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胃のなかの蛙のために

         ※

         

「いやいや、すまねえなぁ、テオ坊。うちの若えのが朝っぱらから」

「いえいえ、お願いしたのはこちらですし、熱意が伝わって、うれしいです」

「相変わらずのヒトの良さだな。いいことだが――そんなんで外交が務まるのか」

「刃を抜くべきときは心得ている鞘のついた剣のつもりですよ、ボクは。それに、外交で一番大事なことは、交渉の糸を途切れさせないこと。テーブルを相手より先には、決して蹴らないことだと。それがボクの信念、信条です」

「ほーう。ふーん……あの泣き虫テオがなあ」

「ジョバンニさんこそ、相変わらずです。ぜんぜんかわらない。また古い話を持ち出して……いつまでたってもボクをいじめるんですね」

「テオ坊がいつまでたっても可愛いからさ。それにしたって、まだ嫁をもらってねえのか? いまいくつだ?」

「二十四になりましたよ。……ええ、本国からもせっつかれているんですが……どうも、こう、心の通わぬ方とは」

「はー、結婚に対して理想家はつれえぞ、王族なんだからよ。一個人ならあれこれ言わねえが、それなりの責務があるわけだしな。ならうより馴れだ、って言葉もある。一緒になっちまってから落ちる恋もある」

「あなたが言うと、まったく説得力がないですね。あはは」

「そっか? お、巨乳ちゃん、ぐっぱー」

「ぐっぱー」

 みたいな、極め付けに阿呆な会話の末尾から、ボクはその場に現れたわけだ。

 

 テラスに面したその部屋は、思いきりよくドアを開け放てる構造になっていて、まさにそこから吹き込む春の薫風が芳しい。

 お茶の芳香と、その涼やかな青い薫りが交じり合って、清々しい。

 ほんと、目の前であざとい笑みを作る侍女(巨乳)と、またそれにバカみたいな笑顔、それから手を握ってから開くというアホアホ・ジェスチャーを返しているウチの師匠が視界になければ、言うことなしの優雅なブランチ風景だ。

 

「ただいま帰りました」

「んあ、おお、ハリキリ・ガールが帰ってきたか。無理言って予定より早い時間にお邪魔した分の収穫はあったか」

「ええ、もう、ばっちり。いろいろ見させていただきましたよ。師匠が、グッパー、とかやってる間に」

「ははっ、そいつは重畳ちょうじょう。で、どうだった? なんか掴んだか?」

「たくさんね。たぶん、大幅な仕切り直しが必要だと思う。根幹からやり直さないと」

「ん? ふーん?」

 曖昧な返答を師匠がした。むかっ、とするような態度だ。だけど、ボクはクライアントである王子の手前、ボクは務めて明るく話の方向を変える。

 

「あらためまして、テオドール王子、ご挨拶が遅れました。わたくし、アルカディア造園旅団で棟梁助手を務めます、ソリチュード・フラクタル・ミレイと申します。このたびは、わたくしをご指名いただき、お庭の改装をご依頼、まことに……」

 施工主への挨拶を行うボクを、テオドール王子は遮って言われた。

 

「貴女のことは、よく存じております。レディ・ソリチュード。わたしのことは、どうかテオとだけお呼びください」

 落ち着いたバリトンでテオドール王子は、ボクにそう言った。

 ボクはどうしていいかわからず、思わず助けを求めるように左右を見る。

 

 だって、王子様にいきなりそんなこと言われても。

 それに、テオドール様――声も、物腰も――なんてステキな方なんだろう。

 

「貴女の作品をいくつか拝見いたしました。それで、こうして、わたしのほうからお願いしたのです。……つまり、これはラブレターとでも言うべき依頼ということになります」

 はにかんで眼差しを少し落として、頬を赤らめて、そんなこと言われたら……どぎまぎしない女のコがいるかー!

「貴女の造園をリスペクトしています」

 たぶん、ビーム的なマグナム的な光線がボクの胸を貫く音が、キミには聞こえたはずだ。

 

 見ず知らずの相手から、それも王子様から「作品に惚れて依頼した」なんて言われたら、どんな創作物の作者だってズキューンってなるでしょう?

「作品の数々から、素晴らしいセンスの持ち主だと感じていました。それが、まさか、こんなに可愛らしい女性だったなんて……こんなことが、あるのかな」

 まるで愛の告白みたいに王子様がおっしゃられるものだから、ボクは紅潮して、心拍数が跳ね上がって、膝が笑って……どうお答えすればいいのかわからず左右を見渡して、ジョッシュさんは嬉しそうになんども頷いているし、師匠は……耳くそほじってる。


 はー、その態度で、ちょっと冷静になれたボクが悲しい。

 日常だ、安定の、いつもの日常がそこにいる。

 

「では……テオ、わたくしのことはソラ、とだけ」

「はい、ソラ」

 花がほころぶような、というはこういう笑顔のこというのだろうな、とそんな感慨を抱かせるくらいステキな笑みで、テオはボクを呼んだ。

 やばいやばいやばいよ、ボク。へんだ、胸が、変だよ。


「で、できればこのまますぐに、最初の打ち合わせをさせていただきたいんですけれどっ」

「基本的には、すべて貴女の感性にお任せするつもりで、わたしはいます」

 えっえっえっ、えええー、お、お任せ? ありがた過ぎるお言葉に、またまた心臓が跳ね上がっちゃうボク。もし人目がなかったら、確実にぴょんぴょん跳ねてた。

「しっ、しかし、ご予算の関係も……」

「即金で一〇〇〇万ギルドまでなら公費で。あと数百万程度なら、わたしの私費で」

 目が点になった。ギルド金貨って……例のG・W・Aが成立したとき作られた、ほぼ国家間がやりとりするためのもので、その価値は、一枚でだいたい成人男性が一年、遊んで暮らせるだけの額に匹敵する。 

 提示された金額は、ボクの見積もりの約三倍。充分過ぎるどころじゃない。

「いかがですか?」

「やりますっ、いえっ、やらせてくださいっ……ですが、そのまえにわたくしのプランをお聞きください、それからっ、」


 そのときだった。

 急き込んで言い募ったボクの話を、いい感じでへし折ってくれるものが現れた。

 

 カエルの鳴き声――けろけろ、とか、ころころ、けけけっ、とかいうアマガエル的な、カジカガエル的な、フロッグ的な可愛らしいものだったらよかったんだけど、それはどう控えめに表現しても――ヒキガエルか、はたまたウシガエル的な、つまりトード的なサウンドだった。

 

 ぐおーうおうおうおう、ぐーぎゅるぐぎゅるー、ぐー。

 

 こんな音を、人体は発することができるのだ。本来の発声器官である喉を、声帯を経ずに。

 ボクを除く全員の視線が、隣席の師匠に集まった。

 

 師匠はまだそのとき、行儀悪く耳を小指でほじっていた。

「へっ? えっ、オレ? いやいや、ちがうちがう」

 師匠はかぶりを振る。

 当然だ。正当だ。濡れ衣だ。

 そして、ボクは両手で顔を覆う。耳まで真っ赤になって。


 ぐぐぐぐぐー。

 とどめに、鳴った。ボクのお腹が。

 今度は誤解も弁解の余地もなく。

 

         ※

         

「すごい、これを全部、ソラさんひとりで?」

 そういうわけで、どういうわけか、ボクはテオと一緒にお弁当をたべている。

 お行儀としてはいけないんだけども、並んでふたりで。

 手ずからボクの作った料理を、ひとつひとつ味わって。

 

 あの直後、つまり「胃のなかの蛙事件」のあと、ボクは眼前のテーブルに頭から突っ伏した。

 なぜなんだ、どうしてなんだ――朝だってたっぷり二人前はご飯をあげたはずだ。 

 なんで、なんでいまなんだ、どうしてこんな轟音なんだ。

 くるるる、とかそんなのだったら。

「 ソラさん、かわいいですね」

 みたいな展開だってあっただろうに。

 

 ぐおーうおうおうおう、ぐーぎゅるぐぎゅるー、ぐー、だと?

 

 怪獣か、オマエはッ!! 

 ボクはボクの胃袋に、そこに住むという蛙に、ツッコむ。

 顔から火が出るほど恥ずかしい。逃げ出したいけど、そういうわけにも行かなくて、だって身体が固まって……。

 がっはっはっはっ、って頭上から降ってくる容赦のない爆笑は、アリガトウ、ウチの師匠だ。

 巨乳ちゃんとジョッシュさん、当然、王子様だって控えめにだけど笑ってる。

 

「すまねえなあ、テオ。オレら肉体労働組の胃袋ってえのは、まあ、だいたいこんなもんさ。弁当持ってきてるんで、せっかくだから、ここで広げさせてもらってもいいかよ?」

「少し早いですが、昼食を用意させましょうか?」

「いいっていいって、コイツが張り切ってドデカイの作っちまったからな、弁当。残しちまったら、食いもんにバチが当たらあ」

 そんな感じで、いけしゃあしゃあと言い放ち、ボクの頭をかいぐる師匠の手に、噛みついてやろうかと思ったときだった。

 

「その大きな荷物は、お弁当だったのですか?!」

 テオが、驚いたようにそう言って席を立つ音が聞こえた。

 測量道具かなにかだと思われてたんだ……そりゃそうだよね。

 どこにこんなドデカイ弁当持参で来る女がいる?

 自分でも冷静になったら引くくらい、ボク、食べるんです。

 だけど――ゴメンナサイね、大食いな女で――ボクがそう自分を卑下しそうになるより早く、テオは続けたんだ。

 

「すごい、これが家族の、手作りのお弁当なんですね!!」

 ものすごい勢いでボクの隣、師匠と反対側の席にテオがやってきた。ご主人様を見つけたラブラドール犬みたいな勢いだった。

 ボクは手を握られて、突っ伏しているどころではなくなってしまった。

「わたしも、ご一緒させてもらってもいいですか、ソラ?」

 ほとんど切実とも言えるような声音で、テオが言うものだから、断れるはずなんてなかった。

 

 それでいま、ボクは、自作のお弁当を離宮で広げながら、テオと一緒にそれを食べている。

 

「これは、チキンですか?」

「鶏のササミを、ゆっくりゆっくり冷水から火入れして、塩を入れ、冷ましたものです。最後に表面だけ炭火で炙って香ばしくしてあります。柚子コショウで召し上がってください」

「柚子コショウ? はて? これは……グリーンです。いい薫り。うわあ、辛いっ、ああ、でもなんて爽やかなんだ! わかったぞ! これはコショウじゃない、グリーン・チリか!」

 あっ、と止める間もなく、テオが柚子コショウを口に入れてしまう。そして、予想通りの反応と鋭い分析。子供みたいな好奇心と慧眼。

 かわいいし、かっこいいなあとボクは思う。食べ物に偏見のないヒト、好きなんだよなあ、ボク。


 ああ、師匠のあれは意地汚いだけだと思うケド。


 ボクは柚子コショウの構成と製法を、お茶を勧めながら解説する。

「マヒルヒ皇国の特産品:ユズ・シトラスの皮に、シア王朝の青唐辛子のペースト、そこに岩塩をあわせて三日ほど塩馴れさせたものです」

「ユズ・シトラス! ああ、それに、フレッシュなチリの薫りのなんて爽やかなことだ。いや、それよりも、ほんとうに手がかかっているのは、このササミの処理ですね?」

「手間はかけていません。時間がかかるだけです」


「この軽石のようなものはなんですか?」

「凍み豆腐――お豆腐はご存知ですか?」

「マヒルヒやシアの文化史でときおり出てくる、あの白いプディングのようなモノですか?」

「はい。それを厳冬期に外で干し凍らせて、水分を抜いて作ったモノです。保存食なんです。栄養豊富なんですよ?」

「それで凍み豆腐! わたしの知る豆腐とは全然、違う」

「カラカラに乾かしたそれを、水で戻し、いちど絞ってから、お出汁に浸けて含ませてあります。海綿のように、お出汁のスープを含みます。今日のそれはイリコと昆布の合わせ」

「イリコ?」

「イワシの子供です。それを塩ゆでにして、天日で干します。頭と内臓を取り去ってから、出汁を取ります」

「昆布?」

「海藻です。これも干して保存し、一年中使います。冷水からゆっくりと加熱し、沸騰する直前にとり出します」

 テアトラ王国では、どれも馴染みのない食材だろうに、テオは恐れることもなくボクの凍み豆腐を食べてくれた。

「ジューシィ! それに、このオダシ・スープ! 脂など皆無なのに、どこからこの美味しさは来るんだ???」

「ごめんなさい、テオ、王子さまにボク、保存食のオンパレードみたいなものを差し上げてしまってます」

「とんでもない。これは、ファンタスティックです。そして、優しい。ほっとする味です」


「このベルベチアのガラス細工のようなものは?」

「のり巻き、です。お寿司、わかりますか?」

「お米のピクルスのようなものでしょう? お魚を合わせて食べる、アートのような。それにテアトラでも南部の水郷地帯では米=リゾを作ります」

 知っています、と返すテオの「お米のピクルス」に、ボクは思わず笑ってしまう。うまいこというなあ。

「のり巻きは、そのアートみたいなお寿司の、お家版というか、ご家庭版というか」

「この切断面の色の美しさ! どうやって作るのですか?」

「ご飯を羽釜で炊くときに、昆布を加え硬めに……えーと、少しアルデンテのような感じで、炊きます。それから、炊き立てのうちにお酢と少しのお塩とで作った液と合わせて」

 ウチはのり巻きを作るとき、合わせ酢にお砂糖を使わない。鯛のほぐし身で作る田麩と、あの甘い卵焼き、そして麹で大根を漬ける「べったら」が入るからだ。

 そこで酢飯までもが甘いと、全部が甘い甘い、となり一口で飽きてしまう。

「すべての材料の形状をだいたい揃えて、配置して、スノコを使って、一気に巻きます」

「ソラ、これ、エビが入ってます! でも、変だ、まっすぐです! エビがまっすぐになってる!」


 あ、そういうところが気になるんだ。ボクはテオの観察眼に舌を巻く。よく気がつくなあ。

 

「背からワタを抜いて、串を打ってから塩ゆでにします。それでまっすぐになります。これは焼き物のときも同じです。面倒ですが、ワタ抜きだけは省いてはいけません。身に匂いが移ります。今日は鞘巻が(注・クルマエビの子供のこと)安かったので」

「お幾らくらいでした?」

 しれっ、とそんなことを聞きながら、ボクの作ったのり巻きを頬張るテオ。食材のお値段が気になるなんて、またそれを、可愛らしくも聞いてくるなんて、どんな気さくな王子様なんだ。はっきり言って好感しか抱けない。


 こしょこしょ、とボクはエビの値段を耳打ちする。きっと毎日高級食材を口にしてる彼からしたら、逆の意味で驚くような値段だろう。

 案の定、テオが目を剥いた。

 もちろん、教育を受けたヒトだから、モノを口に入れたまま話したりはしないけれど、テオ、ほっぺにご飯が三粒ほどついてますよ?

 ひょいぱく、といつもの癖で、ボクはそれをつまんで食べてしまう。


「あ」


 食べてしまってから、テオと顔を見合わせて赤面してしまった。

「そ、そんなお値段で、こんなに美味しいものが作れてしまうのですね。……小さいからと侮ってはいけないのだな。このサイマキエビ、わたしは大きなロブスターより繊細でありながら、味わい濃く、感動しました。そのうえ安いだなんて……これは離宮の公費節約になる」

 はわわわー、ちょっとまってちょっとまって、さすがに公式のパーティーでは。慌てるボクに、テオは言った。

「キチンと使いどころは考えますよ。味より見栄え、価格が高くなければ威信に傷がつく、という方々もたくさんいますからね、社交界には」

「よかった」

「ですが、真に刮目すべきは、この黒い紙です。食べられるとは」

 テオの素直な感心に、ボクはまた噴き出しそうになってしまった。笑ってはいけないのだけれど、かわいらしくて、ダメだ。テオは最初、のり巻きの海苔を包装だと思い込み、剥いて食べようとしてしまったのだ。

「テオ、それは海苔、昆布と同じ、海藻の仲間です」

 じつは、黒い紙の説明は、これで三度目だ。こうやって説明をするたび、テオは不思議そうな顔をする。テアトラの人々にとって、この黒い食べれる紙の原材料が、ボートや船舶の底にくっついてる海の草と近似の種だととは信じられないのだろう。イメージできないのだ。

 たぶん、なにかこういう紙状の植物がゆらゆらしているのを想像してるんだと思う。

 あまり突っ込んだ説明をすると、文化圏・ヒトによっては露骨な拒絶反応を示すこともある海苔だから、ボクもその辺は曖昧にしておいた。


 そして、ついにメインディッシュ。

 

「おお」

 と、姿を現したお料理に、テオだけでなく周囲からも声が上がった。

 ただそれは、称賛のものだけではない。困惑、あるいは怯えのようなものさえ、そこには、ある。

「ぼっちゃま、これは!」

 はらはらした感じで、ことの成り行きを見守っていたジョッシュさんが、テオをぼっちゃま、と呼んで仰天したのが、状況をもっとも的確に表していた。

 やっぱり、そうだったんだ、とこのときはっきりボクにはわかった。


 ジョッシュさんは、この予期せぬ会食を止めたかったんだ。

 じつは、ジョッシュさんの内心の焦りを、ボクは察知はしてた。


 いま子供みたいに目をキラキラさせてご飯を頬張っているテオは、王位継承権第三位とはいっても「王子様」なんだもの。

 王家の料理人がこしらえたものならともかく、ボクみたいな素性の知れない小娘のお手製弁当を、お毒味もなく食べるなんて、普通じゃ考えられないことだ。

 たまたまボクが、アルカディア造園旅団の棟梁補佐を務めているおかげで、こんな越権行為が許されているわけだけれども。

 そこまで考えていたってから、はっ、と気がついてあたりを見渡すと、コックコートにシャポーの……離宮の料理長と副料理長が腕組みしてこっちを見てるじゃないか!


「ジョッシュ、ぼっちゃまはやめてくれないかな。ボクはいま、素晴らしい体験をしているんだ。――ソラさん、このお料理の説明をしていただいてよろしいですか?」

 料理人たちの視線と執事の制止を受けてなお、あくまで物腰やわらかく、しかし、毅然とした態度でテオが言った。

 有無を言わせぬ、為政者としての芯の強さ。テオという男の本質を見た気がして、ボクの胸はまた高鳴ってしまった。

 あーあー、こういうカッコよさが、師匠にもあればなあ。どっちかっていうと、師匠のカッコは(笑)って感じだものなあ。

 この一連の騒ぎにも動揺した様子もなく、のんべんだらりと……巨乳メイドにお酌させて、飲みはじめてるよ。だめだこりゃ。


「ソラさん」

「はい」


 促すように名前を呼ばれて、ボクは居住まいを正した。

 テオ、これはつまり、離宮関係者に対するデモンストレーション……なにかに風穴をあけよう、っていうそういう意志の現れだって、そういうことですね? ボクは、テオの瞳に宿る光から、それを了解した。

 頷くと、頷き返された。

 お庭だけじゃなく、なにかを、変えたいんだね? その片棒をボクに担げって言っているんだね?

 わかりました。

 それじゃ、料理長さんたち、みなさんの領分へ土足で踏み込むようなまねをするボクを、許してください。それから執事として王子様の安全を確保しなければならないジョッシュさん、よっく見ててね。

 これは、恥じることなんてなんにもない、ボクの得意技スペシャリテなんだから。


「これが今日の極みの一品――ドラゴ・ロワナの蒲焼き風です!」


 ドドンッ! と太鼓を打ち鳴らす効果音が、全員の頭上にポップするのをボクは幻視した。

「ドラゴ・ロワナ?! 竜血に連なる淡水魚の王者?! 最大長、十メテルに達するという、獰猛極まりない怪魚?!」

「その、一番脂の乗った腹の部分を炭火で蒲焼きにしたものが、これです」


 おおおおっ、とどよめきのようなものが室内に満ちた。


 料理長さんと副料理長さんにいたっては、目玉が飛び出るほど驚いている。

 そりゃそうだろう、なにしろドデカイお重の全面を、まさに塊としての魚の切り身が支配しているのだから。


「モンスター……料理」

「はい、テオ、おっしゃる通りです。安全とお味は、ボクが命にかけて保証します。でも、これを召し上がられるかどうかは、ですから、試み、ということになります」


 試されることになる、という意味でボクは言った。




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