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師匠と弟子と庭園と

         ※

         

「つーか、張り切りすぎだろう。約束の時間にゃあ、まだだいぶあるぜ? あんまり早く出向いても、向こうさんの都合ってもんがあるんじゃねえのか」

「ボクの初仕事、デビュー戦なんだから、キチンとやりたいの! それなのに、その前の晩に、女連れ込んだりして、ちょっとは考えてよね、師匠!」

「はー、なーんでオマエなんかに自分ちの庭いじらせようなんて、物好きが出てくんだろなあ。時代の流れ、っつーやつですかねー。オレなら絶対しねーな。こわいもん」

「師匠、最近ボクの仕事がちょこちょこ高評価受けるのが気にくわないんでしょ。いっときますけど、けっこう評判なんですよ、お庭のリアレンジメント」

「誰かの創意に、ちょいと付け足すのたあ、わけが違うんだがなあ。いちからの造園ってーのは」

 そんな会話を交しながら、ボクたちはクライアントであるテアトラ王国の離宮へ向かう。


 ボク、師匠、ボンサイの順番で、伝統的な「竜の探索」シリーズの歩方。

 ボクらのあとを簡単な測量器具と筆記用具を背負子を使ったファッジが持って着いてきてくれてる。

 ちなみにボクは、お重の手弁当。

 手ぶらなのは師匠だけ。口慰みにハーブをくわえて、いい気なもんだよ。

 それから荷物をほとんど持たせるなんて、ボンサイの扱いが酷いようだけれど、これが彼らファッジの仕事なんだ。

 ファーミング・エージェント=「Farming agent」。略してファッジ。

 彼らは元来、この世界の生きものじゃない。むかし、農作業を手伝わせるために、奴隷よりずっと人道的で効率的な労働力として生み出された種族の末裔なんだって。

 でも、いまではもう、この空中庭園:アルカディアの外で見かけることは、ほとんどない。アルカディアの固有種、と言っていいと思う。

 もっとずっと大きい個体もいるんだけど、こいつはボクと同じくらいの背丈。

 動作はあまり機敏じゃないかわり、力はとても強くて、成人男性の二倍近い筋力と、ほとんど無尽蔵の持久力を持っている。

 農作業という重労働を請け負うために生まれてきたんだから、当然といえば当然なんだけど、すごいよね。

 そういうわけで、この仕事の割り振りは適材適所、ってことなんだ。


 あ、そだ、移動時間がもったいないから、ついでに、アルカディアのことを話しておくね?


 この巨大な空中庭園は、ほとんど山みたいな規模の塔の上に造営された、人工の土地を基盤に持つ。

 海抜三千メテルというから、ほんとは、このあたりの気候を考慮すると森林限界を楽勝で突破しちゃってるんだけど、何重にも張り巡らされた強力な異能障壁が、ここを四季のある楽園に保ってくれている。

 そして、そこには豊かな植生を持つ森林が生い茂り、とても変わった動植物=外界では魔物に分類される存在が息づいている。

 また、その豊かな自然と風光明媚な絶景を求めて、各国が離宮を造営していることでも有名だ。

 もちろん、こっちは、アルカディアでしか見ることのできない希少な生態系を研究し、自国の発展のために有効利用しようという学術研究機関としての役割もあるんだ。


 学園都市、みたいな言葉を師匠は使っていたっけ。


 つまり、このアルカディア自体が、世界でも唯一無二の生態系を持つ森であり、観光名所であり、保養地であり、同時に学徒たちが憧れるフィールドワークの楽園、世界最高の学府でもあるってこと。

 そして、なにより強調しておかなくちゃならないのは、このアルカディアを一夜のうちにおっ立て……失礼、造営したのは、なにを隠そう我が師匠:ジョバンニ・フラクタル・ミレイ、そのヒトなのです!!

 わかる? うちの師匠の凄さ?

 ほとんど天地創造みたいな偉業を成し遂げちゃったんだよ?

 ボクが……尊敬しちゃうの、わかる、でしょ(鼻息)? 

 あ、あ、勘違いしないでね、尊敬だから、尊敬尊敬。

 

 だのに、だ。

 

「あー、だるい。二日酔いだ、これは」

 三歩、歩いては立ち止まり、ぼやきを漏らす男がいる。おじーちゃんかオマエは!

「なあ、やっぱ今日はオマエだけでいってこいや」

 そして、その無責任極まる態度! 

「いくらボクにご指名が回って来たからって、ボクは師匠の組に属してるわけで、そんなことできるないでしょ!」

「アルカディア造園旅団の元締め:棟梁たるオレが、いいって言ってんだ、どんな問題があるってんだ」

「だから、それは、責任が」

「だから、まかせるって」

「いっしょに来てよ師匠」

「だああってさあ、たりーんだよ」

「あ?」

「かったるい。めんどくせえ。ねむいし、しんどいんだよ、きのう、六回戦くらいしたからな。あの巨乳ちゃんと。そのうえ、だれかが朝早くに起こしに来たあげく、貧相なモノを揉んだもんで、調子がいまいち上がり切ってねえ」

「あ?」

「オレぁ、この先の茶屋に上がらせてもらって酒が抜けるの待ってからいくから、オマエ、ソラ、先いって、庭ぁ見とけや」

「そういえば茶屋の未亡人:ホズミさん、美人だよね」

「そうそう。あんな若い身空でなあ。北国の生まれだって、あの吸い付くようなもち肌がたまらんわけよ、お茶受け的に」

「師匠、ボクにはアンタの言ってることがさっぱりわからない。でも、ひとつだけ判ることがある。それは、いま、アンタを野放しにはできないってことだ」

 道端にしゃがみ込み、子供みたいな態度で抗議行動に出る師匠をスルーして、ボクはボンサイから荷物を受け取った。

「はい、これ」

「なんだこりゃ」

「タンポポ茶。水分を補給して。酔いざましに」

「こういうときは迎え酒だろ?」

「あれは迷信、もしくは気のせい。こっちは本気で効くんだから」

 ちっ、と師匠はボクの真剣さに舌打ちして、それでもおとなしくお茶を飲んでくれた。

「……意外とうまいのが癪に障るな」

「ボクのお手製の、手ずから点て、だもん、まずくなるわけないでしょ? さっ、いこっ」

「なあ、これ……たしか、タンポポ茶、おしっこ出したくなるヤツじゃね?」


 そんなわけで、ボクらはなぜか発生した妨害イベントをクリアし、アルカディアにおけるテアトラ王国租界の中心・離宮:ローズマリー邸に到着した。

 

「スミマセン、アルカディア造園旅団のソリチュード・フラクタル・ミレイと申します。お昼から、という約束だったんですが、来てしまいました。テオドール王子のお手を煩わせるようなことは、ありません。お取り次ぎもけっこうです。お庭のほうを見せていただけたら」

「お話はうかがっております。もし、ミレイさまたちがいらっしゃったら、たとえ王子がご不在でも、お庭をご案内して差し上げるように、と」

「恐れ入ります。ではさっそく」

「では、わたくし、執事のジョシュアがご案内いたしましょう。ソリチュードさま、ジョバンニさま」

「ありがとうございます。ジョシュアさん。わたしのことはソラ、と」

「では、わたくしめもジョッシュと」

 優しげなロマンスグレーのおじさまが、ふんわりやさしく微笑んでエスコートを買って出てくれた。

 えーと、師匠とはお歳、二十年くらいちがうんだっけ。……なるのかなあ、こんなダンディで優しいおじさまに。

「ジョッシュ、廁、借りるぜ?」

「ええ、それでしたら、ご案内を」

「いいって、勝手知ったるなんとかだ。タンポポ茶てきめんだ」

 そういいながら、トイレに向かう姿にボクは溜め息する。だめだこりゃ。

「タンポポ茶、とは?」

「あー、そんなことより、ジョッシュさん、お庭見せちゃってくださいっ」

「あ、ああ、もちろんです、よろこんでレディ」

 そんなわけで、ボクはローズマリー離宮のお庭を見せてもらうことにした。たしかに、へんなおじさん(注・ジョバンニ)がついてこないほうが、みょうなバイアスがかからず、いいかもだ。

「おいで、ボンサイ。みせてもらおう」

「ヴィ」


 じつはボクは、この離宮のお庭を拝見したことがない。

 ひとつにはここがテアトラ王国の飛地的領土、つまり租界であったこと。治外法権の領土だから、ほんとうは踏み込むのにかなりの手続きが必要なんだ。法の適用も、テアトラ本国に倣うから、ちょっと気をつけなくちゃならない。

 もひとつは、ここのお庭にあまり興味がなかった、というか、お話をうかがうことがほとんど無かった場所だったんだ。

 もちろん、ガーデニング・マイスターを目指しているって公言するくらいだから、ボクはお庭にはめちゃくちゃ興味があるし、庭木のこととか、使う石のこと、季節ごとの景や趣向ってことに、すんごく関心がある。

 だから、噂になってるお庭には、それがどういう国の、だれ所有のモノでも構わないからお邪魔して、勉強させていただけたらいいなあ、と虎視眈々、チャンスを狙っているんだよ?

 まあ……結果として、その……話題になる庭園って……このアルカディアじゃあ、師匠の、つまり、ジョバンニの作品が圧倒的に多いんだけどさ。

 え? あんなタンポポ茶男にそんなのできるのかって?

 無能力者の生活力なし男で、美人と見たら見境なく手を出しては、種をまき散らすタンポポ男なんじゃないかって?

 ……ううん、返す言葉がないんだけど……特に後半。

 ほんと無責任男だよ。

 女のコ的には、エネミーだよ。

 

 だけど!

 だけどね――これだけは違うんだ! 造園だけは、ほんとにほんとに凄いんだ。


 あ、いま、庭なんて適当に樹を植えて、花壇作って終わりだろ、ってそういう顔したね、キミ。

 わかる。その気持ちは、とてもよくわかる。

 ボクもむかし、そうだったから。

 でも、ほんとうに素晴らしい庭園に出会ったとき、そこに蕩尽された資金と時間と労力を知ったとき――なにより、創意と工夫を受け取ったとき――“心が震える”ということの本当の意味を、キミは体感することになる。

 ボクでよければ保証する。

 

「理想郷を大地に降ろせ」――冒頭のあのセリフは、じつは師匠の言葉なんだ。


 庭園は立体作品だ。それもインタラクティブな。

 つまり、観客がその内部へと身を投じることのできる芸術空間だ。

 こんなアートは、ほかにはそうそう見かけない。


 絵は、正面から観る。

 音楽は生で聴く。

 立体作品は様々な角度から鑑賞し、ときには手を触れて造形を確かめる。

 それらの複合芸術である演劇・舞台は語られるストーリーと役者の演技、そして随伴する音楽の作り上げる時間への没入を楽しむ。

 アートのカタチと、それを受け取るベストな方法は、なるほどさまざまだね?


 だけど、その作品の内側へ、鑑賞する人間の肉体の進入までも許してくれるモノが、他にどれくらいあるだろうか?


 庭園は、サイレントだよ。どうしたって。

 庭園は、パッシブだよ。どうしたって。

 庭園は、アンチ・クライマックスだよ。どうしたって。

 

 だけど、だからこそ、許してくれているんだ。

 本当の移入を。作品の内側への観客の侵入を。

 つまり、そこに彫刻された作者の世界観を、創意を、全身で、観客自らの速度で歩いて、体験することを。

 

 そこは自然を装われているけれど、実際には、なにひとつ自然には存在しないもので構成されている。

 あらゆるものに、作者の意図が反映された世界。

 それが庭園だ。

 

 庭園を歩いて見えてくる風景は、感じる空気は、鼻腔を抜ける薫りは、咲き誇る花々や生い茂り影を投げかける緑、紅葉の黄金と燃え立つような赤のコントラスト、そして、冬の厳しい寒さのなか、降り積もる白に埋もれて初めてあらわになる、雪中の景も――すべて、すべて、造園したヒトの心から来た風景なんだよ?

 

 つまりね、ボクたちは、現実に結実された《夢》を観ているんだよ? 

 そのヒトが描いた《夢》のなかにいるんだよ?

 起きたまま、誰かの《夢》のなかを歩んでいるんだよ?

 

 すごいと思わない?

 

「すげえか? 心震えたか? ――そう感じたなら、オマエはまだ、見込みがあるかもな。

 どんなすげえものに触れても、なんにも感じねえヤツ、それどころか受け取ったことを認めようとしねえヤツも、世のなかには、いる。

 ま、それはいい。個人の自由ってヤツだ。感じ方まで、オレぁ、強要しねえ。

 だが、ソラ、オマエが、心震えたなら、憶えておけ。

 どこのだれの手によるものでもいい。

 庭園に赴いたとき、すげえ、と感じたならそれは、その造園を請け負った連中が頭のなかに描いてた“理想郷の風景”が、動かしがたい現実の庭園を通して、つまり現実のものとなって、オマエの全身に訴えかけて、伝わったって――そういうことなんだ」


 初めてジョバンニの仕事を体験して、自分の心得違い、つまり、実際にそれに触れもせず「こんなもんだろう、たかが庭」みたいな思い上がりをしていたボクに、師匠が教えてくれたことだ。

 それから、怒られたわけでもないのに泣いてしまったボクに、師匠は言ったんだ。

 ボクの頭に、土いじりで荒れてしまった指を、掌をおいて。

 

「理想郷を大地に降ろせ」って。


 ボクはあの日のことを忘れない。

 あの日から、ボクはガーデニング・マイスターを目指すことに決めたんだ。

 あの日、師匠から伝わった“理想郷”が、ボクを動かしているんだ。

 

 そういう観点で、ボクはローズマリー離宮の庭園を拝見した。

 一巡りしたころで、なるほど、と思わず声が出た。

 この庭園の改装が、ボクのところに回ってきた理由に思い当たったのだ。

 

 ひとことで言って、ローズマリー離宮の庭園は平凡な……いや、歯に衣を着せずに言えば、古くさい、時代遅れで退屈な庭だった。

 

「なんというか、ずいぶんと手堅い印象のお庭ですね」

「お気を使われずともよろしいですよ、ソラさま。思われたことを、はっきりとおっしゃってくださいませ。ここには、わたくしめしかおりませぬし、口外など決していたしませんから」

 気を使ったつもりなんだけど、ジュッシュさんには見抜かれていた。

 

「ああ、いいえ、その……広いのは良いのですけれど……芝生にものすごく雑草が混じっているし、いたるところに木陰を広げる広葉樹の配置がどうも……これ、舞踏会のときとか、お邪魔じゃありません?」

 アルカディアにおける各国の離宮とは王族の邸宅、避暑地であると同時に、外交の舞台でもある。まあ、よほど差し迫った状況でない限り、この時代の外交というものは舞踏会がワンセットとなる。

 議会は踊る、じゃないけれど、ダンパ超重要なのだ。貴族の世界だからね?

 そんなわけで、先進的な離宮の庭園のスタイルは、様々なパーティー向けの配置を考慮しなくてはならない。


 そういうことを踏まえたうえでの、おそるおそるのボクの指摘に、ごもっとも、とジョッシュは頷いた。

「おっしゃられる通りでございます」

「舞踏会のとき、張り出した根や伸びた雑草の茎に、足を取られるご婦人方が多いような気が。傾斜もひどいし」

「さようでございます」

「たぶん、離宮からの景にも障っているんじゃないかなあ、もっさりした樹の張り出しが」

「まったくもって」

 ああ、なるほどなあ、とボクは思う。

 この庭、いろいろダメなところがあるんだ。

 景への心配りもそうだけれど、一番問題なのは、時代の変化に対応できてないことだ。

 アルカディアができたあとだから、わずか十数年前の造園のはずなんだけど……うーん、先見の明のない、というか、かなり年配の職人さんなのかなあ、作ったヒト。


 なによりよくわからないのは、芝生のド真ん中に据えられた石だ。その選定だ。

「うーん、これはちょっとなあ」

 ジョッシュさんの賛同を得て気が大きくなっていたボクは、思いをもっとストレートに口に出すようになっていた。

「いけませんか」

「うーん、いけない、というか、意味がわからない、です」

 だいたい、この手の庭園では、場の中央に水を配するのが定番だ。

 水槽的なものでもいいし、お金をつぎ込むなら噴水というのもありだ。

 そうして、ダンスに興じ疲れたなら縁石にこしかけ、水面に映る月影や星を愛でつつ、ときには適度な水音に護られて、なにごとか囁きあうの場を提供する。貴族階級、やんごとない方々の作法もあるけれど、水辺というのはたしかに人間の心に訴えかけるものがある。

 あ、定番なんて言葉を聞くと「捻りがない」と感じるかもしれないけれど、定石として押さえておくべきこと、というものも世のなかにはたしかに、あるんだ。

 焼き立てのパンが欲しくてパン屋に入ったのに、できたてのおにぎり売りつけられたら、やっぱり戸惑うでしょ? それと同じ。

 

 それなのに、この庭は、だ。

 つまり、ある種の憩いの場的、庭園の主役的装置が、常識的には配されているべき場所に、だ。


「よりにもよって、なんだろう。どうしてなんだろうか……この変な石は」

 ひじ掛け付きの座イスをふたつ、背中合わせに張り合わせたような形状の石のオブジェが横に並んで四つ連なるカタチで、そこには鎮座ましましていたんだ。

「休憩するための場所でも作ったつもりなんだろうか?」

 ボクはそのオブジェに腰かけながら、ため息をついた。エッジは綺麗に取ってあるから座り心地は悪くない。

 悪くないんだけど、これ椅子としてもダメだわ、高さとか。

 そのうえ表面をならしているわけではないので、こう……なんというか、いろいろ粗削りな印象だ。

 平服やいまのボクみたいな作業服ならともかく、盛装してきた衣装の傷みを気にして座ることを躊躇するひとたちが、たくさんいるだろうな、とボクなんか思うんだけど。

「だいたい、こういうもの配置するなら木陰じゃない? 一息つける場所だっていうのなら」

 この一塊の石たち、もちろん、芸術作品と呼べるような代物でもない。

 思い切って自然石なら、もっと石材から選び抜けば輝くだろうけれど、中途半端に手が加えられているおかげもあって、もういろいろ台無しだ。

 主役の来るべき場所に、水を配しもせず、この雑な石の並び……作意が読み取れなくて、ますますボクは混乱する。

 

「もうしわけありません」

 そのボクの態度を不機嫌だと勘違いしたのだろう、ジョッシュさんがぺこり、と頭を下げた。

「あやややっ、ちがうちがう、違うんです、全部ボクの独り言、考えをまとめるためのもので」

 慌てて手を振り、言ってはみたものの、本心であったことは間違いない。

 いけないなー、仕事に没入すると、考えが口から出ちゃうとこが、ボクの欠点だ。

 ジョッシュさんが心配げに訊いてくる。

「なんとか、なりますかな?」

「大改造になるかも……です」

 あ、もちろん、ご予算のとか、そちらのご希望を聞いてからになりますけど、とボクは付け加えた。

 

 あくまでボクらは職人だ。施工主の意向を無視することは許されない。

 限られた予算と工期、そのなかで、最善を尽くすのが本分だ。

 

「やはり、この庭はいけませんか」

「お庭に優劣をつけるのは、わたしたち造園旅団の流儀ではないんですけれど……この設計をされた職人さん、だいぶ年配の方なのですかね?」

「はい。故人でございます」

 ん? とボクは耳を疑った。

「もう、逝去してから十年になります」

「お亡くなりに……なられていたんですか」

 あれ、これ、ボク聞いちゃいけないこと……訊いちゃったんじゃ。

「はい、じつは。享年六十四歳でありました。庭園界、古典派の重鎮:グリムグラム造園伯です」

「えっ?」

 その名前を聞いて、ボクは思わず腰掛けていた謎オブジェから跳ね起きていた。

 

 十五年前の大戦、一般に大虚空戦争グラン・ヴォイド・ウォーと呼び習わされるそれは、この世界と魔界との、互いの存亡を賭けた大戦争だった。

 魔族の侵略、その最たるものは軍勢による破壊や略奪ではなく、大地そのもの、世界そのものを貪り喰らい、魔界へと持ち去るプレーン・ハック攻撃によって行われた。

 文字通り、世界の根底そのものを奪い合う戦い。

 魔王を打ち倒す聖剣も、竜を退ける強大な破壊の異能も、この脅威のまえには為す術が無かった。

 そこに立ち向かったのは、ガーデニング・マイスターの一派を頂点とした造園技術者・園丁たちだった。

 

 彼らは荒野や砂漠に比べ、生命息づく深い森や、豊かな農作地、そして、美しい庭園のほうが、プレーン・ハックに対して強い抵抗力を持つことを発見したのだ。

「そこに息づく生命の炎が、あるいは、その地に込められた願いや祈りが灯す炎が、魔軍のプレーン・ハック攻撃に対して抵抗力を増して働くのだ」

 長年の研究から、彼らはそう結論した。

 

 そうして、己の持ちうる知識と技術のすべてを投じて、失われ行く世界の尖端、末端を、率先して庭園化ガーデニングしていったのだ。

 世界の砦、城塞としての庭園。

 ガーデニング・ウォール・アライアンス(造園防壁同盟=G・W・A)。

 それは派閥、国家間のしがらみを超越した創造者集団の誕生だった。

 圧倒的で無慈悲な簒奪から、創造によって、彼らは世界を守ろうとした。

 彼らが赴いたのは、プレーン・ハックの生み出した虚空に飲み込まれ、消滅しつつある世界のエッジに立ち向かう、とてつもなく危険な現場だ。

 実際、プレーン・ハックに飲み込まれた職人たちの数は、運搬などの人夫を含めれば全世界で数十万人とも言われている。

 

 その一方で、世界に、自然に、手を加えてまで保とうとすることに、異議を唱えた人々もいる。

 あるがままを受け入れよ、という言葉から、かれらは受諾主義者と呼ばれた。

 けれでも、もし、ガーデニング・マイスターとともに創造によって戦った造園技術者・園丁たちがいなかったら、世界はどうなっていただろう?

 すくなくとも、最前線で戦った造園技術者・園丁たちは、受諾主義者とそれに賛同する人々からの糾弾に、なにも言い返さず、黙々と創り続けた。

 

 それで、いまの世界がある。

 どちらが正しいのか、ボクにもわからない。正否を問う気もない。

 ただ、行動し身をもって創り上げたヒトと、そうではなかったヒトがいるってだけのことだ。

 

 グリムグラム造園伯は、そのなかにあってガーデニング・マイスターではないものの、最前線におもむき、資材調達や現場と司令部の折衝などで辣腕を振るった超有名人、どころか、ボク、彼の造園指南書:「エクステラス庭」……全巻持ってるんですけど……。

 

「ウッソ、それじゃあ、このお庭……」

「造園伯の遺作でございます」

「うわわわわっ、やっちゃったー」

 ボクは、大先輩の遺作にイチャモンつけてたんだ。ひー、恐れ多いよー。バチがあたるよー。

 思わず地面に|両手をつく(orz)のポーズだ。

 ひどいよ師匠、どうして事前に教えてくれなかったんだヨー。

 そんなボクに、ジョッシュさんが微笑んでくれた。

「だいじょうぶでございます。……ここだけのお話、わたくしども家臣一同、いえ、主であるテオドール第三王子でさえ、この庭の出来には……首を傾げておるのでございます」 


 その言葉に救われた。

 みんな、よくないって思っているんだ。

 やっぱりそうなんだ。

 ボクの感性は間違っていない、そう勇気づけられた。


「そ、そうなんですか?」

「ええ、ええ。ですから、アルカディア造園旅団の新進気鋭と呼び声も高い貴女さまに、お願いしようと、テオ様が」

 莞爾と笑い、ジョッシュさんは、テオドール王子を愛称で呼んだ。その呼び方の優しさで、ふたりの関係がうかがえた。


「お庭のことは、だいたい掴めました。……こんどは、ちょっと別アプローチからのお話、させていただいていいですか?」

 だから、ボクは話題を切り替えて、本丸に攻め込むことにした。

 造園業は庭を知るだけで片手落ちだ。

 施工主の性格や嗜好、もっといえば――“理想”を知ることが決め手になることが多い。

 いまの庭がダメだと、テオドール王子だけでなく、離宮に携わるみんなが感じているならば、その総意を汲み上げることができたなら――もしかしたら、この庭は、新たに造成し直すことで甦るかもしれない。

 そんな想いが、このときのボクの頭の片隅、そのどこかにたしかにあった。


 そして、その想いの正しさを保証してくれるように、ジョッシュさんは微笑み、うれしそうにテオドール王子とのことを話してくれたんだ。

 


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