星から来た剣(1)
「なんでなんで、どうして、どうしてなんだよ!」
周囲はたちまち蜂の巣をつついたような混乱に陥る。そのなかで、職人さんたちを統率し離宮関係者に退避を命じる師匠に、ボクは取りすがって聞いた。
なぜなのか、どうしてここなのか、なんでアルカディアの、よりにもよってこのお庭なのか――グリム伯の遺作の真上なのか。
伯の真意へと理解に及んだ夜から――ボクは、庭園のプランに変更を加えていた。
ハーブ類を中心とした植生を持つ小高い丘を庭の片隅に造成し、その斜面に半ば埋もれたカタチのかまど――ただしこれは、あの石のようなものじゃなく、本式の野外窯――を据えることにした。
この野外窯にはグリム伯のあの石、つまりかまどを切り分けて流用する。
「べつに残さなくてもいいんだぜ、ムリをするこたあねえ」
「違うよ、師匠。これはテオの意向なの。どうしても、残したいんだって。でも、そのままじゃ景を邪魔しちゃうから」
「それでこういうカタチに、か。はあ、考えたな」
「受け取ったものそのままでは、やっぱり創意が足りないと思うんだ。次はボクらが創る番なんだもの。これはボクの意見。それでテオを説き伏せたの」
「おめえ……なかなかわかってきたじゃねえか。まあ、どうなるか……進めてみろや」
そうやって、やっとやっと基礎を終えたとこなのに!
「どうしてなの、師匠!」
それまで声を限りに叫んでいた師匠が、ボクを振り向き、膝を折ってボクと目線を合わせてくれた。
それから言ったんだ。
「やつらは……英霊兵器は――強い創意の輝きに引かれて落ちてくるんだ。奴らの生まれと用途を考えてみろ。自分たちをないがしろに扱った人類への怨みと、魔族の思惑=世界そのものを奪取しようという欲望のアマルガム……狙うべき場所は、この地上にあって輝ける星の如き場所――素晴らしいものの誕生を阻むため、理想郷の実現を阻むため、やつらは墜ちてくる。一等輝くもの、希望の光を打ち砕けば、世界観簒奪は圧倒的に簡単になるからな」
とん、とボクの胸骨をジョバンニの指が突いた。
びっ、と電流が走るように、ボクはそのジェスチャーの意味を悟る。
「ボクの……ところに……ボクが、標的……なの?」
「どんなことがあっても必ず守ってやる――と大人的にゃあ約束してやりてえとこだが、いまのオレに、そりゃムリだ。せいぜい、落着のエネルギーを九層の結界で減殺するのが精いっぱいって、とこだ」
すまねえな、と師匠が言い、ボクの頭を撫でた。
「なんで、なんで師匠が謝るの?」
「こんな大事なときに、無能のままのオレがな……なさけねえのさ」
「ちがう、ちがうよ師匠! 師匠は情けなくなんかない! そんなんじゃないよ!」
だいいち、とボクは声を張り上げる。
「だいいち、ボクのせいなんでしょ、だって、ボクのとこに落ちてくるんだもん――やりすぎたから、がんばりすぎて、目立ったから――そうでしょ?!」
ボクは……あまり大きくはない胸に手を当てて言う。
師匠は、虚を突かれたようにボクを見た。目を見開いて、言葉を失って。
それから、絞り出すようにして言葉にした。
周囲は飛び交う指示とそれに応え行動を起こすヒトたちの立てる物音と、サイレンバードの警報のせいでとてもうるさかったはずだけど、そのときのボクには、師匠の言葉がはっきりと、なぜか、はっきりと聞こえたんだ。
そうじゃねえ、ソラ。
創ること、生みだすこと、そうやって前へ進んでいくこと、進んでい行く者――それに、嫉妬を憶えるのは、なにも魔族だけじゃねえ。
いや、むしろ、それはオレたち人間のどうしようもねえ性と、そう断言しちまっても、いいくらいだ。
切実に、それを欲する分だけ、奪い取ろうと行動を起こす分だけ、魔族ほうがマシかもしれん。
人間は、奪い取るだけじゃなく、そもそも、そいつが芽吹いて、育って、歩み出そうとすることそのものを、否定しようとする。
誹謗し、中傷し、ありもしないウワサで、流言飛語で、あるいはもっと直接的な破壊で、いや、善意の顔をして、心からそう信じて――足を引っ張ろうとする。
だが、それでも、なお、創ろうとする奴らがいるんだ。
コイツはな、ソラ、コインの表と裏みたいなもんだ。
嫉妬と創造は、不可分なんだ。だれかを羨む心は、なくしちゃいけねえ。
ただ、それを、その嫉妬を、他人の創意や夢や理想=歩みだそうとする努力の足を引っ張るようなくだらねえ感情と、時間の浪費に堕としちまうか、はたまた、推進力に変えて高く飛び立つか――どっちか、選べって、オレたちは常に問われ続けている。
そしてな、ソラ、おめえの創ろうとした庭は――まぶしいんだ。
それは、おめえがそのちっこい頭んなかに抱いた、でっけえ理想郷の風景が――オレたちが捕らわれ続けている“嫉妬”っていう問いかけの外からきたもんだからだ。
自分になにができるのか、試したくてしょうがなくて、それを創り上げることが、楽しくてしょうがなくて、そして、去ってしまった連中から受け取ったものを――大事にしたくてしょうがなくて。
それを持つ者が“悪意に転化した嫉妬”を前にして、頭を垂れちゃいけねえ。
まっすぐ前を見ろ。
そして、抗え。
創り続けることだけで、抗え。
「ソラさん、ジョバンニさん」
師匠が紅い瞳でまっすぐボクを視て言い終えるとほとんど同時に、テオが姿を現した。
「おう、テオ坊、すまねえな」
「なにを仰る。レディを守る戦いこそ、騎士の本懐、誉れです」
ボクは意味がわからなくて、師匠とテオを交互に見る。
テオ、なんで甲冑姿なの? 盾と槍と兜……なんでなんで?!
「お忘れですか、ソラ? ここはアルカディアに間借りしているとはいえ、テアトラの飛び地なんですよ。その領土を侵犯する外敵を前に、王族が一戦も交えず、尻尾を巻いて逃げ出したなんて……末代までの名折れです。父にも、兄さんたちにも、グリムグラム伯にも顔向けできません」
にっこり笑って言うテオのますらおぶりに、だけど、ボクは胸をときめかせることなんてできなかった。
「危ないよ、テオッ! だって相手は……英霊兵器って、ランクどれくらいなの、師匠?」
恐る恐るボクは訪ねる。
「最低でもランクA――カーム・イシルヴァリウスは暫定Sクラスだな」
「S! Sクラスって、エルダー・ドラゴン級じゃないか!」
「ばっか、相手は英雄だぞ? 星に祀られるような連中だ」
「か、勝てるの? ボク、ドラゴンって、まだ、一匹しか経験ない……それもランクAのはじっこにギリギリ乗っかってたやつだよ」
「おまえが死にかけたやつな」
「……ボクはしかたない。だけど、テオと師匠は逃げて。勝てない、勝てっこないよ。相手は、英雄なんでしょ? 伝説や神話に語られるヒトたちなんでしょ?」
「それな、おめえ、膝笑わせながら言うことか。生意気言ってんじゃねえぞ、チビッコが。奴らがSランクに分類されるのは、その落着ダメージが周囲を有無を言わせぬ質量攻撃で吹っ飛ばすからだ。ほとんどのケースが、初撃の落着ダメージで軍団やらパーティーやらを吹き飛ばされちまって決着するってパターンなんだ。だが、アルカディアの防壁なら、その威力の九割以上を減殺できる」
「そうなれば、正味、本体の怨霊化した英霊との勝負です。ひとりでは難しくても、連携すれば」
テオが言葉を切り、師匠を見る。視線を送られた師匠はじっとその視線を受け止めた。つっ、とその頬を、汗がひとすじ、伝って落ちた。
「勝つ」
勝てる、とは師匠は言わなかった。師匠はロクデナシだけど、こういうとき嘘をついたりしない。
きっと勝算は限りなく低いんだ。全員の生還を考慮しなければ、すこしは上がるかもだけど……そういうレベルの敵なんだ。
「お、親方あ〜〜!!」
そして、そこに駆け込んできたのは……マ、マメゾウさん?!
「ばっか、おめえ、なんで戻ってきた。離宮の連中にまかせろって言ったろが!」
「ふへっへ、馬鹿言っちゃいけねえぜ、ジョーの親方。オレら、アルカディア造園旅団の連中は、みんなアンタの庭に、その仕事に惚れてんだ。そのひとの大事な荷物を、だれが、はいそうですかって、他人に預けられるかってよ」
「この馬鹿がッ」
師匠はマメゾウさんのお尻を蹴っ飛ばしたけど、マメさんは痛がりながらも嬉しそうに笑う。わかってる。ほんとに感動して、照れちゃったときの師匠のリアクションは、いっつもおなじだもん。
「あと、これ、うちのかかあが」
ちなみにかかあ、なんて言ってるけど、マメゾウさんの奥さん、すっごい美人で気っぷのいいかたなんだよ? それでマメゾウさんが差しだしてくれたのは、竹の皮に包まれた――おむすびだ。
海苔も巻いてない、握りたてのそれが丁度、よっつ。
「遠足いくんじゃねえんだぞ」
言いながら、師匠がひとつ捥ぎ取るように掴んで頬張る。
「ボクもいただきます。テオ、右手だけ甲冑外してあげる」
そうして、ボクらはおむすびをぱくつく。
テオがひとりだけ、ぽかんとボクら、アルカディア造園旅団の面々を見てる。
「どしたの、テオ、美味しいよ?」
「みなさん……よく……食べれますね、こんな状況で」
「何時間戦うことになるかわかんねえんだ。食えるうちにくっとけくっとけ」
「あ、梅干し入ってる」
「へえ、これから流星相手にしようかってところに、うめぼし食うわせるたあ、気が利いてんじゃねえか」
「へへへっ、そういうとこぁ、気がつくやつなんでさ」
「テオも食べて食べて」
あはは、なんだか、さっきまで強ばってた心がマメゾウさんと奥さんのおにぎりで、一気にほぐれちゃった。そうだよね。師匠は「勝てる」とは言わなかった。けど、「勝つ」って断言したもんね。こういうとき、トコトン嘘は言わないヒトだもん。
そんなボクらを見て、おにぎりを一口食べたテオが笑う。
「あなたたち……造園旅団の方々には……かなわない」
「伊達に大虚空戦争を生き抜いてきちゃいませんぜ、ダンナ?」
「まったくだ」
師匠が苦笑し、マメゾウさんががっはっはっ、と笑う。ああ、そうだな、ってボクも思う。ボクもその血筋なんだ。
「敬意を表します」
「敬意じゃ腹はふくれねえ。早く食え、来るぞ」
梅干しの種を吐き出しながら師匠が言った。あー、それ、お庭に混ざっちゃうんですけど、とかボクは思う。
「マメッ、いつまで食ってやがる、とっとと行けッ! もう帰ってくんなよ!」
「そいじゃ親方、いつもの店でまってまさあ!」
「バカヤロー、今夜はお大尽だ、っつっとけ!」
「あいあいー」
そんな感じで、マメゾウさんが庭園から姿を消すと、師匠は視線を空へと向けた。
傾きかけた太陽が、青かった空を黄昏色に染めはじめる。
「見えてきたな」
その形容しがたい色彩の天穹を切り裂くように、ひときわ強く輝く星が、長く軌跡を残してやって来るのが見えた。
「カーム・イシルヴァリウス」
「音に聞こえた刀の使い手だっただけじゃねえ。刀を、自らで鍛え打つ――刀匠でもあった男だ」
「マヒルヒ人?、にしちゃ、名前が……」
「別の国から……名前は伏せるが……帰化した男だ……だが、ヤツがマヒルヒを護るべく戦った大虚空戦争初期、流言飛語に躍らされた住民が移民街を襲撃、マヒルヒ宮廷はこれを知りながら放置したが……カームの妻は子供たちとともに暴徒を説得しようとした」
「それで……?」
ボクの問いに、師匠は首を振った。
カームさんの奥さんと、お子さんを襲った結末を語るには――それだけで充分だった。
「重症を負い帰国したカームに、マヒルヒの連中は、ことの真相を話さなかった。そして、作り話を吹き込んだ。魔族の襲撃だったと。暴徒化した人々を操っていたのは“魔族”だと。そして、ヤツは戦鬼となった。魔族を憎み、殺し続ける殺戮の鬼となった。最後は戦場で魔将のひとりと差し違えになった。それで英霊に祀られた」
一部始終、マヒルヒ離宮の駐在官シメあげてゲロさせた話だから、間違いねえ。
苦いものを吐き出すように、師匠は言った。
「……ひどい」
「英霊が堕ちるのも、わかる話さ。その文化や生み出された品に込められた想いに惚れ込んで愛した第二の祖国、自らの命と引き換えにしてまでも守ろうとした国に、その民衆たちに裏切られたと知ったとき――奴ぁ、どんな気持ちだっただろかな」
戦いの前に、これから命のやりとりをしようっていう相手のそんなエピソードを話すことは、ふつうなら最悪だ。
理解より早く、相手にとどめをささなきゃならないのが、戦場なんだって、ボクはいろんなヒトから話を聞いた。
みんな、その話をするとき、とてもつらそうな顔をしてた。
いまの師匠がしてたみたいな、苦いものを含んでしまったような、そういう顔をしてた。
だから、いまから刃を交えるボクに、あの大戦を戦った師匠がなんの考えもなくこんな話をするはずがない。
「定石なら、こんな話、おめえにするもんじゃねえんだが……」
「なにか意味があるんでしょ、師匠」
「英霊兵器は半物質状態の思念体だ。出血はもちろん毒や麻痺、病魔に石化なんていう状態異常=バッド・ステータスにはもちろん陥らねえ。無縁の存在だ。だが、精神的な効果……催眠や混乱、魅了といったそれには、ごく稀に引っかかることがある」
「ボク、精神系バッド・ステータス付与なんて異能スキル持ってない」
「わたしも、です」
「アホウ、そんなもん百も承知だ。まあ、異能スキルに頼らなくても、テオは、ソラの断崖絶壁的な部分に魅了されたりはするかもだがな」
「なに言ってんだ、この」
「落ち着けって。つまり、英霊とは対話の余地があるって話だ。そのとき、相手のことを、その無念を理解しているかどうかってことは、デカイ要素だぜ?」
「つまり?」
「正面切って切り崩せなかったときの保険を考えとかにゃ、って話だ」
え? どういうこと? ボクには話が見えてこない。キツネにつままれたみたいな、そういう感じだ。
だけど、テオにはなにかしら伝わったみたい。
「言葉で揺さぶることもできる――そうジョバンニさんは仰るのですね」
「まあ、そうなるか。いや、揺さぶっていかにゃ、話にならんレベルだという意味だ――おう、テオ、戦闘言語に切り替えろや。敬語やめ」
「了解」
師匠の指摘に、軍人の顔になってテオが応じた。敬語のように主体を曖昧にしがちな言葉遣いでは、戦場に混乱が起きる。簡潔で圧縮された意思伝達手段を、ここでは戦闘言語と呼ぶんだ。
「で、甲冑だ。ソラ。急げ」
そう言って師匠が地面に降ろした荷物は――マメゾウさんがさっき持ってきてくれた――大型の旅行カバンみたいな……。
「師匠? これ、甲冑って……ボクなんか憶えがあるんだけど……」
「あー、くそ、やっぱり憶えてやがったか」
「憶えてるよ、だって……うわ、なつかしっ。けど、はずかしー」
「おまえ、十歳くらいまで、これで遊んでやがったからな。隠しといてもどっからか見つけ出してきて……毎度毎度後始末が大変でよー」
「えっ、ちがっ、ちがうしっ、ボクっ、こ、これ最後に使ったの七歳くらいまでだって」
「はーん、おめえ、養父の目ぇ、誤魔化せるとでも思ってんのか? 隠れてこっそり、やってたろ」
「くっ、黒歴史」
がっくりと膝をつき、ボクはその箱(?)にもたれかかり、話の流れのおかしさにやっと気がつく。
「いや、そうじゃなくって、なんでいまこれなの! 玩具じゃないか、これわ!」
「それが玩具なら、どうしてオレが毎度毎度、隠してたと思う。いい加減卒業しろ、とかそういうんじゃねえぞ」
「えっ、だって、これっ……なんか異能少女的変身セットじゃなかったの?」
師匠の顔に生ぬるい笑顔が浮かぶ。事態どころか交されている会話の内容そのものを理解できないテオが「え?」を連発しながら、ボクと師匠と箱の間で、三角ラリーを観戦しているみたいな動きをする。
「……ちがう、の?」
「ちがう」
本物だ、と師匠は断言した。
「対来訪者・次元間戦闘用重甲冑……スターサイン・ユニフォーム?! まさか、もう、現存している個体は……ごくわずかなはず」
「それをオレが持ってたって……不思議はねえだろう」
「個人所有物ですか?! あれ、でも……ソラさんが着用されてたってことは……女性用を……なぜ、ジョバンニさんが?」
テオの言葉に目を剥いたのは、ボクだ。
どうしていままで、そのことに気がつかなかったのか!
ボクはハッと息を呑み、次の瞬間、疑問を言葉にしていた。
「師匠……まさかの……女装癖?!」
ぴき、と空間が凍る音がした――その一言が、そこに居残った三人の脳裏に播種したいけない感じのヴィジョンの効果だった。それもただの女装じゃ済まされない。だって、スターサイン・ユニフォームって、そのデザインって――。
身体の線のくっきりと浮き出るタイトな女性用の装甲を身に纏い、背景に深紅のバラを飛ばす師匠――しかも、ミニスカートを翻して。
身の毛もよだつような恐ろしい幻視と、それが引き起こした時間停止空間を打ち破ったのは、やはり、さすがの師匠本人だった。
ゴチン、と音がするほど師匠はテオの頭をぶん殴った。バカヤロウッ、と叫びながら。
「な、なぜ、わたしが……痛い」
「うちの娘を殴れるか、このアホウ! 預かりモンだ、預かりモン!」
「だ、だよねー」
ホッと胸をなでおろしたのも束の間、今度はボクが辿り着いた事実に跳び上がる番だった。
「えっ、ってことはこれ、着るの? ボクがッ?!」
「他に誰がいる」
師匠が真顔で言った。
「えええええー、いやだ、いやだよう!」
「なんでだ、バカヤロウ! 相手は半アストラル体のバケモンだ! それと相対するにこれ以上の装甲はこの世界に存在せんッ!!」
師匠が眉をきりきりと吊り上げて、ボクに迫る。本気だ。わかってる。わかってるんだよう、ボクだって。時間がなくて、状況が逼迫してるのくらい。だけど。
「いまさら躊躇してる場合か! 迷ってる時間なんざねえぞ! カームの野郎の突入速度は音速の八倍以上なんだ。一瞬だぞ」
「だって、だって、だってえええええ」
「子供か、オマエは!」
「子供じゃないからだよ!」
「いけない、ジョバンニさん、ソラさん、もうあんなに大きく見えてます!」
動揺して混乱するボクと、そのボクを怒鳴りつける師匠に、ただひとり冷静に状況を把握したテオが叫んだ。
ボクと師匠はハッとなって、同時に空を見上げる。
断熱圧縮で生じた赤い炎の内側で、燃え尽きることのない怨念が青い鬼火のように燃え盛っている。
「やっべえぞ! ソラッ!! 頼むから、早く!」
「ふえええええっ」
しまった、とボクはこのときになって気がついたんだけどもう後の祭だ。こんなくだらない掛け合いや駄々を捏ねてる間に、その辺の木陰で済ましちゃえばよかったんじゃん、着替え!
そーなんだよ、このスターサイン・ユニフォームって……着替えるとき、さあ。
「スターサイン・ユニフォームは、使用者の素肌に直接、装着される」
「ええっ? それって、衣服は?」
「光の粒子に還元される。なお、脱装時は逆のプロセスを辿る」
師匠がテオに事情を説明し、されたテオが息を呑むのが聞こえた。
ボクはがくり、と膝をつく。スターサイン・ユニフォームの本体である箱、そのものに持たれかかる。
あはあは、と漏れる力ない笑いは、ボク自身のものだ。
「だれなんだ、作者……殴りたい」
しかして、その殺意は本物だ。
「やべえぞ、ソラ、早くしろっ、いいじゃねえか減るもんじゃなし! 数秒もねえシーンなんだから! ガキの頃は、オレがやめろっだめだっつっても、引っ張り出してはやってたじゃねえか!」
「……ボクはなんて愚かなんだ……その憧れのままに異能少女となり……その意味を深く考えぬまま、こんなところまで来てしまった……なぜなんだ、どういう理由なんだ」
「世界法則だ」
安心しろ、と師匠が言った。
「全年齢バリアラインが、オマエを守る」
それは、実のではないとはいえ、年頃の娘の両肩に手を置いて言うセリフか、マイ・ファーザー。
「オレは、いま、このとき、鬼となる。父ではない、師匠、つまり、メンターだ」
いいのか。このままでは、オマエの愛した庭も、オレたちも、天空から飛来する悪意の飛礫に打ち倒され消し飛ぶハメになる。そうしたら、カーム・イシルヴァリウスは、アルカディア全土を焦土と化すだろう。あらゆるものが失われ、もう二度と理想郷の風景には手が届かなくなる――。
師匠が真剣な口調で告げる。
ソラ、オマエの乙女心が傷つくことはわかってる。だがな――。
師匠の言うことはもっともだ。ボクは、頷く。わかってる、わかってるんだ。
どうして涙がとまらないのだろう。
「こうなる運命だったんだね」
「ああ、哀しいが」
師匠が両肩に置いた手に力を込めた。
ボクはその手を握り返す。
涙を決意で振り払い、立ち上がる――スターサイン・ユニフォームを掲げる。
「合言葉だ」
師匠が告げる。
わかってる、これは意志ある甲冑:スターサイン・ユニフォームとの約定――つまり、お約束だ。
ボクは叫ぶ――やけくそ気味に。
「招来せよ! 微睡みの岸辺、星屑寄せ来る渚より、アストラル・シーの荒波が鍛えし輝ける甲冑よ! 咆哮せよ! 果てなき大海の深き淵より現れし者よ! 我と契り結べ!
スターサイン・ユニフォーム、その一柱、名を――〈カイゼリオン〉!!!」
三つ子の魂、百までって言葉があるけど、それは本当だった。
おお黒歴史、黒歴史よ、汝は我が骨にまで食い入った縛鎖か。
ボクはスラスラと、長ったらしい召喚の祝詞を詠み終える――恥ずかしいくらい完璧に。
「おお、不思議な光が。シルエットが浮かび上がって!」
「この次元界にスターサイン・ユニフォームが結実するための次元間移行プロセスだ。世界観上で取り決められた法的手続きと言い換えてもいい。特殊な環境下でなければ、この光の向こうを目視することは許されない。ゾーニングだ」
そんな師匠の解説を聞きながら、ボクはまるで肌と同化するような〈カイゼリオン〉の装着感に、少なからぬ高揚を覚えている。
スターサイン・ユニフォームたちは、その結実プロセスにおいて、まず花束のような姿をしたエネルギー流として、この世界に流入する。それらがボクの裸身に纏いつき燃え上がって、一瞬で燃え尽きる。すると、その下にはすでに装甲としての姿を得た〈カイゼリオン〉の姿がある。
純白の波に洗われた骨のような異形の甲冑。
どこか花嫁衣装を思わせるレース状の襞の重なりは感覚器でもある。
肉体も精神をも高める〈カイゼリオン〉の常時発動型バッファ能力によって、否応なくボクは昂ぶる。
ああ、これだ、この感じだ――子供心、母が恋しくて、寂しくて、それを紛らわすために、ボクはこの感覚に幾度も身を浸した――自分が高まるこの感触。そして、ほんとうに、ほんとうに美しい造形に、酔った。
憧れたお嫁さんの姿と、世界を救う勇者さまの、両方のイメージを、〈カイゼリオン〉は完璧に体現してくれていた。
それは、幼いボクがなりたくて、憧れた、理想の姿だ。
ガーデニング・マイスターになると決めてから、これを纏うことなんて、もうないと思ってたのに――。
「嫌がっていたわりには、ノリノリだな」
「決まってますよね、装着ポーズ」
ボクの感慨は、ふたりの冷静な批評に打ち砕かれた。うええええっ、ちょっとくらい酔わせてよーッ!!
そうボクが心のなかで叫んだ瞬間、ついにそれが激突してきた。
九層の結界を突き破りながら、輝ける星、そして、怨霊と化した英雄の亡霊=英霊兵器:カーム・イシルヴァリウスが。




