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日が落ちるとき

「いくわよ、ベルンフリート」


エマリア姫様を抱きかかえ、俺は窓から飛び降りた。視界の端に映ったリオは、なんだか不安そうな顔をしていた。


「…こちらに」


リオのその顔が脳裏に残っていた俺だったが、急いで振り払った。そして、エマリア姫様と共に城から街に出る裏口を抜け、そして町はずれにある空き家の中へと向かった。


「これが農民の城? 思っていたよりも小さいのね。本当に住んでいるの?」


エマリア姫様がそう呟かれる言葉を聞きながら、俺は辺りの様子を伺いながらゆっくりと扉を開けた。


「…俺だ。警戒を解け。姫様もご一緒だ」


俺はそう扉の中にいる者たちに囁くと、姫様と共に中へと入った。中には数名の兵士と一頭の馬が落ち着かない様子でおり、兵士たちは姫様を見ると慌ててひざをついた。しかしその顔には覇気がなく、疲労を隠しきれないようだ。…当たり前か。ナノエとの戦から休むことなく、王都まで引き返したのだ。経験が豊富な騎士団長あたりはまだ余力が残っているとは思うが、一般兵の彼らからしてみるとまさに体に鞭を打って動いているという状態。……これは思った以上に…まずいな。その様子を見て、俺はこれからのナノエとの戦いに不安を覚え、思わずため息をついた。…しかし、俺は軍師ではない。ここで色々考えても無意味ということだ。この状況を報告して王の指示を仰ぐ方が先決だ。


 「姫様、申し訳ありませ…」


俺はそう姫様に声をかけようとして言葉を失った。姫様がひざまずいている兵たちに微笑みかけ、そしてパンを手渡していたからだ。


「皆、ご苦労様でした。戦いの後だというのにろくに休息もしていないのでしょう? わずかですが、これを分けてください。あなたたちに女神さまの恩恵があらんことを」


「エ…エマリア姫様!! 我らのような下級兵にそのようなお心遣い…もったいなく思います!!」


正直驚いた。以前の姫様は(まつりごと)などに興味を抱かず、ましては一般の兵などには目も向けなかった。俺たち王宮に住む騎士団長にさえ、好意的な態度を示すことはなかったというのに…。いや、それは言い過ぎか。あいつがエマリア様のおそばについてからは、俺たちとも話され、さらには笑顔を見る機会が増えたように思う。姫様も殿下も感情の起伏が昔よりはっきりと分かるようになった。……こうしてみるとあいつのすごさが分かるな。あいつが見守る中、殿下も姫様も…成長なさったということか。


「……姫様。馬が一頭しかおりません。申し訳ありませんが…」


「構わないわ。馬に乗るのは久々よ。同乗してくれたほうが落馬する心配はなくなるというものね」


そうおっしゃられて俺に手を軽く上げられる動作をなさる姫様。俺は一礼し、その手を取った。そして姫様と共に馬へと乗り、外の様子を見張っていた兵士の合図でその空き家を後にした。


 外は日が強く俺と姫様はフードを被った。なるべく木の陰になるような所を歩き、馬をゆっくりと歩かせた。


「それにしてもあなたが来るなんて意外だったわ。てっきり他の兵士が来ると思っていたのに」


暇なのかゆらゆらと揺られながら姫様はそう俺に話しかける。確かにこの任務を受けたのは、俺ではなく最初は別の兵士であった。しかし俺は自ら志願して、偵察の命を受けたのだ。宮殿の様子が気がかりだった…というのもある。しかし、叔父上から姫様のことを任された身であったために俺は動かずにはいられなかったのだ。俺はそう姫様に伝えた。姫様はそう答えた俺を面白そうに笑われた。


「そう。ハウヴァーの黒騎士は、一時の休息よりも思い人に会うことを選んだのね。立派だわ。ところでやっぱり王宮に残してきたその人の元に戻りたいのかしら?」


姫様の緑色の瞳が面白そうに揺れた。どうやら姫様くらいの年頃の娘はそちらの方に興味関心があるようだ。…どこをどう捉えたらそうなるのやら。やはり成長なさったと言えど、やはりまだ年端も行かぬ少女なのだと俺は苦笑した。


「そんなことはありません。あいつがおっても足を引っ張るだけでしょう。正直邪魔ですな。今は姫様を安全な場に避難させることが優先です。リオもそれを望んでいるでしょうし…」


そう申し上げると姫様はくすくすと笑われた。…俺はそんなにおかしいことをまたもや言ってしまったのだろうか?


「まるで自分にそう言い聞かせているみたいねベルンフリート。私は一回もリオのことだなんていってないわよ?」


「…姫様のお口からその人と聞けば、誰しもそう思うでしょう。なにせいつもそばにいるのですから」


「いいわ。そういうことにしておいてあげる」


くすくすと笑うその横顔は母君であられる王妃様にとてもよく似ていらっしゃった。しかし…。


「……だんだん似てきましたな姫様」


…あいつの悪いところが、これ以上姫様にうつらないことを祈るばかりだ。


こうして進んでいくうちに外れの森が見えてきた。この森は動植物が豊かな場であり、奥へと行かない限り凶暴な生き物はおらず、食料も水も容易く手に入ることで有名な場であった。森の中へと入ると、俺は馬を走らせた。ここまでくれば問題はあるまい。そしてそこを抜ければ陛下や殿下がいらっしゃる場所にたどり着く。正直、ナノエの兵士たちは勝利に酔いしれ、見張りなど手薄状態になっており、それをかいくぐるのは容易かった。


 「帰ったかベルンフリート。そして…エマリア姫様。ご無事で何よりでございました。殿下や陛下はこの奥におられます」


「フィルマンもよくお父様に知らせてくれたわ。本当にご苦労様」


深々しくお辞儀をし迎えたのはフィルマンだった。俺は馬から降りると手綱を兵士に手渡した。センダ―リアの毛並みは目立つので、俺は兵の馬を借りていたのだ。姫様は早足で奥へと参られ、俺はその後ろ姿を見てお転婆姫と言われていたことに思わず苦笑してしまった。


「様子はどうだった?」


フィルマンが真剣な面持ちで俺に問う。俺は王都の惨劇が目に浮かび、ため息をつきそれに答えた。


「王都は壊滅状態だ。ナノエが好き勝手に暴れておる。一部の市民たちは家の中に引きこもり、出るに出られないようだ」


「王宮は?」


「そちらはよりひどい。外見の損傷はあまりないようだが、ずいぶんと荒らされておるようだ。お前の部屋もやつらは侵入し、物色しておったぞ」


フィルマンは途端に顔を歪め、そしてため息をついた。


「どうせ奴ら、あれらの価値を米粒ほども分かりはせんだろう。あれらが燃えていく様が目に浮かぶわ」


フィルマンの部屋には様々な種類の標本がある。そこらへんにいる動物や植物から珍しいものまで幅広くあるのだ。さらにはリオが聞いたら卒倒しそうな虫類までもある。生物の生態系は彼にとって長年の研究対象であり、まだ趣味でもあった。


「丁度よかったではないか。最初はまだ可愛いものであったが、最近は趣味が悪すぎた。これを機に趣味を落ち着けるといい」


「ここにも分からん者がいたな。趣味が悪い? 俺は魔術師だぞ。生き物と魔力のつながりとは何か。それは長年どんなに優秀な魔術師でも解き明かせなかった謎だ。それを追求することが我らのロマンなのだ。凡人のお前には分かるまい」


俺はげんなりとした顔をこいつに向けた。このような会話はもう何度目かになるが、どう言い聞かせてもこいつはあれやこれやと言い返して、止める様子は全くないのだ。


「だからといってわざわざ、下手な標本を見せられるこちらの気持ちになってみろ。内臓はきちんと処理されておらず、死んだときのままで放置しておるから臭いもすさまじい。本当に、優秀な弟子がおってよかったな」


「死んだときのままにしておかぬと死んだ要因が分からんと何度言えばわかるのだ。なぜ貴重な研究材料だというのに、わざわざ処理をするなど無駄なことをしなければならない? まぁ、優秀な弟子に関していえばそこだけは否定はせんがな。しかし、あやつはもう少し落ち着きというものを学んでもらわねば。他ならぬ偉大な魔術師、フィルマン・フランクの弟子ということをもっと意識して……」


饒舌に話すフィルマンに対し、俺はため息をついた。本当にこいつにはもったいないほど良い弟子だ。脳みそ以外役立たずなこいつの世話をし、かつ魔法の腕も優秀ときた。それをこいつは自分の教えがいいからだと言い張って居るが、俺は知っている。こいつの魔法の教え方は雑そのもの。普通に勉学を教えるのは右に出る者がいないというほど分かりやすいと評判であるのに、いざ実戦で教えるとなると途端に分かりにくくなるのだ。つまり、魔法学初心者から見ればこいつが異国語を話していると思うほどに、酷い。


「失礼っすね。あなた様に歳相応に落ち着けなど言われたくありませんよ」


フィルマンの言葉に不服そうな顔をして木の上から姿を現した少年。身軽に木から飛び降り、薄緑の髪をうっとおしそうに払いのける。


「なんだおったのか」


しかし、当の本人はどこ吹く風だ。俺はその少年に微笑み、声をかけた。


「久しいなカルファ。見ない間に大きくなったか。こいつの世話は相変わらず大変のようだな」


「お久しぶりですベルンフリート様。変わらずお元気そうで何よりです。……ええまあ、大変ですよ。なんて言ったってこの人、俺がいないとろくに飯も食べねぇんすから」


「栄養さえ取れれば、死ぬことは無い。それよりも研究の方が俺にとっては……」


「研究って……ただの生き物採集でしょう。それも俺が手伝わないと悲惨なことになって、後から面倒なことになるんじゃないですか!!」


「い、いや。だからそれは研究として必要なことであって……」


「あんたいつもそれでしょう! 大体……」


ガミガミと怒られる姿はまるで母と子。普段のフィルマンからは想像もできない姿だ。何だかんだ言いつつも、こいつは身の回りのことを全てしてくれるカルファに頭が上がらないのだ。


「そこまでにしといてやれカルファ。フィルマンのそのコレクション類は今敵方に渡ってしまってな。今悔やんでいる最中なのだ」


俺は笑いを堪えながらそうカルファに伝える。するとハッとした顔をしたカルファは、フィルマンの顔を見た。


「そ、そうだったんすか!? ……まぁ、自業自得ですね」


「ぐっ!」


フィルマンが胸を抑える動作をした。何やら心当たりがあるようだ。


「何回も言いましたよね俺。あんなジメジメした所に保管する気がしれないと。言っても言っても次必ず、次必ずって……あんたのそのズボラさには呆れ果てましたよ。そのくせ、大事なものだと言い張るんですから」


「……それは呆れ果てるな」


むしろよくここまで耐えられたと思う。カルファでなかったら早々にこんなダメ人間、見捨ておったことだろう。本当に出来た弟子を持ったものだ。


「そ、そう言えば、ベルンフリート! リオ殿はどうした? エマリア姫と一緒ではなかったのか?」


慌てて話を打ち切ったフィルマンの問いかけに、今度は俺が眉間にしわを寄せる番となった。あいつとの会話が頭に浮かび、ため息がこぼれる。


「…お前…まさか言い合いをして置いて来た…とは言わんよな?」


俺のその様子を見て、フィルマンが顔をひきつらせた。俺は首を振った。


「そんなことはせん。あいつが突っかかって来るのはいつものことだ。まったくもって不愉快であってもな」


「…言い合いをしたことは否定せんのか。お前たち、いつからそんなに言い合いをするようになった? 昔も相当だったが、今ほどではなかっただろうに」


フィルマンの言葉に俺は言葉に詰まった。…確かに、いつからリオとの関係が変わってしまったのだろうか。昔は何をするにしても一緒だった。稽古をするときも、寝るときも、食事をするときも…さすがに風呂は一緒ではなかったが、それなりに俺はリオとの関係を築いてきたつもりだった。それが今ではあいつは俺に敬語をつかうようになり、さらに俺を様付けで呼ぶようになった。最近はふとした時に昔のように呼ぶようになったが敬語口調は崩れることはなかった。そのような態度が妙に距離を取っているように感じ、俺はあまり好きではなかった。


「…本当にいつからだろうな。あいつの考えていることは俺には理解できん」


そうこぼした言葉に、カルファは驚きの表情をした。


「俺、ベルンフリート様に手なずけられない女の人っていないと思ってました。その人よっぽどのじゃじゃ馬なんすね」


俺はカルファのその言葉の方が驚きだった。思わず咳き込んでしまい、それをフィルマンがおかしそうに見ていた。


「確かに女性の扱いに長けておるというので有名なお前が、ここ一番という所で発揮できないとは摩訶不思議なことだ。世の中の男が聞いたら呆れて笑うだろう」


フィルマンから相変わらずの憎まれ口をきかれ、俺はそっぽを向いた。ジーニアス卿から小さい頃から教え込まれたきたが、俺はこれを今になっても好きになれないでいた。これも仕事のうちだと割り切ってはいるのだが…やはり性格上の問題なのだろう。どうも貴族のご令嬢は苦手意識がある。


「茶化すな。俺だって好きでやっているわけではない。リオは何故かは知らんが晩餐会…とやらに招待されたらしくてな。そのため連れ出すことは不可能だった。それだけだ」


そのあたりをかいつまんで話すと、フィルマンは真面目な顔へと変わった。


「晩餐会…ディナーのことか…。ナノエにとって戦後のディナーは特別な意味を持つ。自身の繁栄の永続だったり、次の勝利の祈りだったりと様々だ。だからこそ、そこに他国の者…しかも敵国の捕虜のメイドを招くとは…ナノエの王子は一体何を考えて………」


「お前でも分からんか」


それは俺も気になっていたことだった。エマリア姫様や王妃様を招待するならまだしも、リオだぞ?どうにも分からん。こいつなら何か考えを導き出せるかとは思ったが……


「さっぱりだな。先ほどあげた例以外にも、結婚を祝ったりまたは婚約を誓い合ったりという場合もあるらしいが……さすがにそれはあり得んしな」


フィルマンのその言葉に、俺は思わず口元が緩んだ。リオが王妃?あのがさつな奴にか?天地がひっくり返ってもありえんことだな。


「あのじゃじゃ馬を嫁にしたいという、とんだ物好きは中々おるまい」


しかし、フィルマンはそんな俺を見てにやりとした笑みを浮かべた。


「俺はそうは思わんな。リオ殿はあれで中々器量もよく、面倒見もよい。偏見や差別意識の強い王宮の中におるから気づかぬだけで、意外に妻にしたい奴は多いと思うぞ。意地っ張りすぎるのが玉に瑕だがな。しかし、そんなところもまた可愛らしいという輩は少なくはないぞ」


「可愛らしい? 馬鹿を言うな。あんなに気が強い女は中々おらん」


「それは否定せんがな。リオ殿が気が強いのは昔からだからな」


互いに顔を見合わせて笑いあった。これから、大きな戦いがあるというのにずいぶん気楽なものだと自分でもそう思った。


「とりあえず、姫様を奪還できたことは褒めておいてやる。だが、これからが大変だぞ。…アヒム殿もいないことだしな」


ふと、フィルマンが顔を曇らせ俺にそういった。俺は頷き、顔をこわばせた。叔父上のことは皆に伝わっていた。実際に変わり果てた姿の叔父上を見た者も少なくはなかった。その衝撃は、兵士や俺たちの中に波紋のように広がっていった。あの陛下ですら普段と変わらぬ態度のように見えるが、明らかにいつもより冷静さをかいていらっしゃるように思えた。…それがこれから始まる戦に影響が無ければよいが…。


「…ああ。そうだな」


俺はそう答え、そしてふと空を見た。木々の切れ間から見える太陽は、赤色に空を染まろうとしていた。もうじき夕暮れ時だ。


_________


 赤く染まりかけている空が目に入り、私は窓からその光景を眺めました。私の部屋の位置からは見えませんが、もうすぐ太陽が海へと差し掛かり、日は落ちるでしょう。その前にベルンたちの奇襲が来るはず。私は懐に剣を隠し持ち、部屋を後にしました。…ここにはいつ戻って来れるでしょう…。扉を静かに閉め、私は慣れないドレスの丈に戸惑いながらも歩を進めました。


廊下を歩き続けていると、ナノエの兵士たちが私を物珍しそうな顔で見るのが分かりました。中には私を指さし小声で何かを話す者もいます。私はひたすら前を向き、恐怖を押さえつけながら大広間へと歩き続けました。


 「リオ様。お待ちしておりました」


私の着付けをしてくれたメイドさんたちが私を大広間へと招き入れました。中の様子はいつもとがらりと違って居り、私は嫌な臭いに顔をしかめました。


「おお! 雨狐(うこ)の君のご到着ですかな!!」


中にはナノエの上役と思われる方々が多くおり、私は冷や汗がどっとでるのが分かりました。長く奥まで続くテーブルには多くの見たこともない料理が並べられております。嫌な匂いの原因はこれのようですね…。そして、一番奥に座っていらっしゃる方が…おそらく第二王子、テフィアット様でしょう。遠くて顔も容姿も全然わかりません。しかし、第二王子自ら招待したというのです。まずは彼に挨拶するのが基本というものでしょうか?勝手が分からず私が戸惑っていると、見慣れた顔の人がこちらに近づいて来られました。


「…リオ殿、こちらへ」


タオゼントは離れたところにある椅子を指し、私が座る席を示しました。次の行動が分かり、ほっとしたのもつかの間。私は顔が引きつるのがわかりました。タオゼントが指したその席はテーブルの一番奥の席の隣。つまりは第二王子の隣の席だったのです。私は戸惑い、タオゼントを見ました。


雨狐(うこ)の君よ。殿下がお待ちです。少々遠いが席へとお座りください」


少々って…この広い部屋の端から端までですよ。少々歩くどころではありません。このテーブルはいつもであればバラバラにして単体にしてから使うものです。こんなに長くては食事を運ぶメイドも大変そう……ではなく!なぜ敵を主君の隣に座らせるのでしょうか!?それに先ほどから言われる『うこのきみ』とは一体何の事なのでしょうか!?


「…ご招待誠に光栄に思います。しかし、その前にお聞きしたいことがあります。私をこのような場に招き入れた理由です。敵国の使用人を食事会に招待する趣味がおありなのでしょうか」


私は遠い場所で悠々と座っていらっしゃる第二王子を見据えました。…少々嫌味ったらしい言い方になってしまいましたが、仕方がありません。口が勝手にそう動いてしまったのですから。私は無礼者とその場で叩き切られやしないかと周りの動きを警戒しました。しかし、意外なことに周りは笑いに包まれたのです。


「ハウヴァーの者は女の身であっても威勢を張るのか!!」


「これはおもしろい! 躾がいがありますな!!」


「我らが主が気に入られるのも分かる。なにせナノエの女どもは誰も彼も媚を売ることしか知らぬからな! これは良い!!」


私は不快感から、息を一つ吐きました。何とも下品な方々なのでしょう。これならばまだ斬りに掛かられたほうがましというものです。


「いやいや、やはりあの『死牛』の影響もあるのでしょうな」


すでにお酒が回られている一人の小太りの方がそうおっしゃいました。それに同じく酒が入った方々が言葉を重ねます。


「あれが今のハウヴァーの強さを引き出していましたからな。もっとも彼もまたその戦力として十分に数えることができておりましたし。全く早々に退場してくれて助かりましたな」


「さすがの『死牛』も我らが主の手腕には敵わなかったということですかな」


「いやいや、『死牛』も結局は自分自身の愚かさに食い殺されたということでしょう。当然の結果…といえますな。馬鹿な老体だ」


ぶちっと頭の中の血管が切れたような気がし、気が付けば私はその方々の前へと立っておりました。彼らはお酒で虚ろになった目で私を見ました。


「『死牛』に能力や実力で勝てないからと、卑怯な手を使い、それで得た勝利を自分たちの手柄だと言い張るあなた方の方がよほど滑稽だと思います。馬鹿は一体どちらなのでしょう? 全くもってくだらないことです」


私はそう言い放ち、第二王子を見ました。私もエマ様のことは言えません。このような状況で彼女と同じようなことをしたのですから。ですが、確かにエマ様がおっしゃった通り、彼らのこのような態度を黙って聞いていられるほうがどうかしています!!


「なっ……この女!!」


次々に席から立ちあがり、剣を抜こうとする彼ら。ドアからの距離はそう遠くはありません。上役たちをこの場に留めさせておけば、ベルンたちも動きやすくなることでしょう。私は彼らを睨み、様子を伺いました。彼らの一人が、こちらに一歩踏み出そうとしたその時です。


「テ、テフィアット様!?」


お付きの者の驚きの声は部屋中に響き渡り、皆その方へと意識を向けました。椅子を引く音がし、第二王子はその場をどうとする様子もなく後ろのドアから立ち去ったのです。


「…あとは皆で晩餐の続きをしろと我らが主は申しております。リオ殿、王室へ。我らが主がお待ちだ」


「…は?」


しんっと静まり返った大広間に、私の間抜けな声が響き渡りました。

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