僕と八代時雨
夢を見ていた。
遥か、と言っても、多分3年から5年ぐらい前だと思う。
既に忘却した記憶の断片だ。
これが、現実にあった事なのか、それとも只の夢なのか、今の僕は、判断できない。
八代の家から裏山に入ってすぐの所に、1本だけ、それは見事な桜が生えている。
樹齢は300年近くという話だ。
毎年、八代家では、この桜で花見をしていた。
基本的に海外で活動している母と僕も、大晦日に帰り、正月からずっと日本で過ごし、花見が過ぎると海外の活動へと向かう。
桜の木と、祖父がいて、祖母がいて、母がいて、僕がいる。
この光景で、何の違和感も感じない。
だが、引っ掛かりを感じた。
理性の方で。
1人いない。
父が、いない、のか?
そう、飛行機事故で死んだ僕の両親。
父と母のうち、父がいない。
この儀式には、家族全員が参加するのが慣わしだ。
でも、父がいない。
……。
いや、違う。
この光景であっている。
父はいない、であっている……。
そして、僕は、僕自身に違和感を覚える。
そう、この景色を僕は、外から眺めている。
あの輪の中には、時雨がいるのに、僕は外から、桜の周りの、八代家の人々を眺めている。
幽体離脱している様な感じの、第三者視点の僕だ。
祖父と祖母は、ゴザを敷き、母は純米大吟醸を持ってきてる。
何処の銘柄だったか判らないが、母がとても気に入っていた物だ。
時雨は、その後ろから、料理を持ってきてる。
第二次性徴を向かえる直前の時雨だ。
少し、ふっくらとしてきている。
いや、言い直そう。
かなり、ふっくらとしている。
真夜中に料理を食べ過ぎるからだ。
でも、仕方が無い。
この当時の時雨は、料理を作るのが楽しくて仕方がなかった。
近くで、旨い旨いと言って食べてくれる人達がいて、料理を教えてくれる人がいる。
自分の腕前が、確実に上がっているという実感が伴い、更に磨きをかけたくなる。
こんな環境で、頑張らないわけが無い。
真夜中に、料理を作って、1人で食べていれば、当然、目に見えて変化が現れるが、それが、第二次性徴前の急激な体の変化だと、家族はとったみたいだった。
まぁ、結果として、第二次性徴を迎えても、ぶくぶく太ったわけだが。
ああ、そうだ。
これ、小学校最後の花見、4年前の花見だ。
確か、この花見に持ってきていた食事は、オーソドックスだが、結構自信作だったはずだ。
5段重ねの御重を、風呂敷に包み、ひーひー言いながら持ってきてる。
あはは、実際、この当時の時雨は、非力だったからなぁ。
祖父は、いつもの作務衣だ。
祖母もいつも通り着物姿だが、少し薄い桃色の春らしい一品だ。
それに対抗して母は、いつもの迷彩服じゃない。
何故かメイド服だ。
メイドならメイドらしく働いて欲しいと思う。
殆どの雑用は時雨がやっている。
時雨の方がメイド服は似合うでしょ。
いや、1年前だったらと注釈が入るなぁ、この頃になると。
さて、花見の準備は整った。
例年だったら、これで花見を開始して、みんなが酔っ払って寝たら、時雨も眠るんだけど。
この年は、あと1つ、ファクターが足りない。
「待ってよー」
メイド服の少女が走ってくる。
本当だったら、時雨が着る筈だったメイド服だ。
残念ながら「着たい」と言った時雨の意見は、祖母と母に却下された。
だから、あの少女が代りに着ている。
「おいてくなんて酷いよぅ」
「ゴメンね、雲雀」
時雨が笑う。
「う」かぁ
「似合ってるわよ、雲雀」
夕立が、笑顔で。
「メイドではなく、割烹着にしなさいと、私があれほど言ったのに……」
微笑みながら文句を言う氷雨
「でも、元々は時雨用だから、ちょっと胸がきついんですよ。お姉さま方」
「「うらやましいわね、それ」」
拳を握って笑顔を保つ、祖母と母。
「んん~。氷雨も夕立も、ワシが結構もんでやってるのになぁ、どれ、雲雀、ワシにも少しもませtごふっ」
両側から、拳が腹に決まっている。
祖父も、言わなければ良いものを。
「おじーさん?」ごりっ
氷雨が着物の袖から、手の平サイズの拳銃[コルト25オート]を取り出すと、祖父の顎の下にあてる。
「口は災いの元」
夕立は太ももから、タクティカルナイフを拭くと、祖父の首筋に当てる。
仲が好いなぁ。
時雨は、ちょっとため息をついてる。
時雨の将来設計としては、注射器を持って、あの仲間に入る予定だった。
しかし、氷雨と夕立の猛反対に合い、あえなく断念する事となった。
「「女らしい事禁止!」」
氷雨と夕立、親子揃って、時雨にのたまったのだ。
「そ、それは横暴です!」
必死に時雨は抵抗する。
「「いいえ!これは愛よ!」」
氷雨、夕立の連合軍には敵わない。
そして時雨は、去年の夏休みから、長かった髪を切り、スカートは履かせてもらえなくなった。
唯一残ったのは料理。
これだけは、止める訳には行かなかった。
自分の為、祖父の為、生きて行く為に。
時雨の料理の先生は、八代家の人々を指して
「倫理、論理、経理が無いんだったら、せめて、人間としての最低限の料理を!!」
そう言って時雨とともに、氷雨、夕立の連合軍と戦い、料理する事だけは許可させたのだ。
既に、八代家の胃袋は、時雨の料理の先生、雲雀にがっちりキャッチされていたのだ。
宴もたけなわ。
祖父、氷雨、夕立は酔いがまわってきているらしい。
祖父の両肩にもたれて女性陣2人は、幸せそうに会話をしている。
雲雀と時雨は、少し離れて、それを見ている。
「お姉さま方、幸せそうね」
「静かになるのは、寝てる時だけだからね。
あと少ししたら全員、寝ちゃうよ?」
「そうなの?」
「うん」
「あふ、私も眠くなってきた」
そう言って、時雨にもたれてくる。
「あはは、今日は、朝、早かったからね。ご両親は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。私の事は、気にして無いからね~」
「雲雀……」
「ねぇ、約束、覚えている?」
「覚えているよ」
「本当かなぁ?
時雨は忘れやすいからなぁ」
「ほほぅ。そこまで言うなら、試してみる?」
「どうやって?」
「記憶力には、ちょっと自信あるからね」
「うん、まぁ、それは知ってるけど……」
「さっきの台詞と矛盾してるって判ってる?」
「?」
「じゃあ、そうだねぇ。
1週間前に着ていた雲雀の下着の色は、上は薄緑で下は白」
「は?」
「6日前は、上は薄緑で、下は水色」
「え?」
「4日前は、上は白で、下は薄緑」
「……」
「3日前は、上は白で、下は白」
「……」
「一昨日は、上はピンクで、下もピンク。新品だね」
「凄い……あってる。
じゃあ、昨日はいいから、今日はなぁ~んだ?」
「むむ、ちょっと待ってね……
順当に行くと上は水色、下は薄緑……
いや、確か、まだもう一枚、白があった様な……」
「あはは、外れ」
「いつの間にか、記憶じゃなくて、推理になってるよ?」
「そんなのいーじゃん。はげるよ?」
「それは、嫌だなぁ」
雲雀はやおら立ち上がると
「今日は、これっ!」
ぶぁさっ
「わぷっ」
脹脛まであるスカートを捲り上げて、時雨の頭から被せる。
「黒色って珍しいね。
だけど、ノーパンの方がそそるって、前に秋霖が言ってたよ?」
「そーなの?」
「うん。あ、でも、この服には似合うかも……」
「ふふん。どーよ。
これが大人の色気ってもんよ」
「まぁ、確かに、氷雨、夕立は敵わないね。雲雀の胸には」
「えへへ」
「将来、垂れるよ、絶対」
「―――!!」
ごすっ
「いてっ」
ごすごすっ
「もごっ」
「ちょっ!!何処に顔突っ込ませてるのよっ!」
「もがもが」
「しゃべらないでぇっ!」ぎゅっ
「もごがもががっが」
「あーん」
「もごっ」
「あっん」
れろん
「ひぃ!!」
「ふぅ、死ぬかと……」
「変態っ、すけべっ、秋霖っ」
祖父も酷い言われようだなぁ。
「流石に、太ももでホールドされたら、脱出できないよ」
「だ、だからって舐めるっ!?普通!?」
「いや、どんな感じなんだろうって。ふと」
「へんたーーいっ!!」ぼぐぅ
「コレが若さかっ」
時雨も殴られながら良く言えるなぁ。
祖父と、雲雀の教育の賜物だ。
「いてて……」
「ごめ~ん」
「もう。少しは手加減してよぅ」
「あ、あはは」
「……大丈夫だよ。約束は覚えている」
「あ」
「でも、本当にいいの?
前にも言ったけど、僕達の一族は、明らかに普通じゃないよ?」
「知ってるわよ」
「道徳も、倫理も、生活も、普通とか、平凡には程遠いよ?」
「でも、あったかいじゃない」
「親子で、1人の男を取り合いしてても?」
「本来なら、それに孫が加わるはずだったんでしょ?」
「……」
「約束、覚えてくれてるんなら、私の気持ちも覚えてくれてるよね?」
「うん」
「あれは、今でも変わってないよ」
“私ね、家族になりたいんだ。八代の人達と”
“じゃあ、簡単だね。
僕のお嫁さんになれば良いんだ”
「でも、あの後、調べたんだけど、やっぱり、僕と雲雀の間には、子供はできない」
「うん」
「だけど僕達、八代は、地球の守護者[ガーディアン]として、次代を作らないといけない」
「うん。知ってる」
「雲雀は、その、……愛せるかい?」
「……」
「雲雀の血を、引いてない子供を……」
「愛せるよ、時雨の子供だから。当然じゃない」
うわ、時雨、子供には重い質問だと思うな。
いや、あの時の時雨と雲雀は11歳か。
早熟といえば、早熟だったのかもね、雲雀と時雨は。
外から眺めているだけの僕だけど、2人が好きあっている様だ、ぐらいには判る。
「それに私は、地球の守護者[ガーディアン]なんて、名乗れないけど、でも、時雨の奥さんならできるし、姑のイビリにも耐えれるよ!!」
「あー、うん。雲雀の身体能力なら、大丈夫だろうね」
雲雀は、少し暗い顔つきになる。
「問題は、そこでなくて、夕立さんが私を、子供の母親として認めてくれるか……なんだけど」
不安そうに時雨を見上げる雲雀。
「夕立なら、大丈夫でしょ。
雲雀の事、かなり気に入ってるみたいだしね」
「んー。そうかなぁ……」
「でも、まぁ、1人目は、多分、夕立が育てると思うよ?」
「そうなの?」
「うん。9月から、東京の学校に通う事になるからね。
4年ぐらいは、国内にいると思う」
「え?」
「一応、小、中学校の卒業証書は持っといた方が、色々と便利なので」
「何で、こっちじゃないの!?」
「防衛上の目的と、僕の負担を軽くする為」
「?」
「防衛上ってのは、判ると思うけど、ココは情報が入りにくいからね」
「そうなの?」
「うん。次元の壁が薄くて、次元回廊[クレパス]が作りやすいけど、侵略しやすい条件が整っているのは、この地だけじゃないからね。
だから、他の場所を侵略拠点にする様な敵に対抗する為にも、海外へのアクセスは早くできる方が良いから」
「あぁ……そっかー」
「前に言ったけど、僕達は、どんなに頑張っても、生活の中心が、地球の守護者[ガーディアン]になる。
本当に納得できてる?
多分、雲雀の思うような、幸せな家庭は……」
「大丈夫。理解はできてる。
感情もOK、だって私、時雨と一緒になったら、ついていくから。何処までも。」
「ああ、そうだねぇ」
「もう1つの理由、時雨の負担を軽くするって言うのは?」
「これから、第2次性徴に入るからね。
多分、劇的に身体つきが代るはずだよ」
「うん。それは聞いた。
イケメンじゃなくなるって……」
「そこかい」
「でもでも、時雨がブ男でも愛せるよっ。
性格さえ変わってなければ」
「そうですか……」はふぅ
「ええー。なんで、そこで溜息なのよぉ~」
「で、まぁ、第2次性徴が終わるまでは、1箇所に留まろう、その間に子供を1人授かろうって話」
「ううう」
「?」
「いいな、夕立さん……」
「流石に、こればっかりは……」
困った様に照れる時雨。
「だけど、やっぱり……」
時雨は、祖父たちのほうを見る。
「何よ?急に暗い顔になっちゃって」
「うう、やっぱり男なんてなりたくない」
「しょうがないじゃない」
「女の方が良いよ……」
「い、今は、そう思えるだけだよ!」
「えー。そうかぁ?」
「そうよ!」
「せっかく性別選択の自由があるのに、ワザワザ男を選ぶなんて、どんなマゾだよって思うんだけど……」
「逆に考えるべきね!」
「?」
「女になったって、やれる事は、たかが知れてる!」びしぃっ
氷雨、夕立を指差して、続けて話す。
「あれが、女になった、時雨の将来の姿よ!」
「あれは、あれで楽しそうじゃない」
「逆に考えなさいっ!
時雨が男になれば、ハーレムよっ!」
雲雀……妻になるつもりなのに、浮気を進言してどーするの?
突っ込みを入れたかったけど、今の僕は蚊帳の外、見ているだけだ。
「女にもてたって、気持ち悪いよ。
僕は同性愛者じゃないんだから」
「ぐ……まずは、そこから鍛え直すべきだったか……」
「いい?
時雨には、男友達がいないから、女が良いなんて思ってるんでしょうけども……」
「そうなの?」
「そうよ!」
「じゃあ、利点って何さ」
「男になれば、秋霖と内緒の男同士の会話もできるし、秘密のゲームも貸してもらえる。
えーとえーと、私が幸せにしてあげる、子供が出来ると夫婦円満で、お姉さま方に羨ましがられる。
倫理的にも何の問題もなく、私と結婚できる。えとせとら~」
「そんなもんか……だったら、やっぱり僕と雲雀も、秋霖のハーレムに入った方が、良くない?」
「良くない!これ以上増えたら、絶対に血の雨が降る!」
「あー、そうか、それもそうだね。秋霖はヘタレだから」
「ヘタレゆーな」
「あははは」
「私の初恋は5秒で終わったんだから」
「まぁ、今更、女になりたいなんて思わないよ」
「そうよ。私の人生設計は、時雨と一緒になる事を前提にしてるんだから。
忘れないでよね」
「うん、よろしくね、お嫁さん」
「はいはい、旦那様」
「でもさ、時々、思うんだよ。
数多ある異世界の中には、僕が女になる事を望んだ世界も、もしかしたらって……」
「そんなのがあったら、どうするの?」
「さぁ?」
「さぁっ……て、あのねぇ」
「だって、女性の僕と出会うって事は、そいつは地球を侵略しに来たって事だから……
戦うしか無いでしょう?
地球を守る為に」
「あ、そっか……」
「まぁ、懐柔できるなら、するけどね。
どうせ、そいつも意志薄弱だ」
「自分で言う?」
「まぁ、敵を知り己を知れば、百戦あやうからず、と言いまして」
「自分自身と戦うんだよ?
やりづらくない?」
「んー、そうでもない。
弱点は、自分だからこそ判っている」
「自分だからこそ、判っていない……という可能性は?」
「あるね」
「その敵の隣には、私の異世界体もいるかな?」
「いるかもね」
「どんな奴だろうね?」
「女の僕を尻に強いているね。間違いなく」
「ちょ、どーゆー意味よ?」
「あはははっ、と……」
「?」
「よっこらしょ」
やおら時雨は立ち上がる
「どーしたのー?」
「うん、秋霖達が寝ちゃったからねー。花見はお開きかなー」
時雨は、だらしなく寝ている祖父、祖母、母にタオルケットを被せる。
「雲雀はど~する?」
「時雨は~?」
「お嫁さんの行動しだいだね」
「?」
「帰るなら送るし、寝るなら、僕もココで少し寝ていくよ。朝、早かったし」
「じゃあ、寝る」
「じゃあ、僕も。お休み」
「ん」
僕は、ずっと、そんな家族の睦言を覗いていた。
あそこに僕は、入る事はできない。
覚醒が迫っている。
どうせ、僕は起きると、この記憶を無くしてしまう。
時雨の大事な思い出だ。
僕の物じゃない。
氷雨。
夕立。
こんな僕にも、友達ができたよ。
好きな人もできたよ。
好きだと言ってくれる人もできたよ。
もう、2人には逢えないけど、また、いつか、皆でワイワイと騒ぎたいなぁ。
あー。
そうだ、やっぱり、花見をしよう。
僕にとっては、初めての花見だ。
祖父は帰って来ているだろうか?
雲雀と、伊織と、ヴラドと……武居や新田はいるかなぁ……。
そして、僕の意識は再び沈んでいく。
今度は、覚醒する為に。




