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世界の 法則が 乱れる!  作者: JR
第05話 桃源郷の誓い
62/169

僕と彼女(?)と幼なじみ(?)が修羅場すぎる


ぼぐぅっ

ぴぃげぇえええっ


ごろごろっ


板間を転がり、止まる。

意識が遠のく。

今回のパンチは本気度が違った。

いつも以上に、早く、重い。


首がもげるかと思った。





さて、まずは、現在状況でも。



時間。

4月下旬。土曜日、真夜中。23時過ぎ。


場所。

八代邸、仏間。


状況。

僕が、月見里さんに殴られた。

尚、ここには、僕と戸隠さん、月見里さんがいる。






話は少し戻る。


皇國代理天の異界門[ゲイト]をくぐって、次元回廊[エレベーター]内で、暫く待ってみたが、僕の体が存在否定される兆候は見られなかった。

原子分解も、身体が透けたり、透明化も、存在無視も、石ころ帽子をかぶった状況も発生しなかった。


実に、何もない、拍子抜けするあっけなさだった。

今までの前フリ、何なのよ。

そう言ってもおかしくない、それぐらいのスルーっぷりだった。


「何もないわね」

「そうじゃな、拍子抜けじゃな」

『何も無くてよかったよ』





この時、僕は、もう少し色々と調べておけば良かったかも知れない。

でも、流石に神ならぬ身、変化が目に見えなければ、何もないと考えてしまうのは仕方がない。

フロンガス廃止への経緯然り、シロアリの巣然り。

問題が目に見えた時、それに気づいた時には、全てが遅すぎるんだ。





ほっと息つく暇無く、僕とヴラドは、八代邸まで五十鈴さんに送ってもらい、戸隠さんと月見里さんの2人を待つ事にした。


その間、ヴラドは、内蔵(うちくら)の異界門[ゲイト]をくぐって、次元回廊[ラビリンス]へと入っていった。

ラパ・ヌイへの対策と、侵攻状況の偵察を行ってもらうためだけど、1時間ぐらいで戻ってきてもらう様に、お願いしてある。



作務衣に着替えた僕は、2人を待っている間を利用して会話用ツールを作る。

声が出ない事や、戸隠さんに知らせないといけない事、現在の僕の状況や、2人に知ってもらいたい事、話して欲しい事、色々とある。

だから、ノートPCと祖父の部屋から持ってきた液晶モニター2台を繋いで、部屋の隅に置いておく。


ちなみに、赤スライムは部屋の隅でモニターを見張っている。




裏の駐車場ではなく、表の門の所に車が止まった気配がする。

実際には見えないが、多分、ジムニーだろう、戸隠さんの車だ。


僕は、玄関口で、2人を出迎えようと……

あれ?

月見里さんが廊下を走ってくる。

ここ、人の家です。


戸隠さんみたいな事は止めて下さいっ……て、言おうと思ったんだけど、月見里さんも前科があったっけ。

僕の部屋がケチャップまみれになったのは、数日前だ。

それ以上に、突っ込もうにも話せない。



「ヤ~シ~ロォ~ッ!!歯ァ食い縛れェェェッ!!」

あ、いきなりそれか。

痛いの、やだな。






そして、今、僕は殴られて床で寝そべっている。


天井を見上げる。

一瞬だが、気を失っていたみたいだ。

上から月見里さんが、僕を見下ろしている。


「何で殴られたか判る?

 判るでしょっ!!」

コクコクと頷く。

まず間違いなく、ヴラドとの情事が、戸隠さん経由で伝わったんだろう。


中学校時代の彼女は、委員長をしていた事からも判るように、人に頼られると断らない面倒見の良い人物だった。

また、本人は否定するだろうけど、基本的に、困っている人を放っておけないタイプの人間だ。

当然、戸隠さんの事を女狐と言って嫌っていても、様子がおかしければ、その理由を聞き出し、解決しようとするだろう。


人によっては、それを御節介、偽善者と言うだろうけど、僕は、月見里さんの、そんなところにも惹かれてるんだ。

情けは人のためならず、やらない善より、やる偽善。




殴られた理由は、簡単だ。

2人の女性から告白を受け、それに答えずに、他の娘に手を出していたら、そりゃあ、ねぇ。

包丁が出てこなかっただけ、まだマシだ。



「コレは女狐の分!!」ばぐぅ

再び僕は、マウントポジションという恐ろしい状態で、殴られる。

威力がそのまま、頬に伝わる。

「そして……コレは、私の分だっ!」ばぐぅ

次は左から殴られる。

重い。

いえ、体重ではなく、拳の威力が。


「そして、コレも私の分!!」ぺぐっ

「コレもっ!!」ぼぐっ

「コレもっ!!」ぺぐっ

「コレもっ!!」ぼぐっ

1発1発が、いつものふざけている時のレベルになる。

いや、チョット待って。


「むぅ、えーと、じゃあ、コレは女狐の分!」

げふッ

戻ってるよ!


「最後にコレは、ヤシロによって、焼肉を食えなかった、

 私の、私の……、この私の怒りだぁぁぁっ!!」

最後にそれぇ?

バキィッと、仏間の床板が割れる音と共に、僕の顔のすぐ横に、月見里さんの拳がある。

最後のは、殴られなかった。

よ、良かった。


最後のは、かなり本気度が違った。

死ぬかと思った。

一瞬、腕がぶれた様に見えたけど……でも流石に、最初に大きいのを2発も受けた僕は、意識が朦朧としていたんだろうと思う事にする。





月見里さんは、マウントポジションを解除して、立ち上がる。

……と見せかけて、エルボードロップを叩き込まれた。

「がっ」

さ、流石に今のは効いた。

「げふっ、げふっげふぅ」

今回は、かなり怒っているな。




「さ、ヤシロ、何で焼肉、逃げたかな?」

え?

別に、逃げたわけじゃ……


あ。

今、気づいたけど、月見里さんの目が、おかしい。

いつもの綺麗な碧玉の様な目が、今日は暗く沈んでいる。

なんと言うか、このままだと、室内を僕の血でケチャップまみれにしそうな……、いやいや、それは血塗れ……。

うあ、目が怖い。


「な・ん・で・か・なー」

頭を押さえつける。

アイアンクローみたいに、ギュッと。

西遊記に出て来る、孫悟空の頭の輪っか、禁箍児みたいに締め付ける。

痛い。


「雲雀、流石に肘打ちは、酷いと思う」

何時の間にか、音もたてずに戸隠さんが、隣にいた。

そっと、月見里さんの手を僕の頭から離す。


「女狐もヤる?

 時雨の部屋で捨ててあったティッシュペーパーの数だけ、ヤッていいよ、23回」

それ、何の関係があるのさ!


しかし、戸隠さんには、意味のある言葉だったみたいだ。

「あ……、う、うぇ」

戸隠さんは、恐れと悲しみを抱いた様な、微妙な表情になる。


それは、僕には驚きだった。

僕が原因で、そんな表情をさせてしまったという後悔と、そんな表情をもっと見てみたいという欲望、相反する想いが芽生えた事に。


あれか、好きな子を虐めたくなる心理ってものだろうか?

月見里さん、僕も君と同じ次元に往けそうだよ!!

「へぐぅっ!」

殴られました。


「なに笑ってんの?」

胸ぐらを掴む月見里さん。

は、はひ……。

多分、鼻血が出たと思う。



「焼肉逃げたのは、な・ん・で・か・なー?」

月見里さんは、僕にヘッドバット。


「楽しいデートだったとか?」ごんっ

更にヘッドバット。


「でも、おかしいよね?

 私も女狐もしてないし、デート」がんっ

杭打ち機の様にヘッドバット。

「私、焼肉の夢みてたし、女狐は学校……じゃ、誰と?」ぎろ


「……」

「……」


「だんまりは良くないよ……ねっ!!」がつんっ

勢いつけて、頭を両手で挟んで、ヘッドバット。


あうう。

黙ってるわけじゃいんだ、話せないだけで……。



「私と女狐は、ヤシロが好きって伝えたよね?

 返事待ちの状態だったよね?」

僕はコクコクと頷く。

やっぱり、焼肉ではなく、そっちが怒りの本命でしたか。

よかった。

焼肉すっぽかしたから、殴られたわけじゃなくて。




「少なくとも私は、2択、隠しフラグで3択目まで用意していたよ?

 どう転んでも、ヤシロを自分の物にする為に」

2択?

告白の○と×、隠しフラグ?

三角関係を続ける……か?


「でもさぁ、酷くない?……いや、酷いよ。

 いくら、私達がメンドくさそうな女だからって……」

ブンブン。

首を横に振る。

被害妄想で勝手に自分を追い込まないでぇっ!

戸隠さんにも、目で「そんな事思ってないよ」と訴える。

あぅ。

余計に泣きそうな顔して、見つめ返されました。



「何も、他の女に、なびかなくても良いじゃないっ!

 ねぇ、なんでっ?!」

こ、これは、あれか?

この前、家に来て大暴れしていった時の焼き直しか?

まずい。

あれは、まずい。

正常な判断力を失った月見里さんは、何をしでかすか判らない。

早急に誤解を、いや、ある程度は事実だが、誤解を解かないと。



「知ってる?炎尾萌先生も、萌えよペンで言ってるんだよ!?

 三角関係で、言い寄られた男が、最終的に他の女になびく話は、最悪だって!」ぐす

やっぱりぃ。

微妙に間違ってるし、ギャグなのか、本気なのか、笑いを取りたいのか、悩むんだ。

泣きながら、笑うしかないような例え話をされても、対処に困るっ!!


「ねぇ、ヤシロ。大好きだよ……」

「……」ごくっ


「だから」

「?」


「……だから」



「一緒に死んで?」

うわぁぁぁぁ!

ナイスボート!!


僕の喉元に目掛けて貫手の突きが繰り出される。


ガッ!


床の一部が割れ、小さな破片が飛ぶ。

うわぁ、あれで突き指しないんだ。

木下藤吉郎から受けた攻撃と、ダブって感じたので、今のは、避ける事ができたけど、あ~、やばかった。

今のはやばかった……。



戸隠さんが、慌てて止めようとしていたが、間に合わなかった。

いや、戸隠さんの動きも精彩を欠いている。

あれじゃ、止める事などできないスピードだった。

何とか、話をできる環境に持っていかないと……。





「雲雀、少し落ち着く」

今、月見里さんは、戸隠さんに、どうどう、落ち着けと静められている。いや、鎮められている、が近いか。


「う、ぐすっ」

戸隠さんに引き剥がされて、少しは落ち着いたのか、ぼろぼろと本格的に泣き出す。


「ううう、私と死ぬのも嫌なんだ」

そりゃ、そうでしょう!

一緒に生きていたいよ!


「一緒に、チート転生もしてくれないんだっ」

待て待て!

僕は、転生論者じゃないっ!

死んだら終わりの祖先崇拝だっ!

八代家の信仰は知らんけど。


どこまで本気なんだ。

ギャグとシリアスの境目が判り辛いんだ。


月見里さんは、行動が極端から極端に走る傾向が強かったけど、いくらなんでも、少し被害妄想気味すぎる。

いや、待て待て。

幸せは義務です、とは言わなくなっただけでも、充分マトモだろう。

でも今は、もっと落ち着いてもらわないと。





「うぇ……」

表情がくしゃっと歪んだかと思うと、やおら立ち上がり、外へと駆け出そうとする。

やばい!

今、行かせたら、話す事もできない!


がっ


自分でも信じられなかった。

僕は、月見里さんの立ち上がるスピードよりも早く、彼女に追いつき、右足をタックルするように掻き抱く。



バチンッ!

「ぴぎゃっ!」

床に倒れこみ、顔面をしたたかに打ち付ける月見里さん。


「ひゃ、ひゃにひゅるのよっ!」

赤くなった顔面を手で覆いながら、右足にしがみつく僕を足蹴にする。

でも離さない。

喰らいつく。

気分は、北都の拳で、南都最後の将に会いに行こうとする、ラオコの腕を極めている雲のジューザみたい。

はたからみてると、ウサギを捕まえて喰らおうとしている大ガマ……みたいに見えるんだろうけど。


「は・な・せーっ!!」がすっ


顔面をどんなに蹴られようとも、ブンブンと首を横に振る。


「あんでよう、あんなのよーっ!」ごすっ


「私の事、嫌いでしょっ!こんな暴力女!」がすっごすっ


「いいわよ、好きなだけ銀髪ロリとやってなさいよ!!

 燃やしてやるんだからっ!」

それは、ヤメテ。


「ばかーっ」がっ





「「はー、はー、はー」」

流石に僕も月見里さんも、息も荒く、絶え絶えとなってくる。

眼鏡は外れたから、被害は無かったけど、僕の顔は、鼻血ダラダラ、青痣だらけという、再生槽とか治癒魔法にお世話にならなければならない状態だ。




「雲雀、少し待つ」

僕を見ながら、戸隠さんが、間に入ってくる。

「様子が変」

だから、落ち着けとばかりに、月見里さんの肩をポンポンと叩く。


何だろう、この2人、何時の間にか、仲良くなっている?

それはそれで、よい兆候だけど。




「時雨」

戸隠さんが話しかけてくれた。

僕は、戸隠さんの方を見る。


「……何か、あった?」

コクコク。

思わず涙が出た。


「時雨?何故、泣く?

 泣きたいのは私なのだが……」

ブンブンと首を横に振る。


ありがとう!

戸隠さんのおかげで、話ができる!

やっと、説明ができる!




僕は、パソコンの方を指差そうとして、左手の人指し指が変な方向に、曲がったままなのに気づく。

……折れてる。


あれだけ蹴られりゃ、当然か。

まぁ、いいや。

僕は痛みも、気にせずパソコンへと向かう。

戸隠さんは、ふてくされた月見里さんを無理矢理、引きずるようにして、着いて来る。





この時点で、僕は、ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]の影響を少し受けてたんだろうと思う。

何しろ、指が折れたのを「魔法で治せば良いや」と非常識な事を、さも普通であるかのように考えていたのだから。

内蔵のラパ・ヌイへと繋がる異界門[ゲイト]は開きっぱなしで、今、八代家は地球とラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]が混ざった状態となっている……らしい。

だから、ヴラドは苦手な魔法を、(ラパ・ヌイに居る時の様に)それなりに使えるし、万物構成物質[マナ]があるのでMP切れを気にせずに、無茶な術法を行使できる……らしい。




待機状態だったノートPCを元に戻すと、書き込みを始める。

指が折れているので、打ち込みスピードが出ない。


もどかしく感じるけども、2人は液晶の画面を見てくれている。

頑張ろう。

言いたい事はたくさんあるけど、まずは最初に、現状理解をしてもらうのが大切だ。


『まずは、心配かけてゴメン。

 現在、声を出す事ができないので、これで話すね?』

画面を見ていた月見里さんが、あ……と小さな声を挙げる。


『誤解を解きたいんだけど、僕は戸隠さんも月見里さんも嫌いになっていないよ!

 大好きだよ。

 それは信じてもらうしかないけど。

 だいだい、何で、一緒に死ぬ事になるのさ、生きようよ、一緒に』


「ちょっと待って」

「少し待って欲しい」

2人からストップがかかった。



「私の事は、雲雀と呼んでって言った筈だけど?」

「時雨、伊織と呼んで欲しい」



あ。

はい。

一瞬、2人の間で火花が散った気がした。

気のせいだろう。きっと。


「質問」

「私もだ」

僕はノートPCの画面から目を離し、2人の方を向く。


「「銀髪ロリについて」」

『最初から、話すね?

 木曜日の夕方からの事から』

そして、僕は、ここ暫くの自分の周りに起こった出来事や、ヴラドや五十鈴さんから仕入れた知識を書き込み始める。


ヴラドとの出会い、異世界ラパ・ヌイの侵攻、敵の攻撃を受けたので、伊織の上司に、お世話になっていた事。

もちろんヴラドとの情事や、駅前炎上、皇國代理天という名前は、ぼかしてだけど。


雲雀も伊織も驚いた様だが、飲み込みは早かった。




「ちょっと待って。

 内蔵の開かずの扉の話って、秋霖(しゅうりん)さんのホラじゃなかったの?」

雲雀は立ち上がると、確認の為、隣の内蔵へと走っていく。



あれ?

ジーちゃん、何を雲雀に話したんだ?

それに、ただの中学生だった雲雀に、アニメや漫画は良いとして、サバイバルに、銃器……何でそんな事を教えている?


そもそも、開かずの扉なんて危険な物がある事自体が、おかしい。

地球の守護者[ガーディアン]の件といい、この家に何かあるのは間違いない。


何故なんだ?





ん?

僕は、思考の淵に入ろうとしていたが、そこで伊織の視線に気づいた。


伊織は、僕をジッと見ていたが、おずおずと話し出してくる。


「時雨、この家に異界門[ゲイト]があるという事は判った。

 その、ラパ・ヌイと言う世界から、銀髪ロリが来たという事も、

 銀髪ロリが、時雨のどストレートな好みというのも信じる」

いや、最後は一言も言ってません。

あってるけど。


ごく



「聞きたいのは1つ。誰が好き?」



正念場だ。

でも、嘘はつかない。

ここは嘘ではなく、正直に答える。

『虫の良い答えだけど、3人が好き。

 伊織も雲雀もヴラドも、3人が好き』


「すまない。質問が不明確だった。誰を選ぶ?」

『その答えは、まだ少し待ってもらって良い?』


「そうか……。判った」


伊織の顔は、蒼白だった。

まさに血の気がない。




「私は、時雨は凄いと思う……」

「?」


「私が時雨を好きになる様にしておいて、あっさりと突き落とす。

 契約書を書かずにいたのは、その為……。

 “署名されていない契約書は、意味がない”を文字通りやられるとは思わなかった。

 最初から、恋人ではなかった。だから、浮気ではない。

 裏切りでないのなら、復讐ができない、その資格がない……

 こんなに簡単に、私が騙されるなんて……

 やっぱり、時雨は凄いと思う。

 でも、悔しい……悔しくて堪らない」


「―――!!」


まずい、雲雀は僕を殴ってフラストレーションを解放したみたいだから良かったけど、こっちの方が重傷かも。

一瞬、僕は急いでノートPCに「それは違う」と打ち込む事を考えるが、それよりも先に抱きしめる事にした。

伊織の元まで行って、ギュッと彼女の腰の辺りを抱きしめる。

拒絶されるかと思ったけど、伊織は受け入れてくれた。

だから、話す。



他人が見れば、はっはっと息を吐き、唇だけを動かしている、デブと美女が抱き合っている。

そんな光景だ。


それでも僕は、通じなくても伊織の目を見て、一生懸命、話す。

僕は嫌っていない。

騙してなんか居ない。

浮気はすいません。

気がすむなら雲雀みたいにすればいいから!

おこがましい言い方だけど、僕は、君が欲しい。




こっちだってハーレムの為に一生懸命だ。

3人揃わなくちゃ、意味がない。

3人が欲しいんだ。

他はいらない。

代わりなど存在しない。




僕がひとしきり、はぁはぁと、やっていると

「なに、盛ってんのよーっ!!」

内蔵から出てきた雲雀が、割り込もうとする。

しかし、伊織はそれを手で制する。



「時雨。私とキスして欲しい」


コクコクと頷く。

外野が五月蝿いが、今はこっちだ。


「前に言ったと思う……」

「?」

「キスするのは、とても危険」

ひゅっと喉がなる。


まさか……


「口内細菌による感染も考えられるが、毒娘による暗殺の可能性がある。

 抱いている人物が、短剣を持っていたら、回避できない」

言っていたね、そんな事。


ごくっ

この先の展開に、僕は唾を飲み込む。



「今、私の唇には、毒が塗ってある。

 毒娘が使う毒には、色々とバリエーションがあるが、これは経口摂取する事で即死に至る毒だ」

あ、やっぱり。

何となく、そう思ったんだ。



「名前を、深紅の蜜[シェンホンデミィ]と言う。

 少量とて、体内に入れば、まず助からない」

雲雀が、悲しそうに微笑む。




「それでも……キスしたい?」




そんな当たり前の事っ!!

こっちは、あの時から、お預けを喰らってるんだ。


僕と伊織には15cm以上の身長差がある。

だからっ!

僕はジャンプして、伊織の首に手を回す。

丁度、抱きついている格好だ。

あとは、僕の重みに伊織が上半身を下げるだけだ。

それで、キスできる。


伊織が驚愕の表情を浮かべているが、気にせず唇を奪いにいく。



しかし。

僕が伊織の唇を奪う瞬間、彼女は首筋に力を入れて、無理矢理、背を伸ばそうとする。

ああ、僕の唇が離れていく……。

「し、時雨っ?毒は本当だ、嘘ではないっ!」



くそぅ。

僕の体重を物ともしないなんて!

ここで、諦めきれるか!!


力を入れる。

そうはさせじと、反り返る伊織。


何故か、顔には怯えの色が見える。


む。

そうですか。

僕の顔が怖いのか。

うう。

伊織なら、ブサメンでも受け入れてくれると思ったのに……。


こうなりゃ、意地だ。

絶対、キスする。

逃がすもんか。


押して駄目なら引いてみろ。

僕が力を入れて、その反発で身体を反らし気味にした所で、足を引っ掛ける。

バランスを崩し、体勢を立て直そうとした瞬間を狙って唇を奪う。

歯と歯がぶつかるのも気にしない。



ジーンとした痛みと共に、血の味、蜜の香り、柔らかな感触が伝わってくる。


「んん~~っ!!」

珍しく、伊織が焦っている。

ふふん。

もう、この唇は離さん。

蛇の様に腕を首に巻きつけ、必死に身体を引き剥がそうとする伊織に抵抗する。

後頭部を押さえて、更に密着。

ニューエルサレムで見たシスター・イルゼのキスを参考に、ヴラドとの経験を活かす。

唇を舐め、蛭の様に吸い付き、唾液を絡める。

吸って、こじ開け、舌を入れる。

口内を物色した後、押し返そうとする舌を噛んで引きずり出す。しごく。ねぶる。


「んー!んーっ!!」

泣き始めた。

ええー。

そんなに嫌ですか?

うわ、ちょっとショック。


自分から誘って来たくせに。





「う、う、うわぁぁぁんっ」

横から、声が聞こえた。


「離れろ、もう離れてよっ!

 何で、女狐ばっかりなんだよぉ!」

ごすっ。

雲雀は力技で、僕と伊織の間に入ろうとする。

むぅ。

こんな極上の食材を前にして止めれるはずがない。

離さない。



「は・な・れ・ろーっ!」

しかし、戦いはあっけなく終わる。

伊織が、突然、地面に座り込む。

腰が抜けたみたいだ。

その一瞬の隙をついて、僕の腹に雲雀の発勁がきまる。

「ごふっ」

僕の身体は宙に浮き、2mほど飛ばされて倒れる。


「私が居なくなった隙を見計らって、ヤるなんてズルイよ、隠さないでよ、せめてフェアにしてよぉ。うわぁぁん」

フェアって別に競技か何かじゃないんだから。

僕を叩く雲雀。

だけど、いつもの様な力はない。



フェアとか平等とか言うのは、ハーレムを持続させる為には重要だろう。

でも、それ以上に胸が高鳴った。


それは、喰っても好いという合図?


僕は自分が最低の人間だというのを、自覚しているけど、そんな人間を好きで居続けてくれるの?

僕は、二股どころか、三股するけど、皆が浮気する事は許さない独占欲の強い人間だよ?

NTR展開には理解を示さないよ?

寝取るのは好物だけど。


もう、離さない。

絶対、逃がさない。

僕は、雲雀を胸に抱く。


「時雨、駄目っ」

伊織が、間に入ってくる。

嫉妬だ、嬉しいナァ……


「早く吐くっ!!毒、毒が!

 時雨……死んじゃう、そうだ、解毒薬っ」

嫉妬じゃなかった。残念。




「ごふっ」

吐血した。

思ったより、毒の回りが早い。


あれは、伊織にしてみれば“命をかけてまで、私と一緒に居たいのか?”という問いかけだ。

ならば、躊躇なんてするわけがない。

それに、僕は、最低の人なので、勝算があってキスをした。




僕は口から血を吐き続ける。

雲雀や伊織が、何か言っているが聞こえない。





さて、一応の為に、延命手段はある。

僕は、ノートPCの方を見る。

そこにあるのは、赤い座布団……に変化した赤スライム。


あれを、飲み込めば、窒息死する代わりに、スライムの胃洗浄と治癒能力で毒殺は無くなる。

でも、僕の覚悟を、延命手段があるからキスした、と取られるのも癪だ。

いや、確かにある程度の打算はあったんだけどもね。



さて、どうしようかな。




即効性とはいっても、5分~10分はもつかな~とは思ったんだけど、無理だったか。



うーん。


でも、まぁ。

最悪、死んでもヴラドが蘇生してくれるよ。


気楽に死のう。

本日2回目だ。


うわ、他力本願。駄目人間。

あ、でも、絶対他力という言葉もあって、これは「絶対に自力で行うな。御仏に全てを委ねるのだ」という、それはそれは有難い教えだとか。


いや、でもなぁ。

やっぱり、少しは頑張ろう。

今の世の中、人に頼ってばかりだと良い顔されない。

ぼくならできるさ!




「ごばぁっ、げぇ、げぇぇぇぇっ」

本格的に吐血した。

赤黒い血が混ざっている。

これは、まずい。

やっぱり、何もできないかも。



だんだん意識が遠くなってくる。


ひゅーっ、ひゅーっ


耳元で風の音がする。

あ、違う。

喉から、息が漏れているだけか。




ゴロンと、横になる。

手が血塗れだ。

その向こうに、雲雀と伊織がいる。



雲雀が、僕の肩を揺さぶって何か言っている。

ごめん、何て言ってるのか判らない。


伊織が、僕の口を開けて、何か飲ませようとしている。

血と一緒に吐き出したけど。



雲雀。

伊織。

泣かないで、大丈夫。

蘇生できなくても、ヴラドが僕をアンデットにしてくれるよ。

そしたら、筋力を600%引き出して戦うよ!


ぐっ

親指を立てて、大丈夫とアピール。



ああ、お迎えの声がする。





では、僕は死にます。





南無阿弥陀仏。






あ、そういえば、ベッドの下のエロマンガ、封印しないと僕の性癖ががが……


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