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トキメキは蒲焼きの薫り


 ボクたちの世界には、もともと原生種としてのモンスターが存在する。


 それは太古の昔、魔界からこちらに召喚されたり、気の触れた縫合師ジーン・ジャグラーたちが、生命を捏ね繰り回して作り上げた原種のモンスターたちが、長い時間をかけて他の野生動物と交わったり、特殊な環境に適応した結果として残された血だ。なかには神代かみよの時代の神獣の血を引くものもいるという。


 これらは家畜と違い、狩猟肉ゲームミート野禽ジビエの一種、いや、そのさらに上位として位置する霊薬、秘薬と同じ薬膳、薬食いとして扱われた。

 百獣屋ももんじやって看板、都会のヒトなら見たことあるんじゃないかな。店頭に並ぶイノシシやシカ肉の奥で、これらはあまり人目に触れず取り扱われる食材だ。


 処理が難しかったり、毒があったり、あとなにより気味が悪いって理由で、別に違法じゃないんだけど表では扱い難いカテゴリーの食品なんだ。

 これを食べるには勇気がいる。

 だから、ボクは「試みとなる」と申し上げたんだ。


 たしかに、モンスターの肉は適切に処理しなければ、危険なものが多い。


 たとえば、このドラゴ・ロワナ。血に出血性の毒がある。熱を加えることで不活性になるけれど、その血を粘膜や特に眼に受けると、失明することさえある。

 それに、モンスターについている寄生虫も、またモンスター級の生物だ。これは、宿主であるモンスターの血肉を失敬しているうちにそうなったんだろうと推測されている。

 獣毛や鱗の隙間、時には肌の下や内臓に潜んでいるそれらは、対処を誤るとモンスター本体より、たちの悪い事件を引き起こす。


 お食事中なんで、これ以上具体的な説明は避けるけれども。

 

 だから、これら狩猟肉と野禽の上をいく食材を扱うには、個別のモンスターの生態だけでなく、その周辺域にある広範で深遠な生物学の知識が必要とされるんだ。

 たとえば、テアトラ王国では十数種類の食用可能モンスターが登録されているけれど、その一匹一匹に対し個別の国家試験が存在し、それを突破して初めて、食用としてそれを取り扱う許可がおりる。

 また、戦利品として仕留めたモンスターを持ち帰る際も、この取り扱い資格を持つ者がキチンと処理した状態でなければ、都市内部には持ち込めない。


 モンスターを狩る専門の狩猟者たちが、彼らだけで寄り集まり、集落のようなコロニーを作るのは、その処理加工施設を維持するためでもあるんだ。仕留めてから血抜きや解体、保存といった手順の速度が味を左右するのは、他の食材と同じだからね?

 ちなみに、このアルカディアに生息する食用可能と登録されたモンスターは軽く二〇〇種を超える。


 これは、他のどの国家、地域よりも群を抜いて多いんだよ。


 そして、ボクは、その半数をすでに取り扱う免許を持っている。

 この地の創造者=師匠:ジョバンニから直接、手ほどきを受け、皆伝とまではいかないけれど、免許を頂いている。

 中級技許し、みたいなもんかな、昔の冒険者小説になぞらえると。

 付け加えると、アルカディア種のモンスター取り扱い免許は、他国のそれの上位互換として扱われる。ボクの持っている免許はだから、外界では、ほとんど特級資格者の扱いとなるんだ。


 え? なんでそこまでして、モンスターのお肉が食べたいのかって?

 決まってるでしょ?


 お・い・し・い・の! 


 ハンパじゃなく美味しいんだって! それに栄養豊富で、ヘタな薬よりずっと確実な効果をあげる、奇跡の食べ物なの! 


 だいたい強力なモンスターは、その近隣の生態系の頂点に位置していることがほとんどで、つまり王者であることがほとんどで、その肉で作られた料理はまさに「王者のための一皿」なんだ。

 いま、目の前で香ばしく焼け、秘伝のタレが絡んで飴色に光るドラゴ・ロワナの蒲焼きは、まさしくその一角を成す、美味なる魅惑の一切れなんだよ?

 海水浴にはまだだいぶ寒い空の下、水着姿でコイツを仕留めたボクが言うんだから間違いない。

 

 え? 真ビキニ・アーマー? しろすくみず? ゴメン、キミがなにを言っているのか、ボクにはわからない。

 

 ボクはそれをお箸で、ふたくち分ほど、お皿に取り分けた。

「どうぞ」

 ドラゴ・ロワナの調理でもっとも神経を使うのは、その美しい皮目を黒焦げにせずに、しかし、ぱりっと焼き上げることだ。


 前述した理由で、火入れは完璧じゃないといけない。だけど、焼き過ぎは身を固くし、ふわふわの雲みたいな身質という、せっかくの持ち味を台無しにしてしまう。

 レイピアみたいにバカでかい串を扱うボクを見たら、たぶん、料理長さんたち、仰天するんじゃないかな?

 この串を伝わって、熱が内部からも加熱を可能にしてくれているんだよ?


 串焼きって、凄いね。だれだろ、考えたの。はっきり言って尊敬する。


 そんなの小分けにして焼けばいいじゃないか、って声もあるけど、それじゃあせっかくの味と脂が炭火に全部落ちてしまう。

 だいいち、しっかりと絡んだタレの下に、まるで琥珀に閉じこめられた太古の神木の樹皮のように透けて見える美しい皮目が、この料理の真骨頂だっていうのに。

 

 で、問題の王子様だけど……。

 じっと、ボクの取り分けたドラゴ・ロワナの小片に視線を注いでいる。


 ……あー、やっぱり、ハードルが高かったか。いや、それよりなにより、今日出会ったばかりの小娘の手料理を信じろってほうが、無理だよね。思うことと、それを実行に移すことは、また全然べつのことだものね。

 専属の専門家=料理長さんたちが積み上げてきた実績から来る信頼と、ボクなんかのそれを比べちゃいけないんだ。


 でも、いまの説明をしないで、騙し討ちみたいなやりかたで、これは食べさせてはいけない食材なんだ。


 いいから食べてみろ、って言うヒトの気持ちもすごくわかるんだけど、世の中にはフード・タブーっていう概念もあるし、生来的か後天的理由かによらず、その食べ物を受けつけない体質もあるからだ。

 なにより、食材の素性を明らかにしろ、っていうのも師匠の教えだ。


 なにを食べているのか、なにを食べさせているのか、わからない料理を出すんじゃない、って師匠は言う。


 だから、テオ、無理しないで。いいんだよ。ボクなら大丈夫だから。

 ボクは、自分の取り皿に同じようにふたかけとりわけ、それを食べて見せることにした。


 せめて、作ったボクだけでも美味しく食べなきゃ。命を頂いているんだってことだけは、忘れないようにしなくちゃ。

 と、ボクがすこししんみりとして、それでも我ながら上手く焼けたそれを口に運びかけたときだった。


 ぱくっ、とテオが、テオが食べた!


 目だけが、ちらっとボクを見る。それから、ぱちくり、ぱちくり、二回。

 もぐもぐ……自らの脂で揚げたみたいになったぱりぱりの皮が砕ける音……それから、目を見開いて――そう、本当に美味しいものを口にしたとき人間が見せる、あの笑顔。


 続けざまにふたくち目、扱い馴れないはずのお箸の運びが――速い。

 びゅん、って食べた! 食べてくれた。もぐもぐ、ごくん――口のなかのものをすっかり嚥下して――テオは言った。


「こ・れ・は・お・い・し・い――!」

 それから席を立ち、ジョッシュさんの肩を抱いてやってきた。

「ジョッシュ――おじいちゃん、食べて!」

 子供みたいに無邪気に、ジョッシュさんをおじいちゃんて呼んで、ほんとの孫と祖父みたいな距離で、テオは、ボクの蒲焼きを勧めたんだ。


 いっぽうで、おじいちゃんと呼ばれたジョッシュさんはといえば、豆鉄砲をくらったハトみたいに目を白黒させて、テオが取り分けた肉片を凝視している。


 あはははは、わるいんだけど、その顔に笑ってしまった。


 それなのに、テオったら、明らかに嫌がってるジョッシュさんの口に、それを詰めちゃった。

「ジョッシュ、命令だよ。あーんして」とかなんとか言って。

 そうやってジョッシュさんのお口に蒲焼きを放り込むや、反応を見もしないで次々と皿に取り分けては、料理長さんたちや、あの巨乳メイドにまで食べるよう勧めている。


 料理長と副料理長はやっぱり専門家さんで、香りを嗅ぎ、皮目についてやりとりしてる。ソースをひとなめ。うん、悪くない、いや、とてもよい、というジェスチャ。

 メイドちゃんは……あ、ためらいなく食べるんだ。そして、跳び上がって喜んでいる……単純に自分の欲望に素直なその様子は、ある意味で敬意に値するよ。ただ、あの、揺らすな乳を、なにかにつけては誇示するように。


 まあ、そんなかんじでテオがおすそ分けに回っている間に起きた化学変化は、面白かった。


 食べたヒトたちが、次々とお重のほうへやって来るの。

 それで、勝手に食べはじめちゃうの。

 ジョッシュさんは目の色を変えて、料理長と副料理長さんは蒲焼き以外もつまんではボクを質問責めにする。それから巨乳メイドはゆさって感じでやってきて、たゆんたゆんって、コラー、飛び跳ねるんじゃない!

 

「かー、ばっかどもが、お祭り騒ぎにしちまいやがって。オレの食う分はどこにあんだよ」

 どんどん増える人の群れ――テオが離宮の出会うヒト出会うヒトに、配っているらしい――からなんとか抜け出したボクに、師匠がぼやいたくらいだ。


「ごめんなさい。帰ったら、もう一回焼くから、ごめんして、師匠」

「ない乳寄せても、意味ねえからやめとけ。つか、こりゃべつにおめえが悪いってわけじゃねえだろ。テオのやつ、感動屋のクセはゼンゼン直っちゃいねえ」

「それ、フォローしてくれてるの、師匠?」

「一〇〇パー擁護だろうがよ?」


 まあいいや、ちょっとおまえ、この馬鹿騒ぎにつきあっとけや。


 そんなこと言いながら、師匠は抜け目なく確保していたいくつかのお料理を、お重の蓋を皿にして捧げ持つと、お酒の入ったとっくりをぶらさげ、おともにボンサイだけをつれて、部屋を出ていったんだ。




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