僕と彼女(?)と幼なじみ(?)が修羅場すぎる
ぼぐぅっ
ぴぃげぇえええっ
ごろごろっ
板間を転がり、止まる。
意識が遠のく。
今回のパンチは本気度が違った。
いつも以上に、早く、重い。
首がもげるかと思った。
さて、まずは、現在状況でも。
時間。
4月下旬。土曜日、真夜中。23時過ぎ。
場所。
八代邸、仏間。
状況。
僕が、月見里さんに殴られた。
尚、ここには、僕と戸隠さん、月見里さんがいる。
話は少し戻る。
皇國代理天の異界門[ゲイト]をくぐって、次元回廊[エレベーター]内で、暫く待ってみたが、僕の体が存在否定される兆候は見られなかった。
原子分解も、身体が透けたり、透明化も、存在無視も、石ころ帽子をかぶった状況も発生しなかった。
実に、何もない、拍子抜けするあっけなさだった。
今までの前フリ、何なのよ。
そう言ってもおかしくない、それぐらいのスルーっぷりだった。
「何もないわね」
「そうじゃな、拍子抜けじゃな」
『何も無くてよかったよ』
この時、僕は、もう少し色々と調べておけば良かったかも知れない。
でも、流石に神ならぬ身、変化が目に見えなければ、何もないと考えてしまうのは仕方がない。
フロンガス廃止への経緯然り、シロアリの巣然り。
問題が目に見えた時、それに気づいた時には、全てが遅すぎるんだ。
ほっと息つく暇無く、僕とヴラドは、八代邸まで五十鈴さんに送ってもらい、戸隠さんと月見里さんの2人を待つ事にした。
その間、ヴラドは、内蔵の異界門[ゲイト]をくぐって、次元回廊[ラビリンス]へと入っていった。
ラパ・ヌイへの対策と、侵攻状況の偵察を行ってもらうためだけど、1時間ぐらいで戻ってきてもらう様に、お願いしてある。
作務衣に着替えた僕は、2人を待っている間を利用して会話用ツールを作る。
声が出ない事や、戸隠さんに知らせないといけない事、現在の僕の状況や、2人に知ってもらいたい事、話して欲しい事、色々とある。
だから、ノートPCと祖父の部屋から持ってきた液晶モニター2台を繋いで、部屋の隅に置いておく。
ちなみに、赤スライムは部屋の隅でモニターを見張っている。
裏の駐車場ではなく、表の門の所に車が止まった気配がする。
実際には見えないが、多分、ジムニーだろう、戸隠さんの車だ。
僕は、玄関口で、2人を出迎えようと……
あれ?
月見里さんが廊下を走ってくる。
ここ、人の家です。
戸隠さんみたいな事は止めて下さいっ……て、言おうと思ったんだけど、月見里さんも前科があったっけ。
僕の部屋がケチャップまみれになったのは、数日前だ。
それ以上に、突っ込もうにも話せない。
「ヤ~シ~ロォ~ッ!!歯ァ食い縛れェェェッ!!」
あ、いきなりそれか。
痛いの、やだな。
そして、今、僕は殴られて床で寝そべっている。
天井を見上げる。
一瞬だが、気を失っていたみたいだ。
上から月見里さんが、僕を見下ろしている。
「何で殴られたか判る?
判るでしょっ!!」
コクコクと頷く。
まず間違いなく、ヴラドとの情事が、戸隠さん経由で伝わったんだろう。
中学校時代の彼女は、委員長をしていた事からも判るように、人に頼られると断らない面倒見の良い人物だった。
また、本人は否定するだろうけど、基本的に、困っている人を放っておけないタイプの人間だ。
当然、戸隠さんの事を女狐と言って嫌っていても、様子がおかしければ、その理由を聞き出し、解決しようとするだろう。
人によっては、それを御節介、偽善者と言うだろうけど、僕は、月見里さんの、そんなところにも惹かれてるんだ。
情けは人のためならず、やらない善より、やる偽善。
殴られた理由は、簡単だ。
2人の女性から告白を受け、それに答えずに、他の娘に手を出していたら、そりゃあ、ねぇ。
包丁が出てこなかっただけ、まだマシだ。
「コレは女狐の分!!」ばぐぅ
再び僕は、マウントポジションという恐ろしい状態で、殴られる。
威力がそのまま、頬に伝わる。
「そして……コレは、私の分だっ!」ばぐぅ
次は左から殴られる。
重い。
いえ、体重ではなく、拳の威力が。
「そして、コレも私の分!!」ぺぐっ
「コレもっ!!」ぼぐっ
「コレもっ!!」ぺぐっ
「コレもっ!!」ぼぐっ
1発1発が、いつものふざけている時のレベルになる。
いや、チョット待って。
「むぅ、えーと、じゃあ、コレは女狐の分!」
げふッ
戻ってるよ!
「最後にコレは、ヤシロによって、焼肉を食えなかった、
私の、私の……、この私の怒りだぁぁぁっ!!」
最後にそれぇ?
バキィッと、仏間の床板が割れる音と共に、僕の顔のすぐ横に、月見里さんの拳がある。
最後のは、殴られなかった。
よ、良かった。
最後のは、かなり本気度が違った。
死ぬかと思った。
一瞬、腕がぶれた様に見えたけど……でも流石に、最初に大きいのを2発も受けた僕は、意識が朦朧としていたんだろうと思う事にする。
月見里さんは、マウントポジションを解除して、立ち上がる。
……と見せかけて、エルボードロップを叩き込まれた。
「がっ」
さ、流石に今のは効いた。
「げふっ、げふっげふぅ」
今回は、かなり怒っているな。
「さ、ヤシロ、何で焼肉、逃げたかな?」
え?
別に、逃げたわけじゃ……
あ。
今、気づいたけど、月見里さんの目が、おかしい。
いつもの綺麗な碧玉の様な目が、今日は暗く沈んでいる。
なんと言うか、このままだと、室内を僕の血でケチャップまみれにしそうな……、いやいや、それは血塗れ……。
うあ、目が怖い。
「な・ん・で・か・なー」
頭を押さえつける。
アイアンクローみたいに、ギュッと。
西遊記に出て来る、孫悟空の頭の輪っか、禁箍児みたいに締め付ける。
痛い。
「雲雀、流石に肘打ちは、酷いと思う」
何時の間にか、音もたてずに戸隠さんが、隣にいた。
そっと、月見里さんの手を僕の頭から離す。
「女狐もヤる?
時雨の部屋で捨ててあったティッシュペーパーの数だけ、ヤッていいよ、23回」
それ、何の関係があるのさ!
しかし、戸隠さんには、意味のある言葉だったみたいだ。
「あ……、う、うぇ」
戸隠さんは、恐れと悲しみを抱いた様な、微妙な表情になる。
それは、僕には驚きだった。
僕が原因で、そんな表情をさせてしまったという後悔と、そんな表情をもっと見てみたいという欲望、相反する想いが芽生えた事に。
あれか、好きな子を虐めたくなる心理ってものだろうか?
月見里さん、僕も君と同じ次元に往けそうだよ!!
「へぐぅっ!」
殴られました。
「なに笑ってんの?」
胸ぐらを掴む月見里さん。
は、はひ……。
多分、鼻血が出たと思う。
「焼肉逃げたのは、な・ん・で・か・なー?」
月見里さんは、僕にヘッドバット。
「楽しいデートだったとか?」ごんっ
更にヘッドバット。
「でも、おかしいよね?
私も女狐もしてないし、デート」がんっ
杭打ち機の様にヘッドバット。
「私、焼肉の夢みてたし、女狐は学校……じゃ、誰と?」ぎろ
「……」
「……」
「だんまりは良くないよ……ねっ!!」がつんっ
勢いつけて、頭を両手で挟んで、ヘッドバット。
あうう。
黙ってるわけじゃいんだ、話せないだけで……。
「私と女狐は、ヤシロが好きって伝えたよね?
返事待ちの状態だったよね?」
僕はコクコクと頷く。
やっぱり、焼肉ではなく、そっちが怒りの本命でしたか。
よかった。
焼肉すっぽかしたから、殴られたわけじゃなくて。
「少なくとも私は、2択、隠しフラグで3択目まで用意していたよ?
どう転んでも、ヤシロを自分の物にする為に」
2択?
告白の○と×、隠しフラグ?
三角関係を続ける……か?
「でもさぁ、酷くない?……いや、酷いよ。
いくら、私達がメンドくさそうな女だからって……」
ブンブン。
首を横に振る。
被害妄想で勝手に自分を追い込まないでぇっ!
戸隠さんにも、目で「そんな事思ってないよ」と訴える。
あぅ。
余計に泣きそうな顔して、見つめ返されました。
「何も、他の女に、なびかなくても良いじゃないっ!
ねぇ、なんでっ?!」
こ、これは、あれか?
この前、家に来て大暴れしていった時の焼き直しか?
まずい。
あれは、まずい。
正常な判断力を失った月見里さんは、何をしでかすか判らない。
早急に誤解を、いや、ある程度は事実だが、誤解を解かないと。
「知ってる?炎尾萌先生も、萌えよペンで言ってるんだよ!?
三角関係で、言い寄られた男が、最終的に他の女になびく話は、最悪だって!」ぐす
やっぱりぃ。
微妙に間違ってるし、ギャグなのか、本気なのか、笑いを取りたいのか、悩むんだ。
泣きながら、笑うしかないような例え話をされても、対処に困るっ!!
「ねぇ、ヤシロ。大好きだよ……」
「……」ごくっ
「だから」
「?」
「……だから」
「一緒に死んで?」
うわぁぁぁぁ!
ナイスボート!!
僕の喉元に目掛けて貫手の突きが繰り出される。
ガッ!
床の一部が割れ、小さな破片が飛ぶ。
うわぁ、あれで突き指しないんだ。
木下藤吉郎から受けた攻撃と、ダブって感じたので、今のは、避ける事ができたけど、あ~、やばかった。
今のはやばかった……。
戸隠さんが、慌てて止めようとしていたが、間に合わなかった。
いや、戸隠さんの動きも精彩を欠いている。
あれじゃ、止める事などできないスピードだった。
何とか、話をできる環境に持っていかないと……。
「雲雀、少し落ち着く」
今、月見里さんは、戸隠さんに、どうどう、落ち着けと静められている。いや、鎮められている、が近いか。
「う、ぐすっ」
戸隠さんに引き剥がされて、少しは落ち着いたのか、ぼろぼろと本格的に泣き出す。
「ううう、私と死ぬのも嫌なんだ」
そりゃ、そうでしょう!
一緒に生きていたいよ!
「一緒に、チート転生もしてくれないんだっ」
待て待て!
僕は、転生論者じゃないっ!
死んだら終わりの祖先崇拝だっ!
八代家の信仰は知らんけど。
どこまで本気なんだ。
ギャグとシリアスの境目が判り辛いんだ。
月見里さんは、行動が極端から極端に走る傾向が強かったけど、いくらなんでも、少し被害妄想気味すぎる。
いや、待て待て。
幸せは義務です、とは言わなくなっただけでも、充分マトモだろう。
でも今は、もっと落ち着いてもらわないと。
「うぇ……」
表情がくしゃっと歪んだかと思うと、やおら立ち上がり、外へと駆け出そうとする。
やばい!
今、行かせたら、話す事もできない!
がっ
自分でも信じられなかった。
僕は、月見里さんの立ち上がるスピードよりも早く、彼女に追いつき、右足をタックルするように掻き抱く。
バチンッ!
「ぴぎゃっ!」
床に倒れこみ、顔面をしたたかに打ち付ける月見里さん。
「ひゃ、ひゃにひゅるのよっ!」
赤くなった顔面を手で覆いながら、右足にしがみつく僕を足蹴にする。
でも離さない。
喰らいつく。
気分は、北都の拳で、南都最後の将に会いに行こうとする、ラオコの腕を極めている雲のジューザみたい。
はたからみてると、ウサギを捕まえて喰らおうとしている大ガマ……みたいに見えるんだろうけど。
「は・な・せーっ!!」がすっ
顔面をどんなに蹴られようとも、ブンブンと首を横に振る。
「あんでよう、あんなのよーっ!」ごすっ
「私の事、嫌いでしょっ!こんな暴力女!」がすっごすっ
「いいわよ、好きなだけ銀髪ロリとやってなさいよ!!
燃やしてやるんだからっ!」
それは、ヤメテ。
「ばかーっ」がっ
「「はー、はー、はー」」
流石に僕も月見里さんも、息も荒く、絶え絶えとなってくる。
眼鏡は外れたから、被害は無かったけど、僕の顔は、鼻血ダラダラ、青痣だらけという、再生槽とか治癒魔法にお世話にならなければならない状態だ。
「雲雀、少し待つ」
僕を見ながら、戸隠さんが、間に入ってくる。
「様子が変」
だから、落ち着けとばかりに、月見里さんの肩をポンポンと叩く。
何だろう、この2人、何時の間にか、仲良くなっている?
それはそれで、よい兆候だけど。
「時雨」
戸隠さんが話しかけてくれた。
僕は、戸隠さんの方を見る。
「……何か、あった?」
コクコク。
思わず涙が出た。
「時雨?何故、泣く?
泣きたいのは私なのだが……」
ブンブンと首を横に振る。
ありがとう!
戸隠さんのおかげで、話ができる!
やっと、説明ができる!
僕は、パソコンの方を指差そうとして、左手の人指し指が変な方向に、曲がったままなのに気づく。
……折れてる。
あれだけ蹴られりゃ、当然か。
まぁ、いいや。
僕は痛みも、気にせずパソコンへと向かう。
戸隠さんは、ふてくされた月見里さんを無理矢理、引きずるようにして、着いて来る。
この時点で、僕は、ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]の影響を少し受けてたんだろうと思う。
何しろ、指が折れたのを「魔法で治せば良いや」と非常識な事を、さも普通であるかのように考えていたのだから。
内蔵のラパ・ヌイへと繋がる異界門[ゲイト]は開きっぱなしで、今、八代家は地球とラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]が混ざった状態となっている……らしい。
だから、ヴラドは苦手な魔法を、(ラパ・ヌイに居る時の様に)それなりに使えるし、万物構成物質[マナ]があるのでMP切れを気にせずに、無茶な術法を行使できる……らしい。
待機状態だったノートPCを元に戻すと、書き込みを始める。
指が折れているので、打ち込みスピードが出ない。
もどかしく感じるけども、2人は液晶の画面を見てくれている。
頑張ろう。
言いたい事はたくさんあるけど、まずは最初に、現状理解をしてもらうのが大切だ。
『まずは、心配かけてゴメン。
現在、声を出す事ができないので、これで話すね?』
画面を見ていた月見里さんが、あ……と小さな声を挙げる。
『誤解を解きたいんだけど、僕は戸隠さんも月見里さんも嫌いになっていないよ!
大好きだよ。
それは信じてもらうしかないけど。
だいだい、何で、一緒に死ぬ事になるのさ、生きようよ、一緒に』
「ちょっと待って」
「少し待って欲しい」
2人からストップがかかった。
「私の事は、雲雀と呼んでって言った筈だけど?」
「時雨、伊織と呼んで欲しい」
あ。
はい。
一瞬、2人の間で火花が散った気がした。
気のせいだろう。きっと。
「質問」
「私もだ」
僕はノートPCの画面から目を離し、2人の方を向く。
「「銀髪ロリについて」」
『最初から、話すね?
木曜日の夕方からの事から』
そして、僕は、ここ暫くの自分の周りに起こった出来事や、ヴラドや五十鈴さんから仕入れた知識を書き込み始める。
ヴラドとの出会い、異世界ラパ・ヌイの侵攻、敵の攻撃を受けたので、伊織の上司に、お世話になっていた事。
もちろんヴラドとの情事や、駅前炎上、皇國代理天という名前は、ぼかしてだけど。
雲雀も伊織も驚いた様だが、飲み込みは早かった。
「ちょっと待って。
内蔵の開かずの扉の話って、秋霖さんのホラじゃなかったの?」
雲雀は立ち上がると、確認の為、隣の内蔵へと走っていく。
あれ?
ジーちゃん、何を雲雀に話したんだ?
それに、ただの中学生だった雲雀に、アニメや漫画は良いとして、サバイバルに、銃器……何でそんな事を教えている?
そもそも、開かずの扉なんて危険な物がある事自体が、おかしい。
地球の守護者[ガーディアン]の件といい、この家に何かあるのは間違いない。
何故なんだ?
ん?
僕は、思考の淵に入ろうとしていたが、そこで伊織の視線に気づいた。
伊織は、僕をジッと見ていたが、おずおずと話し出してくる。
「時雨、この家に異界門[ゲイト]があるという事は判った。
その、ラパ・ヌイと言う世界から、銀髪ロリが来たという事も、
銀髪ロリが、時雨のどストレートな好みというのも信じる」
いや、最後は一言も言ってません。
あってるけど。
ごく
「聞きたいのは1つ。誰が好き?」
正念場だ。
でも、嘘はつかない。
ここは嘘ではなく、正直に答える。
『虫の良い答えだけど、3人が好き。
伊織も雲雀もヴラドも、3人が好き』
「すまない。質問が不明確だった。誰を選ぶ?」
『その答えは、まだ少し待ってもらって良い?』
「そうか……。判った」
伊織の顔は、蒼白だった。
まさに血の気がない。
「私は、時雨は凄いと思う……」
「?」
「私が時雨を好きになる様にしておいて、あっさりと突き落とす。
契約書を書かずにいたのは、その為……。
“署名されていない契約書は、意味がない”を文字通りやられるとは思わなかった。
最初から、恋人ではなかった。だから、浮気ではない。
裏切りでないのなら、復讐ができない、その資格がない……
こんなに簡単に、私が騙されるなんて……
やっぱり、時雨は凄いと思う。
でも、悔しい……悔しくて堪らない」
「―――!!」
まずい、雲雀は僕を殴ってフラストレーションを解放したみたいだから良かったけど、こっちの方が重傷かも。
一瞬、僕は急いでノートPCに「それは違う」と打ち込む事を考えるが、それよりも先に抱きしめる事にした。
伊織の元まで行って、ギュッと彼女の腰の辺りを抱きしめる。
拒絶されるかと思ったけど、伊織は受け入れてくれた。
だから、話す。
他人が見れば、はっはっと息を吐き、唇だけを動かしている、デブと美女が抱き合っている。
そんな光景だ。
それでも僕は、通じなくても伊織の目を見て、一生懸命、話す。
僕は嫌っていない。
騙してなんか居ない。
浮気はすいません。
気がすむなら雲雀みたいにすればいいから!
おこがましい言い方だけど、僕は、君が欲しい。
こっちだってハーレムの為に一生懸命だ。
3人揃わなくちゃ、意味がない。
3人が欲しいんだ。
他はいらない。
代わりなど存在しない。
僕がひとしきり、はぁはぁと、やっていると
「なに、盛ってんのよーっ!!」
内蔵から出てきた雲雀が、割り込もうとする。
しかし、伊織はそれを手で制する。
「時雨。私とキスして欲しい」
コクコクと頷く。
外野が五月蝿いが、今はこっちだ。
「前に言ったと思う……」
「?」
「キスするのは、とても危険」
ひゅっと喉がなる。
まさか……
「口内細菌による感染も考えられるが、毒娘による暗殺の可能性がある。
抱いている人物が、短剣を持っていたら、回避できない」
言っていたね、そんな事。
ごくっ
この先の展開に、僕は唾を飲み込む。
「今、私の唇には、毒が塗ってある。
毒娘が使う毒には、色々とバリエーションがあるが、これは経口摂取する事で即死に至る毒だ」
あ、やっぱり。
何となく、そう思ったんだ。
「名前を、深紅の蜜[シェンホンデミィ]と言う。
少量とて、体内に入れば、まず助からない」
雲雀が、悲しそうに微笑む。
「それでも……キスしたい?」
そんな当たり前の事っ!!
こっちは、あの時から、お預けを喰らってるんだ。
僕と伊織には15cm以上の身長差がある。
だからっ!
僕はジャンプして、伊織の首に手を回す。
丁度、抱きついている格好だ。
あとは、僕の重みに伊織が上半身を下げるだけだ。
それで、キスできる。
伊織が驚愕の表情を浮かべているが、気にせず唇を奪いにいく。
しかし。
僕が伊織の唇を奪う瞬間、彼女は首筋に力を入れて、無理矢理、背を伸ばそうとする。
ああ、僕の唇が離れていく……。
「し、時雨っ?毒は本当だ、嘘ではないっ!」
くそぅ。
僕の体重を物ともしないなんて!
ここで、諦めきれるか!!
力を入れる。
そうはさせじと、反り返る伊織。
何故か、顔には怯えの色が見える。
む。
そうですか。
僕の顔が怖いのか。
うう。
伊織なら、ブサメンでも受け入れてくれると思ったのに……。
こうなりゃ、意地だ。
絶対、キスする。
逃がすもんか。
押して駄目なら引いてみろ。
僕が力を入れて、その反発で身体を反らし気味にした所で、足を引っ掛ける。
バランスを崩し、体勢を立て直そうとした瞬間を狙って唇を奪う。
歯と歯がぶつかるのも気にしない。
ジーンとした痛みと共に、血の味、蜜の香り、柔らかな感触が伝わってくる。
「んん~~っ!!」
珍しく、伊織が焦っている。
ふふん。
もう、この唇は離さん。
蛇の様に腕を首に巻きつけ、必死に身体を引き剥がそうとする伊織に抵抗する。
後頭部を押さえて、更に密着。
ニューエルサレムで見たシスター・イルゼのキスを参考に、ヴラドとの経験を活かす。
唇を舐め、蛭の様に吸い付き、唾液を絡める。
吸って、こじ開け、舌を入れる。
口内を物色した後、押し返そうとする舌を噛んで引きずり出す。しごく。ねぶる。
「んー!んーっ!!」
泣き始めた。
ええー。
そんなに嫌ですか?
うわ、ちょっとショック。
自分から誘って来たくせに。
「う、う、うわぁぁぁんっ」
横から、声が聞こえた。
「離れろ、もう離れてよっ!
何で、女狐ばっかりなんだよぉ!」
ごすっ。
雲雀は力技で、僕と伊織の間に入ろうとする。
むぅ。
こんな極上の食材を前にして止めれるはずがない。
離さない。
「は・な・れ・ろーっ!」
しかし、戦いはあっけなく終わる。
伊織が、突然、地面に座り込む。
腰が抜けたみたいだ。
その一瞬の隙をついて、僕の腹に雲雀の発勁がきまる。
「ごふっ」
僕の身体は宙に浮き、2mほど飛ばされて倒れる。
「私が居なくなった隙を見計らって、ヤるなんてズルイよ、隠さないでよ、せめてフェアにしてよぉ。うわぁぁん」
フェアって別に競技か何かじゃないんだから。
僕を叩く雲雀。
だけど、いつもの様な力はない。
フェアとか平等とか言うのは、ハーレムを持続させる為には重要だろう。
でも、それ以上に胸が高鳴った。
それは、喰っても好いという合図?
僕は自分が最低の人間だというのを、自覚しているけど、そんな人間を好きで居続けてくれるの?
僕は、二股どころか、三股するけど、皆が浮気する事は許さない独占欲の強い人間だよ?
NTR展開には理解を示さないよ?
寝取るのは好物だけど。
もう、離さない。
絶対、逃がさない。
僕は、雲雀を胸に抱く。
「時雨、駄目っ」
伊織が、間に入ってくる。
嫉妬だ、嬉しいナァ……
「早く吐くっ!!毒、毒が!
時雨……死んじゃう、そうだ、解毒薬っ」
嫉妬じゃなかった。残念。
「ごふっ」
吐血した。
思ったより、毒の回りが早い。
あれは、伊織にしてみれば“命をかけてまで、私と一緒に居たいのか?”という問いかけだ。
ならば、躊躇なんてするわけがない。
それに、僕は、最低の人なので、勝算があってキスをした。
僕は口から血を吐き続ける。
雲雀や伊織が、何か言っているが聞こえない。
さて、一応の為に、延命手段はある。
僕は、ノートPCの方を見る。
そこにあるのは、赤い座布団……に変化した赤スライム。
あれを、飲み込めば、窒息死する代わりに、スライムの胃洗浄と治癒能力で毒殺は無くなる。
でも、僕の覚悟を、延命手段があるからキスした、と取られるのも癪だ。
いや、確かにある程度の打算はあったんだけどもね。
さて、どうしようかな。
即効性とはいっても、5分~10分はもつかな~とは思ったんだけど、無理だったか。
うーん。
でも、まぁ。
最悪、死んでもヴラドが蘇生してくれるよ。
気楽に死のう。
本日2回目だ。
うわ、他力本願。駄目人間。
あ、でも、絶対他力という言葉もあって、これは「絶対に自力で行うな。御仏に全てを委ねるのだ」という、それはそれは有難い教えだとか。
いや、でもなぁ。
やっぱり、少しは頑張ろう。
今の世の中、人に頼ってばかりだと良い顔されない。
ぼくならできるさ!
「ごばぁっ、げぇ、げぇぇぇぇっ」
本格的に吐血した。
赤黒い血が混ざっている。
これは、まずい。
やっぱり、何もできないかも。
だんだん意識が遠くなってくる。
ひゅーっ、ひゅーっ
耳元で風の音がする。
あ、違う。
喉から、息が漏れているだけか。
ゴロンと、横になる。
手が血塗れだ。
その向こうに、雲雀と伊織がいる。
雲雀が、僕の肩を揺さぶって何か言っている。
ごめん、何て言ってるのか判らない。
伊織が、僕の口を開けて、何か飲ませようとしている。
血と一緒に吐き出したけど。
雲雀。
伊織。
泣かないで、大丈夫。
蘇生できなくても、ヴラドが僕をアンデットにしてくれるよ。
そしたら、筋力を600%引き出して戦うよ!
ぐっ
親指を立てて、大丈夫とアピール。
ああ、お迎えの声がする。
では、僕は死にます。
南無阿弥陀仏。
あ、そういえば、ベッドの下のエロマンガ、封印しないと僕の性癖ががが……




