真の臣ならば、主と一心同体じゃ
機嫌が良さそうにヴラドは僕の身体にペンキを塗っている。
「お主様に見世物になってもらおうと思ったのじゃ」
「……」
「まぁ、見ておくのじゃ。
あの皇國代理天の者どもを、あっと言わしてやろうぞ」ふくく
プシュッと音がして、扉が横にスライドする。
ここは僕が、首を切られる前に居た部屋だ。
室内には、五十鈴さんだけで、他の人はいない。
僕とヴラドは中に入る。
「五十鈴殿、妾から主を奪おうとした不届き者は、どうしたのじゃ?」
「……」
五十鈴さんは、僕の姿を見て固まっている。
流石に僕も苦笑いを浮かべた。
「五十鈴殿?」
「あ、いえ、109ですか?」
「うむ」
「あの娘には、別命を出しました」
「む。そうかや……」
少し残念そうにヴラドは、言うと僕を前面に押し出す。
「ところで、どうじゃ!五十鈴殿。
主様が随分と男前になったじゃろう!!」
「え?……ええ、まぁ……」
そうだよねぇ。
ココは笑いを堪えるよねぇ……。
今の僕の格好は、全身、真っ赤なタイツ。
少し正確に言うなら、日曜の朝のTV番組、スーパー戦隊シリーズのヒーロー達が着る様な、戦闘服と言えば良いだろうか?
赤を基調にした材質不明な、身体にフィットする、切れ目の無い服。
そう、身体にフィット!
どうしても、身体の線が出てしまうのである。
まぁ、裸と違って、毛深いのや、火傷痕が見られるわけじゃないから、幾分、気が楽だけど、それでもやっぱり、恥ずかしい。
でぶ~ん、というオノマトベが似合い様な、そんな体型が。
更に、戦隊戦闘服との相違点として、素肌が出ている事があげられる。
目と口、耳は真紅のタイツで覆われていない。
見た目は、覆面レスラーみたいな感じだ。
うう、余計に怪しく見える。
「えと……患者服は、どうしました?」
「ん?何の話じゃ?」
「おかしいですね、109に用意させたはずですが……」
「無かったのじゃ。
あの女子は、ペンキを用意して、露出プレイを強要しおったぞ?」
「え?」
そうだよねぇ。普通じゃ考えられないよ。
企業に契約に来て、帰りに服がないので○○○○プレイしろは……。
何の嫌がらせ?
その前のセクハラといい、108の攻撃といい、怒って良い場面なわけで。
「す、少しお待ち下さい」
五十鈴さんは、部屋の片隅に異動すると、急いで109と連絡を取っている。
ちょっと珍しく焦っている五十鈴さんを見れた。
「いったい、どういう事?」とか「嘘ではなく、真実を明かしなさい」とか、スマホモドキで話している。
坂崎医師や109、ソレに加えて、108の気の短さと言い……実は、けっこう苦労人か?五十鈴さん。
「これは明らかに109からの挑戦じゃ!!」ぐっ
「え?」
五十鈴さんは、109との情報を処理しながら、ヴラドの対応をしている。
「五十鈴殿には悪いが、この戦い、逃げる訳にはいかんのじゃっ!」
「は、はぁ、そ、それでは、いったい……?」
「うむ。そしてっ!
我が主様が着ている、この服こそが答えじゃ!!」
だっせぇ。
なんて言う無かれ。
見た目も重要だが、性能の方が大事な時もある。
「その服は、皇國代理天では、かなり異色な服ですね。
あ、と、その、表現に困ります」
「ふふん、あの女子は、ペンキで服を作れと言っておったのでの。
作ってみたのじゃ!」
「は、はぁ」
「丁度、赤、青、黄色、白、黒の五色が有ったでの。
それぞれに、形状記憶能力と存在意義と自立防御機能を与えてみた」ふふん
「……それは、どういう事ですか?
形状記憶、存在意義……?自立防御機能?」
うん。判らないだろうね、妙なオブラートに包んでいるから。
「まぁ、見ておくのじゃ。
あの皇國代理天の者どもを、あっと言わしてやろうぞ」ふくく
そう言ったヴラドは、にんまりと笑う。
うわぁ、悪そうな顔。
「何を言うのじゃっ!
こんな可憐で清楚な、妾に向かって!」
いや、可憐で清楚とは普通、自分で言わないよ?
「む?そうかや……」
僕はヴラドの些細な葛藤なぞ気にせずに、ホワイトボードを見せる。
『で、何やるの?
あまり酷い事は無しだよ?』
僕はホワイトボードで、ヴラドの注意を引き、僕の心を覗かせる。
僕と知識共有しているなら判っていると思うけど、地球は今、やばい状況だからね?
今は情報が欲しい。
侵略者は、皇國代理天とラパ・ヌイ以外にも、コクーン:キハ1011、ニューエルサレムに、残り2つと総勢6勢力が、地球を狙っているみたい。
だから、言い方はおかしいけども、友好的な侵略者と仲違いする様な事をするワケにはいかないんだ。
間違っても、関係が悪化して敵対関係になる様な状況は、まずい。
今のうちは、そうしておかないと、首が回らなくなるから、お願いだよ?
我を忘れて、目の色が攻撃色になっていそうな、ヴラドに釘を刺す。
「ん。判っておる。お主様」
本当かなぁ。
「むぅ、この世界の世界法則[リアリティ]に染まったお主様は、ほんに疑り深いのぅ」
裏切りが日常茶飯事な世界なんだから、仕方が無いとは思うけどね。
「むぅ、奴らの身から出た錆びじゃが、救済措置でも残しておこうかの」
うわぁ。
何する気だったんだ。
ヴラドは、暫く考え事をしていたけど、マジックで床に変な文字を書き始める。
同時に、他のマジックも、誰も触っていないのに、独りでに動き始め、ヴラドの手伝いを開始する。
何らかの超常的な力が働いている。
その正体を、僕は知っているのに、今一歩で思い出せない。
いや、理解していたんだけど、それを妨害されて、理解できない。
今まで判っていた事が、たったほんの少しの事で、判らない。
この世界に来てから何度も味わった、この焦燥感にも似た感覚。
皇國代理天の世界法則[リアリティ]に阻まれているのが、こんなにもどかしいなんてっ!!
円の中のペンキを中心に、様々な色で描かれた幾何学模様が完成すると、ヴラドはおもむろに謳いだす。
身振り手振りを交え、且つ、リズミカルに。
「〜♪」
円の中心には、5色のペンキが置かれ、ヴラドはペンキに、何かを交ぜているようだ。
「〜♪」
何だろう?
前に僕は、コレと同じ物を見た。
一昨日、僕の家で。
凄く神秘的な光景だったのを覚えている。
そして、今の僕では、理解できない現象が起きた。
ペンキが動き出す。
自らの意思で。
「ふふん、成功じゃ。一時的な生物創造の魔法【クリエイトマジカルクリーチャー】粘体戦隊スライムファイブッ!!」
うわ、語呂悪っ!
「さてと、お主様は何色じゃ?」
「?」
「えーとじゃな、何色が好きじゃ?」
あ、そういう事か。
じゃあ、僕はきいr
「そうか、やはり赤が良いかや。
さもありなん、リーダーなら赤じゃろう!!」
え?
いや僕は、きいr
「妾を率いるのじゃから、赤じゃろう!
もしくは、白じゃな!」
は、はい……。
赤で良いです。
「うむ。では次にいくかや」
「?」
「このスライム達はのぅ、特殊能力【従属魔創造】によって、童の眷属となっておる。
そこでじゃ、この赤色には、妾の下僕の統率者たるに相応しい、更なる強化を行おうと思っての」
えーと、具体的には何をするの?
「擬態能力の付加じゃな」
擬態?
蛸やカメレオンみたいな物かな?
じゃあ、他の色のペンキは、どうするんだろう?
「おお、それか、簡単じゃ」
「?」
ヴラドは、動くペンキの入った缶を持つと
「しまった、手が滑ったのじゃ」
ばしゃっ
今、投げたよね?
思いっきり投げて床一面に、ぶちまけたよね?
ぶちまけられた4色の粘体生物は混ざることなく、1匹1匹、うねうね、ずるずる、ぷるぷる、ぬるぬると床の上を蠢いている。
うわぁ、きもい。
しかし、しばらく蠢いていた、4種類の不気味な粘体生物は、床に開いた下水稿から、ずぞぞぞっと流れていく。
「ふふん。
おおう、なんと恐ろしい事だ。
奴等が解き放たれてしまった」
棒読みです。
何したの?
「うむ。奴らスライムはのぅ“貴方の迷宮の掃除屋さん”と言われておっての。
色々な術者が、独自のデザインをして販売しておる」
はぁ?
えーと。
「まぁ、待つのじゃ、まずは説明を聞くのじゃ。
どうせ、五十鈴殿も後からこの状況を、眼鏡と耳で知るのじゃから、ココで一気に説明しようぞ」
「で、このスライムじゃが、常温なら、有機物を体内に取り込み、強力な酸性の液体を分泌し、溶かす事で、ほぼ無限に行動できる」
えっと……ドラハイクエスト、略してドラクエ系の最弱生命体でなく、最終幻想や浪漫神具伝承の強敵タイプか。
「本来のスライムなら……の話じゃがの」
「?」
「今回のスライムは、妾がペンキから魔法で作り出した擬似生命じゃからの。
言ってしまえば、一時的に妾が皇國代理天の世界法則[リアリティ]から、ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]に鞍替えさせ、魔法で生命を与えた物じゃ。
じゃから、魔法の有効距離、即ち、妾の認識外に行ったら、元の状態に戻ってしまう」
んーと……。
じゃあ、この謎の生命体は、ヴラドから見えなくなったら、ただのペンキに戻るって事なのかな?
「そうじゃ。
ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]から、皇國代理天の世界法則[リアリティ]に戻されるのじゃ」
「?」
何でそれが、ハオー来訪者みたいな言い方をしたわけ?
そいつに触れる事は死を意味するっ!
これだ!これがハオーだッ!!
みたいな。
皇國代理天の人に一泡吹かせるんじゃなかったっけ?
「もちろんじゃ。
そこで、あのスライムには、構築時に触媒として、お主様の子種を仕掛けた。
要は、皇國代理天の生物っぽく見せる為に、遺伝子を仕込んでみたんじゃ」
余計、判らなくなった。
何をしたいの、ヴラド?
「判らぬか……
では、少し楽しみに見ておくと良いのじゃ。
失敗する可能性もあるしの」
「?」
「それよりも、見るが良いのじゃ。
丸々と太った、かわいいスライムじゃ」おーよしよし
おーい。
「お主様の子種と、妾の愛液で生まれた愛の結晶じゃな」ぽっ
何だろう?
確か、日本神話にあったよね。
伊邪那岐と伊邪那美の国生み神話で、最初に生まれた子供が、水蛭子って言う人外の生命体で「僕たち要らないから、ぽーいっ」ていう話。
「いや、冗談じゃ。
そこまで高尚な話にされても困るのじゃが……」
あ、冗談だったんだ。
僕は、てっきり、ヴラドにそういった趣味がある物とばかり……。
「まぁ、取り合えず、お主様は、このレッドスライムを身体中に貼り付けてくれれば良いのじゃ」
は?
うりゃ。
べちゃ。
結局、ヴラドが何をしたかったのかは、教えてもらえなかった。
五十鈴ずさんにも説明するから一括でって言ったのに……。
先程、ヴラドが言っていた、形状記憶能力と存在意義と自立防御機能とは、ただ単に、生物にしてみました、というだけの事なんだと思う。
それだけでも充分に凄いが。
まぁ、もうヴラドの認識外になっているから、元のペンキに戻ってしまったんだろうけど。
本当に、何をしたかったんだろう?
判った事は、今、僕の身体に張り付いている紅い謎の生命体の性能だ。
非常に限定的ながらも、張り付いている僕に対してのみ、弱い治癒能力を持っている事。
僕の身体を酸で溶かさない割に、無機物でも溶かすほどの強酸を外に向けて出せる事。
ヴラドの使い魔なので、常に彼女と感覚共有しているという事だ。
さて、この治癒能力だが、僕の喉には何の効果も発揮していない。
と言うか、喉に入ってこられると、僕が窒息死するので、止めてもらった。
ヴラド自身が蘇生の超常能力が使えるから、問題はないようだけど、確かラパ・ヌイに行かないと無理なんじゃなかったっけ?
気づくと、五十鈴さんと109の会話は終わっていたようだった。
「申し訳ありません。
時雨君、実は……」
五十鈴さんが、109のした行動を誤ると同時に、背景を説明してくれた。
結局、僕が本来着るはずだった服は、患者服だったらしい。
ただ、首を切られた時に鮮血まみれで、今まで着ていた物は、廃棄してしまった。
その為、現在、服を特注で作らせているのだそうな。
服を特注と言うのも、実は御国柄というか、皇國代理天の変わった常識が働いている。
皇國代理天において、デブという存在は、自己の健康管理すらまともにできない異端という事らしい。
地球の感覚で言うと、社会的に見て問題のある人物、何らかの問題行動を起こしている人間、要するに犯罪者と同等という扱いだ。
そのような非効率的な人物は、企業では使わない。
企業で使われない人間と言うのは、この世界ではゴミだ。
存在そのものを、必要としない。
だからこそ、僕みたいな体型の服がない。
需要が無い所には、供給も無いのだ。
一言、言ってくれれば良いのに、109という人は、ここぞとばかりに、自称“可愛い悪戯”をしたらしい。
うーん。
人、それを悪逆と呼ぶッ!!
五十鈴さんが、今までのペンキ騒動について語り終えると、ロム兄さん名言集に思いを馳せている僕に代わって、ヴラドが答える。
「五十鈴殿の話から、だいたいの概要は判ったのじゃ。
服が無いのであらば、仕方が無かろうとは思うが、いささかペンキはやりすぎじゃろ?」
さっきまではヴラドは怒っていたけど、今では別段、怒っていない様だ。
あまり怒りは持続しないタイプみたいだ。
その分、怒ると時は烈火の如く……なんだろうなぁ。
実は僕もさほど、怒っているわけではない。
ずっと怒っているって、結構、疲れるんだ。
どうせ疲れるなら、心地よい疲れが良い。
まぁ今は、ヴラドとの行為の後で、物凄く疲れているわけですが。
できれば、眠りたい。
さっきまで、再生槽で爆睡していて言うのもなんだけど。
が、まだ五十鈴さんとの話が終わっていない。
「はい。それについても、重ね重ね申し訳ありません」
「ペンキについて、何か理由でもあるのかや?」
「いえ、それが……」
「あー、と言う事は、109殿の趣味から、予想はつくのじゃが、まさか……」
「はい。ホワイトボードのついでに思いついた様で……」
そうか、ペンキぬれという指示は、嘘でしたか。
まぎらわしい事をするなぁ。
半分、もう投げやりな感じだ。
でも、まぁ、チャンスはチャンスなわけで。
「109殿のペンキについては、仕方なかろう。
不問にしようと思うのじゃが、お主様はいかがするのじゃ?」
『いいよ』
僕は、ホワイトボードを見せる。
「はい。そう言って頂けると助かります」
五十鈴さんは、僕の方にお辞儀をする。
「じゃが、それはソレ。これはコレじゃ」
「は?」
「我が主は、五十鈴殿の部下数名から、多大なる精神的苦痛を受けておる。
主と五十鈴殿は、やり方はどうであれ、主従で無く、対等な契約を結んだにも関らずにのぅ」
「……」
「五十鈴殿は、何か含む所があるのじゃろうか?
妾は浅学故に、その思いを知る事は叶わぬ。
我が身の、不徳の致すところじゃ。
もし、妾等に手落ちがあったなら、教えて頂けると良いのじゃが……」
「い、いえ、その様な事は……」
「ふむ、含む所も無いのに五十鈴殿の部下は、妾と我が主様を嘲ると……。
それが皇國代理天流のもてなしと言うのじゃな?」
「違います。断じて」
「確か、不慮の事故が発生した場合について、契約を交わしていたはずじゃが……」
それは、ヴラドだけだよ?
つっこんでおく。
ここに入る前に五十鈴さんと交わした契約がある。
それは、再生槽に入るヴラドに人体実験や、遺伝子の採取などをさせない様にするための取り決めだった。
ヴラドは、その記憶を知識共有で探り当てて、五十鈴さんに言っているのだ。
「その契約については、ヴラド君のみで、時雨君は対象外です」
やはり五十鈴さんも、そう切り返すよね。
「しかしの、どこぞの世界に、主を差し置いてまで、我が身の安穏を願う臣がおるかや?
真の臣ならば、主と一心同体じゃ。
主が倒れるならば、それは我の死すべき時ぞ」
「……」
「故に、我が主様がこうむった被害は、妾がこうむったも同じ事ッ。
それとも、五十鈴殿の部下は、契約があったから、妾ではなく、我が主を襲ったのかや?」
少し詰問調のヴラドは、妙に迫力がある。
扇子と和服なんか似合いそうだ。
今度、着せてみよう。
なんて事を思っていたら、ヴラドに睨まれました。
気を抜くなと言いたいらしい。
「こちらの不手際については、如何様にも謝罪しましょう。
ですが、契約は契約です。
そのように理を曲げられても、お受けする訳には参りません」
「……」
「……」ふぅ
「……」
「……のぅ、五十鈴殿。
別に妾は、コレを利用して何かをしようと思っているわけではない。
今後、皇國代理天、五十鈴殿とは何度も顔を会わせる事となろう」
「そうですね」
「ならば、双方で諍いの元となる、遺恨を残さぬ方が良いと、判断しての事じゃ」
「……」
「今回の問題は、商取引に必要な“信用”という物が、全くかけている事から起こった事ではないのかと、妾は見ておる。
相手の言葉の裏をかき、揚げ足を取り、契約を立てに侵略する。
それが、皇國代理天流の商取引じゃというのも判るが、それを他の異世界でも行うのは、いささか問題じゃろぅ?」
「この世界において“信用”などと言うものは、署名されていない契約書と同じですよ」
五十鈴さんは静かに微笑んで、ヴラドをみる。
いや、もしかしたら、自嘲の笑みなのかもしれない。
「??……えと、どういう事じゃ?」
その言葉の意味が判らず訪ね返すヴラド。
誰も同意していない、実行もされない、何の効力も無い、要するに自分勝手な思い込み、という事だよ、ヴラド。
五十鈴さんは、僕が思った事と、同じ様な説明をヴラドに話す。
「しかしのぅ、本当に信用が無ければ、相手と契約すら取ろうと思わんじゃろ?
かといって、毎回、相手の弱みを握って、ソレを使って追い詰める手法を取るのは、上策と思えんのじゃ。
それでは、ますます信用を無くすだけじゃ」
「……」
「妾等としては、皇國代理天とは、ある程度の信頼関係を結んでおきたいと思っておる。
お主等とて、背後から切りかかる様な者は、少なくした方が得策じゃろ?」
「そうですね」
「ならば、妾等との間に信用を築かねばなるまい?
今のままでは、妾等は、契約そのものを疑う必要があるのじゃ」
「それが、契約と言うものですよ?」
「ぬ」
ヴラドが唖然としている。
「……」
「……」
「ふぅ……五十鈴殿、1つ言わせて貰うならば、契約などと言っても所詮は、紙に書かれた約定にすぎん。
相手が守る意思が無いのであれば、契約不履行を立てに声高に叫んでも意味は無いのじゃ」
「ですが、契約こそが全てです。
其処に書かれた一言一句こそが、至極の金言」
「だからこそじゃ。
至極の金言だから、契約を守るのは、信用を無くさぬ為でもあろう。
ならば、揚げ足取りに言葉を弄ぶのではなく、文間に込められた想いを、掬い上げてみてはどうじゃ?」
「それは、契約当事者としての甘さになります。
命取りになりかねませんよ」
「妾は、そうは思わんのじゃ。
少なくとも世界法則[リアリティ]の違う者と契約を結ぶ時は、やり方を変える事を薦める」
「……」
「武力や魔法をもってすれば、この世界の契約なぞいくらでも覆せるのじゃ。
そうしないのは、相手への信用が根底にあるからじゃろう。
信用と言うものは、武力や魔法、契約、どんな富でも得る事は出来ぬ。
失うのは一瞬で、少しずつ積み上げるしか手段が無い、時間のかかる物じゃ」
おお、なんかヴラドが良い事を、言っている。
だけど、本当の所、どうなんだろう?
皇國代理天の契約は、信用が無い代わりに裏切りに対する制裁措置で、上手く回っている気がする。
何もかも地球のやり方を押し付けていたら、効率が悪くなるんじゃないかな。
それとも、こんな風に思考する時点で、ヴラドの言う通り、皇國代理天の世界法則[リアリティ]に染まっているんだろうか?
「ですが……」
五十鈴さんが何か言おうとするのを、止めてヴラドは言葉を紡ぐ。
「契約が有効なのは、それは平時であるからじゃ。
乱世においては権謀術数、武力が全て。
侵略者の言を、約定を守ろうとする者なぞ、殆どいまい」
「……」
「そんな時でも、信用は価値ある物となる。
乱世では、信用を担保にして契約を結ぶのじゃから、当然じゃ」
「―――!!」
「これは、信用を無くす行為をせぬ様にと、老婆心ながら告げておるのじゃ。
どうするかは、五十鈴殿しだいじゃが、取り敢えずは、今後、この様な事は無い様にお願いしたい」
「はい。それh」
「今後、妾を怒らしてみろ。
契約なぞ、妾の前には役に立たん事を教えてやろうぞ。
お主等の侵略方法が、だまし討ち、計略や陰謀、暗殺ならば、妾が叩き潰すまで。
軍隊を持たぬ世界なぞ、一夜で滅ぼしてくれるわッ」
いや、ちょっと待ってヴラド!
喧嘩売ってどうするんだよ!
実は、僕が行おうとしていたのは、皇國代理天で受けた数々の仕打ちを立てに、ラパ・ヌイとの戦争のバックアップを、お願いしようと思っていたのだ。
実際、僕が思っていた以上に、こちらで時間をかけすぎた。
地球に帰還したら、すぐにでもラパ・ヌイへの対策をしないと、日数が足りない。
その為にも、使えるものは何でも使いたかった。
今までの交渉で五十鈴さんには、こちらの手の内は、殆どばらしてしまっているのだ。
なら、いっそ全てをばらして協力してもらおう、というのが僕の考えだ。
だから、ヴラドには交渉を、そっちに持っていって欲しかったんだけど……。
「だまし討ち、計略や陰謀、暗殺……ですか。
確かにそう取られても仕方がありませんね……」
流石に五十鈴さんも言葉を失っていた。
「取り敢えずは、お互いを知る所から始めてみるのはどうじゃ?」
「お互いを知る?」
「色々と話してみなければ判らぬし、信用もできまい?
失礼じゃが、五十鈴殿は、部下に恵まれておらぬ様子じゃ。
実力はあるのじゃが、性格的に難のある者が多そうじゃしの。
話せば、見なかった事も見えるようになるはずじゃ、思慮を深める事にもなろう」
「……」
「そこでのぅ、1つ、五十鈴殿から言質を取っておきたくのじゃ」
「言質ですか?」
「うむ。簡単な事じゃ。
一筆したためてくれるだけで良い」
「どのような?」
「地球と皇國代理天の関係は、常に対等であり、ビジネスパートナーとして協力関係にある……と」
「……」
「どうじゃろうか?」
「協力関係とは、どこまでを指しますか?
もし、通商協定などをお望みでしたら、私の権限を越えていますし、一介の高校生である時雨君の言葉には、何の価値もありませんよ?」
「ふむぅ……適用が広すぎるのが問題かや?」
「はい」
そうか、国家規模の話となると駄目か。
僕は、自分の考えが浅はかだったと気づく。
とはいえ、まだやりようはある。
皇國代理天の侵略方法は、ラパ・ヌイとは違う。
実は、ココに来て五十鈴さんと話をして、少し判った。
ラパ・ヌイは侵略完了と同時に、万物構成物質[マナ]へと世界を変えて自分達の世界の力とする。
同様に、皇國代理天は侵略完了と同時に、歴史歪曲をして、その世界の人々を自分達の世界の力とするのではないだろうか?
皇國代理天の侵略目的は、貿易だ。
正確には富、貿易で企業に富をもたらす事だ。
その富は、様々に形を変え、流動し続ける事で価値を高める。
そして侵略完了は、市場としての魅力が無くなった時、即ち、富が1ヶ所に留まり流動する事が無くなった時だ。
多分、その時には、皇國代理天の世界法則[リアリティ]が、世界の全土を覆ってしまっているのだろう。
全てを万物構成物質[マナ]に還元するなら、侵略した異世界の全てを破壊しても気にならない。
それがラパ・ヌイ。
長期になればなるほど、自分達の万物構成物質[マナ]を失っていく事になるのだから、狙うのは短期決戦。
皇國代理天は、市場に活力がある事を望むから、全面戦争状態は、望まない。
どちらかと言えば、継続的な消費状態、泥沼化した地域紛争が理想の状態だろう。
最終的には、死の商人になるが、それでも活気があるならば、裏から投機してでも、侵略した世界をそのまま保とうとする。
富を絞りつくすまで。
短期決戦と長期的視野、破壊と継続。
このラパ・ヌイと皇國代理天の侵略方法の違いは、利害の不一致が確実に起きる。
いや、ラパ・ヌイと皇國代理天では、利害関係が成り立たないどころか、対立する事になる。
それを利用しよう。
皇國代理天の侵略は、まだ始まったばかりみたいだ。
戸隠さんが、翻訳機を作っていた事から考えると、初期調査が済んで本格的な侵攻準備の段階だ。
言葉が判らずに長期的侵略なんてありえないのだから。
更に付け加えるなら、その状態でニューエルサレムに出し抜かれている状態……なのだろう。
五十鈴さんの説明を真に受けるなら、だけど。
これが、真実なら、何らかの協力を取り付けておくのは、五十鈴さんにとっても悪い事ではないはずだ。
何しろ、ニューエルサレムとは、山を挟んで隣なんだから。
「妾が恐れておるのは、皇國代理天に基本的人権という思考が無い事を恐れておるのじゃ」
「企業が第一ですから、当然です」
「……」
「先程の文面の範囲ですが、ヴラド君と時雨君のみという事でしたら、ビジネスパートナーとして協力関係にある間は、基本的人権の自由権と平等権を尊重する事は可能です。
もちろん、例外として、合意された契約に関しては、含めない事になりますが」
「ふむ……」ちら
ヴラドは僕を見る。
言いたい事は判る。
「今は、この言質だけで我慢するか?」という事だ。
うーん。
僕はヴラドに、後一押しをお願いする。
「判った。今後、五十鈴殿も様々な人物と契約をするであろうしの。
ならば、その文面を、ビジネスパートナーとなった者を対象とする様にして欲しいのじゃ」
「……」
「妾達だけでなく、今後の関係にも関るので言質を頂きたいのじゃ。
じゃが、それだけでは、なんじゃな。
どうであろう、五十鈴殿の部下数名と、お互いを知る意味でも食事会……は、この世界では違う意味を持っておったな。
そうじゃな、それぞれの異世界についての常識を知る為、定期的に会議をする場を設けたいのじゃが」
「定期的に……ですか?」
「そうじゃ。
少なくとも、妾等には共通の敵がおるのじゃ。
共有できる情報なら、しておいて損はあるまい?」
「……」
「ええと、何と言っておったかの?
……そうじゃ、バイブの様な関係じゃ!」
「バイブ?」
五十鈴さんが聞き返す。
「?」
僕も悩む。
ヴラドは何を言いたいんだ?
「うむ。ウィンウィンな関係じゃ」ふふん
「……」
「……」
「……そう、ですね……確かに、その通りです。
良いでしょう、それで構いません」
五十鈴さん、スルースキル高いなぁ、大人だね。
それに引き換え……。
「な、なんじゃお主様ッ!」赤っ
いえ、何でも?
「で、では、五十鈴殿が、ビジネスパートナーとして協力関係にある者は、基本的人権の自由権と平等権を尊重するとの言葉、確かに承ったのじゃ」
「判りました、あとで署名にして御渡しします」
取り合えず、これで地球侵略の実働班からは、言質を取った。
すぐに裏切り者の出る皇國代理天では、あまり役立たないけど、108の牽制ぐらいには役立つだろうし、少なくとも敵と認識はされないですむ。
将来、皇國代理天は、非常に手強い敵になるだろう。
だけど、今の段階では、ラパ・ヌイの対処をしなければならない。
その為には人手が必要だけど、僕に友達は殆どいない。
頼れる大人は、お出かけ中、地球の軍隊はアテにならない。
となれば、ある所から借りるしかない。
という流れになるわけだが、この借りは、凄く高くつきそうだなぁ。
後から、何を言われるか判らない。
まぁ、皇國代理天の目的が貿易による富なら、防ぐには、やはり健全な商取引しか無い気がするけど……。
現在の所、皇國代理天との貿易は、通関していない。
関税どころか、輸出入規制すら無視して皇國代理天の物が入って来ている。
入り口は五十鈴マンションだ。
でも、実際の所、国外ではないから、規制のかけようが無い。
既存の法律では対応できないというべきだ。
要は、中国やロシア、北朝鮮の国境で行われている様な国境貿易の形だろう。
闇貿易なわけだけど。
だけど、流通させるつもりなら、日本国内は無意味だし、日本から輸出するなら関税は掛かる。
むしろ彼らのやり方で、より効率的な方法は、日本ではなく、もっと資源のある国に異界門[ゲイト]を設置した方が良い。
資源輸出国……例えば中近東や米国、豪州だ。
て、その資源を元に皇國代理天の技術力で、安く量産、付加価値をつけて輸出した方が理にかなっている。
では、何故、わざわざ資源の無い日本に、異界門[ゲイト]を設置したのだろう?
簡単だ。
物品を通した貿易ではないから。
国と国の間で商品を売買する、それが貿易だが、実はそれだけではない。
よくよく考えれば、特許、金融、旅行や保険、無形物だって取引できるのだ。
そう、僕は物品の貿易だけだと思い込んでいたが、サービスだって充分な貿易となりうる。
日本と皇國代理天でやりとりするなら、金融や特許だろう。
そうか、確か銀行も経営しているみたいだった。
五十鈴銀行だっけ。
色々と手広くやっているって、新田が言っていた。
となると、不動産とか証券会社とかやってそう……というか、やっているだろうな。
実際、マンション爆破の話で、物件が安く手に入るって、交渉後に言っていたし……。
地元密着型暴力組織ともコネがありそうだし、もしかして、今回の駅前の火事も五十鈴さんに美味しく料理されるんだろうか。
と、なると……。
皇國代理天の侵略で、最も気をつけないといけないのは、経済的な依存だ。
世界的不況の中でも日本は、破綻する可能性の低い国家だけど、ここ何十年と景気の低迷が続いている。
だけど、皇國代理天の侵略の過程で、もしかしたら一時的に活性化するんじゃないかと思っている。
その結果、景気が回復したと沸きあがって、無駄な投資や無意味な投機を再び行えば……皇國代理天の餌になるだけだ。
どちらにしろ、日本だけでは、星1つの企業体と、まともに遣り合えるはずがない。
皇國代理天の総資産がいくらかしらないけど、最終的に日本の企業は全て牛耳られてしまう。
残された時間は、五十鈴さんの資産運用額しだいだ。
あー、もう、僕如きじゃ手に終えない。
これは、個人でどうこうって話じゃないよね。
さっさと偉い人に丸投げしよう。
「さて、五十鈴殿、話は一区切りついたわけじゃが……」
ヴラドが意味ありげな視線を五十鈴さんに送る。
「あ、はい、そうですね」
どうしたんだろう?
ヴラドと五十鈴さんが僕を見ている。
「お主様、この話の前に話していた事、覚えているかや?」
話していた事?
「これから、お話しする事は、多分に推測の混じった物となりますが……時雨君自身に関係することです」
「暇乞いの前に、詳しく内容を聞いて置いた方が良かろうと思っての」
「?」
何の事だろう。
「地球の世界法則[リアリティ]の事じゃ」
あ、そういえば、さっきヴラドが言っていたっけ……。
再生槽を出る前に話していた事だ。
保存の法則という物が、僕に悪影響を与えるかもしれないって。
『聞かせて下さい』
僕は五十鈴さんにホワイトボートを見せるが、その時、ヴラドの声が僕の耳を打つ。
「もしかしたらお主様は、地球に帰還できぬやもしれぬ」
は?
えーと。
どういう事?




