そうd「しつこいッ!」
僕は、スリットの隙間から、包丁を刺し込み、振動波を出せないようにぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
押し込み、引き裂き、かき混ぜ、再び、押し込む。
そして、モヒカン店員は動かなくなった。
はぁはぁ。
息が荒い。
青緑色の返り血で、僕の全身はべっとりと濡れている。
顔や、胸は言うに及ばず、腰から下もマウントポジションを取ったときにべっとりと濡らしている。
左手で、顔についた液体を拭う。
どこか、深い所に突き刺したのか、包丁が抜けない。
仕方ないから、そのままにしてヴラドの元に行こうとするが、握っていた包丁から手が離れない。
硬直している。
もどかしい。
包丁から手を離そうと、左手で指を一本一本、引き剥がしていく。
血の気がないのか、手が白くなっている。
震えている。
そうだ。
僕が。
殺した。
やばい。
呼吸が浅い。
過呼吸になる。
落ち着け。
落ち着くんだ。
すぅー。
はぁ。
認めよう、仕方ないとはいえ、目の前の人は僕が殺した。
ん?
いやいや、まてまて。
ヴラド曰く、既に死んでいる。
だから、僕は殺していない。
そう、壊しただけだ。
そーいう問題か?
じゃあ、僕が殺したのは、人間じゃない。
推定、ただの蟲だ。
きっと。
それなのに、何故か震えが止まらない……。
怖い。
何が?
自分のした事が……。
正当防衛さ、習うより慣れろって事だよ。
いや、それ違うし。
セルフボケ、セルフつっこみをして、気分を落ち着ける。
まだ、やらなければならない事は多い。
ヴラドを起こさないと。
ヴラドは意識を無くした状態で立っている。
夢遊病者みたいな感じだ。
MP切れを起こすと睡眠するもんだとばかり思っていたから、ちょっとした発見だ。
僕は、店員の身体から離れて、ヴラドの元へと身体を引きずる。
フラフラする。
ああ、そっか、さっきまで回転していたんだっけ。
うぇっぷ。
あ、こっちから、バニラの香りがする。ヴラドだ。
数歩、足を引きずりながら向かうと、ヴラドにぶつかる。
おっとっと。
ぎゅっ。
無事で良かった。
高周波ブレードの時は、もう、どうしようかと……。
あ、返り血……。
うーん、今は我慢してもらおう。
あー。この抱き心地がいいなぁ。
しかし、僕の憩いの時間は長くは続かなかった。
くんくん。
今度はヴラドの行動は早かった。
僕の左肩から流れている血の臭いに反応して、僕に背伸びして抱きつくと、首筋に牙を突き立てた。
血の臭い → 噛む、みたいな、オートメーション化された動きそのものだ。
凄く自然に、さもそれが当たり前であるかのように、さっき、僕が噛まれた所と寸分違わずに、口をつけている。
痛みなど感じない。
首筋に当てられた舌の感触が、快感を伴って僕を歓喜に包む。
うおおお。
ゴクゴク飲まれている。
大丈夫かな?
致死量は止めてね?ヴラド。
今、ヴラドは背伸びして、僕に抱きついている。
無事を喜び合った男女が抱き合っている。
そんな、シーンだ。
実態は、ただの捕食なんですが。
やる事もないので、ボーっとヴラドの首筋や髪を見ている。
あ、首筋に口付けの跡がいくつも残ってる。
ヴラドが僕の物だという印だ。
僕の物という表現はあまり好きじゃないけど、それでも、決意表明としてもう一度、心に刻む。
ヴラドは僕の物だ。
絶対に、異世界の皇帝だか、不滅存在[イモータル]だか判らんが、ヴラドは渡さない。
奪ってみせる。
ぎゅうぅぅ。
バニラに香りが、鼻孔をくすぐる。
あー。いかん。眠くなってきた……。
だが、ココで眠るわけには……。
いや、死んじゃうし。
ヴラドの肩をポンポンと叩く。
「おーい、ヴラド~起きて~」ペシペシ
ゴクゴクゴク。
あー、旨そうに飲んでるなぁ。もう。
ペシペシ。
ゴクゴクゴク。
おーい。
ペシペシ。
ゴクゴクゴク。
ペシペ……
ギロッ
ごめんなさい……。
ぷはぁっ
満足そうな笑顔でなによりです、ヴラドさん。
と、思ったら、まだ何か物足りなそうに見てるぅ……。
しかし、すぐにヴラドの顔が変わる。
僕の脇腹と肩から突き刺さったままの触角を見て、頭が思考を開始したようだ。
ヴラドは、触角を引き抜こうとするが、実は、この触角が割と嫌なつくりになっている。
幾つもの関節が縦に繋がっているのだが、一つ一つの部品が矢印のような作りになっていて、引き抜こうとすると返しが肉を傷つけるのだ。
少し思案顔のヴラドだが、すぐに、根元近くまでの触角を竜爪で引き裂くと、反対側にまわり、背中から引き抜く。
そしてすぐに、軽度の外傷治癒魔法【ヒール】を使用する。
どうやら、脇腹の傷は内臓を傷つけてはいなかったようだ。
不幸中の幸いだった。
問題は、肩の方か。
左肩に突き刺さって、肩甲骨で止まっている。
どうしよう。
どうやって引きn
ぐっ
ヴラドは無造作に触角を握る。
え?
ヴラドは、触角を握ると同じ様に、勢い良く引き抜く。
「うぎゃああっ!」
筋肉が引き裂かれ、どばっと血が出る。
ああ、僕の血がもったいない。
ていうか、良く死なないなぁ、僕。
ヴラドの重度の外傷治癒魔法【リカバリィ】で傷口はすぐにふさがり、事なきを得る。
はぁ。
ヴラドの口から、安堵のため息が漏れた。
何か、アラビア語でペラペラ言っているけど、僕には全然判りません。
んー。
思案顔のヴラドだけど、ちょいちょい、と指を少し動かし、僕に近くに寄れとジェスチャーする。
「なに?」
「シグレ」
僕の名を呼ぶヴラド。
そして、自分を指差す。
ああ、そうか。
意図はすぐに読めた。
「ヴラド」
口付けを交わす。
錆びた鉄の味のするキスだ。
舌を絡めたり、唾液を飲んだりしたかったけど、ココでそれをやると、理性が無くなって押し倒すので諦めた。
戦闘の後遺症なのか、身体が火照って、凄く荒々しい気持ちだ。
名残惜しそうに唇を離す。
ヴラドも潤んだ瞳をしている。
共に未練があるけど、仕方がないよ。
儀式により、性魔術【恋人達の抱擁】が効果を発揮する。
魔術というよりも、呪術に近い感じの術法だ。
この術法、楽で良いなぁ。
「ふぅ、一時はどうなる事かと思ったが……」
ヴラドが、僕に話しかけてくる。
翻訳の魔法【トランスファコミュニケーション】と違い、性魔術【恋人達の抱擁】を使って、意思疎通を行うと、妙にやりづらいな。
会話しないで、思念で繋がっているから、会話よりも先に話している内容が判る。
そして、理解すると同時ぐらいに、耳にアラビア語が届く。
うーん。
何というか、洋画を2ヶ国語で同時に聞いている感じといえば良いだろうか?
かといって、思念だけで会話するというのもあまり面白みがないしなぁ。
昨日、出逢った時は、別段何にも感じなかったけど、翻訳の魔法【トランスファコミュニケーション】の効果を知った後だと、やはり使いづらさが目立ってしまう。
ヴラドが言いたかった事は、コレの事なんだと初めて判った。
そして、もう1つ。
会話よりも、キスより何より、下半身がヤバイ。
ヴラドを意識しなくても、匂い、肌の熱、吐息、全てが媚薬の様に、僕の脳ミソを蕩けさせる。
感覚が敏感になりすぎる。
性感だけ、というのが一番厄介だ。
それは、ヴラドも同じ様で、僕から少し距離を開ける。
「わかっておる。じゃが、仕方がなかろう?
魔法【トランスファコミュニケーション】を永続でかけ直そうと思っても、今は無理じゃ」
「苦手なんだっけ?」
「そうじゃ。少なくとも、万物構成物質[マナ]の無い所では、発動すらおぼつかないじゃろう」
「そっか。でも、まぁヴラドが無事でよかった」
「それは、お主様もじゃろう……
先程も言うたが、あまり無茶はして下さるな……」ほふぅ
ああ、ヴラドに触りたいな、抱きたいな。
段々、欲望が勝ってくる。
うう、やっぱりこの術法は強力だ。
気を静めるためにも、周りを見る。
ロータリーの中心には、噴水と奇妙なオブジェ、花壇がある。
そこから、ロータリーの道を挟んで、移動販売車や無断駐車の車、歩道と街路樹があり、その奥にローカル線の駅、駅前商店街に通じる道や、ロータリーに面して建っているお店やデパートがある。
デパートの1階にあるショーウィンドーは戦闘によって破壊され、ガラス片を撒き散らしている。
先程の香りが晴れた時に、移動したらしく僕達の近くに人はいない。
女子高生達もすでにいなくなっている。
ただし、遠巻きだが、デパートの壊された跡を見ている人達がいる。
僕達の存在に気づいている人はいないようだ。
店員の屁の効果範囲にいると、存在を認識されないのかもしれない。
とはいえ、一昨日の爆発の事もある。
この状況は、あまり良くない。
人知れず、穏便に、この場所を脱出したい。
どう考えても、手に負えない。
こんな惨状。
辺りには、先程の店員さんの放屁で再び、甘い香りが立ち込めている。
上手くすれば、証拠隠滅は容易くできそうだが、それも時間がかかったら無意味だ。
今は、何よりもこの場所を離れる事。
しばらく、身を潜めて、戸隠さんに服を持ってきてもらおう。
「さ、ヴラド、この臭いがはれる前に、この場所からずらかろう」
「うむ。そうじゃ……n」
それを、僕が認識したのは、事が全て終わってからだった。
僕は、ヴラドとの視覚同調を切っていたし、敵に背中を向けていたからだ。
(危ないっ!!)
ヴラドの焦ったような意識が、僕の脳内を駆け巡ると同時に、僕はヴラドにその場から押し飛ばされていた。
それは、敵の攻撃だった。
まだ、倒してはいなかったのだ。
敵の息の根を止めてもいないのに、殺した、倒したと勘違いし、警戒を怠った、僕のミスだ。
ヴラドは物理防御の魔法【プロテクト】を展開するが、間に合わず、右肩を貫かれる。
長い長い槍のような物だ。
ヴラドと視覚同調する。
僕の向こう、背中越しに敵が立っているのが判る。
いや、正確には、背中の2対の透明な翅が、激しく動き、姿勢制御をしている。
立っているのではなく、ホバリングしている状態に近いのかもしれない。
敵は死体だ、と言ったヴラドの言葉に相応しく、まさにゾンビの様な有様だった。
両腕を失い、左足は半ばから折れて歩行が不可能なのに、尚、前へと歩こうとしている。
胸には、僕が突き刺した包丁がそのまま突き刺さっており、絶えず青緑色の体液を撒き散らしている。
顔面はひしゃげて、右目はコロンと外に出ている。
下顎が外れ、胸の前ぐらいまで落ちている。
皮だけで繋がっているようだ。
ぽっかりとあいた口からは、ドロッとした体液を垂らしながら、長い長い槍が出ている。
エイドリアンという映画に出て来る宇宙人(劇中ではゼノモーフというのが正式名称だが、表題のエイドリアンの方が、通りが良い)に、良く似た武装があった。
口の中に、インナーマウスという、もう1つの飛び出す口があるのだ。
アレに良く似ている。
口の変わりに、蝶の口吻の様なストロー状の物だが。
太さは直径2cm程で、胸部と同じく黒光りする、何となくキチン質に良く似た物体で、先端部分は、6枚の花の花弁みたいになっており、それぞれから小さな牙が生えている。
その花弁の牙で、ヴラドの右肩にがっちりと喰らいついているのだ。
「くっ!おのれっ!!何としつこいッ!」
ヴラドが左の竜の手で引き裂こうと振りかぶるが、敵の方が早かった。
ヴーーーーン
振動が、ヴラドを襲う。
バズンッ!
一呼吸置いて、音が聞こえると同時に、花弁の中央から、杭が射出される。
まるで、パイルバンカーだ。
漢の浪漫を彷彿させる攻撃だが、そんな事より、起こった惨事に僕は言葉を失う。
花弁の牙は、がっちりと右肩をホールドし続け、パイルバンカーによる一撃は、ヴラドの右肩を破砕する。
その勢いは、あらぬ方向へと、ヴラドの右腕を千切り飛ばし、大量の血液が宙を舞う。
「ヴラドッ!!!」




