呪い呪われ、死なばもろとも
「ではまずは世界樹[ユグドラシル]の呪いの実験からじゃな」
「じゃ、御主人様、先に行って来るね!」
「無理はダメ」
世界樹[ユグドラシル]の呪いの効果が、どれぐらい強力な物か確かめる為に僕は、雲雀、伊織、ヴラドの3人と別れた。
3人には先に異界門[ゲイト]から次元回廊[コレダー]内に行って貰う。
今回の場合は、呪いの発動条件である禁忌[タブー]を犯す事で、呪いを試験的に発動させる。
世界樹[ユグドラシル]の制約は“4人全員が同じ場所(世界)にいなければならない”と言うものなので、3人が異世界に行ってしまった場合、この呪いの発動条件を満たす。
問題はここから。
知りたいのは、
呪いは、どのような効果が起こるのか?
呪いは、いつ起こるのか?
呪いは、誰に起こるのか?
何回も確かめるつもりはないので、この1回で全部見極めるつもりだ。
3人が次元回廊[コレダー]に入って5分、ヴラドが遠隔地へ移動する場を作る設置型の創造魔法【フェアリーリング】を使った。
この魔法で、ラパ・ヌイ側の異界門[ゲイト]付近まで一瞬で次元回廊[コレダー]内を移動できる。
まず、ヴラドとの感覚が無くなる。
今まで感じていた一体感が消える。
次に伊織。
心に風が吹いた、
寒い寒い凍てつく風だ。凍えていく。
最後に雲雀。
コレで完全に3人とのリンクが切れた。
今、僕は1人だ。
ドラコニーがいるけど、心が繋がっていない。
妙に寂しい。
というか、感覚共有にかなり依存しているのだろうか?
それとも、この半身をもぎ取られたような感覚は、すでに自我が薄くなっている証なのか?
考えすぎなのかも。
いったん思考を中断する。
まずは呪いについての調査が先だ。
今の所変化は無し、だ。
更に待つ。
そして、その時はきた。
ズクン。心臓に激しい痛みが走る。
「がっ」
呼吸が止まる。
胸を押さえ、前のめりになった身体に力を入れる。
腹式呼吸に切り替える。
意識していないと呼吸が止まってしまう。
な、なんだ?
身体中が倦怠感に襲われる。
力が入らない。
それどころか幻視までし始めた
身体中から樹木の根が這いずりだして、世界樹[ユグドラシル]の元へと向かう。
僕の身体は、樹になる。
そして世界を護る礎として、永遠を生きるのだ―――。
って、それは拙い。
いえいえ、僕は人間です。
呼吸開始、吸って吐いて、吸って吐いて。
心臓の鼓動を確認、血を身体中に巡らせろ。
思っていた以上に、この呪いは拙い。
殺しに来てる。
正確には、多分、世界樹[ユグドラシル]と同じモノへと身体の組成を変更する?
あ、そうか。
この呪い……元々は桃園の誓いだった。
あの一文が、効果を出しているんだ。
なんて恐ろしい。
あれだ。
「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を!」
これに間違いない。
ヴラドはきっとここまで強力な呪法にするつもりは無かったんだろう。
だけど、僕の願いが強かったから、ソレに引きずられるようにして、他の誓いの言葉も強力になってしまったんだ。
誰か1人死んだら、全員死亡させるという呪いだ。
いや、もしかしたら世界樹[ユグドラシル]が取り込むのかもしれないが。
どちらにしろ、この呪いは拙い。
何らかの対策は考えておいた方が良さそうだ。
さ、急ごう。
皆の事が心配だ。
予想通りなら僕と同じ状況のはずだ。
動けるうちに、皆と合流しよう。
僕は周囲に敵の気配がない事を確認しつつドラコニーの背に乗る。
意識が遠くなる。
気をしっかり保っていないといけない。
気を抜くと、呼吸をしていない。
心臓が鼓動を止めようとする。
眠るように死んでしまう。
甘美な誘いだ。
意識的に呼吸する。
心臓が動いている事を知覚させる。
思考の霞を追い払いクリアーに。
僕がドラコニーの首筋を2回撫でると、彼は判っているとばかりに駆け出す。
異界門[ゲイト]を潜り、次元回廊[コレダー]へ。
全ての視界が無機質な灰色一色に染まる。
天井も壁も床も、全て通路という通路は灰色だ。
延々と続く灰色。
気が狂いそう。
すぐにヴラドが砂を置いて描いた魔法陣を見つける。
円形状の簡素な魔法陣だ。
大きさは直径1mほどで、砂は黄色く着色してある。
その上にドラコニーが乗ると一瞬のめまいの後、僕とドラコニーは灰色の通路の遥か彼方へと移送される。
ヴラドの魔法【フェアリーリング】で保持された通路の先には、ラパ・ヌイの異界門[ゲイト]と、赤いスライム、愛しい3人の姿があった。
皆は無事か!?
ドラコニーの背より下りて、3人に駆け寄る。
ヴラドはまだ意識を保っている。
伊織は気絶している。
雲雀は青い顔しt「ううぅ、吐きそう……」
うわわ。
そういえば、二日酔いのダメージを肩代わりしていたんだった。
急いで特殊能力【ダメージ転写】する。
これを使うと、自分が足手まといじゃなくなった気がするんだよ。
ただの自己満足だけど。
ううう、吐きそう。
どうやら3人の姿を見た途端に、呪いは効果を失ったようだ。
しかも呪いの効果は発動したら止まらないタイプのものではなく、条件が回復したら収まるタイプのものだった。
良かった。
安堵の息を漏らす。
伊織がゴソゴソと動き出す。
ヴラドは槍にもたれて息も絶え絶えだ。
雲雀は僕の頭をがっしと掴むと
「だから、あれほど使うなと……」怒
うわわ。
雲雀は溜息をつくと、僕を抱き寄せる。
暫くあーとか、うーと唸っている。
無い知恵絞ってる、は言いすぎか。
何か悪知恵を企んでいる?
「んーと、えーっと……あ、そうだ!
時雨が死んじゃうと皆は死ぬ事になるから、もう2度とダメージ転写はするな。
あんた弱いし、へぼいし、はっきりと迷惑」
うわ、酷い事をあっさりと言うなぁ。
説得のタイプの矛先を変えてきました。
「判ったよぅ」
「御主人様の“判った”は判ってないから困りモノ~」
そう言って雲雀は自分の薬指の先をマチェットの刃で少し切る。
僕の薬指の先から血が流れた。
「……」
「……」
「……ふふふ」
「……あ、あはh」
ガッ
電光石火。
雲雀に足先を踏みつけられる。
「しまっt」
これでは後ろに飛べない。
力が乗ってないものの、雲雀の拳が腹にきまる。
「ごへっ」
一瞬息が止まる。
僕はそのまま地面にうずくまる。
ひさしぶりに良い物を貰ってしまった。
「うぐぐぐ」
仕方がないから、二日酔いのダメージを雲雀に返却する。
「おえっぷ」
雲雀が口元をおさえる。
「ううう、ギボヂ悪い……」
2人してうずくまる。
「な、なんというか2人はタフじゃのぅ」
息も絶え絶えにヴラドが復活する。
「花畑……」
伊織も夢見心地だ。
全員が復活するのを待って話を始めるが、その前に僕はヴラドに幾つかの圧縮封印された魔法を掛けてもらっておく。
「こんなもんじゃな」
「うん、有難うヴラド」
「しかし、少しばかり呪いが凶悪じゃのぅ」
「でも、まぁ、それなりのモノ貰ってるんだし、良いんじゃない?」
お気楽雲雀。
「問題がある」
伊織の深刻そうな顔。
「ん?あによ?」
「復讐が出来ない」
「……」
「えっと……」
「ふむぅ」
「それ、大事なの?」
雲雀の意見。
「何よりも重要。
復讐して全ては完結する」
「いや復讐する相手なんていないし」と僕
「死ぬ場合についての考察……
この中の誰かが死ぬ場合、何らかの外的な要因が絡む」
「あー、そうね。
別の世界にさらっちゃうとか、暗殺されるとか、弱くて死ぬとか」
チクリと痛い雲雀の言。
「確かにの、呪いそのものの解除は難しい。
相手が世界樹[ユグドラシル]じゃしのぅ。
何らかの延命手段をこうじておくかや……」
「……」
こくこくと伊織が頷く
「ソレが良いかもね」
「えー。おーるおあなっしんぐが好きなんだけど」
「賛成多数により、雲雀の意見は無視で」
「うわ、御主人様横暴」
「役職・奴隷は従っていれば良いから」
「むか」
「?」
「ど、ど、奴隷をないがしろにしてると、他の男にNTRされるぞぅ」
うわ、自爆覚悟のギャグだ。
ただでさえ、何人とも関係を持った事を気に病んでいるのに、これは下手な事は言えない。
傷をえぐる事になりそうだ。
仕方ないなぁ。
僕は伊織から貰った首輪を外すと、紐をつけて雲雀の首につける。
これで、僕は話せなくなってしまったが、自由な行動は許さないという意思表示だ。
雲雀に心話する。
後で、下腕部と足首の四肢切断ね。
「うわー、止めて。人犬は御免なさい~」
「お主様、微妙にラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]に犯されとるのぅ」
いえ、何と言うか、この気分の高揚感が堪りません。
あれか、S気質というのか?
(確かにお主様は激しいのが好きそうじゃが、どちらかというと妾も雲雀も伊織もM型気質じゃから、役割としてSなんじゃと思うがのぅ)
実は単純明快。
僕の好みの問題か。
「?」
「ドーゆー事?」
「……」
伊織と雲雀の2人も僕とヴラドの心話を盗聴していたらしい。
いや、僕の好みのタイプはM気質な人なんでは?……と。
「そうかもしれんのぅ」
「ふぅん、まぁ排除すればいい女のタイプが判るのは、悪い事じゃないしね」
「……」
多分伊織は意味を理解できていないと思う。
心話だけでも良いけど、やっぱり普通に会話ができないと不便だ。
僕は、雲雀から犬のように繋いだ首輪を外す。
「あ……」しゅん
物凄く物欲しそうに言われました。
どき
いかん。
萌える。
押し倒したい。
押し倒して今すぐ、あんな事やこんな事をしたい。
いや、押し倒そう、今すぐ。
僕が雲雀に飛び掛った瞬間、頭を抑えられました。
「はい、どーどー」
「お主様は、ほんにケダモノじゃ」
「そ、そんなに、したい……の?」
どうやら僕と感覚共有したらしく、雲雀は僕の溢れ出るパトスにあてられ、顔を赤めている。
ついでに伊織とヴラドもだけど。
「うん、今晩と言わず今から頑張る!
さあ、やろう雲雀!」
僕はうなずき、もう我慢できませんと訴える。
まぁ、この後は殴られて終わりだろうと思っていた。
いつものパターンだ。
だけど、少し違った。
雲雀の顔に安堵と喜びが浮かんでいた。
ソレを見た僕は急速に欲望が萎える。
やりたいというよりも、ただ、一緒に肌を触れ合いたいと言う気持ちになる。
僕の荒々しい気持ちが和らぐ。
雲雀の感情のアップダウンが激しいのは今に始まった事じゃないけど、時折、唐突に上限値を振り切る事がある。
僕は静かに雲雀を抱き寄せる。
「……ううっ」
彼女も僕の頭を抱きかかえ、声も出さずに暫く泣いた。
木曜日のヴラドと合う前の事が思い出される。
僕と雲雀と関係を持った人達を比べるのが嫌だって言っていた。
自分が醜いって。
きっと不安なんだ、自分自身に。
ソレは僕も良く判る。
自分が受け入れてもらえるか、嫌われたりしないだろうか、と不安に苛まされる。
好きになった人には嫌われたくないのは誰しも同じだ。
だけど、今回の事は僕も悪かったんだろう。
1人増員してハーレムだからなぁ。
あう、もしかして意趣返しとか思われていた?
そんな事無い!
たまたま、偶然、好きな人が増えてしまっただけで……!!
ついっ
伊織が僕の服の裾をつまんで、もじもじしてる。
伊織にしては珍しく、言いあぐねている。
うん、ちょっとスキンシップ足りなかったかもしれない。
僕は空いている右手で伊織の腰を抱き寄せる。
雲雀に遠慮しているのか、控えめながらも伊織は身体を密着させる。
うん。
至福。
正に至福の一時。
例えこの後、嫉妬に狂ったヴラドに八つ裂きにされるのが判っていても、この一時は邪魔させない!
嫉妬に狂ったヴラドによって、僕は失血死寸前までの血液を抜かれた。
フラフラする。
やばい。
これでは戦闘は無理だ。
死んでしまう。
「そういえばヴラド、質問なんだけど」
「なんじゃ?」
お肌つやつやのヴラドに聞く。
「世界樹[ユグドラシル]についてなんだけど……」
「うむ?」
「世界樹[ユグドラシル]って体現者[シュトゥルム]だよね?」
「……少しばかり違うが、意味合いとしてはそうじゃ。
世界樹[ユグドラシル]は、体現者[シュトゥルム]同様に自らの世界法則[リアリティ]を保つ事が出来る」
「ラパ・ヌイ側の世界樹[ユグドラシル]って何の世界法則[リアリティ]を持ってるの?」
「イプセプスとラパ・ヌイ、アーラム、ラプラドル、地球とその他に2つの7つじゃな。
それがどうかしたのかや?」
「ん?ホラ、以前、ヴラドが“魔法の使えない落ちこぼれや、犯罪者、生きているだけで益なしの存在は、万物構成物質[マナ]に変換される”って言ってたじゃない」
「うむ」
「魔法が使える、使えないって、どうやって判断するんだろうと思って。
ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]で見たら判るとか?」
「んあ、そうであったな。
その事も一応言っておいた方が良かったのやもしれんのぅ」
「?」
「雲雀、伊織も少し聞いてくれるかや」
「なに?」「……」
少し調子を取り戻し始めた雲雀と伊織。
「まず、黒髪の者は魔法が使えない。
これは最古のラパ・ヌイの十氏族では常識じゃ」
「え?」
「あら」
「……」
期せずしてヴラド以外全員、黒髪。
「まぁ、最近では別の世界の者もおるので、この常識は当てはまらんのじゃが、原理主義者は未だにこれに固執しておるのぅ」
「……という事は」
「うむ、ある程度の蔑視はあるのぅ」
「いきなり襲われるとか、そういった事は無いの?」
「まずは難癖からじゃろうな」
「殺した場合」
「ん?難癖つけられたなら、こちらに非は無い。
捕まっても過去見屋に金を払えば、その時の状況を映し出してくれるしの」
「過去見にジャミングとかは……?」
「もちろん、そういった魔法もないと言わんがの。
組織だった犯行か、強力な術者でもいない限りは大丈夫じゃよ」
僕の質問にヴラドは答える。
「ふぅん……」
実際、雲雀と伊織は魔法を使えない。
難癖をつけられても目の前で魔法を使えば、相手の誤解は解けるのだが……。
「ん?魔法が使えなくとも、雲雀と伊織なら大丈夫じゃ」
「えー?僕の場合はあんなに脅していたのに?」
「雲雀の胆力ならば、大半の精神異常をもたらす魔法を抵抗[レジスト]できるしのぅ。
変身[シェイプシフト]できるのも強みじゃ」
「……」
「伊織は、電気を流せばよかろ?」
「ん」
「それなりに身体能力も高そうじゃしな」
「あー。結局は僕が弱いって事?」
「そういう事じゃな」
ううう。
「とりあえず話を戻すね。
ラパ・ヌイの世界樹[ユグドラシル]が、地球の世界法則[リアリティ]を持っているって事は、昨日の桃園みたいな状態なのかな?」
「ああ、そういう事かや。
大丈夫じゃ。
妾の城内ならばお主様は多少、粗野な性格になろうとも地球の世界法則[リアリティ]のままで居られるのじゃ」
「そっか、良かった」
「他にも質問はあるかや?」
雲雀と伊織にヴラドは聞くが、2人は無いようだ。
「ならば、いつまでも話をしていても仕方あるまい。
さっさとラパ・ヌイに向かうとするのじゃ」
「おっけぇー」
「ん」
「あ……」
他にも貨幣の事とか聞きたかったけど……。
うーん、まぁいいか。
どちらにしろ、お金に関してはヴラドに任せるしかないんだから。
「お主様ー!何をチンタラしておるのじゃっ」
少し離れてヴラドが声をかけてくる。
皆から20歩近く離れてしまっている。
「遅いよー、御主人様は~」
「時雨、時は金なり、だ」
雲雀と伊織も既にかなり先だ。
「がう」
後ろを振り返り、約にたたねぇなぁ、おめーはよって顔をするドラコニー。
その隣では赤いスライムが、高速プルプルしてる。
「あ、待ってよ」
僕は急いで3人と2匹を追いかける。
眼前には、巨大な石造りの異界門[ゲイト] がある。
さぁ、ラパ・ヌイだ。




