開幕前夜-迷奴な土産-
脱衣場で一騒ぎ。
相変わらず、僕は物忘れが激しい。
戸隠さんの火傷の事より、月見里さんのおっぱいにドキドキしてた。
自己嫌悪……。
僕と月見里さんは、浴室から新田と管理人と呼ばれた女性のいる本宅、仏間に向かっている。
戸隠さんはシャワーを浴びると言って、その場に残った。
服と肌が張り付いてる火傷箇所が合った場合、そこを無理に剥がすと危険なので、一旦、手当ての方を優先するべき、といった僕の話は「……問題ない」の一言で片付けられて、聞き入れてもらえなかった。
戸隠さんの火傷は確実に痕が残ってしまう。
でも、そんな事、本人は全然、気にしてなくて。
何だろうな、この無力感。
「ねぇ、ヤシロ」
「なに?」
「戸隠さんとは、今、付き合ってるんだよね?その、恋人同士……」
「一応、世間体としては、ソウナッテイルヨウデス……」
「――」
すぅ、はぁ
「よし!」
月見里さんは何故か気合を入れる。
「な、なに?」
「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」
うわぁ……。
凄く嬉しいけど、殺伐としているなぁ。
仏間では、新田と管理人と呼ばれた女性が歓談していた。
「ただいま」
2人に声をかける。月見里さんは、僕の少し後ろを歩いていたが、2人に近づくと頭を下げる。
「御免なさい!ご迷惑をおかけしました!!」
ちょっとビックリ。
何か憑き物が落ちたかのような……
「気にしなくていいわ、月見里さん」
「そーだよー。こっちも仕事だからねー」と新田。
えと、どういう事?
「あ、そうか。キチクン、紹介するね?」
と新田が話そうとすると、管理人と呼ばれた女性が自分から名乗り出る。
「これは、失礼。私は……」
女性は、懐から幾重にも折りたたまれたカード入れを取り出す。
パタ、運転免許証、大特二まで。始めて見たフルコンプ……
パタ、危険物取扱者免状
パタ、認定薬剤師
パタ、土地家屋調査士
パタ、行政書士認票
パタ、社会保険労務士認票
パタ、司法書士会員証
パタ、CAD利用技術者試験一級認定カード
パタ、マンション管理士証
パタ、情報処理技術者能力認定証ハイライセンス印
パタ、ふぐ調理師免許
カード入れをしまう。
「もちろん、医師資格も持ち合わせております。
申しおくれました。
私は、五十鈴 各務乃と申します。
五十鈴マンションの管理人兼所有者です」
「!!」
だが、今の僕は、彼女の自己紹介を聞いてはいなかった。
入ってきた言葉も、右から左へと流れていく。
信じられなかった。
まさか、そんな。
五十鈴さんに詰め寄る。
「お願いします!もう一度、ふぐ調理師免許を見せて下さい!」
「え?」
「おおおおおおお、す、凄い。
こ、これが憧れの、ふぐ調理師……。
そ、祖母も持っていたという話なのですが、
その腕を見せてもらう前に他界してしまいまして……」
「そ、そうなの……」ひきっ
「こ、これが……いいなぁ……」すりすり
「あー、強面ブサメンのスリスリは気持ち悪いよ。
キチクン?話の続きよいかな?」
「あ、御免」
いそいそと、ふぐ調理師免許をしまうと、五十鈴さんは、立ち上がり、僕から少し離れたとこるに座りなおす。
「じゃ、少し説明するわね?」
あああ
五十鈴さんは、副業で探偵業も営んでいるらしい。
で、新田も、戸隠さんもそこでアルバイトをしているという。
アレ?
今回の事件、五十鈴さんに、町のチーマーからの依頼があったらしい。
とある暴力団が、ロシアから拳銃[マカロフ]を大量に輸入したのだが、その為に要らなくなった拳銃[ヘイシン]が在庫として余ってしまった。
無理に捌こうとして、足がついても不味いので、何箇所かの下部組織に別けておろし、それぞれを廻して出所不明にして売り捌こうとした。
ところが、そこで依頼者であるチーマーが、1丁なら大丈夫、バレないだろうと横からガメた。
当然、すぐにバレ、返却期間内に返さなければ、責任を取らなければならない事になるが、すでに彼は拳銃[ヘイシン]を盗まれてしまっていた。
え?拳銃[ヘイシン]って……
月見里さんを見る。
てへっ
「そういえば、月見里さんだっけ?
拳銃[ヘイシン]の手入れが、かなりしっかりとしてあるけど、拳銃の使い方とか、誰かに教わったの?」
新田が、拳銃[ヘイシン]をカチャカチャと分解しながら、丁寧に指紋を拭き取っている。
あれで、指紋ってとれるのかー。へー。
「え、えと……」
ちらっと僕を見る。
え?いや、僕は知らないよ。
「その……秋霖さん。
ヤシロのお爺さんに、昔……」
あの、くそじじぃ!!
なんて事、教えてるんだ!!
「で、まぁ、私達は捜査を開始したわけね。
実際、盗んだ人物像は判っていたので、追跡は楽だったんだけどね。
逃亡先であるニューエルサレム教団で、保護されている事が判明したわけよ」
そこで、夜中、戸隠さんが潜入。
見事に失敗。携帯を落として、今に至る……と。
とても簡単に五十鈴さんは説明してくれた。
いや。
ちょっと待て。
僕の記憶と、矛盾があるぞ?
アレ?
いや、いいのか?
じゃあ、戸隠さんの言っていたレアリティとかって何?
……まぁ、いいや。
今は説明を聞いておこう。
「僕達は、この拳銃[ヘイシン]さえ取り戻せればそれで良いから。無問題」
「まぁ、そういう事ね。
モノがモノだけに、月見里さんが窃盗で捕まる事はないわ。
チーマーからの報復は、教団が受け持つでしょうしね」
「あ、あの……もう1つの方は……?」
「さぁ。私は知らないわ。
殺人なんて起こっていないし、死亡届も出ていない」
「「え?」」
愕然としている月見里さん。
僕も今、不思議な言葉を聞きました。
「で、でも私、確かに4発……」
「いい?
4人分の死亡届が出てないなら、
殺人なんて起こっていないのよ。
街は平和よ」
え、えーと、今、軽く凄い事言ってなかったか?五十鈴さん。
殺人?
いや、殺人なんて起こっていないし、死亡届も出ていない。
何も事件はおこっていないという事だ。
会話としてはおかしいが、うん、日本語としては、おかしくはない。
じゃあ、何で、それで、月見里さんは唖然と不思議な顔をしているの?
やばい、オーバーヒート気味だ。
やばいやばいやばい。
後でじっくり考えよう。
いや、忘れよう。
積極的に。
何だか、近頃、多い気がするよ……。
話を変えよう、変えて知らんぷりだ。
「あ、あの、探偵業って話ですけど、新田と戸隠さんって、学校じゃ全然親しそうじゃなかったし……何か理由でもあるんですか?」
「ええ、その事なら、当然よ。
新田と伊織は、別の班だから、本来は顔を会わせる事も無いわ。
今日初めて、顔をあわせたぐらいよ」
「そうなんですか……」
「さっきの不穏な話は、スルーかい?キチクン。あはは
まぁ、でも、実は僕も、さっき、師匠に会うまでは知らなかったんだよ。
拳銃の事とか、教団の事はね。
で、師匠に話を聞いたら、戸隠さんを匿うのに、手を貸せって言われて」
師匠?
誰?
あ、もしかして五十鈴さんの事?
「結局、今回の事件の流れって、何なの?」
僕は、月見里さんに訊ねる。
「あー、えと、そのぅ」
「それじゃ、僕が」
新田が話し出す。
「時は現代、平成の世。
冬の寒さも終わる啓蟄もすぎし頃、恋に愛に疲れ果て、幸せを求めてニューエルサレム教団の門を叩いた、乙女が1人」
新田はこういった台詞をすらすらっと言える。
どこで覚えたのか、口下手な僕には、見習いたい特技だ。
「乙女は厳しくも暖かい教団で、仲間と供に日々の辛い修行に邁進する。
そんな、ある日、ニューエルサレム教団にドロボーが入った」
ん?戸隠さんの事か?
「信徒達は、手に手に武器を持ち、ドロボーを追うも、取り逃がしてしまう。
しかし、乙女の前に、天からの啓示が示されていた。
ドロボーが落としたであろう携帯を乙女は拾ったのだ!!」
おおー。
「恐る恐る、携帯を調べる乙女。
人の隠し事、秘密を知る快感と、罪の意識に苛まれ、画面を見る。
しかし、嗚呼!何故、見てしまったんだろう!見なければ、こんな事には!!
神は何処まで、私を試すと言うのか!!後悔、先に立たず、画面にh」
「こ、後悔なんてしていない!私は、ヤシロにあえて嬉しかった!嬉しかったよ!!」
唐突に月見里さんが、話に割って入る。
流石に、新田もビックリしてる。
まぁ、自分の語りに、引き込まれての事だろうから、芸人冥利に尽きるんじゃないか?
「うん。判った。
じゃあ……乙女が携帯を調べると、驚愕の事実を知る事となった」
うんうん。
と月見里さんが頷いてる……。
「その事実とは、中学校時代の鬼畜な同級生、八代時雨が、あろう事か、そのドロボーと付き合っているという事実。
愕然とする乙女。
なんてこと!!私にあんな鬼畜な事をしておいて、今更、他の女に手を出すなんて!!」
淡々とヒートアップしているが、それは、お前の創作だろうに。
「許せない!この女、許せない!
ついでに、八代時雨も、許せない!
私の事、忘れようだなんて!」
いや、いや、それはちょっと……。
あれぇ?月見里さんが頷いてる。
「乙女は迷った。
携帯の事を教団に話さなければならない。
しかし、確かめたい。
これは事実なのだろうか?
あの鬼畜は、本当に、私の事を忘れて、この女を選んだのだろうか?」
「居ても立ってもいられなかった。
身を焦がしつくした恋の炎は、未だに燻っていたのだ!
乙女は、教団には何も告げずに、1人旅立った。
その手に、数多の戦場を共にした相棒、黒き星[ヘイシン]を持って。
その胸に去来するのは、過去への決別か、はたまた未来への展望か。
乙女は1人佇み、鬼畜の面影を追う……
てな、感じでどう?」
わーパチパチ。
月見里さんが手を叩いて喜んでる。
「あー。えーと、月見里さんの言いたい事って、要約されてた?」
コクコク
「しかし、よく判ったな。新田」
「んー?まぁ、今までの情報を総合したら、こんな感じかなぁ……と」
「いや、ふつーは判らん」
「あはは。まぁ、別れさせ屋なんてバイトしてるとね。
もう少し、探偵らしい仕事も回して頂けると嬉しいんですが?」
ちらっと五十鈴さんの方を見る新田。
「基本ができるようになったらね」
すげなく返す五十鈴さん。
「えと、じゃあ、事件は終結したんですか?」
「さぁ?」
「どーだろうね?キチクン」
「?」
2人は月見里さんを見る。
「あ」
ごくっ
月見里さんが居住いを正す。
土下座
「ヤシロ、迷惑をかけて御免なさい」
「どう償って良いか判らないけど、必ず償うから……」
「だから」
「……」
許して欲しい……か。
何だろうね。
許すも何も、僕は怒ってないんだよね……。
さっきから、頭ん中で、エロい冗談しか出てこないんだよ……。
謝ってすむなら警察は入らないよ。とか、
じゃあ、身体で払ってもらおうか?とか。
機を見るに敏ですって。
あははは。
僕は、昔みたいな関係に戻れるなら、それでいいんだ。
だから、もう大丈夫だよ。
許してるんだから。
「今は、今だけは、見逃してください!!」
「は?」
そうか、そう来るかー
許す、許さない、でなくて、見逃せかー。
あー。
そうか、僕は、あれか。
いい人とか。
人畜無害な人とか。草食な人とか。
そんな感じ。
結局、ブサメンだしね。
何か、今までのも、お芝居なのかもナー。
土下座1発で、屋敷を無茶苦茶にしたのを、許してもらおうとしていたのかー
うん。
「嫌だ。見逃さない」
「え?」
「許して欲しければ、一生かけて償え!!」
「――!」
「まさに奴隷の様に、僕の為に働け!日々こき使ってやるからな!昼も夜も!」
「あ……」
涙を流し始める。
口元を両手で押さえ、
ポロポロと真珠のように、綺麗な涙を。
歓喜の表情。
あれ?喜んでる?
「うん。うん!働く、奴隷でもいいから。
ヤシロの為に一生尽くすから!」
うわぁぁぁぁ、うれしいよー。
と月見里さんが、大泣きを始めた。
空を見上げて、子供が泣きじゃくる様に。
あれぇ?喜んでる?なんで?
「キチクン……」
新田がため息をつきながら、肩を叩く。
「鬼畜からランクアップだ」
えー。
「しかし、どうどうと二股宣言とは……」
「え?」
「一生働け。奴隷として。昼も夜も」
………………
…………
……
いやいやいや、ちょっと待て!
そういった意味ではなく!!
僕は、何を口走った!?
何を言ってしまった?
今の言葉ぷれいばっく!
相手は、月見里さんだ。
中学からの同級生で、一番親しい人物だ。
嫌いじゃない、決して嫌いじゃあないんだ。
でも、そんな、これはプロポーズじゃなくて!!
だって戸隠さんの事とか!!
うわぁ。
僕は最低だ!
男としても。
人としても。
確かに、僕は外道だけども!!
「まぁ、頑張りなさいな。少年」
五十鈴さんが肩を叩く。
「男の優秀さは、顔ではなく、金と遺伝子よ。
貴方が優秀である事を示せば、女の方から受精を望んでくるわ」
親指を立て、ぐっ。とか言ってる。
言ってる事は、変だけれども。
「でも、今は月見里さん、借りるわね」
「え」
「彼女には、まだ働いてもらわないといけないから。
だから、今日だけは、このまま去る事を見逃してやって?」
あー。
もしかして、そーゆー意味だったの?あれ。
「御免ね。ヤシロ」
満面の笑みを浮かべて、はにかみながら月見里さんは、僕の袖口をきゅっと掴む。
「今から、戸隠さん家、壊してくるから……」
ちょ、待て。
「さて、そろそろ行きましょう。
月見里さん、服はすまないけど、後で私のを貸すから。
八代君、ワイシャツ、月見里さんに貸してあげてね?」
マンション破壊は決定事項ですか!?
「や、でも月見里さんを、マンション破壊の犯人にしたてあげるのは!!」
僕が嫌だ!!
「ああ、それは大丈夫です。
対外的にはガス漏れですから。
そうなります」
「――」
ああ、何かまた無力感。
何で、皆、平気なんだ?
僕が異常なのか?
戸隠さんの家が壊されようとしているのに、僕は守る事もできないのか?
「あ、あの、戸隠さんはいいんですか?
本当に、それで彼女は納得してるんですか?」
「うん?問題ない」
「うわっ!」
真後ろから、戸隠さんの声が!!
見ると、右腕だけで髪の毛をふいているが、拭ききれていないのか、ポニーテイルの先から、雫がポタポタと滴っている。
それが延々、離れから、ココまでの跡を付けている。
戸隠さんは、脱衣場に置いてきたトレーナーを着ており、スレンダーな身体は隠されている。
彼女が着るとダブダブなのだ。
濡れたうなじに、白くたおやかな肌、首筋から鎖骨への滑らかなライン。
スラッとしたカモシカのような脚は、付根近くまで隠される事無くのびており、あと数cmという微妙さでもって隠されている。
これはこれで。ごくっ。
「やーしーろー?何処、見・て・る・の・か・な?」
ぐりぐり。
足を踏まれる。
御免なさい。
男はこういう生物なんです。
許して?
「先程も言ったが、雲雀。
独自のルートで情報を得た君は、セラフの天使の卵[エンゲルアイ]を盗んだ私を追い詰め、戦闘に至った。
結果、戦闘中にガス漏れ、爆発。私は死亡する」
え?
「ちょ、ちょっと待って!戸隠さん!」
ドロボーに入ったって言ってたけど、本当に何か盗んでいたのー?
だけど、彼女は、尚も話を続ける。
「君は、物品を取り戻すことはできなかったが、機密を守る事には成功する。
おめでとう。これで昇進だ」
「ほんとにいいのね?アンタの家」
「私の事はいい。
今回のケースでは火災保険は適用外だが、個人賠償責任保険と私費でカバーする。
出費に見合うだけの事はしているしな」
「判った……」
「それよりも君が、私の落とした携帯の事を、教団に報告していない事は判っている。
独自の情報ルートについて聞かれた場合、今更携帯の事を報告すると、君の立場が危ういどころか、時雨にまで類が及ぶ事に注意してくれ」
「判ってるわよ。それぐらい」
「君が私の割り出しに成功したのは、そうだな、地元に戻った君は偶然、私の事を見たと言う顔馴染みと出会う。
功を焦った君は、報告の義務を怠り、追跡。車の中で、この免許証を入手した事にしておこう」
そういって、免許証を渡す。
「結果としては、それは良いほうに働いた。
高飛びしようとしていた私と戦闘する事で阻止に成功」
「本当にそれでよいの?」
「構わない。
その免許証に書かれているのは私ではない」
確か、あれは偽造……
戸隠さおり、さん……だっけ?
「さて、話も纏まった所で行動しましょう。
新田、学校に戻るんでしょう?乗っていきなさい」
「あー。助かります。ありがと、師匠」
「それから、雲雀さんも。今日は少しハードになるわよ?」
「いぇす、まむ!」
ノリノリだ。
「伊織。貴女はココで少し休ませてもらいなさい。
後は全部、私がやっておきます」
「了解」
「あー。そうだ、キチクン。
明日の弁当は、僕とイッサの分、よろしく」
「は?何で?」
「賭けは僕の勝ちだよね?」
「う……いや、しかし、僕みたいな男の手料理を貰っても、仕方が無いだろう?」
「ちちっ。判ってないないナァ。キチクン」
「な、何を……」
「僕はオマケだよ。だから適当でいい。
イッサの分はしっかりとね?」
「はぁ?」
「明日は、キチクン×イッサを思う存分に、委員長に愉しんで貰わないとネ!」
「委員長……?ああー、あのお下げの……」
「反省文回避のお礼だと思ってしっかりとね?」
「回避できるのかよ?」
「まかせなさーい。
これでも真・委員長なんだぜ?」
「うわー。アテにならん」
「た、楽しそうね。ヤシロ」
ワイシャツ姿の月見里さんがジト目で見てくる。
ええー?
なんで嫉妬してるの?
「1人だけで友達作っちゃって……」
「はいはい、妬かない、妬かない。
僕とキチクンは、その内、美幼女を巡って殺しあう仲だから!」
「それはない」
「そんな事したら、私が殺してる」
3人は、外に停まっている五十鈴さんの車に、急かされるように乗ろうとしている。
「あーちょっと、待って、月見里さん」
流石に、下半身に何も履かないのは、どんな羞恥プレイだよ、と思ったので僕のズボンを持ってくる。
胴回りは2倍、股下は10cm以上の差があるジーパンだ。
イソイソとジーパンを履き、ベルトで締める。
靴は中学の頃の上履きを貸した。
「ありがと……んーと……」
「ん?何、月見里さん?」
「んー。なんていうか。こう、もうちょっと……」
「?」
「よし!形から入るね?」
「何を?」
じっと、僕を見る月見里さん。
「ありがとうございます。御主人様」
ぺこり
「う、うぇ?」
「ですが、私の事は、どうぞ、雲雀と呼び捨てにして下さいませ?」
「ええー?いや、そんなっ」
「ど・う・ぞ、呼び捨てにして下さいませ?」
「あー、あうあう。で、でもね、月見里さん?」
「次、どこをケチャップまみれにしよっかナー」
「ええー。それ、キョーハクだよ!」
「じゃ、御主人様?
次からは、雲雀って呼んで。ね?」
悪戯っ子ぽく、はにかみながら。
「じゃ、行って来ます。御主人様。
今度、会う時はデキの悪い、この奴隷にタップリ罰を御与え下さい!
もちろん、性的な意味で!!」
寝室をケチャップまみれにされたのを忘れる程に好い笑顔だった。
あ、あー。
結局、僕と月見里さんは、元の関係には戻れなかった。
あの日、あの時、僕が真剣に告白していたら、どうなっていたんだろう。
戸隠さんに惹かれて、月見里さんに魅せられる中途半端な自分。
今みたいな状態だっただろうか?
いや、月見里さんと一緒に縁側でお茶をすすって、漫画の話をしていたに違いない。
それは、魅力的な未来想像図だけども。
だけど、今の関係は、少しこそばゆいけども、僕の望んだ以上の関係だ。
あの時の僕よりも、僕は、月見里さんが好きになった。
だけど、一緒に居たいと思う以上に、何かこう、もやもやとした黒いものが、僕の心の奥底で渦巻いている。
どんどん強くなる、戸隠さんと、月見里さんだけに感じる、この想い……。
とても、せつなくて、狂おしい。




