抜き、闘争心丸出しの顔で私にそういわれるイッシュバリュート様。…冗談じゃありません。一対一で戦えば負けるベルンでないことは分かっていますが、多数でさらには人質がいる中で、普段の力を発揮できるようには思えません。そんな状況で対決などさせられるものですか!!私は閃光弾を握りしめ、目を瞑りました。イッシュバリュート様はそんな様子私が観念したと思ったようです。


「安心しろ。お前は捕虜として、王子や姫君と共に王宮に帰るのだからな。まぁ、帰ったところで、王子は見世物として殺され、姫君は政の道具として第一王子と結婚させられ、お前は第二王子の慰み者として一生を終えるのだろうがな」


それを聞いて、ますます大人しく捕まるわけにはいかなくなりました。私は思いっきり手に持っていたそれを地面に叩き付けました。確かアヒム様特製のこれは水辺だと効果は多少低くなりますが、目をくらますには十分だと聞いています。


「なっ!?」


私は後ろに思いっきり走り出しました。水がまとわりつきとても走りにくいのですが、岸は近いので、そこを抜ければあとは身を隠すだけです。私は木々が生い茂る場所を目指しました。イッシュバリュート様や兵士たちは、目がまだ開けられない様子。私は足を速めます。もうすぐ森の中に……


「馬鹿め」


その声と共に私の横を何かが通過した…そう認識した直後、私は呆然としました。私が身を隠そうと思っていた木々が…跡形もなく消失したのです。いえ、実際は上の葉の部分が切り取られたと言った方が正しいでしょう。葉がなくなったせいで、ずいぶん見晴らしいところとなってしまいました。


「お前が考えることなど容易に予想ができるわ」


振り返ると多少視力が回復したのか、イッシュバリュート様がこちらに来ているのが分かりました。周りの兵士たちも同様、彼の後ろから次々と足をこちらに向けます。


「諦めろ穢れの者。逃げ場は与えん」


イッシュバリュート様の言葉に、私は後ろに一歩ずつ下がりました。アヒム様が亡くなったあの場面が思い浮かびます。…私はまた……あのような思いをするのですか?自分の一部が切り取られるみたいなあのよじれるような痛みを。いっそ死んだ方がましだと感じるようなあの思いを。そんなの嫌です。お荷物になることも、そのせいで誰かが死んでしまうことなどもう……。ならばいっそ…。私は短剣を握りしめました。そして…


「…ほう…」


それを自分の首元に持っていき、目を瞑りました。目からは一滴の涙がこぼれ、それをこの世との別れの挨拶としました。そして、私は思いっきり短剣を自分の首に突き刺しました。


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