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フィルマン邸にて待つ、王の命


日が少し傾く頃。私たちはフィルマン様の案内の下、ある場所へとたどり着きました。追手を無事巻き、その後も慎重に歩みを進めること二日。予定していた時間よりもだいぶ遅めの到着となってしまいましたが、ナノエに見つかり戦闘になるよりはましというものです。


「……あっ! 帰ってきた!!」


心身ともにくたくたな私たちを迎えてくれたのは、なんとも可愛らしい声。無事王都から逃げることに成功した私たちは、王であるアレクサンドロス陛下と落ち合うため、王都から西にあるフィルマン様のお宅へと向かいました。そこにはエマ様とエド様、そして会ったことのないフィルマン様のお弟子さんが私たちの帰りを待っていると聞いていました。


「エド様!!!」


もうずいぶん聞いていないように感じるその懐かしい声に、私は思わず馬から飛び降り、その方の元に走り寄りました。


「わっ!?」


私は服が汚れるのも構わず膝をつき、その方の小さな体を抱きしめました。


「お怪我はしていませんか!? よかった!! エド様が初陣に行かれてから、私もう心配で心配で…!!」


「大丈夫だよ。それよりリオこそ何もされてない?」


久しぶりに見るエド様の笑顔に、私は我慢ができず再び抱き付きました。私なんかのことを心配してくださるだなんて…!本当にこの主君様は!!


「リ、リオ。苦しいって…」


照れくさそうに身をよじらせるエド様に私は少し笑い、体を離しました。エド様は少しほっとした様子で、私の頭を撫でられました。


「メイドのリオ。ただいま戻りました。お怪我なく、ご無事でなによりでございます。エドワール様」


私は地に手をつき、そのまま頭を下げました。エド様は私の態度にきょとんっとし、そしてにこっと笑われました。


「うん。よく無事に帰ってきてくれた。皆もご苦労様。そして、おかえり…わっ!?」


エド様の眩しい笑顔に私はまた抱きしめ、そして額にキスをひとつ落としました。


「リオ!!」


すると、慌てた様子で来られたエマ様が隣でふくれっ面になられていたので、私は笑いながら今度はエマ様を抱きしめ、そしてその額にもキスをひとつ落としました。お二人にお怪我がないようで、ほっとしました。


 「長らくお待たせして申し訳ありません。ベルンフリート、ただいま戻りました」


私の隣でベルンが礼をし、そして私の顔を呆れた様子で見ました。


「お前は大げさなのだ。殿下はお前が思っている以上にお強く、そして勇敢であられる。いつまでも子供のように扱っていては殿下に失礼というもの。殿下の御身が心配であったのは分からんでもないが、少しは行動を慎め」


「私は子ども扱いなどしているつもりはありませんし、そんなことあなた様にわざわざ言われなくとも分かっています。私はエマ様にお仕えするメイドとして行動しているまでですから」


いつもながらに空気が読めないベルンを適当にあしらい、エマ様に手を引かれるままにアルプスの山に建っていそうな小屋の中へと入っていきました。


「減らず口が減らん奴だ」


後ろでベルンがため息をこぼすのを聞かない振りをして、私は扉を開けました。


 「……わぁ!!」


家に入った瞬間に香ってきたのは、出来立てのパンに温かいスープの匂いでした。それらが私の鼻いっぱいに広がり、私は思わず感嘆の声をあげてしまいました。人数分用意された食事に目を輝かせながら席に座った私は、その光景のすばらしさに思わず生唾を飲み込みました。…こんなにも温かい食事がいい香りだったとは。他の人もその芳ばしい香りに誘われるかのように次々と席に座り、そして最後に席に着いたのは見慣れぬ顔立ちの子でした。髪は草原を思い起こすような薄緑色で、歳はエマ様方とそんなに変わらないでしょうか。まだ幼さが残る顔立ちなのですが、しっかりしていそうな雰囲気を漂わせています。おそらくこの子が、フィルマン様のお弟子さんでしょう。


 「食事の前に初対面の者もいることですから、まずは紹介から参りましょうか」


私の視線に気づかれたフィルマン様がそうおっしゃられると、エマ様は何故か私の方を見られました。


「リオ、まだ手を付けちゃダメよ」


私は彼女の言葉にずっこけそうになりました。そんなはしたない真似するはずないではないですか。そんなに私は空腹で死にそうな顔でもしていたのですか。顔をしかめた私を見られ、くすっと笑われるフィルマン様。


「リオ殿も初対面でしたな。こちら我が弟子のカルファでございます」


「初めましてカルファ。私はメイドのリオです。急なことにも関わらず、こんなにおいしそうな料理をありがとう」


私も名乗り、彼に微笑みかけました。しかしカルファは私と目を合わすことなく、ひとつため息をつき、


「……初めまして。俺はフィルマン様の弟子カルファと申します。どうぞここで何か困ったことがあれば俺にお申しつけ下さい」


と、ぶすっとした表情のカルファは、ふてくされたように言いました。彼のその様子から、あまり歓迎されていないような気がします。私はちらりとフィルマン様を見ましたところ、こちらもため息をひとつつかれていました。


「…カルファ、客人の前だ。もう少し愛想よくできんか。殿下と王女の前でもそのような態度だったのか?」


弟子をたしなめるように言うフィルマン様を、カルファはじろりと睨みつけました。


「何の説明もなしに、いきなり押しつけられたこちらの身にもなってください。大体、王女だろうが殿下だろうが、俺には関係ありませんから」


……大変ご立腹のご様子です。やはり急に押しかけてしまったのが悪かったのでしょうか。確かにこの人数分の食事と、馬の世話する準備を一人でするのは大変ですよね。私が突然の来訪を詫びようと口を開きかけた時、


「フィルマン! この使用人のしつけはどうなっているの! 大体、最初から目上の人に対する口の利き方からなっていなかったわ!」


彼の言葉にカチンと来られたエマ様が彼を睨みつけられ、そう言われたのです。私が彼女の行動をたしなめようとした時、今度はカルファがエマ様を睨みながら、


「あんたにしつけどうこう言われたくないっすね! 来て早々、この家を不潔など小さいなど言う人聞いたことありませんよ!! 王女だからってなんでも言っていいとは限らないっすよ!! ほんと、人は見かけによらないって本当っすよね!!」


と反論しました。


「何ですって!! それこそあなたにどうこう言われたくないわよ! あなたこそ見かけによらないっていうのよ! 大体、あなた男と女どっちなのよ!!!」


エマ様のその言葉に飲んでいたお茶を吹き出すフィルマン様。そんなフィルマン様をきっと睨み、


「俺は男っす!! あんたこそ実は男なんじゃないんですか! あんたみたいながさつな女なんて存在するだなんて怪しいっすからね!!」


と言い返すカルファ。……どっちもどっちですね。言い合う二人の間に入ったのは、ベルンでした。


「落ち着けカルファ。姫様もです。…フィルマン、お前も笑ってないで、止めに入れ。これじゃ収拾がつかんぞ」


しかし、助けを求めたフィルマン様は肩を震わせて笑うばかり。さらに拍車がかかり、だんだん言い合いがヒートアップしていったので、私は慌ててエマ様を後ろから羽交い絞めにしました。


「エマ様! 椅子の上に立つなど行儀が悪いですよ!」


「離してリオ! この両性類にがつんと言ってやらないと気が収まらないのよ!!」


ばたばたと暴れるエマ様。……両生類ならぬ両性類……ちょっと上手いなとか思っていませんよ!?


「それはこっちのセリフっす!! この見た目詐欺女!!」 


今度は私が吹き出す番でした。見た目の詐欺…それはエマ様に求婚された殿方が必ず言う言葉でした。エマ様はとことん相手が嫌がることをして追い返してきたので…。


「ほら見ろ!」


ベルンに首根っこを掴まれているカルファもまた両手足をばたばたとさせて、馬鹿にした顔で言いました。エマ様がきっと私を睨みつけられたので、


「…普段からの行いですよエマ様」


と思わずぽろっと言ってしまったところ、


「ぶはははは! お付きのリオさんにも言われてしまったらあんたもうお終いじゃないっすか!! これは傑作っす!! ぶはははは!!」


とカルファが豪快に笑い、得意げな笑みを浮かべました。


「こいつっ…私を侮辱した罪で、百殴りの刑に処してやるわ!!」


「いい度胸っすね!! ぬくぬく暮らしてきた王女様には負けないっすよ!!」


とうとう怒りを爆発させてしまったエマ様が私の手を強引にほどき、カルファを睨みつけました。カルファも同じくエマ様をにらみつけ……カルファとエマ様の殴り合いが勃発するかと思いました。


「カルファ! おい! フィルマン! 笑ってないで止めろ!!」


「エマ様!! お止めください!!」


しかし、そこは止めさせないといけません。私たちは寸前のところで二人を抑えました。…しかし、二人共初対面のはずなのになぜこんなにも仲が悪いんですか!?肝心のフィルマン様は大笑いしていらっしゃいので、頼りになりません。私があたふたしていると、ふとベルンの視線を感じました。まさかこの争いに終止符を打つ案でも……


「お前は相変わらず余計なことしか言わんな」


しかし、そこにはあきれ顔でため息をつく、ベルンの姿がありました。


「わ、わたしのせいだと言うんですか!?」


私は思わず大きな声を出して言いました。ベルンが私の言葉にさらに呆れた顔を見せます。


「そうは言っておらんだろう。だが、お前の一言が引き金となったのは事実だな」


かちんと頭にきました。こいつ、なんでもかんでも私が悪いみたいな…。確かに、口が滑ってしまったのは事実です。しかし、それをわざわざ言わなくとも…。本当にこいつは、人の神経を逆なでしかしませんね!!


「そんなのなぜあなたに言われなくてはいけないんですか!」


「その逆ギレも昔からだな。大体、お前は謝罪も礼も素直にせんのだ。すぐにかっとなるくせに。だから、可愛げのない女だと言われ……」


「言われている? あなたが勝手に言っているのでしょう!! 大体、堅物で頑固なあなたには言われたくありません!! 可愛げがない? 上等です! 私に可愛げがなくても、あなたにご迷惑をおかけしたことなんてないでしょう! 放って置いてください!! 余計なお世話です!」


「その言い方をどうにかしろと言っているのだ! 迷惑をかけなければそれでよいというわけではない!! お前のそれは叔父上も心配なさっていたのだぞ!」


私の怒りはさらにヒートアップしました。アヒム様の名前を出せば、私が大人しく聞くと思ってこいつは!!


「おかしいですね。私にはそのような話、一度もされませんでしたが? 嘘もほどほどにしないと、地の底にいる使者に舌を抜かれてしまいますよ? そういえばあなた、昔怖がってトイレにも行けませんでしたよねぇ?」


「だからそれはいつの話だ!! お前は昔の話しかせんのか!! もっと今を…」


私は腹を抱えて笑いました。なんです?まるで子供の時言っていたことそのままではないですか!!


「あら? それは申し訳ございませんでした。あまりに昔も今もお変わりになられていないように思われたので…くくっ!!」


「か…変わっておるだろう! よく見ろ! お前の目は節穴か!! それとも昔のまま頭の構造が変わっておらんのか!!」


「変わっていないのはあなたでしょう。昔と同じことを言って…くくくっ」


ツボにはまってしまい、口を押えて笑う私にベルンは口元を引きつらせます。その顔がさらにツボにはまり、笑っていますと、


「……リオ、もう頭が冷えたわ。離してちょうだい」


「……ベルンフリート様。俺、フィルマン様のおっしゃっていたこと分かりました」


と何故か急に怒りを収めた二人。フィルマン様は大爆笑されております。


「なぜ止めに入ったお二人が言い合いをなさっているんでしょうな」


ギルまで呆れた様子。私はその雰囲気から、またやらかしてしまったということが分かり、静かに席に座りました。


 「リオ殿、痴話喧嘩はもうよろしいのですか?」


隣に座っていたギルが面白そうな顔をして茶化してきます。私はため息をついて、


「痴話喧嘩ではありません」


と言いました。


「そうですかな? 俺には息の合った夫婦のように見えましたが…」


まだ私に茶化した様な言葉を言うギル。彼に止めるように言おうとした時、視界の端でベルンがこちらを睨みつけているのに気づきました。先ほどのことを気にしているのでしょうか?なんとも器の小さい騎士様でしょう。そう思いかけた私でしたが、どうやらベルンが睨んでいるのは私ではなくギルのようです。この二人、本当に相性が悪いようで、道中もずっと言い合いをしていました。…まあ、確かに真逆な性格ではありますが…意外といえば意外です。ベルンは相性が悪い相手でもそれなりに付き合っていく方だと思っていたのですが…。


「では、そろそろ食事にいたしましょう」


しかし、散々笑ったフィルマン様のその言葉で、私の頭は食べること一色になりました。食べる前の儀式を終わらせた私たちは、頬が落ちそうになりそうな美味しい食事を口にしました。


_________ 


 

 「ふぅ、美味しかった」


最後の一口を食べ終えると、私は木製のスプーンを置きました。久々にお腹にじんわりとした温かさが戻っていくような感じがします。カルファを見るともう後片付けを始めており、私は彼の手伝いをしようと席を立とうとしました。


「殿下、姫君。お疲れのところ大変申し訳ないのですが、我らは今後のことについて話し合う必要があります。よろしいでしょうか?」


しかし、フィルマン様の凛とした声が私を止めました。私も参加してよいのか少し迷いましたが、フィルマン様と目が合うと、その迷いはなくなりました。彼の目は私にもいろと言っています。


「もちろんよ。エドもいいわよね」


エマ様はそう答えられましたが、エド様は少々迷ったような顔を見せました。


「でも、フィルマン。今後どうするのかは、父上が来られてから話し合った方がまとまるんじゃない?」


「ええ。しかし、ある程度こちらでまとめていた方が話し合いも短く、確かな方向性も掴めましょう。お父上がいらっしゃらない今、殿下が我らの主です。どうぞご指示を」


フィルマン様が軽く敬礼の仕草をされると、エド様は先ほどより引き締まった顔をされて言いました。


「分かった。では、父上が来られた時のために、これからどうすべきかを話し合おう。フィルマン、まずはお前の話を聞かせてくれ」


「かしこまりました殿下」


フィルマン様は地図をテーブルに広げられると、自分の考えを口にされました。彼はまず、ここから西南方向にある貴族が治める領地へと赴くことを提案いたしました。そこはハウヴァーの中でも王都から離れたところに位置し、さすがにナノエもそこにはまだ手を出してはいないだろうと。その考えに同意したのは、ベルンでした。


「私もそう思います殿下。そこはアレクサンドロス王が施された塀のすぐそばにあり、敵が攻め辛いという利点がございます。ここからの距離もそれほど離れておりませんので、数日で行けることでしょう」


ベルンの言葉に頷くフィルマン様。そして考え込むエド様をじっと見られました。その顔は、エド様の意見も聞きたいということでしょう。


「だけど、ここからその領地までどのルートを通るの? 見る限り、見晴らしがいい道ばかりね」


これじゃあ敵に見つかるわよと、エマ様がそう尋ねられます。フィルマン様はにこっと微笑み、エド様を見られました。


「なるほど。エマ姫の疑問も最もです。さて、殿下はどうされますか?」


エド様はじっと地図を見られ、そして指さされました。


「この道だったら川がある。ここなら少し遠回りにはなるけど、馬を休めさせれるし、何よりこの先は森になっている。もし追手が来ても、目をくらますことができる」


エド様のその答えは、フィルマン様を満足させるのに十分だったようです。


「ええ。私も同じ考えでございます。では、そう王にも提案いたしましょう」


エド様はフィルマン様の言葉にホッとした様子で頷かれました。私はそんなお二人を見て、なんだかフィルマン様の教育の仕方に感服しておりました。そんな話がまとまりかけていた時でした。ガタンっと扉が開き、慌ただしい様子でカルファが入って来たのです。


「フィルマン様!! お見えになったっす!!」


どうやら、とうとうアレクサンドロス王が来られたようです。私たちは急いで外へと飛び出しました。そして、その驚きの光景に息を飲んだのです。





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