まさに、地球は劣等遺伝子の集合体と言えるでしょう
おや?
僕はヴラドと感覚同調しようとするが、いつもの感覚がない。
おかしい。
感覚同調どころか、知識共有もできない……。
嫌な考えが浮かぶ。
まさか……。
ヴラドが、死んだ?
いや、いや、待て待て。
ヴラドが死んだんなら、真っ先に五十鈴さんに知らせが行くはずだ。
僕をワザワザ、ヴラドと面会させようとは思うまい。
なんらかの手の込んだ罠の可能性は……。
ヴラドを人質に、という事か。
ありうる。
1年の契約を更に延長……いや、違うな、これは。
延長するなら、いっきに淫乱バグベアでやっていた筈だ。
監視などといった受動的な方法でなく、人質といった能動的方法で八代家の情報奪取……。
これなら、ありうるな。
だが、僕が知っているのは、ラパ・ヌイへの異界門[ゲイト]だけだ。
……いや、充分か。それで。
敵の狙いは情報。
取り合えず、五十鈴さんは契約を裏切った……と判断しておいて保留。
僕は、地球の彫刻、ロダンの考える人の様に、便器に座って熟考する。
うん。やっぱり、家のトイレで無いと落ち着かない。
ウォシュレット無いし。
時間も無いし、さくさくと考えをまとめよう。
次にヴラドと、どうして同調できないか……だけど……。
判らない。
どうやって、○○○的な通信手段を封じているんだ……?
それに○○○じゃなくて、○○【純潔の誓い】だ。
ん?
○○○?
○○?
なんだっけ?
あ、いや、何か引っかかった。
…………。
……。
いや、これは罠でも何でもないんじゃ……。
ああ、うん、そうだ。
世界法則[リアリティ]が邪魔しているだけ……だな。
地球と違って、超常的な力が働かないんだ。
はぁ、疑いすぎだ……。
いやいや、そこまでしないと生き抜く事など出来ない世界なんだ。
暗殺、それも毒物による殺害が常套手段で、最も効率の良い手法とされているこの世界。
誰もかれもが疑いを抱き、気を許した者にはすぐに裏切られる。
何よりも効率を重視し、裏切りは日常茶飯事。
それを抑える為の、復讐の義務化……。
この世界の常識、いや、地球の物理法則と同じ様に、世界を形作る物だ。
さっき、五十鈴さんも言っていたじゃないか。
歴史歪曲の法則に、陰謀の法則、企業の法則って。
多分、これは、陰謀の法則なんだろう。
3人集まれば、文殊の知恵でなく、3人寄らば、裏切りあう。
何というか、戸隠さんの言動の元に触れて、少しだけ彼女の事を理解できたような……。
いや、やっぱり、それでも彼女の思考はエキセントリックだと思うけどなぁ。
僕はトイレを出ると、五十鈴さんに時間を取らせた事を詫び、再び医療センター内を歩き始める。
幾度も、通路を曲がっていくと、五十鈴さんが「こちらです」と言ってきた。
何もない両開きの自動扉が、滑らかに開き、室内へと僕と五十鈴さんは入る。
室内は更に細かく小部屋に別けられていた。
片側3部屋の両側で6部屋分だ。
そのうち1つの部屋の扉へと五十鈴さんは向かう。
プシュッ。
圧縮エアの音が響くとドアがスライドする。
中は、モニターと計器類が並び、1人の職員がモニターと睨めっこしている。
入り口から見て右側の壁には、大きなモニターが壁にはめ込まれていて、何処か別の部屋を映しているようだった。
正面と左側の壁は、相変わらず白くて清潔な、飾り気も何もない壁だ、
ここもやっぱり拡張現実で仮想空間は、賑やかなんだろうなぁ……。
少し寂しい。
入り口の扉のすぐ横には、108さんがいる。
気配を消して立っているので、全然気づかなかった。
目と目があった瞬間、睨まれている。
うう、そんなに悪い事したかぁ?
いくつか思い出そうとするが、残念ながら思い当たる事がない。
とは言え、明らかに害意ある目だな、あれは。
放置すると、多分、拙い事になる気がする。
そう、何故かは判らないが108さんは、僕を“殺してやる”と思っている。
空気が、それを僕に伝えている。
僕は空気を読んだ。
部屋の中の職員は男性で、横長の眼鏡を掛けている。
軽薄そうな笑顔を顔に貼り付け、入ってきた僕達をちらっとだけ見ると、興味無さそうにプイッと再び計器類に目を落す。
「容態は?」
五十鈴さんは、訊ねる。
「芳しくありませんな」
「重体なのは、判っているわ」
「そうですな。
データについては、過去の平均データを使用して、微調整をしました。
肩の形状の目処はたっています。
ほっといても大丈夫でしょうな」
「本当ですか!」
やった!これで一安心だ。
ちら。
男性職員は、侮蔑の笑みを、僕に向ける。
「劣等遺伝子風情が、私の医療技術を疑うとは……」はっ
「?」
空気を読むに、僕をどうやら、嘲っているようだけど……。
「主任、あまり異世界の豚を近づけないで下さいよ?
臭いし、キモイし、病気が伝染るし、遺伝子が破壊されますからな」
ぷっ
僕の後ろの方、壁際で、108さんが、笑っている。
むか。
「し、失礼ですが、僕は伝染病にはかかっていませんよ」
「本当に失礼ですな。劣等遺伝子」
「え?」
「どう見ても、君のその服は、医療センターには不似合いだと思いますな。
そもそも、契約を結びに来た者の、格好とは思えませんな」
「う」
「それとも、その格好が、劣等遺伝子の正装とでも?
これは、すまなかった!!」ひひっ
確かに、僕の格好は酷い物だ。
この男の言う通りだ。
戦闘終了後、僕は着替える暇なく、ココまで来た。
だから、テクノネレイスの返り血で青いし、脇腹の辺りは、敗れて醜い肌も露出している。
ヴラドのドラゴンブレスの余波で焦げ跡はあるし、道路の上を回ったので汚れも酷い。
「し、しかし、これはっ!」
はいはい、と言った感じで、男性職員は僕を無視する。
戦闘なので仕方が無い事、と言いたかったが……ふと見た五十鈴さんが肩をすくめていた。
言っても無駄。
明らかに空気はそう語っていた。
僕は空気を読んだ。
話がひと段落ついたと見た男性職員は、眼鏡をずりあげ、話し出す。
「主任、話を続けますが、良いですかな?」
ちょっと不機嫌そうな顔をした五十鈴さんは、真面目な顔になる。
「そういえば、途中だったわね。
お喋りに夢中になりすぎじゃないの、優良遺伝子君?」
「劣等遺伝子は、品性まで下劣にするという証左をとっていただけですよ。主任」
けっ
「胸糞悪い」
108さんが、つぶやいた。
そちらをチロと見た男性職員は、にまと笑う。汚らしい笑顔だ。
「さて、患者の容態ですが、先程も言った通り、芳しくありませんな」
ん?
何か問題が?
「肩は問題ありませんが……」
僕は、男性職員の言葉を、一言も逃すまいと聞き入る。
「残る問題点が、2つありましてな」
「まず第一に、肩より酷い怪我がありますな」
え?
「次、第二に、彼、もしくは、彼女には、遺伝子的な奇形が見られます」にやぁ
いやらしい笑顔を職員は浮かべ、108さんを侮蔑の目で見る。
「いやはや、どこで、こんなミュータントを?
いくら主任がミュータント好きといってm……」
チャキっ
職員は最後まで台詞を言う事が出来なかった。
108さんが刀を抜いて、職員の首に突きつけている。
「それ以上、主任を侮辱するようなら……」ぎりっ
職員は相変わらず軽薄そうな表情を浮かべている。
「おお、怖い。たいした忠誠心だ。
主任、どうすればミュータントごときに、ココまで忠誠心を持たせる事が出来るのか、
是非、御教授して頂きたいのですが……」
「高いわよ?」
「はは。いくらで?」
「貴方の命」
「それは、困りましたな……実践の機会がない」
ふぅ。
五十鈴さんはため息を1つ。
「108、刀を下ろしなさい。
貴方の忠誠は嬉しいけど、もう少し忍耐を知りなさい」
「……判りました」くっ
108さんは、再び、入り口横の壁に戻り、気配を消す。
「坂崎。先程の言葉の意味を説明してくれる?
彼、もしくは彼女とは?奇形とは?」
坂崎と呼ばれた男は、僕をチラと見る。
「構いません。ビジネスパートナーよ」
「劣等遺伝子が、ビジネスパートナーとは……嘆かわしい」はぁ
「貴方も再生槽に入る?坂崎」
「それは、ご勘弁を願いますかな」
五十鈴さんが怒った。
空気がピリピリと僕にそれを伝えてくる。
108さんも、冷や汗を流す程なのに、坂崎は、その空気すらも意に介さないようだ。
「それとも、勤務時間中、故意に非効率的な勤務態度で、企業にダメージを与えたとでも、報告した方が良いかしら?
大丈夫よ、貴方は優良遺伝子だから、貴方のクローンも優秀になるわ。無駄口を叩かないぐらいにはね?」
坂崎は、肩をすくめ
「判りました。その顔の皺が増える前に、報告をしましょう」へら
男は幾つかのコンソールを叩き、右側の壁の画面を切り替える。
そこにはヴラドのデータが映し出される。
「先程も言った通りですが、外見上は男性ですが、実際は両性具有体……もっと正確に言うと無性です。
遺伝子上はモザイクを示しておりますな」
坂崎の話によると、半陰陽で子宮に至る道、膣が塞がっている為に表面上は男性に見られる。
しかし、男性としての機能は前立腺と精巣がない事から、精液を作る事ができないという。
かといって女性かというと、卵巣がない為に女性としても機能不全を起こしているという。
「男性でも、女性でもない。
じゃあ、何かと言われたら、無性ですな。それに……」
「それに?」
「確実に、純正な人間では無いでしょう。
何らかの遺伝子操作を受けていますな」
「遺伝子操作……」
五十鈴さんがつぶやく。
「明らかに人間とは違う遺伝子構造があります」
画面に遺伝子構造図を呼び出し、幾つかの箇所を、五十鈴さんに見せ、説明してゆく。
僕は、ただ単に、ああ、吸血鬼だからか……で納得したが、五十鈴さん達は驚愕の表情を浮かべている。
「我々の身近な例で、一番近いものとなると、デザイナーズクローンでしょうな。
一代限りで、生殖能力が無く、様々なコンセプトに従って作られる」
「……」
「とりあえず、この者なら、かなり優秀な殺戮人形として、ミュータント愛好家から持てはやされましょう」ひひひ
108さんは刀の柄に手をかけるが、五十鈴さんは片手を挙げて、それを制する。
「子供はできないと言っていたけど、それは生殖的に?
それとも遺伝子的に特殊な自滅コードがあるという事?」
「自殺因子については、今の段階では、まだ。
引き続きの研究は、契約でしてはならない……
という話でしたからな」
坂崎は、説明を続ける。
「先程の説明の通り、無性なので子供は無理でしょう。
また、出来たとしても、人類とは受精すらできないでしょう。
遺伝子操作が必要ですな」
「そう、有難う。次に怪我についての説明をお願いできる?」
「先程も言った通り、肩は大丈夫です。
問題は食道、喉、口内ですな」
「え?」
食堂、喉、口内?
何で、そんな部分が?
「言いづらい事なのですが……」
「構わないわ」
「食道、喉、口内に酷い火傷を負っています。
正直、手の施しようがありません。
現在の我々の医学では、この部分の再生治療は、不可能です」
え?
「ど、どういう事ですか……」
思わず声が出ていた。
坂崎という人物は、僕に侮蔑の目を向けると
「言った通りだ。火傷が酷すぎる。
死んだ細胞を蘇らせる事は不可能だ」
「酷すぎる……?」
「うむ。壊死を通り越して炭化している。
ただ、おかしな事に、気道熱傷の割に呼吸器系は正常だ。
いったい、どうしたら、こんな事になるのか……
いや、そもそも気道熱傷なのか?」
「口から炎を出していたけど……あれの影響ね?」
五十鈴さんが、小声で僕に聞いてくる。
あ、そうか。
特殊能力だ。
「はい。そうみたいですね」
「もう1つですが、こちらは、その……」
坂崎が口ごもる。
「なに?」
「腸内に精子の反応がありまして、その、このような子供に、獣性を発露した異常者が……」
「はぅ」
「ええっ!?」
大げさに驚く五十鈴さん。
「加えて、膣以外に挿入するなど、正常な判断力を失っていると考えらます。
犯人は、遺伝子異常者……」
坂崎さんは蔑むように、108さんを見る。
「そう、ミュ−タントでしょうな!」
「……それは証拠があるのか!?」
108は刀の柄に手をかけ憤るが、坂崎は無視する。
へっと笑うと
「まぁ、ミュータントでなかったとしても……
人以上に、生命体として問題ある、恥ずべき行為ですな」ひひひ
うわ。
坂崎さん、嫌な奴っぽいけど、良い人だ。
「確か、地球では、未だに体内受精を行っていたり、獣と交わった事で、謎の伝染病が流行しているとか」
ん?
その伝染病とは、AIDSと梅毒が混ざって認識してないかい?
「合成されていない、生肉も食べるとか……恐ろしい。
無知ほど恐ろしい事は無い」
「そ、それは同感ですが、な、生肉、生魚で怖いのは、き、寄生虫とか食中毒です。
きちんと処理した新鮮n」
「我々、優良遺伝子は加工された、もしくは合成された食品で無いと、安心できませんな。
聞いた話では、毒まで喜んで食べる馬鹿が多いとか」
―――!!
ふ、河豚か、河豚の事かぁっ!!
許せん!!
拳をぎゅっと握る。
「まさに、地球は劣等遺伝子の集合体と言えるでしょう」
「ま、待って下さい!!今の言葉を取り消してください!!
ふ、河豚は美味しいです、でも毒あってこそなんです。鯨も旨いです、乱獲なんてしてません。ユ、ユッケの規制はおかしいです、あの国の料理を食べる以上、本場に近ければ近いほど、自己責任は当たり前です。隣国は鰻の稚魚を取りすぎです、規制を作るべきです。洗剤は飲料じゃないんです、ワザと出さないで下さい」
僕は、1人の料理人として、素材の味を楽しむ食べ方を愛する1人の人間として、ゼリー飲料やサプリメントだけの味気ない皇國代理天の食事には異を唱えたい。
合成され、誰にでも合う様に画一化された、どぎつい味付けなんて、そんなモノは要らない。
僕は、切々と訴える。
「君は、馬鹿かね?馬鹿だろう?いや、馬鹿に違いない。
昼日中から、しょ、食事の話とは……何と破廉恥な」
五十鈴さんも、108さんも、優良遺伝子・坂崎医師も、皆、ドン引きしていた。
「うう」
食事=SEXと同義って、おかしいですよ、カテジナさん。
坂崎医師の僕を見る目が、蔑みから、可哀想な人を見る目に変わりました。うう。
「肩については、1日もあれば再生は完了しましょう。
そこまでは責任を負いますが……それ以上は出来ませんな」
僕を見て、凄くやさしそうに、懇切丁寧に、坂崎医師は言う。
「大丈夫です。構いません」
「例え治って一命を取り留めたとしても、通常では声は出せないでしょう」
「……」
「こちらとしての提案は、何らかの代用ボディに脳移植をする事を勧めますな。非常に効率的です」
「それはできないわ。
彼は体現者[ビジネスマン]よ」
「それは……」
坂崎さんは口をつぐむ。
「前回の実験で、脳移植をした体現者[ビジネスマン]は、能力を失っています」
五十鈴さんは、淡々と話す。
「ですので、脳移植以外の方法を模索して下さい」
「確かに、体現者[ビジネスマン]は希少価値がありますが……。
しかし、体の中心から壊死、炭化が広がっている以上、手立てはありませんな」
「あ、あの……」
坂崎さんに声をかける。
「何だね?」
眼鏡のズレを直しながら、ぞんざいに僕を見返す。
既知外に口を出されたのが、心外だ、という顔だ。
やさしさに、侮蔑を入れて僕に話しかけてくる。
「何か、打開策があるとでも?」にっこり
「え?あ、はい」




