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16/20

焼け野原から、はじめよう


「へえ、思いきったことをしたもんだな」


 テアトラの離宮:ローズマリーの庭園に落着した隕石=英霊兵器による半質量半アストラル爆弾攻撃は「神威カムイ事件」と名付けられ、一応の解決を見た。

 その迎撃の任に当たったのはテアトラ王国第三皇子:テオドール・ヴェルト・テアトラントを筆頭に、ガーデニングマイスター:ジョバンニとその弟子であると報じられた。

 

 ちなみに、筆頭と持ち上げられたテオは事実とは違う――つまり、ほんとの意味でこの事件を解決したのはボク、ソラだと断固公表すべきだと言い張ったらしいんだけど、それは師匠が止めたらしい。

 ひとつは、世間がやかましくなりすぎて、仕事どころじゃなくなる(おっ? 師匠の口から仕事の心配だなんて!)から、というもの。

 もうひとつは、太刀の姿となったカムイの所有者にボクがなったことが露見すると、いろいろ国際的な問題に発展するから、というものだったんだ。

 

 テオはふだんあんなに優しげでも、やっぱり騎士道を叩き込まれてきたヒトだけあって、誰かの手柄を横取りするようなマネが、ほんとうに嫌だったみたいなんだけど、師匠の説明を聞いて納得してくれたらしい。

 ボクがその経緯を聞いたのは、事後、傷の手当てが済んで(熱出して、三日寝込みました!)からだったんだけど、もちろん師匠の判断に全面的に賛成だった。

 

 テオはそのあと、執事のジョッシュさんや、実は忍者なるエリートクラスであった巨乳メイド:ミルヒの手助けを受けながら負傷を押して事後処理に奔走してくれたらしい。

 ほんと、後始末までキチンとできての男らしさ、ってモンです。

 見る目のある女のコは見てるからねー、そういうとこ。

 

 あ、師匠の耳が、急に遠くなる病になったみたい。

 

 そんなわけで、ボクも現場に復帰できたのは一週間後だった。

 傷もあったし(じつはまだ、三角巾で吊ってます)、なにより防疫関係の能力者さんたちが総出で調査してて、とてもじゃないけど入れなかったんだ。

 けれども、その結果、土壌の汚染はまるきりなし。

 担当官のヒトたちも首捻ってたっけ。

 ほんとは落着した土壌に怨念が焼き付いてヒドイことになるんだそうだけど……今回に限ってなーんにもなかったんだって。

「そりゃあれだろ、カムイの野郎が、おめえのとこに来たから――恨みつらみを晴らしちまいやがったからだろ」

 師匠がその理由、その推測を、ボクにだけ教えてくれた。

 うん、ボクもそう思うよ。


 それで、お庭だ。庭園のお話だ。

 前回のままだとエンタメなら「まあいいか」だけど、庭園的には「まるきりだめ」でしょ?

 だから、今回は庭園的にどうなったのか、そのお話をするソラです。

 

 それでまあ、当然だけど、お庭はメチャメチャなんだよね、現状。

 

「うわっちゃー、これ……どうしよう」

「うーむ、こりゃあまあ、見事に吹き飛んだもんだ」

 当初提示された一〇〇〇万ギルドの大金だけど、今回の事件でダメージを受けたのは離宮もであって、その修繕費がその予算から組まれることになった。国費だからね、無駄遣いはできません。

 ボクらが使えるのはだから、当初の提示額の半分。

「師匠……いける?」

「あー、頭いてえところだな正直……まあ、石だ植木だっつーところはともかく、あの設計を完璧に再現するとなると……足が出ちまうかもな」

 そうなんだ。実は、ちょっと財政的なピンチがやってきてしまっていた。

 

 ほんとのこというと、五〇〇万ギルドという金額でも、なんとか利益を出すことは不可能ではなかったんだけど……そこにきて、この大穴、カムイの落着点、グラウンド・ゼロ、つまりクレーターだよ。

「埋めるっつったって、こりゃあ大仕事だぞ。基礎からなにから、石を入れて、全部やりなおさにゃ」

「それに、ダンスフロアにする予定だったから……足場の土が締まるまで……だいぶかかるよねえ。ゴーレムくん、もう一体お願いする?」

使役者ドールマスター込みでレンタル料、けっこうするぞ」

 ううむ、まいったぞ、これは。と、そう頭を抱えていたところにやってきたのはテオだった。

 

「やはり、難しそうですか」

 杖をつき、ミルヒに支えられながらの登場だった。

 甲冑の上から、カムイの鞘を使った打撃技を受けて、肋骨を三本、まとめてへし折られたらしい。でも、そのあとに続いた秘剣:《桜花繚乱》から、その盾と異能で、ボクを護りきってくれたんだ。

 

「テオ」

 ボクは思わず駆け寄る。

「大丈夫?」

「はい。もうすっかり。骨は、ほとんどくっついたみたいですから」

 回復系の異能で、致命的な状態からは回復しているから、心配ないことはわかっているけれど、いまもたぶんかなりの苦痛を受けているはずだ。

 この世界での回復系異能は、その代償を使用者の肉体と精神と命で贖うとっても危険なものだ。

 たとえば、致命傷を完全に回復しようと思えば、回復系異能の使用者はそれと同じ負傷をその身に受けるか、相応の消耗を覚悟しなければならない。半分肩代わりして、とか数人で分散して、とかそういうのが現実的なライン。

 だから、物語のなかで語られるみたいに「パーティー全体を瞬時に、幾度も回復!」とかいうのはムリなんだ。

 

 回復系異能の使い手たちも消耗を休息と食事で回復させながらじゃなきゃ続けられない。

 それでも、完全でないにしろ、傷の手当てができる意味は大きい。

 それは生還率に大きく関わることで、だから軍隊だろうと、冒険者やハンターのパーティーだろうと、回復系の異能者は最大の敬意とともに大事にされる。

 ガーデニング・マイスターを筆頭とする創造系異能に次いで、召喚系能力とともに高次元の能力として扱われる。

 そんなわけで、いくらテアトラの王子様だからって、テオが受けることのできるそれは限度があったし、回復を促進する霊薬やいわゆる物理的な療法との併用が、この世界での治療過程なんだ。

 肋骨三本へし折られて、他にもあちこち負傷した人間が一週間でこうして立って歩けるってだけで、かなり凄いことなんだよ?

「脚は?」

「太股を抜かれました。危なかった。動脈を逸れてなかったら……キレイな傷口だったから、塞がるのは早かったんですが、まだ、歩くと」

 ボクはテオの杖に成り代わりたい、と思ったけれど、ボクも負傷しているわけで、それはさすがにできなかった。 

 対岸で、テオの腕にその暴力的なキャラ性を押し付けて、にやーり、と笑うミルヒ……なんだ……なんだよ、その笑いは。

 

「みじゅくなじぇらしぃがかわいらしい」

 ぱくぱく、とミルヒが口を動かすと、ボクは耳元でそう囁かれたかのように感じた。

 忍術:《木霊》という異能だ。

 

 かあっ、とボクは自分の頬が紅潮するのを感じる。反撃しようとして、気がついた。

「ジェラってなんかっ、」

 って言いかけて気がついた。これじゃ、まるでボクがテオのこと気にしてるって白状してるようなもんじゃないか。

 それも、一方的に、ボクだけが(ミルヒの《木霊》はボクだけにしか聞こえない術だもん!)!!

 あ、あぶねー、このオンナ、なんてことしやがるっ。

 汚いっ、さすが忍者、汚いっ。

 

「どうされました、ソラさん?」

 気がついたら、ミルヒを睨んでいたボクにテオが声をかけた。

「ひゃああああああ、あー、な、なんでもないです」

「そうですか。ならよかった。それで、お庭の件ですが……申し訳ない、やはり、今年の予算ではこれが精いっぱいです」

 ボクはこの時点で知らないんだけど、テオは私費も投じていたんだ。

 

 防疫と汚染調査にだってお金がかかる。ただなんてものは、この世界にはない。

 国家の威信のためだと言っても、遠く離れた飛び地の庭園に巨額の資金を投じること、そこに民の血税を費やすことに、少なからぬ抵抗を感じていたみたい。

 師匠に言わせれば「そんなことに後ろめたさを感じているウチは王にはなれない」ってことになるんだけど……ボクには、それのなにが悪くて、資質を満たせてないのか、わからない。

 

 まあ、その話は置いておこう。


 それよりも、せっかく“理想郷の景色”を見出したのに、それをこの世に下ろすことができなくなったことに――寂しさに打ちひしがれているように、そのときのテオは見えた。

 だから、ボクは言った。言わずにはいれなかった。

「テオ、ごめん、もういちど、設計をやり直していい? ボク、この状況を、仕切り直すアイディアを考えます!」

 俯きかけていたテオの顔が、驚きに、それから希望に、の順で跳ね上がって、輝いた。

 

 はー、と背後で師匠の大きなため息が聞こえた。

 呆れたんだ。

 ろくでなしの血筋だって。

 工期や予算を無視して、横紙破りなことやっちゃう――オレの娘だ、って。


 たぶん、褒めてくれてたんだと思う。

 

 それで、ボクはまた離宮に泊まり込んだ。

 修繕やらなにやらでドタバタしてるって、テオやジョッシュさんは恐縮してたけど、そんなの全然かまいやしない。

 こんどは師匠も一緒だ。これはほっとくとミルヒが不要な内偵とかを進めそうだったのと、ご飯の心配と、まあ、師匠的にもケガの治りきってないボクの無茶が怖かったみたい。

 優しいとこあるよね、えへへ。

 

「師匠、起きてよ、師匠」

「んあー、なんだよ、まだ暗い……つか真夜中じゃねえか。眠いって。オレァ、酒がだいぶん入ってんだ。寝かせろや」

「だーめ、だめだって。だいたい、今回は師匠もお仕事なんだからね! 飲み過ぎ注意って言ったのに!」

「だーから、テアトラのワインはやたらうめえんだってば。赤も悪かねえが、この時季は白だな。だんぜん」

「おーきーろー」

 と、そんな感じで、ボクは師匠を引っ張り出す。

 

 深夜の庭園は夜露でしっとりと濡れている。

 ボクはテオがくれたあのパシュトール・ムームーの毛織物の上着を羽織って庭に出る。

 

「見て見て師匠、すっごい星空」

「あー、ソウデスネー」

 もー、まったく、こうなっちゃうと師匠はホントにダメ人間だ。今も腰の辺りをボンサイに押されながらの前進だ。

「なに見ようってんだ、こんな時間によー」

「だって師匠、言ってたじゃん、庭園っていうのは、どんな時刻であっても“夢”の姿でなくちゃならないんだって」

「真夜中の庭園に用があるのは忍び逢う男女だけ。子供は寝る時間です」

 かー、まったくこれだよ。丁寧な言葉遣いでロクなこといわない師匠だよ。

 

 そんな寝ぼけてよっぱらってフラフラの師匠を引き摺るようにして、ボクはあのクレーターの縁まで来た。

 

 このでっかい穴ぼこをどうするかって、それを考えなくちゃならなかった。

 カムイが空けてしまった大きなすり鉢状の穴。

 その中心には、直撃を受け、その威力と熱量と、アストラル体の衝突効果で砕け削れ、そのうえアストラル炎に炙られてガラス状に変化しちゃった、あの石――グリムグラム辺境伯の残したかまどの成れの果てがある。

 もう石材として再利用することは……できない。

 

 くやしいけど、計画は変更するしかない。

 でも、だったら、変わり果ててしまったお庭に、どうやってボクらの“理想郷の景色”を降ろしてやればいい?

 一度は思い描いたのに、打ち砕かれてしまったその景色を、どうやったら取り戻せる?

 グリム伯が遺し、テオやボクが受け取った想いを、どうやって再生させればいい?

 

 どうやって、あの夢の景色を――。

 

 ボクはその答えを、無意識にも探していたんだと思う。

 だから、“夢”が打ち据えられてしまった現場に赴いていたんだと思う。

 あと一歩で実現するはずだった“理想郷の景色”の後ろ姿を、探していたんだと思う。 

 

 正直に告白する。

 テオにあんなこと言って、請け負ったのはいいけれど、自信なんてまったくなかった。

 どうしたらいいのか、わからなかった。

 本当は、それはいけないことなんだ。

 出来もしないことを、約束なんかしちゃいけない。

 ガーデニング・マイスターの弟子失格だ。

 

 でも、ボクもくやしかったんだ。

 はじめての、自分の仕事だったんだもん。

 それも、ちゃんと答えに辿り着いた先で見つけた、“理想郷の景色”だったんだもん。

 ショックだったんだよ。

 ごめんしてね。

 

 そんな、ほとんど藁にもすがるような思いでクレーターに辿り着いたボクは……言葉を失う。

 あまりの光景に、膝をついてしまう。

 となりで、寝ぼけていた師匠が、息を呑むのが聞こえた。

 

 そこでボクらを待っていたのは――。

 

         ※

         

「なんと、隕石の衝突跡をそのまま池にしてしまうとは――これはアイディアですな」

「東屋に使うはずだった支柱の石材を沈めて、渡り石にするだけでなく、自然石を島に見立てるとは!」

「夏には船を浮かべて楽しめるようになっとるようですぞ。さすがは、ガーデニングマイスター:ミレイ(師匠の名字ね?)」

 落成式に招待された各国の大使たちがお庭を評する声が聞こえて、くすぐったい。

 ボクはこっそり、パーティーに紛れている。

 社交界デビューなんてしてないし、ジョバンニに養女がいるって知ってても、誰かが紹介しなきゃそれがボクだってことはわからない。

 だから、ボクは招待客を装って、どんな風にボクらが造った庭が評されるのかに耳をそばだてている。

 

 あの晩、クレーターの底でボクらを待っていたのは――信じられない光景だった。

 石が――光っていた。

 ガラス状に溶けてしまったその表面に、まるで無数の蝶が、その羽をはためかせて群舞を舞っているように。


「師匠……これって」

「……ああ、ああ、オレも初めて見るぜ……こりゃあ、カームのヤツが焼きつけたアストラルの光輝だ」

「汚染はないって……」

「だから、汚染じゃねえんだろう。焼き付いているのは、ただの映像――奴が見た星々の世界――“理想郷の景色”だ」


 ボクは、ボクたちはしばらくそこにたたずんで、それから、どちらともなく斜面を駆け降りて、その景色のなかに赴いた。

 舞い踊る蝶のそっくりな光が、ボクや師匠の身体に、幻灯機がそうするみたいに光の像を結ぶ。

 これ、あとで気がついたんだけど、ヒトが近づくと光は強まるんだ。

 これまで夜間、ここは立ち入り禁止だったから――誰にも気付かれなかった。

 だけど、ボクと師匠が近づいたから、この景色は現れた。

  

 ボクはもう、このとき決めていたんだ。

「このお庭に、カームの“景色”を加えてもらおう」って。

 

 当初あった二階層式のお庭をボクは取りやめた。

 かわりにダンスフロアとなるべき場所には平たいタイルを敷きつめ、その先――テアトラの野原を写し取った場所と仕切り分けた。

 野原の部分には四台の野外用のかまどが配置してあって、お料理と散策を楽しめる。

 もちろん、足下には渡り石。

 そして、その先、あのクレーターを池に仕立て、水を張った。

 

 すると、どうなったと思う?

 

 夜、そこへ近づくと、あの光の群れが、蝶の群舞がたたえられた水に増幅されて、ほんとうに舞い踊るように水面から飛び立つのを観ることができるようになったんだ。

 だれも、これまで地上のだれも見たことがない、星の世界、アストラル・シーの輝き。

 

 それがカムイによって焼きつけられ、地上に降ろされた。

 夜、浮かべた船の縁から水面を眺めれば、そこには目を奪われる光の乱舞がある。

 絶対に、他のだれにもマネできない、唯一無二の。

 

 それがボクたちの造り上げた庭園だったんだ。

 

 ちなみに、このお披露目の式典に先立ち、ボクはテオと(あー、師匠も「保護者同伴だ」ってついてきた)いっしょに、夜のお庭を散策した。

 天に近いアルカディアでは、そらの光がとっても鮮やかに見える。

 こんなに、こんなにも宙には光があるんだなあ、ってわかる。

 天の川のあたりなんて、もう光が密集しすぎて、ほんとに輝いて見えるんだよ?

 空気がそれだけ澄んでいるんだ。

 そして、そういう場所の夜はホントに暗いよ?

 街中に住んでいると忘れてしまいがちだけど、特に月のない晩はホントに暗い。

 逆に満月の晩は本が読めちゃうくらい明るいんだけど、目が悪くなるからやめろって、師匠には言われた。

 はーい、わかってますよーだ。こういうとこだけ、やたら口うるさいんだよね、師匠って。

 まあ、養父おとうさんなんだからあたりまえ?

 それで、ボクは新月の晩を選んで、テオと師匠といっしょに、船を出しんだ。

 

 鏡のように凪いだ水面に写り込んでいた星空を圧して現れた輝ける蝶たちの飛翔に、だれもが言葉を失った。

 

 シュ、とため息をつくような低い音がかすかに聞こえたのは、そのとき。

 振り向くと、テオがあのキラキラ泡の光る飲み物――シャルルパニエを抜栓してくれていた。

 チューリップの花のような形の、でも脚のないグラスを手渡してくれる。

「ぴったりの飲み物だと思いませんか?」

 

 そう、シャルルパニエは、このお庭で各国大使に振る舞われ、世界的デビューを果たす。

 たしかに、この奇跡の光景と、あの飲み物はぴったりだったもの。

 

「オレは酒の方がいいな」――師匠の寝言はカットしとくね?




 で、昼間の式典会場から池に船を浮かべはじめた人々を見つつ、そんなちょっとロマンチックな回想と感慨にボクが浸っていると、向こうで師匠が、なんかおじいちゃんと話しているのが見えた。

 おじいちゃんの服装は……うん? マヒルヒ様式……でも、大使じゃないし、だれだろ? とか思ってると、師匠に手招きされました。

 って、おいいい、手招きしたあげく、どっかいくんですけど! と慌てたボクだったけど、すぐに意味が解った。


 取り巻きをあしらうから、あとで合流しろ、って意味だ。

 戦闘時用のハンドサイン、こういうとき便利だね。

 それで、数十分後、ボクは庭園の外れ、マロビモ(動く苔ね?)たちのいる石庭で合流したんだ。

 

「ほほ、こりゃあ、じつに可愛らしいお嬢さんにおなりなさったのう。わしを憶えとるかね?」

 開口一番、ボクを見るなり、好々爺然とした、いやホントにおじいちゃんなそのヒトは言ったんだ。

「えーと?」

 だれ? みたいな感じで師匠を見たボクに、苦笑しながらジョバンニは教えてくれた。


相馬ソウマ紋鉄斎モンテツサイ。ジジイだ」

 名前はわかった。あとは見たまんまじゃん。マヒルヒのヒトだっていうのも見ればわかる。


「お会いしたのは、まだ、お嬢さんの小さいときに一度きりじゃったから、ムリもないかのう」

 ほっほっほっ、と笑うおじいちゃんの泰然自若とした態度、ボク、嫌いじゃない。 

 いや、むしろ好きなタイプのヒトだ。


「ええと、それじゃ改めまして、ソリチュード・フラクタル・ミレイです。ソラと呼んでください」

「ほっほっほっ、こりゃあご丁寧に。キチンと挨拶できるんじゃのう。感心なことですわい。わしのことはモン爺とでも呼んでくだされ」

 くすり、とボクは思わず笑う。モン爺。かわいい。


「それで、どうしてボクを呼んだの師匠?」

「わしが、お会いしたいとお願いしたんですじゃ。この素晴らしいお庭を、設計した方に、ぜひとも一目お会いしたいと、な。なあ、ジョバンニ」

 師匠をジョバンニと呼び捨てできるなんて、ただ者じゃないことはたしかなんだけれど、このおじいちゃんからは、大人物にはかならずつきまとう、気合いとかプレッシャーのようなものはぜんぜん感じないんだよなあ。不思議。

 そうかと思うと、師匠のほうもぞんざいな口調で対応してるし。

「あー、まあそうだな。アンタにゃあ、隠し通せるもんでなし」

「どういうこと?」

「このお庭、ジョバンニの作じゃないのじゃろ?」


 ボクは、その言葉に胸を突かれた。

 そうなんだ。

 あの事件があって、カムイの件を隠し立てするために、このお仕事は表向き師匠の仕事だってことになってるんだ。

 師匠もそれに関してはかなり悩んだみたいなんだけど(珍しく)、ボクのほうからもお願いしてそういうことにしてもらった。

 なにしろ、カムイの素性がバレたら、たいへんなことになるのがわかっているんだもの。


 名を捨てて実をとる。

 ホントに大切なものを、ボクは守りたい。


 でも、それと造園匠としての矜持は別のことだ。

 やっぱり、名前は残したい。それが職人の原動力だと思うもの。

 だから、それを――つまり、このお庭の作者が、ホントはジョバンニではないってことを、このおじいちゃんが見抜いてくれたってことが、ボクにはとってもうれしかった。

 うれしいのに、泣いてしまうくらい。

 嗚咽してしまうくらい、うれしかった。


「そうかいそうかい、やっぱり、お嬢ちゃんのお仕事だったのかい」

 かなわないなあ。こういうヒトっているんだなあ。

 ボクはグズグズと鼻を啜りながら微笑んで、おじいちゃんに答えた。


「はい、ボクが設計をさせてもらいました」

「隕石が墜ちてきて、たいへんなことになっただろうに、あきらめるどころか、それを活かすとは……いやいや、このモン爺、敬服するばかりですじゃ。素晴らしいお庭、素晴らしいお仕事ですのう」


 えへへ、ありがとう、おじいさん。

 キチンと見てくれてるヒトに、そう言われるのって、ホント、ホントにうれしいです。


「それでなあ、できたらなんじゃが、もしよければなんじゃが、ソラさんや、あなた様と、このジョバンニを、我が家にお招きして、お話でできんかなあ、というお願いに、参ったわけなんですじゃよ」


 !? ボクはあまりの展開に絶句する。

 だけど、そこはさすがに師匠があとを受け持ってくれた。


「まて、ジジイ。話が唐突すぎるぞ。だいたいアレだ、それじゃあ、直球が高目すぎる。……いってたじゃねえか、庭の岩が響かなくなったって。その様子を見に、だな」

「おー、そうじゃったそうじゃった。いかんのういかんのう、歳をとると、すーぐ忘れやすうなってしまうのう。そうじゃそうじゃ、うちの岩がのう、響かんようなってしもうてのう……ジョバンニ、ソラさん、見にきてくれんかのう」


 ボクはこのとき、ぜんぜんうまくお話が飲み込めなかったんだけれど、勢いも手伝って、モン爺さんのご招待をお受けすることになる。

 

 しらなかったんだ。

 この方がだれかってことを。

 

 モン爺さんこと、この気のいいおじいさんの正体が、マヒルヒの剣聖にして斬鉄斎の異名をとる超剣士:紋鉄斎さまだとボクが知るのは、ずっとずっとあとのことだ。




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