表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/50

リアリー戦争~王宮の騒動~

 王が率いた軍勢が城を出て、一時間が経ちました。ここ数週間忙しく働いていた私たちも少しはほっとできるかと思いきや、やはりそう甘くはありませんね。すこしばかり楽ができそうなどと考えてしまった自分をあざ笑うかのように、多くの仕事が私たちを襲いました。例えば、まずしなければならないのは食料の詰め込み作業。戦場で駆け回らなければならない兵たちには、その活動源が必要不可欠になります。各自ある程度常備されてはいるようですが、一般男性がそれでは足りないのは承知の上です。ですから、目的地点に到着する予定の数時間前に食料がぎゅうぎゅうに詰め込まれた馬車を城から出さねばならず、そしてそれがまた戻って来た時、再び同じことを繰り返します。普段であれば近くの村に前もって保存させておけばよいのですが、今回は国境から出た地となるのでそうもいきません。この忙しさがあと数回あるのかと思うと、気が遠くなります。


 「おい、メイド!」


私たちが目が回りそうなくらいあっちこっちに動いている中、怒りを含んだ声が部屋に響きました。その方を見なくても私はその声の主がどなたなのか分かりました。隣にいるメイドのお姉様がちらりと私を見るのを横目に、私はげんなりとした顔にならないように引き締めてその方の元に歩み寄りました。このようなことが先ほどから何回も続いているのです。


「どうされましたか? イッシュバリュート様」


するとイッシュバリュート様は鼻をふんっとならされて言いました。


「いつまで待たせるつもりだ。我らはもう出発の準備は整って居るのだぞ?」


あまりにも横暴な言い方とその人を小馬鹿にしたような顔に私は思わず頭にきてしました。あなたがこうやって中断させるから遅れているのであって、私たちは必死でやっているのです!……という言葉をぐっと飲み込み、私は再び頭を下げました。


「もうしわけございません。私共も時間通りにご出発できますようやっておりますので、どうかもうしばらくお待ちください。」


こういう役目はいつも押し付けられるのでお手の物です。なぜ十一人衆で最前線におられる方がまだこのようなところにおられるのかというと、今回食料護送部隊にイッシュバリュート様が選ばれたからなのです。これも立派な任務だと思うのですが、何よりも戦果にこだわられるこの方はそうは思われないようです。こうして歴史に残ると言われる今回の戦に参加できない苛立ちを私たち使用人にぶつけては発散されているのです。


「先ほどから頭を下げることしかできんのか。貴様らがもたもたとしておる間、我らは一体何をしておけと? 馬の手入れでもしておけというのか?」


まだ怒鳴り足りないイッシュバリュート様はさらに言葉を続けます。私は内心うんざりとしながら、床のシミを数えておりました。このまま先ほどと同様やりすごそう、そう思っておりました。


「……それともなんだ。お前がその間何かしてくれると?」


イッシュバリュート様のその言葉と共に、ぞわっとするものが私の背中を伝わりました。嫌な目つきで私を品定めをされているのだと、わざわざ顔を上げなくても分かるほどでした。私はその視線を感じながら、だんだんと状況が掴めてきました。この方がなぜこうも何度も来られていたのか、それが分かりました。最初からこれが目的だったようです。つまり準備の間、自分の相手をしろということ……。地位が低く、逆らうことができないメイドにこういう要求をされる方は少なくないと聞きます。私の場合この外見からこのようなことはあまり言われないのですが、ごくわずかですが物好きの方が存在しました。その時は適当に逃げていたのですが……。私はゆっくりと顔を上げました。普段私を目の敵にされているイッシュバリュート様からまさかこのようなことを言われるとは思ってもおらず、その動揺を隠すように必死に努めました。動揺を悟られては負けです。ここはあくまで人手が足りないことを強調して……。しかし、私が言おうとしていた言葉は思いもよらない言葉によって遮られてしまいました。


「それは良い考えでございます。さすがイッシュバリュート様。こちらはもう十分ですので、どうぞお連れになって下さい。」


先ほど私にイッシュバリュート様を押し付けたお姉様が微笑んで言ったのです。お姉様は驚いた私と目が合うと左手から金貨をちらりと見せ、再びイッシュバリュート様の方に向き合いました。……まさか突発的な考えではなく、最初から計画的。……普段はアヒム様の庇護下にいて手が出し辛い私に対し、戦という大きな影に隠れて昔の屈辱を晴らそうとこういういうことですか。……いちいちやることがせこいんですよ!


「では、たっぷりと楽しませてもらおうか。来い!」


まんまと計画にはめられた悔しさでにらみつけていた私の手を強引に引っ張り、イッシュバリュート様は勝ち誇った顔で大股で私をどこかに連れて行かれます。……目的地はご自分のお部屋でしょうか。私は必死で逃げ出す方法を考えました。その間、イッシュバリュート様は私の手を引っ張りながら、勝ち誇ったご様子で話されます。


「やっとだ。あの時受けた屈辱をやっと晴せるのだ!! 普段はアヒム殿やあの若造共が邪魔して中々手が出せない状態だったが、やっと機会が来たのだ。神に感謝せねばな!! ワハハハ!!」


耳障りな高笑いをされ、さらに歩く速さが上がっていきます。次第に私をつかむ力も強くなり私は顔をしかめました。


「大体、穢れの者をどうしようと俺の勝手だ。穢れの者に人権などあるわけがない! それをアヒム殿は分かっておられないのだ。歳をとるというのは恐ろしいなぁ。それともなんだ、アヒム殿に体を売り自分の身を守っておったのか?」


私はその言葉にかっとなり、力いっぱい手を振り払いました。手は私が思っていた以上に簡単に離れ、予想外の力を受けたイッシュバリュート様は体勢を崩されました。頭に血が上った私は、構わずイッシュバリュート様をにらみつけました。


「アヒム様はそのような方ではありません! あなたのような者と一緒にしないでください!!!」


するとイッシュバリュート様は面白そうなものを見るかのような顔を去れ、今度は私の腕をつかんだかと思うと壁に叩き付けました。一瞬息が詰まり、私は咳を何回かしました。鈍い痛みが背中に残りましたが、私は目の前のイッシュバリュート様をにらみました。


「ハハハッ!! そうでなくてはな! 抵抗するお前を組み伏せてこそ、俺の屈辱は果たされるのだからな!! くはっ!! どう思うだろうな? 先にこの俺がお前をいただいていたと知ったら。さすがにあの気に食わないベルンフリートも、悔しがる顔をするのだろうな」


だんだんと顔が近づき、イッシュバリュート様の息の生々しさが間近に感じられるところに来ました。私はなんとか逃げ出そうとしましたが、両腕を力強くつかまれているのでできません。……こうなれば手段は選びません。今のところ私は勇者となっているので、多少のおいたは見逃してくれるでしょう。私は魔力を手に集中させました。そしてイッシュバリュート様を押し返そうとしたところで……


「イッシュバリュート卿、何をされているのです?」


思わぬところで神が舞いおりました。その方は綺麗な紫色の長髪をなびかせ、こちらに近づいてこられました。


「……フィルマン・フランク」


イッシュバリュート様は苦々しそうに私から離れ、そしてフィルマン様を見ました。しかし、私の腕はいまだつかまれたままです。


「何を……とそんな野暮なことを聞くのが貴殿の趣味だとは知らなかったな。」


イッシュバリュート様の言葉にちらりと私を見るフィルマン様。その目を見て私はギルとの関係の勘違いをまだ解いていなかったことを思い出しました。顔から血の気が引いていくのが分かります。勇者の出来事があってすっかり忘れていました。私の馬鹿!!これではこの状況を見て同意を得ていると思われてしまうではないですか。


「……あなたはご自分のされていることが理解していないようです。下手すればはく奪される場合もあり得るかと。欲望を果たしたいのであれば娼婦を雇えばよろしいと思いますが。」


私の願いが伝わったのかフィルマン様は淡々とした口調でイッシュバリュート様に問いかけました。イッシュバリュート様は一瞬引きつった顔をされましたが、すぐに立ち直られました。想定内の言葉だったようです。


「貴殿が言いたいことは分かっておる。婚姻もしていない女性にそのような行為を求めるのは禁止されている…だろ? しかし何事も例外というものがある。避けられぬ戦の前にせめて子孫を残そうとする、それは許されるのであろう? では、もういいかな? 俺はこれからこの娘に用があるのでな。失礼させてもらう。」


足早に立ち去ろうとするイッシュバリュート様の後ろをついていく形で私も無理やり一歩を踏み出さざるを得ませんでした。しかし、二歩目を踏み出そうとするとき私の右腕は誰かによってつかまれて制されました。


「いいえ、違うのです。私が言いたいことはそのようなことではないのです。イッシュバリュート卿。」


「……なんだまだあるのか?」


私はフィルマン様を見ました。いつも穏やかなフィルマン様の表情はすっかり冷たいものとなっており、私は背筋が凍るような気がしました。


「私が申し上げたいことは一つ。なぜ食料護送の任務を請け負っておりながら、情事を行うのかということです。いくら戦自体に直接的に参加しないとはいえ、王から命じられたことには変わりないはず。それを放ってまですることとはどうしても私には思えないのですが。さらに付け加えるとすれば、食料は普通二台以上に分けて運ぶのが一般的です。ここに来るときに見てまいりましたが、一台にあの人数分を詰め込むのは無理難題でございます。……あれはあなたが命じられたと聞きましたが、もしや陛下側近十一人衆の一人であるイッシュバリュート卿がよもや知らなかったとは言われないでしょう?」


フィルマン様の言葉にだんだんと表情が険しくなっていくイッシュバリュート様。にらみつけられても素知らぬ顔でフィルマン様は私の腕を自分の方へと引っ張られました。私の頬にフィルマン様の硬い鎧が軽く当たります。


「暇をつぶすことよりも大事なことができましたな。」


「……くそっ! ベルンフリートといい貴殿といい、最近の若造は趣味が悪いことだ。そんな穢れの者を好き好むとはな!!」


捨て台詞を残してイッシュバリュート様はその場から離れられました。私はほっと胸を撫で下ろして、フィルマン様を見ました。


「ありがとうございました。自分ではもうどうしようもなくて…。フィルマン様がいらっしゃられなかったらどうなっていたことか…」


「ベルンフリートからきつく言われておりますからな。くれぐれも見張っているようにと。それに私も護送車が出ないと戦場へと参れませんので。お気になさらず。」


フィルマン様は王宮で唯一魔術師と名乗るのを許されていらっしゃる方。その腕前と知識は右に出るものがいないと言われるほどの才能の持ち主なのです。しかし、何故かは分かりませんが、腕が立つ魔術使いと共に城を出入りしてはいけないとこの国では言い伝えられています。ですからフィルマン様は他の方々と一緒に行動を共にできないのですが、本人はとても気が楽だとこの状況を気に入っておられるのです。


「しかしまさかあの方が私を誘ってこられるとは驚きです。あれほど私を嫌っていらっしゃるというのに。」


「穢れの者などと口では言いますが、ほとんどのものはそんなことどうでもよいのですよ。ただ面白がっているのです。自分たちと違う者を貶し、見世物にし、そして自分たちの立ち位置に安心せねば生きてはいけぬのです。もうこれは人間の悪い癖のようなものですよ。なんとも愚かしい。」


フィルマン様の言葉はイッシュバリュート様以外にも向けられているようにも感じましたが、私はその言葉に何が隠されているのか分かりませんでした。


「それにそれとは関係なくリオは女性の身でありますから、くれぐれも注意しなければなりませんよ。」


「大丈夫です。いざとなったら蹴り飛ばしますから。しかしもしもの時はまたフィルマン様に頼ってしまうかもしれませんね。」


するとフィルマン様は少々困ったような顔をされました。やはりご迷惑だっとようです。フィルマン様のご厚意に甘えず、なるべく自分の力だけであしらっていきましょう。


「……それが少々問題になってくるのです」


「何の問題ですか??」


ぼそっとつぶやくように言った言葉は聞き漏らさず私の耳に入ってきました。するとフィルマン様は


「いえ、こちらの話です。」


と首を振られました。私はフィルマン様が言葉を濁すなんてあまりないことなので気になりましたが、きっと私などには理解できないことなのだろうと思いなおしました。


「ではそろそろ私は戻ります。」


「お送りいたしましょう。まだ狼が潜んでいるかもしれませんから。」


演技がかった仕草で私に手を差し出すフィルマン様。私は笑いながらその手を取り歩き出しました。ふと私の頭にはあることが思い出されました。フィルマン様が昔とある国に訪れた際に起こった出来事で……確か誰かが話しているのを耳にしたのです。その日はやけに月がきれいな夜で皆酒に酔っていたときに、気づくと周りの女性が一人もいなくなり、そしてそこにフィルマン様のお姿も見えない。不思議に思った人々は酔い冷ましに探索をすると、そこには真っ裸で寝ているフィルマン様の周りに同じく裸同然の女性が何十人もいたとかなんとか。


「……何を笑っていらっしゃるのですか?」


私の顔は無意識に、にやにやしていたようです。基本的に自由気ままなフィルマン様ですが、ベルン同様いつもすましたような顔をしています。その彼がまさか隠れ女たらしだったとは。厳しい一面のほかにこんな隠れた要素があったとは。


「……なんです? 言いたいことがあるならばおっしゃられたらよいでしょう。」


怪訝そうな顔のフィルマン様。変な人と思われてそうですが、もう自分ではおさまらないようなところまで来てしまっています。


「いえいえ。ただ……ぷはっ!!」


だめです!顔を見ると……面白すぎて……笑いが…。私は我慢が出来ずお腹を抱えて大笑いしました。


「……人の顔を見て笑うだなんて失礼にもほどがあります。……まあ、これだけ笑えるのでしたら心配はいらなかったようですな。」


フィルマン様の言葉に、私は笑いすぎて出た涙をぬぐいながらフィルマン様を見ました。呆れたようにため息をつくフィルマン様。私は何か心配をかけてしまうようなことをしてしまったのでしょうか?


「……鈍感なのか、それとも危機感がないのか。……はぁ。これはベルンフリートの奴、過保護すぎだ。逆に心配になる。」


フィルマン様の言葉に私はクエスチョンマークが飛ぶばかり。一体何の話でしょう。過保護?ベルンが?言葉を反芻させてもやはり私の頭では分からないようです。やはりぶつぶつと頭を抱えるフィルマン様に思い切って聞くしかありません。


「フィルマン様? すみませんが全く話についていけないのですが……」


「リオにフィルマン。このようなところで一体何をしておる?」


しかしそれは不思議そうな顔をして歩いてこられるアヒム様によって遮られました。アヒム様とはお見合いのお話し以来です。久々にお会いしますね。


「アヒム様こそどうなされたのですか? 確かリーマン大臣のところへ行かれていたのでは?」


どうしていたと言われてもただ雑談をしておりましたので、おそらく何を言うかあぐねたのでしょう。フィルマン様は質問を質問で返すという話術を行いました。これはうまく話をすり替えることに成功したようです。アヒム様はフィルマン様のお言葉に顔をしめられました。


「その帰りじゃ。まったくあやつ、頑なにわしを戦に参加させようとはせん。この戦いは何か怪しいにおいがすると言っておるのにも関わらずじゃ。」


その言葉にフィルマン様が先ほどと表情を変え、少し小声へとなりました。


「…やはりアヒム様もそう思われますか?」


「ああ。気に食わん。ナノエ帝国も愚かではないからな。何故このタイミングで魔族と手を組むような真似をするのか、裏があるように思えてならないのじゃ。」


完全に私の存在を忘れて今回の戦について話し始められるお二方。私のようなものがいてよい場所ではないとなんとか立ち去ろうと試みましたが、先ほどからフィルマン様が私の手をしっかりと握っておられるので中々できません。そうしている間にも会話は進んでいきました。


「ええ。ナノエ帝国は我々に戦闘能力こそ劣ってはいますが、彼らはそれを魔力量と知恵で上手く補っております。それがなければ三大大国なぞ遠くの存在でありましたでしょう。そんな彼らがわざわざ魔族と手を組んだとなると……」


言葉を止め、考え込む仕草をするフィルマン様。私はフィルマン様が腕組みをされたことにより、自分の手がだんだん遠くなっていくことに歯がゆく思いながらも、そんなフィルマン様の様子をうかがっておりました。ここからはあまりよく見えませんでしたが、いつもより眉間にしわが寄っているように感じられます。


「なんじゃ? 何か思い当たる点でもあるのか? それとも何か気になることでも?」


「……いえ。ただの思い過ごしです。気になることといえば、アヒム様はナノエ帝国の第二王子をご存知ですか?」


「ああ。一度だけお目にかかったことがある。中々の器というのがその感想じゃな。あれは父親や兄を超える王となろう。肝も据わっておるし、何より下の者からの支持がある。」


「同意見です。今回の戦、エドワール様にも良い刺激となりましょう。」


相変わらずテンポよく話が進んでいくお二人の話に今まで(不可能だと分かり切っていましたが)耳を閉ざそうとしてきた私でしたが、エドワール様の話となると黙ってはいられません。私はお二人に自分の存在を思い出してもらおうとわざとらしく咳をしました。


「……全く、このような落ち着きがないところは変わりませんな。」


「すまんなリオ。不安にさせてしまったか。心配はいらぬ。殿下にはわし直々に鍛え上げた者どもがついて……伏せろ!!」


突然アヒム様が身をかがめられ、それと共にフィルマン様から大きな力で押さえつけられました。私の視界は床にある模様で覆われます。わけが分からない私でしたが、その後にきた大きな衝撃を体中で感じ、私は体をこわばせました。天井の破片が私たちの頭の上に降り注ぎます。私はそこでやっと敵襲なのだと気づきました。


「なぜじゃ!? 戦すら始まっておらんというのに!!」


アヒム様の困惑する声が近くから聞こえました。本来であればこれは戦で勝利した国が敗北を認めるよう促すときにするものです。もしや他の国がナノエとの戦に乗じて仕掛けてきたとでもいうのでしょうか。だとしたら危険です。私はアヒム様の方を見ました。


「他国が進撃してきたのでしょうか!?」


「いや、今のハウヴァーにそのようなことをする恐れ知らずな輩はいますまい。それにこれはナノエが得意とする魔術。ナノエが王宮に襲撃してきたと考えるのが妥当かと。」


「……そうであれば戦場に向かわれている陛下の安否が気になるところ……リオ!」


私は反射的に一帯を見晴らせる中庭へと走り出しました。私が知る限り敵が王宮の近くに来ているという報告はありませんので、おそらく今のは警告。とすればいつまた攻撃が来るかわかりません。今この王宮は手薄状態。一気に攻め込まれたらこちらに勝ち目はありません。とりあえず今することはこの状況を把握し、それを伝えること。後ろでアヒム様の制止する声が聞こえましたが、私はそれを振り切りさらに足を進めました。その間攻撃されることはありませんでしたが、私はその静けさがとてもおそろしく感じました。


 ……少々状況を整理するとしましょう。ナノエはハウヴァーと大きな山々を挟んだ所にあります。時間的にナノエは戦地になる場には向かわず、一直線にここへ襲撃しに来たと考えてよいでしょう。その彼らが王が率いている軍勢と遭遇するには、緩やかな山道で鉢合わせになる必要があります。私はそう思考をまとめていたところでぞっとしました。もし足場が悪いところでばったり両軍があってしまっていたらと。そうなれば血の気が多く、また長年争ってきた両軍は一斉に戦闘を開始するでしょう。私は思わず足が止まりそうになりましたが、慌てて再び足を速めました。大丈夫です。もしそのような状況ならばアレクサンドロス王がこの王宮への進撃を許すはずがありません。そうです。大丈夫だとベルンも言っていたではないですか。大丈夫……大丈夫。私は自分にそう言い聞かせ、目線を上げました。目線の先にはあの大きな木が見えました。……今、すべきことをやろう。考えるのはそれからだ。私は木に足をかけてよじ登りました。ここに登るのは三年ぶりくらいでしょうか…。まさかこのような形で、あの景色を再び見ることになるとは。私は太い木を掴み、体を引き上げました。そして三年ぶりの景色が目に映ると、私は息が詰まる思いがしました。


「……こ…これは…」


私は自分の目を疑いました。私が今いた王宮の一角以外では特に被害は見当たりませんが、問題はその外。首都を囲っている塀の外には、それこそ何百というおびただしい数の敵兵の姿が散らばってこちらへと向かってきているのです。浜辺近くにあるはずの村々からは赤い炎が燃え上がっています。私は木から飛び降り、近くにある緊急用放送機器を手にしました。


「緊急事態発生!! 数百という敵兵がこちらへと侵攻しております!! 繰り返します敵襲、敵襲です!!」


私の声は王宮内へと響き渡り、途端に騒ぎが巻き起こりました。私は機器を置くと今度はエマ様のお部屋へと向かおうとしました。しかし、


「……女か。悪いが死んでもらおう。」


そこにはナノエの兵士たちの姿がありました。何故ここに……まさか抜け道を通ってきたというのですか!?どこかで情報が……。


「お前は王族の確保だ。急げ。」


二人組のうちの一人が頷き踵を返して、王妃様や姫様のお部屋へと向かおうとします。……迷っている暇はありません。私は息を一つ吐くと、まず背中を向けて走る男に飛び蹴りをくらわしました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ