ボタニカ学習帳
「英霊兵器だな、そりゃ」
興奮して、ボクらそのでっかい流れ星のことをジョッシュさんに話したら、その日の午後には師匠に伝わっていて、答えが帰ってきた。
「英霊兵器っていうのは、魔軍がオレらガーデニング・ウォール・アライアンスの活動に対して、起こしたリアクションのことさ。プレーン・ハックに先んじて、軌道上から星=天に上がった英霊たちをアストラル質量兵器として落っことすんだ。それで庭園をぶっ壊しといてから、プレーン・ハックする。理想や創意が失われ、焦土になって生命力が低下した土地は、抵抗力がガタ落ちになるからな」
なんだ、それっ、とボクは憤った。
あんまり過ぎるやり口だ。
庭園を壊して、土地を奪っていくっていうだけでも許しがたいのに、英霊って、戦って天に召された英雄たちが星になった存在じゃないか! それを、それを、許せない冒涜だ! ボクはひとり喚いて地団駄を踏んだけど、もちろん師匠はここにはいない。
話を聞いて、天文台へすっ飛んでいったらしい。
「まあ、最初にやりはじめたのはニンゲンだがね。英霊召喚のプロセスは、まさにそれだからな」
でも、土地そのものを攻撃対象にするなんて!
「オマエらの憤りもわかる。昔はずいぶんやられたもんだ。防護障壁の甘いところに落ちるとそれだけで大惨事、よしんば受け切っても、こんどは怨霊化した英霊が相手だからな」
怨霊化って、英霊召喚って、そんな異能なの?
「早合点すんじゃねえ。怨霊化するのは、魔族の連中が魔界の供物とともに呪詛を吹き込むからだ。英霊、英雄って言ったって昔はニンゲンやエルフやドワーフ、そういう広範な意味での人類だったんだ。恨みもすりゃあ、怒りもする。そういうとこへだな、こう、伏せられてた真実やら、その後の話を……ようするに、そいつらを英雄だ英霊だと祭り上げた連中の思惑やら身勝手やらを吹き込んで、バケモノにしちまうのさ」
ひ、ひどい、やっぱりひどいよ、魔族、魔軍、魔王、許すまじ!
「ほんとにヒドイのは、どっちだろうかな……オレにゃ、どっちもどっちだって気もするが、まあ外法、外道にゃちがいねえ。そういう概念兵器で言うなら、マヒルヒの連中が連れて来る“明神”も似たようなもんさ。知ってるか、“明神”? あいつらは逆に怨霊だった連中を、祝詞で言祝ぎ、神饌と祭りで崇め奉って英霊化させたもんなんだぜ? だから、天にも昇らず、神社に留まってんのサ。けれどもまあ、珍しいな、もうほとんど、落ちちまったハズなんだよ、英霊兵器化されちまった軌道上の英雄の御魂ってやつは」
そうなの?
「あー、オレが知ってる知識じゃあ、もう七つかそこいらだったと思うぜ? それも、アルカディアの軌道上には……なかったハズなんだよなあ、オレがたいがい落としたから」
でも、見たよ、おっきいヤツ。
「色は? 青い? でかい? ふーん、カーム・イシルヴァリウスかなあ」
あ?
「おめえ、長い名前憶えられんだろう? 無理すんな。オレにまかせておけ。……もしかしたら、呼ばれたのかもな」
あ?
「だから、もういい。庭のことだけ考えろ。こっちはやっとく」
あ?
みたいな要領を得ない返答が返ってきたって、ジョッシュさんは言ってた。
ああ、ちなみに間に挟まる地の文は、師匠の返答をまとめてくれたジョッシュさんの報告に、ボクが心のなかで突っ込んでます。
「で、師匠、ちゃんと食べてました、ごはん?」
ボクの口から出るのは、そういう心配。
「午後からミルヒをお手伝いにやりました」
「なんですとぅー!」
「?! いけませんでしたか」
「あー、いえいえ、そうではなく」
愛想よく答えたつもりなんだけど、ジョッシュさん、オロオロとボクを見る。
「なにか?」
「ソラさま……その、歯ぎしりが」
えっ、ぜ、ぜんぜん気がつかなかった!
くそー、ヒトの留守をいいことに、あの泥棒ネコめー。
ん? なんだろう、いまの心の声は?
と・に・か・く。
「いまは、お庭が最優先です」
「ジョバンニさまも、そう仰っておられました」
ボクはジョッシュさんと数秒、見つめ合う。
数日が飛ぶように過ぎる。
改修案はどんどん出る。頭の奥のどっかが開いたみたいな感じになって、アイディアが止まらない。
でも、師匠がどうして一週間の再確認をボクに命じたのかが、よくわからない。確信がない。
いいのかな、これでって不安になるけど、書き留めたアイディアをテオに話すと、そういう不安も吹き飛ぶ。
来賓中も、ボクはお庭を歩き回っていいって許可を頂く。
ただし、正装して。
つまり、ドレスと踵の高い靴=お姫さまみたいな格好で、なら。
最初はすごく抵抗があったんだけど、これには逆にいいところもあった。
なにしろ、貴婦人たちの身になってお庭を考えることが出来たから。
「きゃっ」
そう叫んでテオにしがみついてしまったのは、最終日の午後だった。その間にパーティーが二回、他にもいろんなことがあったけど、政務の合間を縫って、テオはボクとの時間を作ってくれた。
なのに、この一週間の最終的な成果を、庭にやってきてくれたテオに話そうと駆け出したら……このざまだ。
数日履いて馴れたつもりだったパンプスの踵が、雑草の根に引っかかって、ボクは盛大に転んだ。
テオが抱き留めてくれてなかったら、擦り傷くらいは作ってたと思うし、なによりドレスが台無しになるところだった。
草の汁って、なかなか取れないんだ、これが。
貴族用の正装なんて、いくらするんだろっ、コワイ!
「大丈夫ですか、ソラ?」
「ごめんなさい、テオ。やっぱり、馴れなくて……ガサツな女でしょ、ボク。とてもレディにはなれないや」
「いいえ、むしろ、ご褒美です」
屈託なくそう言われると、言葉に窮する。やばいよ、またドキドキしてきちゃった。
テオは、ボクをあのへんてこな石のオブジェに座らせると、お姫さまにするみたいに脱げてしまった靴を履かせてくれた。
「あっ」
テオの手が脚に触れて、ボクは思わず声を上げてしまう。
「ちょうどよいところに石がありましたね。こうしてみると、すこしは役に立っているのかな、これも」
ボクのどぎまぎなど知った様子もなく、テオは言った。
「でも……改修案では、これ、取り払っちゃおうと思うんです、やっぱり」
「やはり、そうなりますか」
「はい。いろいろ検討してみましたけど、これは、どう考えてもスペースの無駄遣いです。水を引き入れて、傾斜もなくして、雑草も気の毒なんですけど、全面撤去で」
「ハーブ湯も、苦肉の策でしたからね」
刈り取ったハーブの利用法として、という意味でテオは言った。
「で、そのかわりになんですけど、こいつらを入れるのはどうでしょう」
ボクは照れ隠しもかねてのプレゼンをはじめる。だって、あの「あっ」って声、けっこう本気でヤバかったんだってば。危うく♡マークが末尾につくとこだったんだから。全年齢だからね、バリアライン?
ごそごそ、とハンドバックから折りたたまれた経文みたいなカタチの本が出てくる。
「なんです、これは?」
「ああ、ボクら庭師必携の書:菩多尼訶経です!」
「??? な、なに教? あらたな宗教ですか?」
うん、期待通りのリアクション。テオ、ありがと。そう、だいたい普通は、これ見たらそういう反応が返ってくるんだよね。
ボクもお返しで、屈託なく笑うぞー。
「あはは、それ面白い。でも違うんです。ボタニカ経。お経みたいなカタチしてるからそう呼ばれるけど、植物学書です。これにはアルカディア原種の個性的な植物たちが網羅されているんです」
「ボタニカ経? ああ、ボタニカル=植物か! あはは、面白い、これはシア文字ですね?」
「まとめたのは、マヒルヒの学者ですけど、タイトルはそうですね。これがよくできていて……師匠はなんか、へんな歌を唄ってたなあ」
「へんな歌?」
「ボタニカ学習帳〜、って。変でしょ? まあ、ことあるごとに師匠に聞くんじゃなくて、これで調べろって意味だったんですけど」
「それは……へんだけど、癖になるフレーズですね」
「「ボタニカ学習帳〜」」
と、ボクらは唱和する。
ま、そういうおバカな途中経過は省略して。
「マロビモ?」
「はい。転藻、と書きます。自分たちの足で歩く、陸生の藻、というか苔の仲間です」
ボクは図鑑としてのボタニカ経をテオに見せる。テオはボクの隣に腰掛けてそれを覗き込む。
「なんです、これ?」
テオは図説を読み、ボクを見て、もう一度図説を見直す。
「モンスターに分類されていますが、危険性はありません。もっと正確に言うなら、このマロビモたちこそ、ファーミング・エージェント……つまり、ファッジたちの原種ではないか、と考えられている存在なんです」
ボクは庭を歩き回るボンサイを指さす。
緑のもこもこした身体をゆすって歩き回るボンサイの姿は、はっきりいってラブリーだ。夕陽に照らされ、ばら色に染められた世界のなかで、ボンサイは庭を歩き回り、そこに息づく植物や昆虫を見つけてはしゃがみ込み、眺める。頭に乗せられた松の盆栽が、趣というものだ。
「かわいい、ですね」
「かわいい、でしょ? でもそれだけではありません」
マロビモたちは、ちょうど海に生きるウニみたいなやり方でのそのそと、ゆっくり移動する。養分は地面に落ちている落ち葉や枯れ枝、あと地面から直接ミネラルを吸収して得る。その歩みはごくゆっくりだけど着実で、庭にある程度まとまった数、放しておくと庭の手入れが格段に楽になる。
植物だから光合成は必須なんだけど、あまりに強い光は嫌って、夏場は風通しのよい日陰=木陰に逃げ込むし、どうも地熱的なものもエネルギーにしているらしく、だから人間みたいな存在が肌寒い時期に庭にいると、いつの間にか暖を取りに集まってくる。
「なんだか……ネコみたいですね?」
「かわいいでしょ? ボンサイみたいに、別の樹木を寄せ植えみたいにすることもできますから、ちょっとした移動庭園にもなるんです」
「おもしろいな」
「大型のものなら、人類が数人腰掛けたくらいではびくともしないし、形もかなり自由にデザインできるから、」
ボクはたとえば、一番スタンダードな球形だけでなく、大きな円柱を短く切った円盤のようなものを手で示す。
「そのうえに敷布を敷いて、休憩を楽しむこともできます」
「マロビモたちに、迷惑ではないでしょうか?」
ああ、もう、心配の方向がいちいち可愛いなあ。やばい、ちょっとボク、テオに萌えてるかも。
「心配はご無用です。先ほども申し上げたように、マロビモたちは熱を欲する習性があります。人間の高い体温はむしろご褒美。長期間に渡って日光を遮らないなら、まったく問題ありません」
そして、その耐久力はモンスターという出自から、普通の苔なんか比べ物にならないくらい強靭だ。
「大きくなりすぎた個体は動きを止め、ゆっくりと土に還っていきます。これはとてもよい肥料になるんです」
「すばらしい生き物なんですね」
「師匠が言うには、荒らされた環境を修復するために生み出された種なのかもしれないな、だそうです」
師匠の推察=仮説なので、ボタニカ経には、それは書かれていない。
「これを、改修後のお庭に、十数匹、放ちたいんです」
ボクは構想を語る。
その晩、ボクの最後の夜だということで、実はちょっとしたパーティーを離宮の皆さんが催してくれた。
とっても楽しかったし、ありがたかったんだけど、ボクはそこそこでお暇を申し上げた。
明日、師匠がボクの答えを聞きにやって来る。
キチンと腹を括っていないと、ボクは気圧されて負けてしまう。
そんなことを考えると、楽しんでばかりはいられなくなっちゃったんだ。
準備を整えなきゃ。
だから、続きは、こんど、キチンと改修案が認めてもらったらってことにしてもらっちゃった。
そして、運命の日が来る。




