ひとりぼっちの公園
これは、何処にでもいそうな仲良し五人組のお話。
五人は同じ小学校の二年生。やっとランドセルの黄色いカバーが取れて、お兄さん、お姉さん気分を味わいたくなる時期。天気の良い日は放課後でも家に帰らず、どこかで遊びたい気分なのも仕方がないだろう。
「今日はどこであそぶ?」
赤いTシャツを着た男の子が四人に問いかける。先頭を歩いているところを見ると、恐らくこの五人の中でリーダー的な存在なのだろう。
「かっちゃんは行きたいところないの?」
スカートを履いた子――なっちゃん――が先程の子に聞き返す。この子は身長が五人の中で一番低い。
「とりあえず学校の周りを歩いてみよう。何かおもしろいものがあるかもしれないし」
「いいね」
四人が口々に賛成の言葉を返す。住宅街の中を歩いて少したつと、一人の女性と出会った。誰かに会ったら挨拶しなさいと日々言われているので、五人揃って「こんにちは~」と挨拶した。その女性は、八月で暑いというのに手の先まで隠れるほど長いワイシャツを着ていた。
「こんにちは。挨拶出来て偉いね」
どこか抑揚の無い返事が返ってきた。子供達は褒められたことで機嫌が良くなっている。
「みんなさ、"オカルト"って興味ある?」
五人とも聞き覚えがないようで首を傾げた。
「そっか、知らないか。まあいいや。みんなと遊んでほしいって言う子がいるの。入れてあげてもいい?」
すかさずかっちゃんが返事をする。
「いいよ! その子どこにいるの?」
「まってよ、かっちゃん。僕ね、知らない子とはあそんじゃいけないってお母さんから言われてるんだ」
眼鏡をかけた男の子が慌てて口を出す。それをなだめるのは二つ結びの、さっきとは別の女の子、ゆなみん。
「黙っていればいいじゃない、安藤君」
「ねえお姉さん、ところでその子何て名前なの? 名前知ってれば知らない子じゃないだろ?」
「さすがひー、頭良いじゃん」
髪をセットしているひーが女性に問いかけると、女性は狼狽して目を泳がせながら答えた。
「名前? そんなの聞いてないよ、だってゆう……」
女性は何かを言いかけたようだが、口を閉ざしてしまった。
「ゆうって名前なの?」
「そ、そうだよ。多分それで通じるよ。じゃあ遊んでくれる?」
「いいよ!」
今度は五人とも元気良く返事をした。女性はほっとしたのか、ため息をついてから続ける。
「この道をもっと真っ直ぐ行くと、公園があるでしょ」
「すべりだいがないとこ?」
「そこにいるから、その、ゆうって子が。恥ずかしがりやだから姿は"見えない"かもしれないけど、声は大きいから分かると思う」
「仲良くなってあげようぜ」
「早速行こうよ」
五人は歩き出そうとしたが、女性に呼び止められた。
「ちょっと待って、これだけは言っておかないと。みんなの名前はね、口に出しちゃダメだよ」
「名前言ったらいけないの?」
「絶対言っちゃだめ。じゃあ仲良くしてあげてね」
「はーい」
かっちゃんが走り出したので、みな慌てて付いていく。
「説明だいぶ省いたけどいいよね。やっぱり子供とゆう……は好かない。自分もだけど」
女性はそう独りごちて、どこかへ消えた。
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五人は程なくして公園についた。トイレとベンチ、そして何本か木が生えているくらいしか無い、やや殺風景な公園。なので五人は一、二回行ったことはある程度でしかない。
入ってみても、今日の公園は誰もいないようだ。空き缶が転がっているだけ。
でもさっきの女性の言うことを信じたかっちゃんが声をかける。
「ゆうくん、俺たちとあそぼうぜ」
しばらく続く沈黙。しびれを切らしたなっちゃんが「帰ろう」と口を開こうとした時だった。
カラカラカラ……
風もないのに空き缶が五人の方へ転がってきた。
「うわぁ」
安藤君が驚いて後ずさったところ、足をもつらせてそのままひっくり返ってしまった。他の四人も固まっている。
「安藤君ケガしてない?」
ゆなみんが安藤君に駆け寄った。安藤君は助けてもらって立ち上がった。
「大丈夫。ありがとう」
「今の何だったんだろう」
「か、風のせいだよな」
「そうよね」
またカラカラと音がして、空き缶が転がる。公園のちょうど真ん中に辿り着くと、缶は立ち上がった。
またも五人は固まってしまう。けれどかっちゃんが勇気を出して声を発する。
「ゆうくんいるの?」
『ボクならいるよ』
公園内に響くような声が、どこからか聞こえてきた。恐ろしくて、なっちゃんはゆなみんに抱きついた。いつの間にか空には大きな雲がかかっている。
「どこにいるんだよ」
ひーが強い口調で尋ねる。けれど声は明らかに震えている。
『はは、ここにいるって。君たち、ボクとあそんでくれるんだよね?』
「そのつもりだけど……。何してあそぶの?」
コンコン……
その時まるで誰かが缶を叩いたかのような音がした。
『かんけりだよ。やり方は知ってるよね』
もう後には退けない、と悟った五人は静かに頷く。
『よかった。じゃあルール説明だ。この公園内ならどこにだってかくれてもいい。ボクが鬼をやるから、四回続けてボクが鬼になったらボクの負け。カウントはそうだな、50にしよう。これでいいかな』
「いいよ、な?」
かっちゃんが答え、みなに同意を求める。「うん」と、か細い声が返ってきた。
『よし、決まりだ。愉しく遊ぼうね』
缶が少し潰れ、カウントが始まる。唐突に缶けりがスタートした。
『いーち、にーい……』
ランドセルを置き、慌てて隠れ場所を探す。かっちゃんは木に登り、ゆなみんはその隣の木の陰に隠れた。暫くキョロキョロと辺りを見回していた安藤君は、トイレの裏に隠れることにしたようだ。
なっちゃんは真っ先に、公園を出ようと皆と反対方向へ走り出した。ところがすぐそこに見えるのに、いくら出口に向かって走っても一向に辿り着かない。
「出られない……」
そう呟いて、へなへなと地面に座り込んでしまった。
『よんじゅういち……だから言ったじゃないか、隠れていいのは公園内だって。よんじゅうに~……』
見かねたひーがなっちゃんを引っ張って、自分のいた木の陰に連れて行く。しかしゆうくんのカウントは既に四十九まできていた。ひーはなっちゃんを隠れさせるのは諦めて、なっちゃんの前に立った。
『ごじゅう』
その声が聞こえるが早いか、ひーは缶目指して全速力で駆けていった。
カコーン
缶が飛ぶ音が響く。ひーはなっちゃんに向かってガッツポーズをしてみせる。他の三人も、缶を蹴る音を聞いてそろそろと出てくる。
「ナイスじゃん、ひ……あっ、名前言っちゃいけないんだっけ」
ゆなみんは慌てて口を押さえた。異質な雰囲気に五人は黙ってしまった。風ひとつ吹かないなか、嫌な緊張感が漂う。
静けさを破ったのはゆうくんだった。
『さて二回戦目だ。同じ手には引っ掛からないからね。もう一度言うけど、隠れていいのは公園内だけだよ。いーち……』
すぐにゆうくんはカウントし始めた。今度は五人ともすぐに隠れ場所を探し始める。
かっちゃんとゆなみん、安藤君は一回目と同じ場所に隠れた。ひーも木の陰に隠れたが、二人とは離れてベンチの側の木だ。そのベンチの下にはなっちゃんが隠れている。
『……ごじゅう』
五人の緊張感が高まる。
ペタペタ
ゆうくんが歩いてくる音が、二人に近付いていた。かっちゃんとゆなみんの方だ。かっちゃんは木の上で更に息をひそめ、ゆなみんは身体を縮こませた。どんどん音は近くなっていき、ついにゆなみんの目の前で止まった。
『み~つけた。二つ結びの女の子、キミはなんて名前かな?』
なんとも愉しそうな、ねちっこい声が響く。ゆなみんは答えまいと口を固く閉ざし、耳を塞いでいる。
『とりあえずいいか』
ゆなみんがあきらめた時、黒い影が上から飛んできた。木の上に隠れていたかっちゃんが飛び降りたのだった。落下の衝撃で痛むだろうが、そんなのは微塵も感じさせない速さで走る。
カーン
再び気持ちの良い音が響いた。ゆなみんは緊張が解け、ぐったりとしている。他の三人は缶の方に出てきている。
『もうちょっとだったのにな。仕方無い、三回戦だ。準備はいいね?』
「もちろんだ」
「次もおれたちが勝つさ」
「うん……」
さっきから皆神経を張りつめているので、疲れてきていた。始めの恐怖感が鈍るほどだ。しかし、またもゆうくんがカウントし始めたので、慌てて隠れた。なっちゃんと安藤君は同じ場所、三人も隠れる木を変えるくらいだ。なにせ広くない公園だから、隠れられる場所も限られてしまう。
半分も数える前に五人とも隠れ終わっていた。
『……ごじゅう』
ゆうくんの足音だけが聞こえる。今度は建物に向かって歩いているらしい。
自分に迫ってきていると分かった安藤君は、今にも泣き出しそうだった。以前缶けりの鬼になった時、結局皆が飽きて終わりになるまで鬼だったからだ。
だがゆうくんの足音は、刻一刻と近づいてくる。
『キミは安藤君だね』
小さな声で呼ばれて、安藤君はギクリとした。声のした方へと顔をあげる。やはり誰も見えない訳だが。
『安藤大和君みーっけ』
他の四人は助けに行けず、ゆうくんの愉しそうな声とともに、缶が力強く踏まれる。スチール缶だというのに少し凹むほどだ。
『何で下の名前まで分かったの?』
そう言って、立ち上がるはずだった。しかし立ち上がれなかった。
既に缶を踏んで立っていたからである。安藤君は訳がわからず、ただ叫ぶ。
『どうなってるんだ?』
しかしみな聞こえないようで、安藤君を見に出てくる者はいなく、隠れ続けている。
『こんなもの蹴ってしまえ』
思い切り足を振ったが、安藤君の足は缶をすり抜けただけだった。ますます状況がつかめない。
更に悪いことに、夕立が急に降ってきた。しかもバケツをひっくり返したかのような大雨だ。
ふと気配を感じて後ろを振り向くと、こちらを向いた安藤君が立っていた。彼は胸元を指してにやりと笑う。名札が表のままにしてあり、フルネームが書いてある。勿論安藤君自身の服の名札も、だ。
彼は大声で他の四人に向けて喋った。
「雨降ってきたし、今日は缶けり止めて帰ろうよ。ママにも怒られちゃうし」
その声は間違えようもない安藤君の声だ。ただ、安藤君には分かっていた。
(僕はお母さんのことをママなんて呼ばない!)
しかし、走って寄ってきた四人は気付かないらしい。
「そうだよな」
「かぜひいたら困っちゃう」
「安藤君はまだ怒られること気にしてるの?」
「うん、怖いからね」
「早く帰ろうぜ」
五人が公園の出口まで来ると、かっちゃんが振り向き、手を振る。
「楽しかったよ、じゃあねゆうくん」
『待ってよ、僕も帰りたい』
安藤君は背を向け公園を出ていく五人を追いかけるが、いつまで経っても出口には辿り着かない。
「誰か一人は鬼がいないと、缶けりは出来ないからね」
公園の外から安藤君の声が聞こえてくる。
「どうしたの、安藤君。ひとりごとなんて言って。今日はよくしゃべるね」
「ちょっと良いことがあったからね」
やがて楽しそうな五人の会話も遠ざかっていった。
最近の名札はひっくり返して名前を隠すことができるらしいですね。