理想も 妄想も 現実も 全て君を軸に廻る新しい世界へ
意識を集中させる。
周りの喧騒を、雑音を捨てる。
チャンスは一度。
僕は、その時を待つ。
ほのかに魔法陣が輝く。
光は徐々に高ぶり、激しく奔流が巻き起こる。
爆ぜる。
光の粒子が凝縮していき、だんだんと形をとり始める。
大きい。
体高2m、全長5mを超える化け物、魔狼王ロボ。
……。
心音の高鳴り、動悸を感じるもそれを押さえつける。
狙うは一瞬。
―――ごくっ
光が……
集い……
実体化……
――今だっ!!
ダッシュ!
ブンッ
今、この時の為に、溜めに溜めた魔力素を解放する。
右手のドリルを前に出し、左手のシザーを後ろに引き絞る。
上半身を回転!遠心力を加えてっ!!
伸ばす!
シザーを敵の胸元目掛けてっ!
必殺!必中ッ!!
吸い込まれるようにシザーは、魔狼王ロボの命を……殺るっ!!
もらったぞ!!魔狼王ッ!!
「ぎゃんんっ!!」
僕の必殺必中の間合い、シザーと魔狼王の間に邪魔者が入った。
白い忌々しい魔狼、ブランカだ。
シザーはブランカを貫く事はできなかった。
悪くて行動不能、良くて致命傷だ。
だが……
死すら超越する、簡単に蘇生できる世界で、ただの傷は意味は無い。
確実にしとめないと、手痛いしっぺ返しをくらう。
ただの傷には興味はありません。欲しいのは、死亡、灰、ロスト、石化っ!
更にシザーを押し込む。
魔力素を脚部にまわして、フルドライブ!!
グォォォォォォーーーーン
脚部の筋肉っぽい何かが膨張して、今までの数倍の筋力を発揮する。
ガゴン、グィィィキィィィィン
左腕のシザーが回転を始める。
このままブランカを貫き、魔狼王に突貫する!
実際は、2秒もたってないだろう。
だけど、僕には長い時間に感じられた。
それでもーーー
くそっ!だめだ!
ブランカの防御魔法を砕く事ができない!
結局、シザーはブランカの左前足と、肺の一部をつぶしただけに終わった。
ごふっと血を吹き、崩れるブランカ。
雪の様に真白な毛を、紅く紅く染め上げる。
致命傷だが、死んでない。
……どうする?
先に魔狼王か白狼か!?
迷いは一瞬だ。
ブランカを放っておけば、すぐに回復される。
僕はブランカに向けて、大きく脚を上げる。
トドメを刺すべく、脚を振り下ろす。
「ガアァァッッ」バシンッ
「ウォンウォンッ」バンッバンッ
うわっ
突如として機体のバランスが崩れる。
何が!?
オートバランスで姿勢制御を行う。
くそ、後方が見れない。
仕方ないので後方モニターだけを投写する。
何も無い空間に映像だけがくっきりと浮かび上がる。
大人向けの恋愛ゲームのテキストウィンドウみたいな感じ。
どうやら先程の妨害は、後方からの魔狼の体当たりと衝撃波だ。
作業用魔導機人ドリル&シザー(仮)の装甲の薄さが仇となった。
……。
くそ。
完全にチャンスを失った。
魔狼王ロボを見ると治癒の魔法を使って、ブランカの傷を治している。
それでも全快とまでは、いかないようだ。
一時的に無力化できたのは、唯一の救いか。
この状況に活路を見出すなら、まだ魔狼王が魔法陣を出ていない事だ。
あそこから動かさなければ、魔法陣を使って後続の魔狼が来る事は無い!
まだだ!まだ終わらんよ!
うぉぉぉっ
僕は再度、突撃を行う。
「おのれ、人間め……」
魔狼王の口から、人の言葉が漏れる。
「よもや、我が同胞どころか伴侶までッ!!
許さん……許さんぞ、ゲス!」
ゲスで結構!
僕は死ねないんだ!
くらぇっ!!ドリルアーッッム!!
僕はリーチの長いドリルで魔狼王を突き刺す。
ガッ!
「ぬるいッ!」
ドリルは魔狼王の左手に受けとめられる。
ならばっ!
シザーで魔狼王本体を攻撃する。
奴の胸めがけて世界最凶のシャベル2枚重ねによる攻撃だっ!!
がしっ
「ふははは、遅い遅いぞ……」
意図したのは、シザーによる攻撃でドリルから手を離させることだが、コレは判断ミスだった。
逆に人類最高の叡智、シャベルを2枚重ねしたシザーの手首を捕まえられてしまう。
ぐぐっ
ギギギギ……
奴の右手で左手首が握りつぶされそうになる。
え?
手……?
見ると魔狼王の身体が変化していた。
人型の体型に狼の頭……俗に言われる狼男、人狼[ヴェアウルフ]だ。
しかも体高2mを超える巨狼がそのまま人間形態に変形している。
骨格と筋肉のつき方まで、メキメキと音をたて軽く周りに余熱っぽい物を噴き出しながら!
立った姿は8m強の巨人。
僕が並んで立っても膝まで届かない。
驚愕も思考停止も今はまずいっ
僕はドリルを回転させて、魔狼王の左手を振り払う。
左手首、シザーは捉えられたままだ。
この状態はまずいぞ。
「身重の女にまで手を上げるとは、人間でも滅多に見かけぬ、度し難いゲスよ!」
え?
身重?
僕はブランカを見る。
良く判らないけど、子供がいるっぽい。
……なおさらやばいでしょ。肉食動物の出産後の食欲旺盛さは。
僕が白狼に気をとられた瞬間、魔狼王の攻撃が始まった。
「うおぉぉぉぉっ!」
ゴガガァンッ
うわわわっ!
胸部の堅牢な第1装甲がグニャリと曲がった。
作業用魔導機人ドリル&シザー(仮)全体に衝撃が走る。
念動の魔法【インヴィジブルテンタクルス】を使って、コクピット内で浮かんでいる僕にはダメージは無いが、それでも振動で揺れる。
それが魔狼王の放ったボディーブローだと気づくのに数秒かかった。
その数秒は致命的な結果を生む。
ガンッ
また機内が揺れる。
脚を払われたっ!
僕はオートバランサーを起動し、立て直しを図る。
え?
何が起こったのかわからなかった。
しかし、次の瞬間には僕、というかドリル&シザー(仮)は床に倒れていた。
うぇぇ?
合気道?サンボ?システマ?クラヴ・マガ?
掴んでいた左手首を上手く使ってひねり倒されたらしい。
転がったドリル&シザー(仮)に一撃が入れられる。
ビキィィィッ
左脚が破損した。
追撃は続く。
ゴガガガガァーーンッ
うわっ!
再び胸部に衝撃がくる。
前回の比ではない。
魔狼王の蹴りによって、胸部の第1装甲がはじけとび、ドリル&シザー(仮)が宙を舞った。
こんのーっ!
僕は機体を立て直そうと試みるが、オートバランサーの設定組み換えに時間がかかっているみたい。
ゴシャッ
円形ドーム状の壁にぶつかり、機体は止まった。
がふっ
激しく上下左右にゆすられ、コクピットはシェイク状態だ。
案の定、跳弾しまくる拳銃弾の様にリベットが僕の身体に穴を穿つ。
赤スライムを身体にまとわせて、衝撃の吸収、物理防御、軽傷治癒をしてもらっているが、飛び跳ねるリベットを無効化する事は無理っぽい。
僕の身体に突き刺さった、リベットを周りの傷口ごと溶かし、癒してもらう。
場合によっては、そのままにしておかないといけない場合もあるから、リベットに関しての怪我は僕の方から赤スライムに指示を出している。
ふぅ。
「ごぷっ」
一息ついたとき、胃から何かがせりあがってきた。
なんだ?
「ごはっ」
続けて胃からせり上げてくる物があったので、いつもの調子で吐いたら、赤かった。
へ?
あれれ?
今ので内臓を傷つけたのかな?
胃?咽喉?
肺……は違うか、明らかに喀血じゃないし……
胃が痛いような気もするなぁ。
こうも全身が痛いと何がなにやら……。
ダムッダムッダムッダムッダムッ
「―――!!」
っと、僕はそんな事を横においておく。
規則的な足音が聞こえた。
間違いなく魔狼王ロボが、こちらに向かってきている。
急いで立て直しをっ!
念動の魔法【インヴィジブルテンタクルス】で、コンストリクターVSPとシリンダー2ヶを拾いつつ、残った触手1本で胸部第2装甲を閉じる。
脚を圧迫していた触手も拘束が切れて血が吹き出ている。
赤スライムで切断部表面を溶解して血止めをしたんだけど、再び破れて出血、さすがに吸収しきれなかったらしい。
何か血止めになりそうなものは?
傷を焼くにも火が無い……
まずいな。ダメージを受ける度にコレじゃあ……。
僕は靴を脱ぐと、タオルを巻いてきつく縛る。
すぐにタオルは真っ赤になった。
自分の身体の現状を考えるに重傷?
それとも、致命傷までいっちゃっただろうか?
ゴッゴッゴッゴッゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォーーーーン
ドリル&シザー(仮)を立ち上がらせる。
破壊された右足にかける重量を左脚に任せる為に、機体が斜めになっている。
自動修復とかないのかしらん?
自己進化とか自己再生とか……。
立ち上がった僕とドリル&シザー(仮)から数歩離れた場所で魔狼王ロボは立っていた。
僕を無視して、配下の方を見ながら。
「ブランカ、先に新天地へ行け。
我の帰還を待て……お前達も行け」
魔狼王は、白い魔狼ブランカと魔狼に指示を出す。
どうやら先に配下を地球に向かわせるつもりらしい。
そして獰猛な笑みを浮かべて、僕の方に向き直る。
「我は、この王へ不遜な態度をとった不埒者を、誅してから落ち合うとしよう」
と、僕の方に向かって歩いてくる。
「我、自らが手を下してやるぞ、人間」
ごきっ、ぼきっ
握った拳の指を鳴らしながら近づいてくる。
うう、目の前の人狼[ヴェアウルフ]の胸に7つの傷が見えた気がした。
テーレッテー♪
頭の中に処刑用のBGMが流れ始める。
まずい。
ココで空を見たら、間違いなく死兆星が見える。
死を間際にしても、緊張感の無い僕の脳内花畑には感動すら抱くけど、まだだ。
死ぬわけにはいかない。
死ぬもんか。
脳のどっかで雲雀、伊織、ヴラドが叫んでいるが、シャットアウト。
脳内でやる事が多すぎて、聞いている暇がなくなった。
触手を動かし、戦闘の先読み、自分の身体の診断、戦場全体の動きの把握……さすがに余裕が無い。
というか、割と追い込まれているっぽい。
だから、脳内から処刑用BGM消えてくれってば。
次の戦闘に備える。
コクピット内の2箇所にそれぞれ触手を絡ませて宙に浮く。
そのまま身体を安定させる。
今の僕にはすでに出血性ショックの症状が出ている。
息が早くなっているのは、酸素が上手くまわらないからだし、寒気は血が足りないからだ。
まだ意識があるのが不思議なくらいだ。
外を見る。
魔狼王の後ろ、ブランカが立ち去った後の魔法陣は、新たな魔狼を続々と転移させてきている。
6頭が、12頭、18……
すでに、最初の魔狼たちはブランカと共に異界門[ゲイト]に向かった。
転移してくる魔狼達も遠目に戦いをみた後、通路の奥へと進む。
意識が朦朧としてきているのか、マトモな思考ができなくなっているのか、処刑用BGMが鳴り響いているからなのか、荒い息を吐きながら僕はそれを見ている事しかできない。
目の前には魔狼王が歩いてきている。
通路の奥、地球……
――!
そうだ!
何で今まで忘れていたんだ!?
あの先には、僕の家がある!
僕が帰り、雲雀の部屋があって、伊織が住んで、ヴラドの故郷の世界樹[ユグドラシル]のある、僕の家だ!
それに最初の部屋にある物は両親の残した遺品だ!
僕の宝物だ!
それをあいつらっ!
勝手に土足で入らせはしない。
壊させたりしないっ!
まだだ。
まだやれる。
まだ次元回廊[コレダー]内で全滅させる。
魔狼王ロボを倒す!!
うおおおっ!!
ドリルを構えて突撃!
パンッ、外側に払われる。
ゴゥン
衝撃が襲い、ベキャッと第2胸部装甲がひん曲がる。
「ふははは、脆いぞ、魔導機!」
ゴンッ!
みしみしっ
装甲が更に曲がり、機体の構造部からも嫌な音がした。
ガゥンッ
リベットが飛び跳ねる。
第2胸部装甲は原形を留めていない。
「どれ、隠れているゲスを、白日の下にさらしてやろう」
魔狼王は第2胸部装甲の隙間に指を差し込むと、ベキベキッと引き千切る。
くそぅ。
やはりシザーの動きが鈍い。
左腕を操作するには、左側にある水晶球に触れて、動かしたい動作をイメージする必要があるのだが、どうにも力が入らない。
ちょっとしたショックで手が離れてしまう。
仕方ない。
今は2本の触手で両側から引っ張って、宙に浮かんでいる状態だが、それを解除。
1本を水晶球と左腕の固定に使用して、自分の身体を蓑虫の様に空中からブラ~ンと吊り下げる状態にする。
「ふっ、はははっ、まさかこんな丸々と太った豚が乗っていたとはっ!!」
装甲版をはがし、僕を見た魔狼王が笑う。
ゲスの次は豚ですか。
豚は狼に食べられる物だと?
狼を倒す豚、プーヤンって物がある事を知らしめてやる。
魔狼王を睨む。
視線が交差する。
意味が通じるかどうかは判らないけど。
中指を立てて、ふぁっくゆー。
「ふはははっ、死ぬが良い……ッ!!」
一声、吼えると魔狼王は右腕を引いて、強靭な爪の生えた手を貫き手の状態にした。
手刀!
僕ごとコクピットを貫くつもりだ。
うぉぉぉぉっ!!
間に合えッ!
シャベルの偉大さを見せ付ける!!
ガンッ!
ギチギチ……
シザーはその2枚のシャベルの間に、魔狼王の右腕を掴み取る事に成功した。
それどころか威力を殺し、方向も変えていた。
ふぅ。
いとも簡単に抉られた脇腹の装甲が、魔狼王の攻撃の猛々しさ、獰猛さ、強靭さを物語っている。
こんなのまともに受けたら死ねますって……。
ぐッ
ググッ
右腕を引こうとした魔狼王に対して、シザーは掴んだ右腕を離さない。
「貧弱なその腕で、我を止めたつもりか?人間!!」
魔狼王は左腕でボディを攻撃する。
ガンッガンッ
2撃、3撃。
残っていた第2胸部装甲の片側と、腹部装甲がへこみ、曲がり、ギギギと音をたてる。
くそぅ。
何とか立て直しを図ろうとするが、暴れまわるドリル&シザー(仮)に、シェイクされるコクピット、元凶である魔狼王をどうにかしないと。
ガンッ
ガンッ
グワアァァァン
そして遂に装甲がはじけ飛ぶ。
宙を泳ぐ装甲、リベットが乱れ舞い、火花が飛び散る。
カンカンカンカンッ
ビシッ
あつっ!!
右目に熱が走り、僕の視界の半分が消えた。
飛び跳ねたリベットが眼鏡を割り、右目をつぶしたらしい。
なんて運が無い。
身体中、痛みで悲鳴を上げているが、無視だ無視。
何度も何度も呪文の様につぶやく。
死ねない、死ねるか、死ぬもんか。
だが、目はまずい。
急いで回復しないといけない。
僕は念動の魔法【インヴィジブルテンタクルス】で、コンストリクターVSPとシリンダーを拾おうとして、失敗に気づく。
眼鏡、眼鏡……って壊れちゃったよ。はぁ。
元素転換機関[エーテルリアクター]の魔力素チャンバー内は真っ暗で、視認ができない。
触手を巻きつける物が認識できないと、効果を出す事ができない。
【インヴィジブルテンタクルス】の欠点かもしれないが、使用上仕方ないのだろう。
手を突っ込もうにも、こう機体が暴れまわっていると自分の身体を安定させるだけで手一杯だ。
……。
目が必要だ。
大胆にカムヒアする。
フギンとムニン!
魔法陣で転移して来て!!20秒以内ッ!!
我ながら無茶な命令だと思うけど。
フギンとムニンのステルス能力なら大丈夫でしょ。
何しろ魔狼王ロボと白い魔狼ブランカにも、見つからなかったんだから。
知っての通り、イヌ科の嗅覚は人間の嗅覚を遥かに超える。
そんな奴らから、ステルスし続ける。
例え魔法の補助があるにせよ、姿を消し、臭いをなくし、気配を察知させず、物音1つ立てない、空気の流れも変えない……
視覚、嗅覚、聴覚、触覚を騙し通すなんて、並大抵の実力ではない事は判ってもらえると思う。
フギンとムニンが来るまでに、この状況から脱出しておかないと。
僕は、ドリルを突き刺そうと右腕を動かす。
ピーッピーッピーッ
む。
魔力素切れの警告音だ。
なら、この1発は確実に当てる。
逃がしはしない。
【インヴィジブルテンタクルス】を動かす。
ココまで対象が大きければ、多少ぼやけてても問題なく認識できる。
気づかれないように、見えない触手を巻いていく。
魔狼王は、ドリル&シザー(仮)が動かなくなったのを見ると、右手を掴んだままのシザーを外そうとする。
今だっ!
キュイィィィィィーーーーンッ
下からすくい上げるように、ドリルを突っ込む。もちろん回転させて。
「ぬっ!キサマッ」
咄嗟に腕でガードしようとする魔狼王。
させないっ!!
心臓をガードなんて、させるかっ!!
絡める。
見えない触手を絡める。
「きさま、ねらっておったな……!」
先端部が胸板を削る。
血の雨が降り注ぎ、赤黒く染まっていく。
辺りに濃厚な鉄錆の臭いが立ち込める。
まだ死んでない。
僕は更にドリルを押し込む。
「う、う、うおぉぉぉぉぉっ!!!」
え?
「ふざけるなよ!人間がァァァッ!!」
うそ。
がんじがらめにして動きを封じたハズなのに……。
魔狼王ロボは腕を振り上げ
バキィィィッ!
先端にドリルを装備した右腕を半ばからへし折る。
それでも、かなり深くまで胸をえぐることには成功した。
噴き出した血はドリル&シザー(仮)のコクピットも真っ赤に染め上げる。
僕も自分の血と魔狼王の返り血があわさって、頭、顔から身体、脚に至るまで、全身を血で染め上げた。
息が荒い、濃厚な血の臭いに頭がクラクラする。
いや、元々クラクラしてたんだけど、今それ以上。
痛みはすでに麻痺しているのか何も感じない、吐き気に寒気も……どっか壊れたんだろうなぁ。
死ぬ寸前ってこういうものなのか知らん?
はぁ……。
渇いた咽喉を、奴の血でうるおす。美味。
「うぐぉ、よくもココまd……」ガハッ
魔狼王ロボが吐血する。
咽喉か胃を傷める事にも成功した様だ。
だが、その様な事を意にも介さず、魔狼王は左腕を高々と掲げ、振り下ろす!
ゴギャッ
コクピットの天井がへこみ、空中に投写されていた背中側のモニターが死んだ。
破損部位を表示するスクリーンを見ると、右腕下腕部、右脚、胸部、腹部、頭部……
頭がつぶされたか。
ゴギャッ
再び音が鳴り、更に天井が沈む。
これじゃ次か、その次ぐらいに、コクピットがスクラップになる。
限界か……!
残る戦える手段は……?
実際、これ以上は後が無い。
……。
なら、魔狼王に、一撃を入れて今度こそ仕留める。
僕は、母の形見であるサバイバルナイフを抜き、右手で持つ。
ソーサリーダガーは左手に持たせて、ドリル&シザー(仮)から脱出する。
高々と振り上げる手に、見えない触手を絡ませ、奴の胸元へ。
魔狼王の大きさから言うと、僕の構えているサバイバルナイフは、大きさや威力も、使い捨てのカッターナイフレベルだ。
だが、それでも傷つける事はできるし、当たり所さえ良ければ殺せる。
人間で言う所の鳩尾。
僕は、奴の傷ついた胸に深々と母の形見を突き刺した。
「がふっ」
手ごたえはあった。ビクビクと動く筋肉を貫き根元までナイフを差し込んだのだ。
コレで死んでくれると良いんだけど……。
でもなぁ、ココってファンタジーだし。
銀や魔法の武器で無いと死なない、とか<物理:×>に特殊能力【リジェネレート】とか<HP回復:高>とか色々とありそうなんだよね。
がぶ。
え?
止めを刺したと思う事そのものが、油断だったんだろう。
気がついた時には、僕の身体に魔狼王の牙が、突きたてられていた。
みしみしっ
「ぐっ」
声が漏れる。
僕の右上半身は、魔狼王の顎門にすっぽりと収まっている。
バキバキバキッ
連続して身体の中から音がする、破砕音だ。
肩甲骨に、あばら骨、右上腕部がかなり深刻な状態に。
「ああああああああああああっ!!」
声にならない声で叫ぶ。
あー。
これは死んだ。
直感的に僕は最後を悟る。
は
はは
はははは……
どこか笑い声が漏れる。
ああ、やっと死ねる。
やっと楽に慣れる。
安心、安堵、安息……。
生きるってのは辛い事ばっかりだ。
幸せってのは不幸の前座で、希望は絶望と共にある。
ごほっごほっ。
血を吐き出す、ついでに全身からも血が吹き出る。
最期が近い……
ん?
いや、待て。
ええっと……
何か忘れている。
意識が朦朧としているせいか、頭がしっかり働かない。
ごんっ
うっ。
どこからか頭を叩かれた。
えーと、なんだっけ?
記憶をほじくり起こす。
あー、そうだ、特殊能力【痛覚遮断】を使っているから、痛みは感じないはずなんだけど……?
え?何だ?その記憶……。
いかん、コレは記憶の混濁が始まっているとか。
混乱状態が始まっている?あれか。重度の出血性のショック症状だな。
違う違う、この記憶は時雨のだ。
じゃあ、僕って……なんなの?
いや待て、本題からずれている。
冷静に冷静に。
今はそんな事より、誰かが僕を叩いたんだ。
なんだっけ
何の痛みだっけ?
とても重要な気が……
……。
…………。
あ~~~。
そうだ。
痛覚入力だ。
(この、大うつけぇっ!!)
大音響が脳内に響き渡る。
びっくりした。
(起きるのじゃっ、うつけ!!あと少し、今しばらく待つのじゃ!)
はい!目覚めましたっ!!
ばっちりです!!
相変わらず口の中ですけど!!
(ええぃ、この時の為に手に入れた、人身御供どもは何をしておるのじゃ!!)
ヴラド……いくらなんでもそれは酷すぎだって。
彼らには、魔導機獣ウサ耳ゴリラ(仮)の中に隠れてもらっているよ。
外の様子が判らないと思うから、戦闘が終わったら呼びにいかないといけないのでよろしく。
(ちょっとヤシロっ!返事しなさいよ!!)
うぃ、雲雀。
聞こえたよ。
あれだよね、さっき殴ったの雲雀だよね?
(よく判ったわね?)
あーうん。
何となく、容赦のなさというか、ギリギリっぽさが雲雀っぽい?
(なんなのよ、ソレ)
(時雨、死ぬのか?)
え?
伊織が物騒なことを聞いてくる。
いや、確かについさっきまでは楽になりたかったけど……。
なんでまた、そんな事を聞いてくるのかな?
(先腹を切る。では御免)
ま、まったぁ!!
ちょっと待てっ!!
死にません。そんな気はもう失せました、大丈夫です。死ぬはずがありません。死ぬわけが無いです。デブの脂肪を舐めて貰っては困ります。脂肪は死亡しませんなんちて。屁のつっぱりはいらんですよ。おお、言葉の意味は判らんがとにかく凄い自信だ。
そんなわけで、伊織、大丈夫です。
だから、先腹、陰腹、追腹、無念腹はやめてよしてとめて。
(む、判った……供腹は良いのか?)
そりゃ、追腹と一緒でしょ!!
ああ、そう言えばそうだった。
甘美な誘惑に誘われて、ついうっかりしていた。
まだ僕は死ねない。
死ぬわけにはいかない。
使えなくなった右目を、伊織の視覚と同調させる。
そこは既に悪魔城の通路だった。
(悪魔城ではないっ!ラピュタじゃ!!)
あはは。
通路には紅い絨毯が敷かれ、謁見の間まであと少しみたいだ。
しかし、通路は魔狼で溢れかえっており……って、うわ、100頭どころか300頭近い群れだ。
この城に来てるカニス・ディルス、魔狼の数に驚く。
うへぇ。
「くふ、ふふふふっ!妾の城をたったコレだけで落とそうじゃと!?片腹痛いっ、新魔法の糧にしてれるっ!!」
ヴラドが魔法を使うと炎の矢が尾を引き、飛んでいく。
飛んでいく炎の矢は、地面に火の粉を撒き散らすが、その火の粉が何かに触れた瞬間、爆発が起こる。
通路を埋め尽くしていた魔狼は、次々と爆発の中へと消えていく。
うわ……。
これっぽいの確か動画サイトでヴラドに見せたぞ。
元ネタはクラスター爆弾だろうなぁ……。
アレって使用禁止条約みたいなのがあった様な気がするけど、ラパ・ヌイでも禁止魔法とかあるのかね?
「先に行くね」
死屍累々たる魔狼の屍の山を、雲雀がかけていく。
パンッ
時々ワルサーP99で、まだ息のある魔狼に止めを刺して行く。
っていか、メイド服なのに、何であんなに早く走れるんだ?
よく見ると1歩1歩が人間離れしている。
1歩が5mは優にあるんじゃないか?早いはずだ。
そのすぐ後を伊織が追いかけているが、すでに追いつけなくなっている。
……身体強化的な魔法だろうか?
それとも、ユンケル皇帝さんの力だろうか?
あれ?エンゲルなんとかだっけ?
「化け物並みの体力じゃな、彼奴は……息も切らしておらん」
ヴラドが伊織のすぐ隣を走っている。
「前に戦った時は、もっと弱かった。
多分、手を抜いていた」
「ん?なんじゃ、お主、彼奴と殺りおうたのかや?」
「間一髪で急所を外された」
「それは、見てみたかったのぅ」
「時雨の記憶にある。記憶共有いてみるべき」
「コレが終わったらの。さて、すぐに謁見の間じゃ。
御主は先に行って必ずデカブツを仕留めるのじゃ」
「心得た」
「~~~♪」
ヴラドはハミングするように鼻歌を詠い始める。
魔法の発動準備に取り掛かったみたいだ。
近い。
もう、すぐそこじゃないか。
まだ死ねないよな。
ヴラドに48の技を試したいし、ポールダンスも見てみたい。
(くふふ、48の技かや。根本的に何かが間違っておる気もするが、まぁよかろ。
確かお主様の名がついておる技もあるという話じゃしのぅ)
笑いながらヴラド。
雲雀のたわわな双丘を垂れる前、張りのある状態の時に揉みしだきたいなぁ。
引っ張って叩いて揺らして。ぱふぱふっと。
(将来……垂れる?垂れたらもう抱かないとか……そんな。
でもいつまでも垂れない様にするにはシリコンを、でも、でも……ギニュー特選隊はいやあぁぁっ)
何かあらぬ方向に妄想がいっている雲雀。
伊織は変態のド助平な娘だから縁側に座ってお茶をすするだけで、青姦とか露出とか妄想して顔を赤くするだろう、楽しみだ。
(私がHENTAI……?そうか……さすが時雨だ。
やはり私の気づかないうちに調教をしていたのだな……何と抜け目が無い。だが、それがいい!)
着々と洗脳されつつある伊織。
まだ3人と、えちぃ事を色々としたい。
やり残している事が多すぎる。
ふー。
ごほっ。
深呼吸しようとして血を吐く。
あとどれぐらいもつか判らないけど、死なないようにする為にも、態勢の立て直しをしないと……!
(マスター、来たゾ)
魔法陣が輝き魔狼6頭と一緒にフギンとムニンが来たらしい。
良いところにっ!!
(なかなか面白イ事をしてイるな、マスター。そうイった趣味が?)
魔狼王ロボに食べられている僕を見て、心話でフギンとムニンが話しかけてくる。
いーえ、ありません。きっぱりと答えておく。
(そうか、残念ダ……)
軽口はそこまで。
ちょっと余裕が無いので急ぐよ、フギン、ムニン。
(イェス、マスター!)
僕は急いで視覚同調を行う。
そこからは魔狼王の背中が見えた。
これならやれる。
僕はフギンとムニンに作戦を伝えて、命令を実行に移させる。
さて、念動の魔法【インヴィジブルテンタクルス】だけど、この見えない触手が、あとどれぐらいもつのだろう?
ヴラドは“効果時間は1時間”と言っていたが“規定値以上の筋力とか触手の増加をすれば当然、効果時間が減少する”とも言っていた。
あとどれくらい存在できるのだろう?
今の僕の生命線だ。
いや考えていても仕方ない。
これ以上噛まれたら、右半身を食いちぎられる。
見えない触手を動かす。
まだ、存在はしている。
まだ使えるなら……!!
起死回生を狙った一撃を見舞う。
上顎と下顎に念動の魔法【インヴィジブルテンタクルス】を巻きつけ、更に3本目で形見のナイフを奴の心臓から抉る様に引きずり出す。
ブシャアアッ
「グギャアアアアアッ!!」
さすがに耐えられなかったのか叫び声をあげる。
いけっ!!
僕の身体が自由落下する前に、赤スライムに命令する。
狙いは脳だ。
咽喉から鼻へ、鼻から副鼻腔を通って脳を破壊する。
咽喉を通過するまでは、口を閉じさせない。
同時に左手のソーサリーダガーを、左目に狙いを定めて投擲する。
さすがにコレは、目をつぶってガードされた。
でも、それはブラフ。
僕は殊更にゆっくりとソーサリーダガーを手に戻す。
その間に、見えない触手で背後に転がっているドリルを持ち上げ、突撃させる。
すでにドリルには重量軽減の魔法【デクリーズウェイト】改がかかっている。
狙うのは踵。
人間の形態をとれば弱点だって人間と同じになるんだ。
アキレス腱を確実に切る。
動きを止める。
ドシュッ!
「グワァァァァァッ」
狙い違わず、ドリルをぶつける。
吹き出した血、それに逆らうように傷口へとサバイバルナイフを突き立てる。
そのまま切り裂き足首を破壊した。
よしっ
5本の触手を使った僕は自由落下を開始している。
後は触手で身体を安定して速度を落とs
ブゥン
え?
風を切る音が聞こえた瞬間、インパクトが僕を襲う。
「うぐぅっ!」
気がついた時には左脚はつぶされていた。
僕の前には魔狼王ロボの左拳。
後ろには擱坐したドリル&シザー(仮)がある。
そして、真ん中に挟まっているのは僕の左脚。
腿から下、膝、足首、指に至るまで左脚全部がペシャンコ。
イボンコ♪ペッタンコ☆イェーイ!
いかん。また意識が変な方向に飛んでた。
魔狼王を見ると、嫌な笑いを浮かべている。
ドヤ顔ですか。
醜悪だなぁ。
ドヤ顔なら、伊織のを見たい。
狼の、魔狼王のドヤ顔は最悪だ。
反吐が出るね。
うう、でも、意識が朦朧としてきた。
そのまま魔狼王はドリル&シザー(仮)を巻き込んで倒れていく。
あっちも大量の血液を胸から流している。
致命傷だ。
まぁ、それはこっちもだけど。
既に僕は息をしているのかすら怪しい状態だ。
もう、血を止めるどころじゃない。
でも死ねない。
死ぬもんか。
まずい。
落下を止めないと。
落下のダメージを消す為に……いや、それより魔狼王にトドメを刺す。
倒れていく魔狼王の首筋に触手を引っ掛け、魔狼王の側に着地する事にした。
後は首を刈る。
だが、触手頼みに過ぎたようだ。
触手を使って魔狼王の側に着地しようとするが、急に姿勢制御ができなくなる。
落下に抵抗が無くなり、そのまま倒れている魔狼王の胸に落ちる。
ううぅ、ついに念動の魔法【インヴィジブルテンタクルス】も切れた。
だが、魔狼王も白目を剥き、口から泡混じりの血を吐いている。
多分、赤スライムがやり遂げたのだろう。
この赤スライム……ドラクエみたいに愛嬌のある姿じゃなくて、赤黒いゼリー状のキモイ姿なのに、名脇役というか、居ないと困るポジションだなぁ。
それはフギンとムニンにも言える。縁の下の力持ちです、ホントに。
あと少しだ。
だが、恐るべきは野生の勘か、それとも生命力か。
這いつくばってでも前進しようというする僕に、魔狼の左腕が襲い掛かった。
満身創痍だ。
避ける事などできず、そのまま爪を受ける。
鋼を簡単に引き裂くほどの鋭さだ。
そのまま右腕がもぎ取られ、僕の右腕はあらぬ方向に飛んでいく。
血は止まらない。
代わりに、呼吸が止まった。
死ねない。
死ぬもんか。
いや。
死にたくない。
そうか……。
うん、そうだ。
死ねないじゃなくて、死にたくないんだ。
死にたくない。
ヴラドと一緒にいたい。
死にたくない。
雲雀と一緒に笑いたい。
死にたくない。
伊織と一緒に話をしたい。
死にたくない。
まだやりたい事がいっぱいあるんだ。
死にたくないんだ。
僕は呪文の様にその事で頭がいっぱいになる。
死なない為には……
死ななイタメニハ……
シナナイタメニハ……
眼前の心臓にはまだ血が残っている。
雄々しく、猛々しい活力の素。
ソウダ。
チダ。
チガ、ヒツヨウダ。
だが、そこで僕の意識は、途切れた。




