開幕前夜-Dayの食卓-
結局、僕と月見里さんは、元の関係には戻れなかった。
でも、前よりも僕は、月見里さんが好きになった。
寝室をケチャップまみれにされたのを忘れる程に。
そう。
寝室が、ケチャップまみれ。
「そうだ、ケチャップを片ずけないと、染みに!」
それを思い出したのは、彼女達3人が屋敷を出て、戸隠さんと2人になってすぐだ。
戸隠さんは、僕のぶかぶかのトレーナーを着て、バスタオルで髪を拭いているが、それでも、髪からは雫が滴り、床に水溜りを作っている。
「あう、こっちも……」
取り合えず。
「そのバスタオル貸して?
髪ぐらいなら拭くから。
手を怪我してるんだから、無茶な事はしないでよ……」
先程からの無力感。
何を言っても、聞いてもらえない。
心配する事自体が、間違っているかのようにあしらわれる。
「……むぅ。無茶をしたのは……時雨の為。
2人は共犯者[コイビト]だから……。
あれが、管理人だったら、丁度良いから死んで貰っていた」
また、怖い事を……。
戸隠さんは、壊れた板間にどっかと腰を下ろす。
いや、あぐらは止めて!?
前に回ったら、デリケートゾーン見えちゃうから!!
何で、下着、着てこないの!?
「……ん?洗ってもらおうと思って」
「普通、逆でしょ?
もー少し恥と慎みをm」
「……今日、部屋は壊れる」
「あ」
僕は、戸隠さんの髪を拭きながら、先程までの会話を思い出す。
爆破とか殺人とか、拳銃……。
「ねぇ、戸隠さんって何者なの?五十鈴さんと言い、拳銃とか、刀とか、フラッシュグレネードとか……」
「……聞きたい?」
「うん……聞きたい。
でも、今は止めとくよ。
もう少し、自分の中で整理できて、戸隠さんが話しても良かったら教えて?」
「……うん」
そうして、黙って僕は髪を拭き続ける。
至る所に痛々しい傷跡が……って、アレ?
右腿の火傷がない。代りに、白いヨーグルトみたいな物体が塗られている。
そういえば、左手!!
セーラー服と革ジャンと皮膚が一体化していたから、袖を切らないとセーラー服、脱げないのに、トレーナーを着ている。
左腕は、トレーナーの袖が上腕部で止まってて、火傷の箇所は、やっぱり白いヨーグルトが……。
いや、それどころか、下腕部全体にまで及んでいる。
ケフィア?
「これ、何?」
「……ん?これは、ナノボットの出す……カザブタ……みたいな物。
先程、患部を切除してきたので、治療行為に入っている」
なのぼっと……?
また、電波な事を……。
多分、止血スプレーだろうなぁ。
いや、つっこまない。
聞かない。
聞かないぞ。
ふぅ……。
「マンションの部屋、壊しちゃうのは良いけど、これからどうするの?」
「……んー。
新しいのを借りるか、暫くは車で」
「でも、免許証、渡しちゃったから、すぐにあの車もばれるよ?」
「名義変更はされてるはず、中身もばれる事は無い。
ん?
いや、本国で新兵器搭載……決定」
新兵器って……。
「管理人に裏切られてなければの話、最悪の場合は……ロシアンに売るか?うるさいしな」
「うるさいって……そんなにエンジン音は酷く無かったよ?」
「……車内デ漫画ヲ読むナとか、運転シロとか」
「は?」
それは、どこのNightURider仕様ですか?
それとも超ロボット戦隊トランスパフォーマー?
ぐぅぅぅぅきゅるるるぅ
何だ?今の音。
腹の音?
ん?
あ。
戸隠さんの顔が赤くなっている。
これは珍しいな。
「食事にしよう!」
「――!!」
「一緒に食べよう!!」
「うぇぇぇぇ!?さ、三度目!?」
「戸隠さんも、食べるよね?」
「い、いや、ちょ、ちょっと待って欲しい!」
「何が食べたい?」
「いや、待って?
そんな破廉恥な行為は!」
「御飯好き?赤味噌で大丈夫?」
「――――」
「裏にタケノコが生えている筈。
とれたてなら、アク抜きしないでもイケルから、それで!」
「――――」
「戸隠さん、タケノコは大丈夫?」
「……お願いだ。少し待って欲しい」
顔をまっかにして、俯いている。
やりすぎたか?
彼女にとって、食事とは、いったい何を意味するんだろう?
「その、時雨の行為はうれしい。
三顧の礼と言うのだろう?
知っている」
「は?」
「3回も食事に誘うほど、私を信頼してくれるのはうれしい。泣きそう」
「……」
「だ、だが、そ、その、共に食事をするというのは、も、もう少し、お互いを利用しあってからの方が良いと思うのだ」
お互いを利用?
「1つ質問。お互いを利用するってのは、信頼関係を深める為って事で良い?」
「うん。それもあるし、一緒に居れば、その内に弱みも握れるだろう?」
微笑んで言う。
えっと……。
「な、なんで弱みを握りたいの?」
「裏切られた時の復讐がしやすくなる」
「じゃ、じゃあ、例えば、僕が裏切れば、復讐する?」
「うん。当然だ。
復讐の義務が発生するので、復讐した後、腹を切る。
安心して欲しい、一緒」
「あー」
なんだろう、怒りと悲しみの脱力感?
「も1つ質問。じゃあ、聞くけど、一緒に食事するって言うのも、弱みを握るチャンスなんじゃないの?」
「う、うぇえ?」
あ、動揺してる。
やっぱり何か、別の意味があるんだな。
「戸隠さん、教えて欲しい。
戸隠さんにとって、一緒に食事をするっていうのは、どういう意味があるの?」
「……」
「……」
「……そ、その」
「……」
「……一緒に、食事をするというのは、『貴方になら、毒を盛られて殺されても構わない』と言う事で……」
あ。
ちょっと。
これは。
怒る。
「僕が……、僕が、毒を盛ると思っているの!?
戸隠さんは!!」
「い、いや、ちがっ」
「そんな事するワケないだろ!!
馬鹿にしないでくれ!!」
涙が出てくる。
なんか、泣いたのって久しぶりだ。
「何で、何で、そんな風に思うの!?
そんなに僕は信用できない?
そりゃ、最初は酷い取引したかもしれないけど!!」
「す、少し、待ってほs」
「それでも、いや、だからこそ、信用して欲しいから、色々としてるじゃないか!」
「……」
「僕が、僕が、人喰いだからか!?」
「!!」
「だから、君も、僕が毒を盛るなんて―――!」
ガッ!!
一瞬、目から火花が飛び散った。
がしゃっ。
眼鏡が外れたみたいだ。
視界が途端に判らなくなる。
どうやら、目の前に戸隠さんの顔があるみたいだ。
額に熱を感じる。
今、僕は戸隠さんと、おでことおでこを、くっつけてる状態みたいだ。
いや、さっきの衝撃から考えると、戸隠さんにヘッドバットされたんだろう。
「今の言葉は取り消してもらう。時雨」
「?」
完全に虚を衝かれた。
怒りがぷしゅるるるる〜と消え去る。
「確かに私は、クラス全員の過去を調査し、ある程度、把握はしている。
だが時雨。過去に人喰いをしたから、と言う理由で、君が毒を盛るなどとは思っていない!」
「……」
「ましてや、君は共犯者[コイビト]!!
信用に値するから、選んだ!」
何だ?
今、もしかして、戸隠さんは怒っているのか?
眼鏡を拾いたい。
拾って、顔を見たい。
「……」
「……」
「……すまなかった。
また、恥をかかせた」
「え、いや。僕のほうこそ、御免」
「……その……続きがある。聞いて欲しい」
「え?続き?」
「……『貴方と一緒に食事がしたい』というのは“貴方に毒を盛られて殺されても本望”という……信頼の証」
かちゃっ
視界が戻る。
戸隠さんが、僕に眼鏡を掛け直してくれた様だ。
「と、同時に」
「……」
「『貴方の遺伝子が欲しい』と並ぶ、超人気プロポーズの言葉……」
「は?」
顔をまっかにして、視線を逸らした。
プロポーズ?
何で?
お前の味噌汁が飲みたい!的な?
「……人間にとって睡眠や食事時、性行為時というのは、最も無防備になる瞬間の1つ……。
それだけ暗殺の可能性が跳ね上がる……。
その時間帯を供に過ごすというのは、まさに一緒に殺される事も本望という、素敵な意思表示。
それだけ信頼している。
裏切るつもりは無い。
どちらかが倒されるなら、必殺の復讐を誓う。
その、時雨は、私と、そんな仲になりたい……の……か?
そこまで、信頼するつもりなの?」
衝撃的な内容だった。
そこまでの意味を込めるって……
「その、まだ、ある……」
戸隠さんは、更に顔を赤くして、
「……食事している姿を見られるのは、とても、その、恥ずかしい……。
私達、人間は理性的な生物……なのだから、獣性に支配されたかのような、生々しい……、本能の赴くままに行動する事は慎むべき……。
睡眠を見られるのも、食事を見られるのも、性行為を見られるのも、全部、恥ずかしい……。
だから人間らしく、寝る時は、誰にも見つからないように。食事はひっそりと。性行為は隠れて」
「……」
「いや正直、ココの人たちはおかしい……。
食事風景を映されても何も感じないどころか、旨いーとか、恍惚としている。
えっと、視姦と言うんだっけ?
この前は花見だとかで、外で食事……青姦。
皆で集まって食事をするなんて、どんな輪姦プレイ……」
えーと。
何だろう。根本的な価値基準が違う。
流石、中国だわー。
ほんとに、中国なのか?
でも、ココはやっぱり。
戸隠さんと一緒に食事をしたい。
料理を作って旨い!と言わせたい。
そんな、ささやかな僕の欲望を叶えさせてもらおう。
「ねぇ、戸隠さん。
僕は戸隠さんと、そんな信頼し会える関係になりたいと思うよ。
復讐……はする前に僕は死んでるだろうから無理だけどね?
それに、御免ね?戸隠さん。
戸隠さんの共犯者[コイビト]は、一緒に食事をしている所が見たいどころか、皆の前で、一緒に食事している所を見せびらかしたくて堪らない変態なんだ」
「あうあう」
「一緒に食事をしよう。戸隠さん!」
「へ、変態だっ。時雨は変態っ!」
「戸隠さんは、そんな変態の共犯者[コイビト]だっ!!」
「―――――!!
……判った。流石に時雨だ。
唯一、私に過去を洗わせなかっただけの事はある。
ううう……恥ずかしい」
え?今なんて?
「時雨……い、一緒に食べたいと言う事だが、その、質問がある」
「え?なに?」
「その、時雨は私の遺伝情報が欲しいのか?」
「?」
「私の遺伝情報提供者は2人とも、非常に優秀……
……ただ、私自身の遺伝子は、クローニングされた物なので、価値はない。
それに、その……子宮は仕事に邪魔だから外してしまった。
その、もし、どうしてもというなら……オリジナルを盗って来る……」
「いやいや!盗まなくても大丈夫!普通でいいよ、普通で!」
言ってる意味が良く判らないけど、やばそうな匂いがしたので否定しておく。
「そ、そうか」かぁっ
それに子宮を外した……って、どういう事だ?聞きたい。
急にそわそわし始めた戸隠さんは、トレーナーの裾を伸ばして、デリケートゾーンを隠そうとする。
「えっと、ズボン持ってこようか?」
「……ありがとう……急に恥ずかしくなった……」
その後、僕は戸隠さんにズボンを渡すと、寝室のケチャップを掃除してくれるように頼み込んだ。
「あまり、動かないでね?
止血してても、深い傷なんだから。
無理しなくて良いからね?」
「ふふん。……受けた恩は返す」
そう言って、戸隠さんは、携帯の待ちうけを見せる。
裏庭の大穴だ。
まだ、昨日のネタを引きずってるのか……。
「んー。
じゃあ、適当にケチャップとれたら、僕の寝室か、書斎の漫画を読んでて?
食事ができたら呼ぶから」
「そ、その事なのだが、時雨」
「ん?」
「わ、私は、自分の食事を用意してある……」
「え?そうなの?」
「……今日は医療用栄養チューブ、基本栄養チューブ1.5。
3分もあれば終わる、非常に効率的な食事……」
「は?」
「チューブ型は少し高い。
固形型は時間が掛かるが安い。
状況に応じて使い分ける。生活の知恵」
うーん
「じゃ、それは、今日は無しで」
「そ、それは困る。
キチンとした栄養バランスは、身体の新陳代謝を効率よく促す為に必要な事で……」
「うん。
その代わりを僕が用意するよ。
それで良いでしょ?
これも生活の知恵」
「う、うう、まぁ……」
「医療用栄養素って何?」
「う、うむ。亜鉛やたんぱく質、ビタミンB1、2、Cなどが入っただな……」
「あー。うん、だいたい、判った。
じゃあ、レバーか……どて煮に、豆腐サラダあたりだね。
筍も活けそうだな……」
「?」
「戸隠さん、どて煮……
えーとモツ系の肉は大丈夫?」
「……言っている意味が判らない」
「うんと、レバーとか……
豚ホルモンと牛すじは食べれる?」
「食べた事はない……
ああ!竹輪と言うのなら食べた事があるぞ。
合成だがおいしかった」
「戸隠さん……」
ほろり
普段、どんな食生活おくってるんだ?
そも、竹輪の合成って何?合成肉を使った竹輪って事?
どて煮は、昨日の残りがあるので、それを使う。
少し甘辛な味付けで、八丁味噌の染み込んだ今日の方が各段においしい。
ご飯にタレとしてかければ、土手飯という名古屋名物にも化ける。
こってり嗜好向きの一品だ。
あとは豆腐サラダに筍御飯……。
いや、土手飯にできる事を考慮するなら……いやいや、筍御飯で土手飯という無茶振りも……。
とりあえず、寝室のケチャップ掃除の間に、僕は裏山から筍を取って来て、料理する事にしよう。
戸隠さんのおなかグーから約90分後です。料理できたの。
結構早めにできたんだけどなぁ。
でもやっぱり、その間、腹減りっぱなしは辛かったらしい。
もう1つ。作りすぎた。
張り切りすぎたのが敗因か……。
筍が残ってしまったので、ゆで汁と一緒に密封。
明日にとっておきます。
筍は、しっかりと灰汁抜きをして、玄米御飯と、若布の吸い物に。
ほうれん草と納豆を入れた玉子焼きに、豆腐とカイワレ大根、玉葱のサラダ。
で、どて煮。
僕と戸隠さん2人。
祖父は、出かけたみたいでいない。
月見里さんの事で少し話したい事があったんだけど……。
手と手を合わせて。
「いただきます」
「板、抱きます?」
ちょっと戸隠さんの抑揚がおかしかった。
ぱく。
じっと戸隠さんを見る。
「あ、味はどう?」
顔を真っ赤にした、戸隠さんに訊ねる。
「そ、その、あまり見ないで欲しい。
食事を見られるのは、は、恥ずかしい……。
は、箸で口に物を、い、入れるのは、フェラというのだろう?
知っている」
「いや、言わないから」
ぱくぱく。
しかし、御飯を一口、二口と食べ始めた戸隠さんは、
「変わった風味がある。
旨い。だが、同時に欠点もある」ぱく。
「え?」
「コレでは食べるのに時間がかかり過ぎる。
各種サプリメントを使えば、時間短縮が可能なのでは?」
「却下」
ぱくがつ。
「だが、暗殺の可能性を考えると、食事は、早ければ早い方が良い。
ほら、クラスの者達も言ってるではないか。
早弁とか、御飯を食べる時間を競ったりして……」
「却下」
「そ、そうか……」
がつがつ。
「お米は88回噛んで食べる事」
「そ、そんなにも!?」がつ……
「作ってくれたお百姓さんに有難うの感謝を込めて」
「コメに感謝をコメてコメントする」
「?」
「これは、米と込めるという動詞とコメントをかけた非常に高度なg」
「寒っ!」
「そ、そうか……」
しゅん
―――――!!
突然の天啓。
「罰として“あーん”の刑」
ちょっとドキドキ。
機を見るに敏です!!
「それは、何だ?」
「今から、この玉子焼きを戸隠さんの口の中に入れます」
「!!」
「口を開けて?
あーんと」
「フェラか!?
は、恥ずかしい」
「罰ですから。
ちなみに女の子がフェラチオ、フェラチオと連呼するべきではないと思います」
「あうあう」
「はい、あーん」
「ううう」
「あーん」
「時雨は変態だっ。変態!」
そう言って、箸ごと玉子に噛りつく。
これは、楽しい。くせになりそうだ。
まるで、恋人同士みたいな時間を過ごした。
何より、戸隠さんの反応が面白かった。
流石に多すぎた為に、玉子焼きとサラダが余った。
明日の弁当に使うか……。
ジリリリリリーーンと携帯が鳴る。
戸隠さんのだ。
今時、携帯電話に黒電話のベル音使うなんて珍しいな。
今時の電話に使われている様な、電子音のトゥルルルルルに比べ、非常に攻撃的な音だ。
まさに、人の安眠を妨害する悪魔の音色。
八代邸、本宅の母屋、行事スペースのある所から、本宅の増築部分、時雨の寝室にまで、直線距離にしてゆうに15mを超える。
その距離をものともせずに、圧倒的破壊力でもって安眠妨害をする優れ物だ。
ちなみに、黒電話とは、日本電信電話公社(今のNTT)が制式化した回転ダイヤル式電話機の事で、現在でも好事家が欲しがるレトロでマニアックな一品である。
もちろん、八代邸のは、祖父の趣味である。
要は、レトロでマニアックな好事家なのだ。基本は。
携帯電話で何か話をしていた戸隠さんが、
「時雨。今からテレビをつけて欲しい」
と言った。
「?」
局番をあわせて、暫く待つと、ニュース番組が始まる。世界の情勢 → ご近所のニュースになると、映像が出る。
煙をもうもうと吐き出し、マンションの10階から火が出てる。
五十鈴マンションだ。
あの部屋は、今日、僕達が訪ねた戸隠さんの部屋だ。
ハイライトシーンを映した映像は、宣伝に変わる。
僕は、その間に冷蔵庫から、杏仁豆腐に色々とフルーツを雑ぜたデザートを取り出す。
お腹がいっぱいだけど、これは別腹だ。
暫くすると、画像が出る。
内容は、爆発した決定的瞬間を映した映像で、スクープ扱いだった。
「これは?」
「多分、データを売った。小遣い稼ぎ」
「えーと」
「ニュースと言う物は、無ければ創る物。
不幸というのは、当事者以外を幸せにする。
えーと、……蜜の味?」
「それは、穿った見方過ぎるよ……」
それを言った僕の顔を、ジッと覗き込む様に見る戸隠さん。
「時雨……君は身をもって経験しているはず……」
「?」
「……いや、いい。
今のは忘れて欲しい」
僕が、身を持って経験している?
何を?
―――!!
嗚呼、そうか。以前の飛行機事故の話か?
あの時から、僕は……。
あ、ヤバイ。
この思考法は、負のスパイラルだ。
鬱の状態になっていくパターンだ。
何か、別の事を考えないと!
えと、えと……。
「時雨……?」
「……」
「どうした?」
「……」
「……?」
「……」
「……!!」
「……」
「少し失礼するぞ」
戸隠さんが、席を立ち上がって、僕の学生服のところへと向かう。
そうだよね。
こんな奴と一緒に食事なんて、誰だってしたくない。
ああ、声が聞こえる。
「気持ち悪い」「あはは、死んじゃえ!」「アンタのせいで息子は死んだんだ!返せ!返してよう!!」「両親喰って生き延びたんだって」「あさましいっ」
テレビのキャスターが僕を責め立てる。「何で生きてるの?」
戸隠さんの背が語ってる。「毒を食べさせられた……」
笑ってる。
皆が僕に、なんで死ななかったんだ?って笑ってる……。
戸隠さんが、何かを持って帰ってくる。
だが、今の僕には、どうでも良い事だ。
君も僕の事を、罰するんだろう?
「すまないな。時雨」
パチバチバチバチバチッ
「あ――――――――――っ!!!!!」
叫んだ。
「――――――――――!!!」
イタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!
背中が!!
何だ、このデジャヴ!?
いや、イタイ!取り合えず、イタイ!!
怒りに我を忘れて、無理矢理、動く。
「何するんd」
見上げると、そこに戸隠さんの顔があった。
僕を見て、微笑んでる。
頬を上気し、桜色に染めながら。
パチバチバチバチバチッ
「あ――――――――――っ!!!!!」
もう一回、叫んだ。
「何するんだよっ!!!」
流石に怒る。
戸隠さんは、新田のスタンガンを手に持ち、もーいっかい、とばかりに構えてる。
「そうだ。もっと怒れ。時雨」
「君に一番似合う表情だ」
「そんなの嫌だよ!
せめて、笑顔が似合うぐらいは……」
「笑顔?時雨には笑顔は似合わないぞ?」
あー、そうですか。
そうですよね。
強面ブサメンだし。
笑う子も黙るし。
「それに、私は、笑顔は嫌いだ。
あんな醜悪な顔の似合う人間なんて、死んだ方が世の為だ」
あー。
そうですか。
「こんな時、どんな顔すればいいか判らないの」
↓
「笑えばいいと思うよ」
コンボを全否定ですか!!
不満顔が顔に出たのだろう。
「うむ。カッコいい。
やはり、時雨は怒り顔が似合う」
何で、そんなに怒り顔がいいんだろう?
「私は、怒った顔というのは、とても尊いものだと思う」
「なんで……?」
「怒るという表情は、敵に侮られる。
感情を制御できない未熟者として、仲間から謗られる」
「……」
「でも、それだけ真剣だと言う事……」
「笑い顔は全てを隠す。
苦しみも、涙も、嘲りも、殺意も、憎しみも、怒りすら!」
その一面は否定できない。
でも、それは、本当の笑顔じゃないよ。
戸隠さんの笑顔は、あんなに似合って、素敵なのに……。
「私は、真剣さを、笑うのは嫌だ。
時雨は、いつも笑顔だ。
色々な感情を全て隠してる。
私は、それは嫌だ。
さっきみたいに泣いていい。
怒って欲しい。
私は、そんな君が見たい」
僕の目を真っ直ぐ見て、真摯に語る。
と、何かに気づいたかのように、ハッとなる。
「……ああ、そうか」
「ん?」
「時雨。きっと私は、君に好かれたい……と思っている」
あ。
スタンガン持って突然の告白。
寝耳に水って奴です。
でも、何だろう。
初めて通じ合えたみたいな感じだ。
「時雨。私は、怒った顔が好き」
「うん」
「時雨の怒った顔も、ダイスキ」
「だけど」
「順序が違ってた……。
怒った顔が好きだから、君を好きなのではない。
君がダイスキだから、君の怒った顔も好き……なんだ」
「うん、そうだ。
私は、君がダイスキ……時雨」
今、初めて、その事実を確認しました、そんな感じで自問自答して、少しずつ戸隠さんは心の中を話してくれている。
「ぼ、僕も戸隠さんのk」
「だから、ずっと怒っていてくれ」
うわああああああ
ヤメテ!止めて!スタンガンはいやぁっ!




