リアリー戦争~黒い鬼人と呼ばれた武人~
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『リアリーのゆりかご』。それは最強と謳われたリアリーが、人間の手によって処刑されたと言われる場所のこと。処刑された彼とゆりかごがどうつながりがあるのか、それはとある書物で語られていた。人間に捕らえられた彼は処刑される直前に、泣き出した人間の赤ん坊に子守唄を歌った。リアリーは首を落とされても子守唄を歌い続け、気味悪がった役人たちが探しても落とした首は見つかることなく、その子守唄は風の音にまぎれて聞こえるのだと。それは人から人へと語り継がれ、いつしかそれを人々は神話と呼ぶようになった。今では夜更けに子供をあやすものとして話されている。
そして、遡ること王宮が襲撃される数時間前。今後人々の間で語り継がれることになるハウヴァーとナノエの争いは、リアリーのゆりかごと呼ばれる見晴らしがよく、そして草木のない荒れた地で行われることになった。迷信深い人々は口にこそ出さなかったが、この地が選ばれたことは決して偶然ではないと確信めいたものを抱いていた。無敗の強さを誇っていたリアリーが初めて敗れたとされる場所が、彼が処刑されたこの場所だったからだ。まさに誰よりも強く、負け知らずであったアレクサンドロス王ご自身の未来を暗示しているかのようではないか。ハウヴァーの人々は恐れを抱きながら、戦が開始されるまでの時を静かに過ごしていた。
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この地によく吹いている肌寒い風を肌で感じながら、俺はため息をついた。叔父上と城を出る前にした話を思い出していたのだ。叔父上は戦へと赴けないことを歯がゆそうにしながら、俺に注意を促した。
「この戦い、何やら裏あるような気がしてならないのだ」
俺はその言葉が気がかりでならなかった。その言葉がただの気のせいだと言ってしまうのは簡単なのだが、俺の叔父アヒムは歴代一強い守護者だと言われており、その洞察力もまだ若輩者の俺などには敵いもしない。そんな叔父上の言葉だからこそ考えを振り払うことができないでいた。
「……裏があるか。一体叔父上は何を考えておられるのか。」
叔父上は時々突拍子もないことをなさる。突然拾ってきたリオを家族だと言い、そうかと思えば急にリオを手放すような行動をとられたり…。正直見合いの事を考えると、胸が沈むのが自分でも分かった。男と仲睦まじく並んでいるリオの姿を想像するだけで、醜い感情が俺をむしばむのだ。普通、婚約する時期というのは男は15、女は14のときに決まるものだが、当の本人にそういうことが一回もなかったため、俺は油断していた。それによりここ数か月、俺の頭はそのことでいっぱいだった。しかし、それもこれで終わりとなる。この戦が終わり我らの勝利を世間に知らしめてからやっと、俺はこの気持ちに踏ん切りをつけることができる。しかしそう考えると、今度はあの鈍感馬鹿の幼馴染に一体どういえばこの気持ちが伝わるのか、ということが俺の頭を占めていた。考えても考えても言葉が出ては消えていくだけ。……まあ、仕方ないと言えば仕方ないのだ。あまりにも幼いころから近くにいすぎたせいで、あいつは俺のことを兄としか思っていないだろうだから。もしあいつが他に慕っている奴がいたとして、果たして俺は笑って応援してやれるのだろうか……?俺は苛立つ気持ちを抑えるかのように頭を掻いた。
「おいおい今から戦に出る奴の姿には見えないぞ、ベルンフリート卿。」
その声で俺は掻いていた手を止め、顔をしかめた。考えにふけって気づかなかったが、誰かは見ずとも分かった。異例の若さで他の者を押しのけ、陛下側近十一人衆に加わった俺を疎ましく思うものは多い。さらに誰かから手柄を横取りされはしないかと誰も彼も内心焦っているのは目に見えて分かっていた。穏やかなこの地だが、人々の雰囲気はそれと対照的だった。そんな場でさして気にも留めず、普段と変わらない口調で話す奴らを俺は二人しか知らない。
「……何の用だジーニアス卿。精神の統一の邪魔をしないでいただきたい。」
俺はうんざりとして、隣に立ち俺の肩を乱暴に組むジーニアス卿の腕を払いのけた。このジーニアス卿の武人としての腕前や心構え、部下から信頼される人柄は尊敬しておるし、俺が武人となれたのはこの人のおかげだと言ってもいい。……しかしこの人のこのような調子のよいところは昔から苦手だった。そしてジーニアス卿はいつものように俺をおちょくるような顔をして話し始めた。
「精神統一をしていたようには見えなかったがな。なんだ? 悩みなら聞いてやるぞ。」
ジーニアス卿はにやにやとした顔を近づけてきた。
「せっかくだがお断りさせていただこう。ジーニアス卿に話しても悩みが解決でいるとは思えないからな。」
「やはり精神統一などしていなかったではないか。」
俺が言葉に詰まるのを見て満足そうに笑うジーニアス卿。そして俺から離れると地面に胡坐をかかれ、目の前に広がる何もない景色を見られた。
「本当に可愛くなくなったなお前。昔はリオに負けるたびに俺に泣きついてきたのにな。」
目の前に勝ち誇った顔のリオが横切った気がし、俺は渋い顔をした。幼いころならばともかく、俺はついこの間リオに敗北してしまったのだ。しかも欲を出してしまっての無様な末路だ。……フィルマンや目の前のこの人に見られていなくて本当によかったと思う。
「ずいぶん昔の話をすると思えば……貴殿も歳をとったということか。引退をすすめするが?」
何とかそう言い返すと、ジーニアス卿は吹き出して地面をこぶしで二三度叩いた。その様子を見ながら俺は呆れ、暇な人だと思った。こうやって俺を構うより、自分のテントにでも戻って戦の準備をしていた方が、まだ有意義な時間を過ごせるだろうに。そんな俺の考えを知って知らずか、散々大笑いしたジーニアス卿は俺に向かって微笑んだ。
「歳か…。確かにそうだな。こんな俺でも父親になるんだ。いやー、年月とは恐ろしいものだな。」
恐ろしいと言いながらも幸せそうに笑うジーニアス卿。…なるほど、それが言いたくて俺に話しかけたのか。俺はひとりでに納得しながら、その話に耳を傾けた。
「俺の魔力性質に似ているらしいから、性別は男だろうな。きっとお前を超える強い男になるぞ。二人目は女がいいな。あいつに似て綺麗な水色の目をした女だ。あいつに似て美人なんだろうが……どんなに美人でもお前にやる気はせんがな。ハハハハッ!! ……俺が父親…か」
ジーニアス卿が父親になる、俺は赤ん坊を抱いたジーニアス卿を想像した。ジーニアス卿は不安そうだが、俺は良い父親になると思う。幼いころから見ていたのだ。俺は確信を持って言える。
「俺は父親というものを知らんから何も言えないが……ジーニアス卿は良き親となれると思う。昔おっしゃっていたではないか。子供ができたら三日に一回は必ず会いに行くと。それが実現できそうで、心から祝福を申し上げる。」
「……まさかお前にそんなこと言われる日がくるなんてな。祝いの酒、期待してるぞ。」
一瞬驚いた顔をし微笑むジーニアス卿に、俺は肩をすぼめるような素振りをみせた。
「こんな時に金を使わないでどうする! それにお前に一番に報告してやったんだ。祝議に感謝を込めるのは当然だ。どうせお子ちゃまなお前は大して使い道はないんだろ?」
おこちゃま呼ばわりされ、むっとした俺は口を開き反論しようとした。今まで金を使えなかったのではない。使わず貯めていたのだ、と。
「残念だが、使い道が決まりそうなのでな。それに向けて準備中だ。」
しかしあまり言うと、この人の事だ、余計な詮索をしかねない。俺はそう含みを持たせるような言い方で止めておいた。すると、ジーニアス卿は俺の言葉ににやりと笑い、水を一口飲んだ。
「その心意気は大変結構だと思うが……そうだな、俺にはまだ先のように思えるな。しかしまあ、お前も大きくなったということで、祝いにひとつ話してやろう。」
そしてジーニアス卿は言葉を続けた。それはいつもの彼と違う、茶化すような言い方ではなかった。
「この世界は身分によってそいつの人生がどうなるか大体決まっている。だから恋愛っていう観念は、この世界にはほとんど存在しない。そんな中で将来国の要となるお前がその相手を見つけたというのは、喜ばしいし、同時に幸運でもあるし、皮肉だとも思う。」
ジーニアス卿は俺を見た。おそらく彼の目に映る俺はさぞ滑稽な顔をしていたことだろう。ジーニアス卿はそれを見て笑い、再び景色に目を移した。
「この戦いはお前にとっても新たな節目となるだろう。それがいい方向にいくのか、はたまた違う方向にいくのかは分かりかねるがな。だからお前と同じ幸運を手にした先輩から一つ忠告しておくとするなら、くれぐれも相手とすれ違いにはなるなよってくらいだな。ベルンフリート。幸せはお前がつかむもんさ。検討を祈っている。」
俺にこぶしをつきだすジーニアス卿。どうやらこの兄弟子にはすべてお見通しのようだ。俺は苦笑し、そのこぶしに自分のこぶしを合わせた。ジーニアス卿は満足そうにこぶしを下ろし、そして立ち上がった。もうすぐ戦開始の合図があがる頃だった。
☆
戦の合図は当初予定されていたものよりかなり早いものとなった。予想以上に敵の進行が速かったためだ。フィルマンや食料も届いていないのにも関わらず、だ。俺は何かは分からぬ違和感に見舞われながらも、自分の配置についた。陛下のご命令は敵を一網打尽にし、もう二度と我らに戦争を仕掛けられないような壊滅的な被害を敵に与えるということだった。それに合わせた軍師の策は我々陛下側近十一人衆をとにかくばらけさせ、各方向からの突然の奇襲を主にしていた。今までにない策だ。下手すれば部隊から孤立し、敵に囲まれてしまう恐れもある。俺は抗議しようとしたが、軍師はすでに配置につき、その場所は分からず仕舞い。まるで計算したかのようだ。俺は先ほどから感じている違和感の正体を探ろうとした。叔父上を頑なに戦場へ送ることを拒み、いつもは正確な予定時間も違い、さらには普段とは違う策の練り方……まさか…。俺の中で嫌な考えが頭を過った。
「ブルルルルッ」
俺は愛馬、センダーリアの警戒する鳴き声にはっとして、辺りを見渡した。辺りはごつごつした岩肌に風が当たる音、それに緊張した兵士たちの息を吸う音が聞こえるだけで俺たち以外の気配はないようだった。どうやら俺の慌ただしい気持ちがセンダ―リアにも伝わってしまったらしい。
「大丈夫だセンダ―リア。辺りに敵はいない。」
俺は落ち着かせるように、興奮するセンダ―リアの首を軽く叩いた。するとセンダ―リアは少しずつ落ち着きを取り戻し、首を何度か振ると、揺らしていた体の動きを止めた。俺はその黒い毛並みを撫でながら、珍しいこともあるものだと思った。センダ―リアはまだ生まれたばかりの仔馬の時から、物怖じしない性格だった。だからこそ俺は数多くいた中からこいつを選んだのだ。そのセンダ―リアがこんなにも取り乱すところは長年の付き合いでも初めてのことだった。センダ―リアなりにこの戦争に何かしら感じているのか。
「ブルルル!」
センダ―リア今度は耳をしきりに動かし、一点を見つめた。俺はその方を見て、今度は気のせいなどではないと頷いた。と同時に、襲撃に合い慌てふためく敵の集団の声があたりにこだました。
「皆の者! 我らも行くぞ! 我らが王、アレクサンドロス陛下に栄光を捧げよ!!」
「我らが陛下に栄光あれ!!」
飛び出す俺に続き、兵士たちがその後ろをついてくるのが分かった。俺は考えを振り払い、目の前の敵に集中した。向かってくる敵を薙ぎ払い、できた道をまっすぐに進む。この先にいる部隊のてっぺんを倒せば、この場を任された俺の役目はひと段落つく。
「ハウヴァーの鬼人だな! いざ勝負!」
しかし頂点に近づけば近づくほど敵が多くなるのは事実。今回の相手はよほど狙われたくないようだ。人を惜しむことなく自分の周りに配置してあった。……これでは敵から身を守ることはできても攻めることは到底不可能ではないか。この部隊の奴らは勝つ気があるのか?俺は来た攻撃を避けつつ、敵の腹のど真ん中に剣を突き刺しながら思った。しかし、守ることを徹底した陣の強固さは尋常ではない。俺はセンダ―リアを止め、様子を伺った。やはり奴らは多少しり込みしているものの、自分たちの持ち場を動こうとはしない。俺は不思議そうにしている兵士の一人を呼び寄せた。
「この守りは厄介だ。俺がひきつけるから、お前たちは周りから崩していけ」
俺は兵士にそう伝えると、センダ―リアを勢いよく走らせた。俺の後ろに三人の兵士が援護に回ってくれた。
「黒い鬼人が来たぞ!! 向かい撃て!!」
俺を指さし、そう叫んだ敵の首を俺ははねた。辺りは騒然として俺を迎え入れた。逃げ腰になる者もいれば、果敢に向かってくる者もいる。しかしその誰もこのセンダ―リアの猛威に敵う者はいなかった。俺が攻撃する間もなくそいつらをセンダ―リアは薙ぎ払い、それを横目に見ながらこいつは鼻を鳴らした。俺はそれを見て苦笑していたが、猛威を振るうセンダ―リアにも攻撃をする者がいたので、蹴り飛ばして落馬させた。一瞬たりとも気が抜けないのだ。俺は姿勢を正して、三人がかりで来る敵を見据えた。一人目を剣で倒し、攻撃を避けつつ二人目を落馬させる。そして後ろからも来ていることを感じ取り、俺はセンダ―リアに体を伏せて攻撃を避けた。肩先に剣がかするのが分かったが、問題はない。
「ハウヴァーの鬼人、討ち取ったり!!」
その好機を逃さず同時に襲い掛かって来た奴らに笑いがこぼれる。こんなところで討ちとられるわけにはいかんな。俺は一瞬で伸ばした剣を使って、彼らの首と胴体をそれぞれ飛ばした。敵はそれを見て呆然とし、俺の周りから離れるように遠ざかった。
「ベルンフリート様! お怪我は…」
息を荒くしている兵の一人が俺に近づいて来た。俺はセンダ―リアを止めて、問題ないとその兵に言ったが、既に一人地に伏しているのを見て顔をしかめた。こちらに比べて敵の数が多い。時間がたつにつれ、こちらが不利になるだろう。やはりここは強行突破しか……いや、それではセンダ―リアが今まで以上に攻撃の的になる。そうなれば負担も多くなり、後々の戦に支障がで……
「ヒヒーン!!」
「うおっ!?」
俺の思考は中断した。センダ―リアが体を持ち上げて、鼻を鳴らしたかと思えば、突然勢いよく走り出したからだ。俺はセンダ―リアから落ちないように必死でその手綱を取った。まさか弓矢か何かで攻撃されたのか?しかしセンダ―リアは今までにないくらい絶好調のようだ。
「フンッ!」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたセンダ―リアを見て、どうやらいらぬ気遣いのようだった。快調に走るセンダ―リアに敵も対処できないようだった。俺はこの部隊の隊長らしき人物を兵と兵の間から見つけ、にやりと笑った。センダ―リアのおかげで勝機が見えた。
「ハウヴァー大国騎士団長、ベルンフリート・ヘーゲルだ。貴殿の首を討ちとらせてもらおう!」
大声で叫ぶと親玉はこちらに気づいたようだ。俺に向かって敵が何人も襲い掛かろうとした。
「センダ―リア!!」
センダーリアの手綱を操ると、俺の考えを読んでかセンダ―リアは強く地面を蹴った。そして宙へと飛び上がると、俺たちの目の前には標的の姿が。標的は口をパクパクとさせて、俺とセンダ―リアを交互に見た。そいつの周りにいた奴らは慌てて俺へと矛先をむけたが遅かった。既に俺はそいつの首を刈ったあとだった。
「お前らの上にいた者の首は我が取った! 無駄な抵抗は止めて、直ちに降参するがよい!」
俺の言葉に次々と武器を捨て始める敵の兵士たち。俺は剣を上に掲げ、
「アレクサンドロス王、万歳!」
と声を張り上げた。兵たちはその俺の姿を見て、歓声を上げた。
「アレクサンドロス王万歳!! ハウヴァー大国万歳!!」
そしてそれに合わせるように遠くでも、勝利の雄たけびが聞こえる。どうやら俺の杞憂だったようだ。俺はセンダ―リアのたてがみを撫でた。センダ―リアは気持ちよさそうに目を細めた。ふとこちらに走って来るハウヴァーの鎧を着た兵士の姿が見えた。ハウヴァーの勝利の報告だろうか。他の兵たちと同様に俺は微笑んで、それを待った。
「報告します! 王宮が……首都が襲撃されました!!」
しかしその兵の言葉を俺の想像と反するものだった。俺は思わずその兵士に怒鳴った。
「なんだと!? どういうことだ!!」
「フィ、フィルマン様が先ほど報告に来られたのです。奴ら、最初から手薄になった王宮が目的だったようで…」
まさか……。俺は驚愕した。戦は基本的に各自の裁量に任される。倫理的だったり人道的な行為だったりというのを守れば、普通それは適用される。適用外の例を挙げるならば、大量虐殺などといったところか。しかし、特に大国レベルになると国間の争いに関してはいくつかある。その一つに、敵国に侵入する場合、最初に戦で勝利しなければならないということが条件として存在する。これは神々の名で約束されたものであり、これを破ることはつまりこの世界で生きることを許されなくなるということだ。目先の欲から、なんという愚かなことを…。
「その…数は二百騎に満たないほどらしいのですが……ナノエの王子がそちらにいらっしゃると…。」
そのような反逆行為に王子自ら!?下手すれば国存亡の危機だぞ。ナノエの王子がいるならば話は別だ。一国も早く王宮に戻ら……
「ベルンフリート様! 新たな敵で…しゅ…」
俺たちの上から多くの矢が、敵味方関わらず降り注いだ。それをいち早く感知したセンダ―リアがその場から離れなければ俺も彼らのようになっていただろう。俺は上を見上げた。そこには数体の魔族がこちらを見下げていた。俺の脳裏に、今朝会話をしたリオがちらついた。…無事でいろよ。
「聞け! 早々に奴らを始末して首都へと戻る! 行くぞ!」
俺は持っていた煙球を上に投げた。それは緊急時の警告色、赤色の煙が出るものだ。この様子ではおそらく他のところも足止めをくっているだろう。殿下のところにはジーニアス卿が側に控えているから心配ないと思うが……。兵たちが弓を打つのを見て、ふと俺はフィルマンからもらった魔術道具があることを思い出し、それらを手に取った。
「おいおい、人間風情が俺たちに敵うとでも思っているのか? 滑稽だぜ。血肉を引きちぎって宴会のつまみにでもしようか。」
俺たちを逃がしまいと下へと下りた魔族が余裕の笑みを浮かべ、俺たちを挑発した。それに臆する兵士がいたので、俺は彼らに微笑んで言った。
「では、俺たちはお前らの頭蓋骨で杯でもかわすとするか。」
俺の軽口は、兵たちの雰囲気を少しでも和らげるのに多少役に立ったようだ。魔族が俺を見て気に食わなさそうにしたので、俺はさらに微笑み返した。それがどうやら兵たちの士気を少々上げたようだ。それぞれ武器を手にし、魔族を見返し始めた。
「やってみろよ、人間が」
魔族たちを率いているひときわ大きい奴が、俺に向かって突進してくる。俺はそれを剣で受けた。それを合図に他の魔族たちも活発に攻撃を始める。その魔族は俺の倍ある槍を振り回し攻撃をしてきたが、俺はセンダーリアの手綱を操り、なんとか避けた。俺は体中から汗が噴き出すのが分かった。魔族と戦うのは初めの経験で中々勘がつかめず、さらに人を相手にするのと勝手が違うからだ。魔族は体を強化しており、武器よりも体を使って攻撃してくる。武器が体にあたってもほとんどダメージがない。……唯一の救いは魔族の数が少ないことだな。これならば他の者は数人と組んで魔族と戦うことができる。
「よそ見か? ずいぶん余裕だな!」
魔族が牙を突き出して、俺の肩をかみちぎろうとした。俺はとっさにそいつが乗っていた馬の腹を蹴り上げた。
「なっ! くそ…」
体勢が崩れた魔族は俺から距離をとろうとするが、馬は言うことを聞かず他の魔族の馬へとぶつかりそうになった。魔族は苛立ち、舌打ちをして馬を無理やり止まらせた。それを見て、俺の中にある仮説が浮かび上がった。
「ベルンフリート様……もしや……」
「ああ。奴ら戦慣れしていないとみた。……いけるぞ。」
俺は兵士にある策を伝えると、フィルマンからもらった魔術道具を取り出して渡した。兵は頷き、走り出した。俺は煙球を取り出し、今度はそれを地面に投げた。辺りに緑色の煙が漂い、兵士たちがはっと俺を見るのを横目に、俺は馬を走らせた。戸惑いながらも俺についてくる兵士たち。魔族はそんな俺たちを見て嘲り笑い、追いかけた。
「……違う。これではだめだ……」
俺は辺りを見渡した。この辺りの土で比較的柔らかいところは……
「ヒヒーン!!」
俺にその場所を示すように鳴いたセンダ―リア。向かう先を見ると、小さな湖があった。俺はそこへ兵を誘導した。湖に着く頃には兵に指示が行き届いていたようだ。顔つきで分かる。そんな中何も知らない魔族は、まんまとここまでついて来た。疑いもせずこちらへと近づき、湖を隣にして勝ち誇った顔をする。
「もう逃げ場はないぞ。俺らの頭蓋骨で酒を飲むんじゃなかったのか?」
十分に引き寄せたところで俺は奴らに向かって、あるものを投げた。
「そのつもりだが?」
これは一回きりしか使えない、魔力石と呼ばれる魔具だ。もしものときに配られたもので、フィルマンの魔力が入っている。魔力の中身は、『沈没魔法』。と言ってもかなり軽めに込めたらしいので、地面に水気がないあの場では使えない代物だった。果たしてこの場でも使用できるか不安だったが、どうやら成功したようだ。たちまち崩れていく地面の中に魔族たちが落ちて行く。それを見て歓声があがった。
「くそっ!! 魔術師はいないんじゃなかったのか!!」
それで都合よく全員落ちるわけがない、だから俺は続けてもう一つ投げた。
「なっ!? こ、これは」
光が辺りを包んだ。元々落ち着きのなかった馬たちが暴れだし、次々と穴へと落ちて行った。こちらの馬たちは元々光や音に強くしつけられているためあまり害はない。戦場に慣れていない奴らだからこそできた技だ。
「なめるなああーー!!」
穴の底から響き渡る低い声。俺は武器を手に持ち、警戒した。やはり来るか。魔族の中に空を飛べる者がいても不思議ではない。それを踏まえたうえでこの策をとったのだ。どんなに飛べる奴でも上に何人も重なった状態ではそれもできないだろうと。
「……に、人間ごときに…このような失態……」
運がいいことに飛んで穴から出てきたのは一体だけだった。しかも最初に戦ったあの大きい魔族の奴だ。俺は馬から降り、そしてそれを見て慌てる兵士たちを制し、武器を構えた。
「人は人なりの戦い方がある。俺たちをなめてかかったお前らの負けだ。」
「…くそ…くそくそくそくそ! くそ人間がぁぁーー!!」
その魔族はさらに大きく変化し、鋭くなった牙で俺に襲い掛かった。しかし、頭に血がのぼったものの攻撃が単純だというのは、人間も魔族も同じらしい。俺は易々とその首をとることができた。血を吹き出したその体は静かに地面へと倒れた。
「さすがベルンフリート様だ!!」
「あの魔族をいとも簡単に!」
歓声が上がる中、俺はあの魔族が言っていた言葉が気になった。「魔術師はいないんじゃなかったのか」と確かにあの魔族は言っていた。……やはり間違いない。信じたくないが、ハウヴァー王国騎士団の中に……裏切り者がいる。それも一人や二人という話ではない。俺の考えが正しければ、まずこの混乱の中で狙われるのは陛下や殿下だ。俺はまだ勝利への余韻が抜けない兵士にハウヴァーへと戻るように指示し、センダーリアを走らせた。