私が里桜からリオとなった出来事
少し昔の話を致しましょう。
私は今ではメイドのリオですが、前の世界では真壁里桜という名前でした。父、母、幼い妹、祖母の五人家族で、私は公立の高校に通う普通の女子高生でした。趣味は漫画を読むことで、学校に隠れて持って来たりして友人たちとその話をしたりなど充実した学校ライフを送っていました。また、部活動は演劇に入っていたので、休日には劇団を観に行ったりなどして、勉強はそっちのけで青春を送っていました。
そんな私でしたが、なぜこの世界に来てしまったのか分からないのです。気が付けば、暗い森に独りぼっちで泣いていました。背は極端に縮み、髪も短くなっていました。川を見つけ、水を飲む際私が見たのは真っ赤に染まった自分の姿でした。私は怖くて、あてもなく走り回りました。疲れ果ててその場に倒れこむと、少し冷静になりました。しばらくして周りを見ると、涎をたらした見たこともない化け物たちが私を見つめていました。彼らは私を捕食するつもりであろうことは持っていた武器を見て分かっていましたが、別段抵抗する気にもなれませんでした。私は目を瞑り、夢よ覚めろと願いました。ここで彼らに食べられればきっと目が覚めて、翌朝友人たちに怖い夢として話す普通の日常に戻れる、そう思っていました。しかし、私は腕に鋭い衝撃が走り目を開けました。その化け物たちの一匹が私の腕に牙をたてており、上を見ると彼らが今にも襲い掛かろうとしています。私は途端に恐ろしくなり、化け物たちに消えろと念じました。
「……」
私が瞑っていた目を開けると、生臭い香りと真っ赤に染まった鮮やかな赤が私の中に飛び込んできました。彼らはまるでかまいたちにでも切られたような死に方をしています。それを見て私は悟りました。ここは私が知る世界ではなく、どこか違う怖い世界なのだと。そして鈍い痛みを発する腕の傷を見て、これは夢ではなく現実で、あの温かい日常に私はもう帰れないのだと何故か感じました。
「里桜」
私の名前を呼ぶ優しくて大好きな家族や友人たちが遠くに消えていくのが分かりました。彼らにもう会えないのはとても悲しく感じましたが、私は気持ちを切り替えてまず自分が生きれる方法を考えました。
まずは先ほどの川へと戻り、水を確保することから。そしてもちろん水だけでは生きていけません。私はふとよく分からないこの力で、食事を出せないかと考えつき、試してみることにしました。……見事に失敗しましたが。しかし、探査はできるようでこの森の大体の地理が分かりました。すると、なにかがこちらへ近づいてくるのが分かり、空腹で死にそうだった私は構わず飛びかかりました。それはウサギでした。丸々としたウサギは身軽に私を避け、逃げていきました。私は迷わず力を使い、ウサギを仕留めました。私はそのとき、この力は自分が思ったことがそのまま現実になるのだと理解しました。私は落ちている枝を集め、そこに火を付けました。そしてウサギをその近くに恐る恐る置き、焼けるのを待ちました。食べる時、少々の罪悪感はありましたが、とにかくお腹が減っていたので、まだ生臭くまた血抜きなどの下処理もしていないそのウサギの丸焼きを食べました。命を食べるということを前の世界ではあまり考えませんでしたが、身にしてみて感じることが出来ました。そして、さらにお腹を壊さないか心配しましたが、次の日になっても私の体調は万全でした。その生活は何年か続き、こうして私は生きる術を自分で学びました。生き物を食べる時の下処理も、気配を消すことも、弱肉強食の世の中だということもすべてこの森で学びました。
そして私はとうとう森の外へと出る決意をしたのです。自分以外の人と接したかったのかもしれません。それが私の人生の転機でした。遠征の帰路であった軍と遭遇したのです。
「どけガキ。我らはハウヴァー王国の騎士団だ。妙な真似をすると切り捨てるぞ」
私のことを汚物を見るような目で蔑む男の兵士。私は久しぶり見る人と、またなぜそのように敵視されるのか分からず、混乱していました。男の兵士は全く動かない私にイライラして、馬から降りました。そして腰にさしていた剣を抜き、私に切りかかりました。私はとっさにその一撃を避け、兵士の足を払いました。
「なっ!?」
その兵士が倒れたのを機にくるりと後ろを向いて逃げ出しました。もう人なぞこりごりだと思い、森へと帰ろうとしたのです。すると馬の走り出す音が聞こえたかと思うと、急に体が持ち上がりました。私は慌てて暴れだしましたが、不意に優しい声色で誰かが私に話しかけているということに気づきました。
「元気なことはよいことじゃが、暴れると怪我をするぞ。怖がらせてしまいすまなかったな。」
私をつかんでいる男が私に笑いかけます。それは先ほどの兵士とは違い、私は暴れるのを止めました。
「お前、こんなところで何をしておる? ここは魔物の森じゃ。幼いお前なぞすぐ食われてしまう。」
そうか。やはりこの森は魔物が多く住んでいたのかと私は納得しました。やけに色々な魔物たちの巣があったので、不思議に思っていたのです。
「非礼の詫びに家まで送ろう。もうすぐ夜も更ける。家族が心配しておるぞ。」
その男の言葉に私は困りました。家と呼べるのはあの森だけだし、家族もいない。私は首を横に振り、森を指さしました。間違ってもどこかの見知らぬ人里に連れて行かれるのは避けなければと思ったのです。
「……お前、森に棲んでおるのか?」
男の言葉に私は頷きました。先ほど転ばせた兵士が私をにらんで言いました。
「これは魔物の一種でございます! 幼いながらにしてあの身のこなし、とても人の子供だとは思えませぬ!!」
「……いや、魔物であれば角やしっぽが生えておるはず。この子にはそれがない。おそらく捨て子であろう。」
兵士の言葉に男は首を振り、そしてきょとんとしている私に微笑んで言いました。
「お前、名前はあるのか?」
「……リオ」
久しぶりに出した私の声はがらがらで、とても滑稽な声でしたが、その時の私は無事声が出たことにほっとしました。
「そうか。ではリオ。行く当てがないなら、わしと共に来ないか?」
一瞬男が何を言っているのか分かりませんでしたが、私は思わずこくんっとうなずきました。すると男は満足そうに微笑み、私を馬の上へと降ろしました。
「孫への良い手土産ができたわい。」
鼻歌を歌う男の顔をじっと見ながら私はその状況についていけず、ただぼんやりとこの先どうなるのか不安に感じていました。それがアヒム様との出会いであり、私がメイドのリオとして生きるようになったお話しです。