はじめての魔法 (?)
「問答無用!成敗ッ!!」
バチッ!
雲雀が突っ込む寸前、伊織が軽く雲雀の身体に触れる。
すると、一瞬の硬直の後、雲雀はクタッとその場に倒れる。
「助かった、と、礼を言うべきなのじゃろうな」
「気にしないで良い。それより、時雨を起こす」
「うむ、そうじゃったのぅ」
おかしい。
今の雲雀とヴラドのやり取りに、僕は凄く違和感があった。
雲雀らしくない。
絶対に“魔族と契約”とか“悪しき邪教徒”なんて台詞は、言わない。
言うなら「悪魔(認められないカップリング)に魂を売った」とか「悪しき邪教(認められないカップリング萌え)徒」だろう。
そもそも僕達の世代で、魔法と聞いて、雲雀の様な事を連想するのは、殆どいない。
武居みたいなオカルトに造詣の深い人なら、別かもしれないが、やはり少数派だろう。
魔法と聞いたら“メラゾーマ”や“アルテマ”古くは“T・I・L・T・O・W・A・I・T・O”“ノーイラテーム”と言った呪文名だ。
それ以外だと“マージ・マジ・マジーロ”や“リリカレ、マジカレ~”といったバンク用の台詞だ。
おっと、忘れていけないのは、漫画の台詞。
爆霊地獄の“ザーザード・ザーザード~~”や“武伎言語”みたいな特徴的な物はその漫画の代名詞ともなる。
他にもある。
漫画とくれば、次は小説。
ラノベの方が漫画より魔法が多い感じ。
(お主様)
ん?
なに?ヴラド。
(話が明後日の方向に行く前に、取り合えず、説明だけはしておくのじゃ)
……。
何だっけ?
(……ふぅ)
思考で、溜息つくなんて、なかなか器用だね、ヴラド。
(目の前の雲雀の豹変した理由じゃ)
あ、そうか。
(それは、簡単な理由じゃ)
「?」
(雲雀は、新たな世界法則[リアリティ]を所得したんじゃろう。
多分、ニューエルサレムの世界法則[リアリティ]じゃな。
それで、今は、その価値観に振り回されているだけじゃ。
暫くすれば落ち着くじゃろう)
あー。そうなの?
(まぁ、多分、じゃがな。
十中八九、間違いないと思うのじゃ)
そっか……。
(今は、それより、お主様の方が先決じゃ)
「ヴラド?」
僕と心話していたヴラドを不審に思ったのか、伊織が問う。
「あ、すまぬ。
少々、考え事をしておったのじゃ」
「?」
「しかし、解せぬな……
何をしたら、幽体離脱をしたのじゃ?」
「何の話?」
「うむ……ディティクト」
ヴラドは、伊織の問いには答えずに、魔力素探知の感知魔法【ディティクトマジック】を使用する。
この魔法は、何らかの意思に介在され、束縛を受けている魔力素を感知する魔法だ。
すると、ヴラドの視界内に写る僕の身体が、薄ぼんやりと桃色に輝きだす。
また、その横にはうっすらと人型の影が立っている。
あれが幽体、俗に言うと幽霊の基になる物なのだろう。
「やはり、何者かが幽体離脱させたようじゃな。
魔力素が少量じゃが感じられる……」
「質問だ。幽体離脱とは?」
伊織はヴラドに聞いてくる。
今の僕が見てる、幽体の見える光景は、伊織には見えない。
だから、ヴラドが何をしたのか、しているのか理解できないんだろう。
「ふむ、説明よりも見てもらった方が早いのじゃ。アピア」
ヴラドは、通常なら目に見えない者を可視化する創造魔法【アピア】を使用する。
先程から、ヴラドは魔法を使う際に真言[パワーワード]を使っている。
知識共有で見たところ、ヴラドはこれに指で空中に印を描く、もしくは指で意味のある形を作る、結印[シンボル]を使用して、バックラッシュ回避を行うのを得意としている。
かいおん!の「萌え萌え~キュン」もラパ・ヌイでは、結印[シンボル]になるんだろうな、きっと。
(お主様)
ん?
(すまぬが、あとで、その結印[シンボル]の事、御教授願うぞぇ)
あー、うん。
でも僕より、雲雀の方が良いです。はい。
萌え萌え~キュンは男がやって良いポーズではないんです。
マジ勘弁。
ヴラドが、可視化する創造魔法【アピア】を使用すると、少しずつだが、今まで幽体だった僕の姿が浮かび上がってくる。
丁度、赤いスライムの隣にボーっと立っている。
困った事に、僕はその幽体の感覚を持ち合わせていないらしい。
もっぱら、ヴラドの感覚共有からしか情報が得られない。
まるで、あの幽体が、僕でないかの様だ。
「これは、何だ?」
僕の幽体を指差し、怪訝な顔で問う、伊織。
「うむ、これは、時雨の幽体じゃな……
皇國代理天にない概念じゃから、理解はできぬと思う。
それでも説明を聞くかや?」
「教えて」
「今、ここにはラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]と地球の世界法則[リアリティ]の2種類の世界法則[リアリティ]が、せめぎあっている状態なのでのぅ。
この幽体が、どちらの世界法則[リアリティ]で作成された物かは判らぬ。
なので、一般的な知識のみで語るが良いか?」
「早く」
「せっかちじゃのう……」
「……」イラッ
「幽体と言うのはの、一言で言えば、肉体と魂を繋ぐ糸じゃ。
皇國代理天の者に判りやすく伝えるのであれば、魂とは、己が己である為の、肉体を動かす為の原動力かのぅ……」
「難しい……魂とは、非効率的で理性的でない物?」
「そうじゃな、あまり効率的ではないし、まぁ、欲望の塊やもしれんのぅ」
「……男の浪漫みたいな物?」
「そう、それじゃ」
「理解した。魂は迷惑」
今にも僕の幽体に斬りかかろうとする伊織。
「待て待てッ!それは、理解しておらん証拠じゃ」
僕の脳裏に、水曜日の事が思い出される。
伊織が、この家で夕御飯を食べた時に、少し口論になった事があった。
「君を守る」と言う伊織と、そのカッコイイ台詞を使いたい僕。
結局、弱い僕は、伊織に守られるという事で、うやむやになってしまったけど、やはり好きな人に守られるより、守りたい。
それが男の浪漫。
実力差を理由に守られ続けるのは、足手纏いだと思い知らされるから、精神的に落ち込むんだ。
だけど、それは伊織にとっては、非効率的、不合理なんだろう。
伊織をなだめるヴラド。
「ヴラド、あれは、斬っては駄目なのか?」
「切ったら、時雨が死んでしまうのじゃ」
「何故?」
「あれも時雨の一部だからじゃ」
「時雨でないのに?」
「?」
伊織は、僕の幽体を見て、僕ではないと言った。
少しばかり、生気が足りなさそうな顔つきだが、どこをどう見ても、デブでチビな僕だ。
どういう事だろう?
「どう見ても妾には、時雨に見える。
伊織よ、御主は何故、アレを時雨ではないと言うのじゃ?」
「……雰囲気、全体の表情、目の輝き、仕草、立ち方、口元の笑み……全部、違う。
下手な変装。忍なら仕事の邪魔。斬って捨てる」
「うぇ?そ、そうなのかや?」
(ちと、悔しいのぅ。妾には、判らんぞ)
大丈夫、ヴラド。
本人である僕も判らないから。
「あれは、偽者。
時雨に変装して私達をあざむこうとしている。
斬って捨てるべき」
珍しく饒舌な伊織の強硬論。
だけど、それは勘弁して。
「斬るのは少し待つのじゃ。
とはいえ、色々と興味深いが、幽体を切られる前に時雨を元に戻すかのぅ」
そもそも、幽体って切れる物なの?
(時と場合によるのぅ)
ふーん。
「せめて、幽体離脱した理由を知りたかったのじゃがの……」
「……私達、全員に時雨を与えるため。クローンなら実態はある……」
「それは、それで面白そうじゃが、妾は独り占めが好きじゃ」
「奇遇。私もオリジナルが好き」
「話は平行線じゃな、今は仕方ないのぅ。先に話を進めようぞ」
同時にヴラドの心の声が聞こえてくる。
(お主様、今より幽体を身体に戻すので、念の為、感覚同調を切るのじゃ)
えーと、それが、切り方が判らない……。
いつもと様子が違うんだ。
(そうなのかや?)
そうなんです。
(やはり、魔術や呪術による幽体離脱と考えるべきなんじゃろうが……
お主様、臨死体験の時に、何かイメージでもしたかや?)
え?
……。
えーと。
「……」
世界にさよなら。
「……」
南無阿弥陀仏……。
「……それじゃ」
どうしたの?ヴラド
お主様、南無阿弥陀仏とは、何じゃ?
妾の勘では、呪術の一種ではないかと思うのじゃが。
南無阿弥陀仏?
えーと、確か、阿弥陀仏という偉い人に南無します、という意味の念仏だよ。
で、南無っていうのは、えーと、確か、助けてとか、心の支えにする、とか言う意味だったはず。
(要するにヘルプミー阿弥陀仏という事かや?)
うん、そう。
(阿弥陀仏というのは、地球の世界法則[リアリティ]において、高位生命体とか高位な霊的存在と考えて良いかや?
そうじゃな……神とか聖霊でも良いのじゃが……)
うん、だいだいあってるよ。
御仏と呼ばれる存在だね。
興味あるなら、今度、仏像でも見に行く?
(それは、デートの誘いじゃな?
もちろん、否やは無いぞぇ)
あ、うん。
(とはいえ、そういう事かや……)
どういう事?
(うむ、簡単に言うと、お主様が呪術を行使したのじゃ。
正確には祈念というのじゃが、その次元の高位存在に助けを求め、受理された。
この場合、高位存在が実在か否やは問題ではなくての)
え?
(この世界の者達が、その存在を信ずる、もしくは明確なイメージとしての存在があるならば、霊的存在として有る事ができる)
存在消滅ではなく、存在発生と言う事?
(正に。
簡単に言えば、念仏を唱えたので、それに万物構成物質[マナ]が反応したんじゃろう)
ええっ、そんな簡単に?
(いや、この家には、ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]が流れ込んできておるじゃろ?)
あ、うん、
(それで、意志の力による自然への介在が簡単になっておるんじゃ。
なんじゃの、判ってみればどうという事はなかったの)
「うむ!謎は解けたのじゃ!」
「犯人はこの中に居るっ!!」がばっ
ヴラドの台詞に反応したのか、勢い良く、雲雀が起きる。
「……はぁ。
もう少し寝ておいてもらっといた方が良かったんじゃがのぅ」
「あれ?時雨?」
雲雀は幽体の僕を見て、立ち上がり近づいていく。
まだ、フラフラしている。
寝ぼけているみたいだ。
「久しぶり」
雲雀は、幽体の時雨に話しかける。
残念ながら、その顔はヴラドの視界からでは判らない。
でも。
その声は、今まで僕が聞いた雲雀の、どの声よりも深く、切なく、愛のこもった声だった。
その声を聞いた、幽体に変化があった。
苦笑い。
本心からの笑みではなく、何かを隠す為の笑み。
雲雀は、手を伸ばし、幽体の頬に触れようとするが、それは適わなかった。
「ほら、全然違う……」
ヴラドの隣に居る伊織が、呟くのが聞こえた。
なんだろう。
物凄く不安だ。
あ、いや、違う、不安じゃなくて、悔しいんだ。
雲雀にあの声を出させた、自分に嫉妬している。
目の前の自分が、憎い。
いや、自己嫌悪じゃない。
まるで、自分を他人の様に感じられる。
そんな僕の思いを断ち切るかのように、ヴラドが雲雀に声をかける。
「魔法を使って、幽体を治す。
雲雀、下がっておれ」
雲雀は、魔法と言う言葉にピクッと眉を寄せ、嫌そうな顔をする。
ヴラドはため息をつく。
「はぁ、先程の攻撃の理由については後で聞こう。
確か、ニューエルサレムでよかったかの?」
「……」
「今は、時雨と話したかろう?
自分を抑えるのじゃ」
ちょっと待って、ヴラド。
(ん?なんじゃ、お主様)
もう少しだけ、待ってあげれる?ヴラド。
(ん?お主様がそう言うならば、まぁ、別に妾は構わぬが……)
ヴラドは、なかなか幽体の前から、どかない雲雀に声をかける。
「幽体と何かしたい事があるのならば、手伝っても良いぞ?
ただし御主の嫌いな魔法で……じゃがの」
「ううん。いい」
雲雀が目元を拭うのが見えた。
きっと、まだ何か色々と話したい事があるんだろうけど……
しぶしぶ、僕の幽体から離れる。
「じゃ、また、いつか……」
雲雀は、僕の幽体に手を振る。
むか。
嫉妬が止まらない。
「では、いくぞ……アストラルリペア」
ヴラドは、精神体修復の変成魔法【アストラルリペア】を使用する。
今回は、真言[パワーワード]以外にも、結印[シンボル]を使用している。
難易度の高い魔法なのかな?
アストラルリペアが効力を発揮すると同時に、僕の幽体は、本来の身体に吸い込まれる様に消えていく。
それにつられて、僕の意識も、闇が覆うようになっていき……
そして、僕の意識は消え去った。




