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世界の 法則が 乱れる!  作者: JR
第10話 This Ugly Yet Beautiful World
150/169

男は誰も十字架背負ったロンリーソルジャーボーイ 

現在、グルグル簀巻き状態の浩一さん。


浩一さんの前には、僕と雲雀の2人、その後ろに伊織と新田、浩一さんの恋人の清水先輩。

武居、新田、姐御、偽・委員長は、その外側に居る。


清水先輩には、浩一さんがバッドトリップしている可能性を示唆して、少し様子を見てもらう為に後ろに下がってもらった。

もちろん、今のグルグル簀巻き状態を説明する為の嘘だ。


最初は大麻でバッドトリップする事をいぶかしんでいた清水先輩だが、新しい麻薬を服用している、という事で押し通した。





さて、いきなり僕達を襲った浩一さんだが、そのワケを知りたい。

まぁ、まともに考えるなら、不法侵入者を襲うのは普通(?)かもしれない。


確かに、勝手に入ったのは僕達だ。


だけど、浩一さんが僕達を襲撃した時の台詞は「ドロボウ」でなくて「バケモノ」だからね。

少なくとも、ドロボウに対して使う言葉とは思えない。


何か引っ掛かる。



「御主人様の顔を見て、襲い掛かってきたんじゃないのっかなぁ~♪」


にんまり笑って、雲雀が僕をからかう。

ああ、僕の顔を見て言った台詞の可能性もあるね……うん。

泣きそう。


「……シグレ、ポツリヌストキシンあるけど使う?」

「いえ結構です、殺しちゃ駄目です」


浩一さんの腕に注射器を近づける伊織を止める。


「やっちゃえ、やっちゃえ♪」

「雲雀も煽らないっ!」






ふぅ。

取り合えず、起こそうか。

ココは血族と言う事で、雲雀に浩一さんを起こしてもらう事にする。


「雲雀、起こしてもらって良い?」

「エロゲ風に?」

「いや普通に」

「判った」


ボグッ!

「うぐぅっ」


「「「「……」」」」

何か選択を間違えた気もするけど、この兄妹の関係からすると、これが普通なのかもしれない……。




「兄様、起きた?」

「う……くそっ。

 このバケモノめっ!」


むかっ。



「あー。やっぱり、さっき襲い掛かってきたのって、私を攻撃するつもりだったんだ」

「バケモノが、中学で色々と下僕を作っていたみたいだったからな。

 そいつらを率いてきたなら、多勢に無勢だ。

 先手必勝だろ、常識的に考えて」


むかむかっ!

さっきからバケモノ、バケモノって……。


昨晩、雲雀と記憶共有して、幼い頃からの、雲雀と浩一さん2人の関係は、ある程度は把握している。

だけど、気にいらない。

傍で聞くと、怒りが込み上げる。


「浩一さん、いくらなんでも妹にバケモノはないと思うよ?

 それに、僕にとっては大事な女性なんだ。

 たとえ雲雀の兄といえども、それ以上の暴言は赦せない」

「馬鹿だろ、お前。

 バケモノをバケモノと言っt」

ボクッ!

「ぐふっ」


浩一さんが、雲雀目掛けてバケモノと言った瞬間の出来事だ。

おお。

気がついたら、手が出ていた。


「ちょっと!何するのよ!!

 浩一、大丈夫!?」


さすがに清水先輩が怒り出した。


「つい……殴りやすそうな顔だったから……」

「はぁ!?」


火に油を注ぐ。



「恵子か……」


初めて自身が縛られているのに気付いたのか、浩一さんは周りを見渡す。

そして、僕の後ろに恋人である清水先輩の姿を認め、何か言おうとして止めた。


まぁ、自分を縛り上げている連中に、自分の彼女が入っていれば、驚くのも無理はない。


しかし、しばらくするとやっぱり言いたい事があるのか、清水先輩を見て話し始める。


「恵子、何でココに……

 お前も目覚めたのか……?」

「目覚め?

 何を言ってるのよ!?

 ココに来たのは、浩一が心配だったからに決まってるでしょっ!?」


「え?心配……?」

「そうよっ!!」


「……フッ、そうか」

「浩一……」


その言葉を聞いた、浩一さんの顔に嫌な笑みが広がる。


「恵子、オレの事を“愛している”か?」


「……もちろん“愛している”わよ」


浩一さんが、清水先輩に棒読み口調で愛しているかと聴いた瞬間、清水先輩の雰囲気が変わった。

なんというか、感情が消えた。


「ふーん……やるじゃない」

「知っているのか、雲雀っ!」


何か知っている素振りの反応を雲雀がしたので、聞く事にする。

まぁ、訊ねたのは様式美だけど、雲雀には無視された。

うう……。


伊織が肩をポンポンと叩いてくれる。

「……エアリーディング」

「ごもっとも」


状況は、僕達を無視して、刻一刻と変化していた。



「ひゃはははははははっ!!」


突如、狂ったように笑い出す浩一さん。



「命令だっ、恵子っ!!

 俺を助けろっ!!

 こいつら皆、オレの敵だっ!」


「了解っ!」


「え?ちょっ!?」


浩一さんの命令に、清水先輩は僕に殴りかってくる。

というか、貫き手で咽喉を狙って来ている。


バリバリバリッ

「あががががっ!」

だけど、清水先輩の攻撃は、すぐに阻止された。


僕の後ろ、清水先輩の隣に居る伊織が、その身体に電流を流して、動きを止めたのだ。

清水先輩は筋肉が硬直してビクビクンッとしている。

ちょうど、電気風呂に入っている感じ?


「……ふぅ」


唐突過ぎて、さすがにちょっとビビッた。


「……ありがと、伊織」

「……ん」


雲雀は、一連の出来事を感心して浩一さんを見ている。

特に、清水先輩の変化に御執心の様だ。





「くそっ!使えねぇな!」

「浩一、ごめっ……」


いらついて清水先輩に当たる浩一さんだけど、周りを見れば無駄だと言うのは、すぐに判るだろうに……。

なかなか酷い事を言う人だなぁ。

だけど、そこに雲雀が割って入る。



「恵子、助け方が違います。

 それでは、浩一を助けれない」

「……え?」


雲雀は抑揚の無い平坦な声と口調で、清水先輩に語りかける。

どことなくだが、昔の口調に似ている。


「これはプレイです」

「……プレイ?」


「このプレイに従ってこそ、浩一を助けれます」

「……」


ボコッ

「あがぁっ!」


「浩一の顔を見なさい。

 喜んでいます」

「……えぇっ!?」


「判らないのですか?

 恋人なのに」

「え?え?え?」


「だ、騙されるな、恵子っ!!」

ボグッ

「うげぇっ」


「貴女は浩一を愛しているんでしょう?

 浩一を助けるなら、我々と一緒にプレイしなさい」

ボグッ

「うっ」


「そんな……いや、でも……」


「ほらアナタも助ける為に!」

ボグッ

「がっ」


「あ、あ……」


雲雀と幸一さんの言葉に翻弄されて、あたふたとする清水先輩。

いや、本気で嫌がっていると思うんだけどね、浩一さん。


雲雀は、新田を指差す。


「そこのイケメン、説得よろ!」

「え?」

「急いでっ!」


「あははは、判ったよ。

 清水先輩、男ってのはね。

 本質的にロリータが好きなんだ」


「「違う、違う」」


思わず、武居と一緒にツッコむ。


「あははは、まぁ、事実を認めようとしない人達も居るけど……今はいいや。

 仕方ない事だしね。

 さて、先輩。

 浩一さんは嫌がっているように見えるでしょ?」

「そ、そーよ。

 や、止めさせt」


「それをしたら駄目なんだ」

「……」


「浩一さんはね、ドMだったんだよ!」

「そ、そんな事は……!」


「本人自身も認めたくない、事実って奴さ!」

「……」


「でも、あの顔を見て御覧よ!

 キチクンの恋人を、わざわざバケモノ呼ばわりして、キチクンに殴られる事に快感を覚えているから!」

「……」


「趣味嗜好ってのは、奥が深いんだ。

 特に、男の性的嗜好ってのはね!

 まさにロンリーソルジャー!

 だからこそ、同じ嗜好の人に出会うと期待してしまうんだよ!」

「……期待?」


「そう!実は、キチクンもドMでね!」


「……え?」

思わず口から声が出た。


「そ、そうなの……」


清水先輩が、僕から3歩離れた。

これ以上、新田に説得させるのはまずいっ……。



「2人には通じ合う物があったんだ。

 だからこそ反発しつつも殴りあう!

 ドMってのは、裏を返せばドSでもあるんだっ!!」

「ドS……」


「嫌よ嫌よも好きのうちって、諺があるでしょ?

 それと一緒なんだよ」

「……ああ、そっか。

 それで、あんなに止めてって言ったのに、止めなかったんだ……」


清水先輩は、心当たりがあるのか、直に納得している。

微妙な顔だ。

泣きたくても泣けない、そんな顔。


それと一緒に、偽・委員長と姐御も「そっかぁ……」と頷いている。


「だから、ここは、このまま見ていても大丈夫。

 それが正解。

 恋人の性癖を正しく理解するって事は重要でしょ?

 それが恋人を助ける事に繋がるんだから」


「見ておくのが正解……」


「もちろんだよ、むしろ浩一さんも、それを望んでいるんだから、ね♪」

「は、はいぃ……」


イケメン生命体が、清水先輩にウインクをすると、その影響は直に現れた。

顔を真っ赤にして清水先輩は、恋人の浩一さんを、そっちのけで新田を見続ける。


さすがイケメンだ。





「ちょろすぎる……」

伊織も呆然としている。


でも、なんだろう。

この、もやっとした感覚は。

格差社会は是正するべきだと思うな。





「でもね。

 見ているだけもいいけど……」


雲雀は、清水先輩の手を取る。


「恋人の性癖を正しく理解する事は、大事だと思う」

「……」

「兄様は、人と話をする時は、殴られながらじゃないと、本音をいえないのよ。

 昔からドMだったんだけど……さらに悪化しちゃってるの」


したり顔で雲雀が言う。

さすが妹だけあって説得力がある……のか?



「さぁ、恵子さん」


パンッと拍手(かしわで)を打って、雲雀が囁く。


「浩一を“愛している”のよね」

「ええ“愛している”」


再び清水先輩の雰囲気が変わった。

先程、僕に襲い掛かってきた時と同じ感じだ。



「助けるなら、拳を握りなさい」

「……」ギュッ


「助けるなら、腕を振り上げなさい」

「はい」


「助けるなら、殴りなさいッ!」

ボグゥゥゥッ

「うがぁぁっ」


「もっと愛を込めて!」

ゴッ!

「あがぁぁっ」


「もっともっと!」

「ひぎぃぃぃぃっ」





イケメンスマイル0円にやられたのは清水先輩だけではなかった。

偽・委員長や姐御も、しばらくボーっとしていた。


「ぐすっ……広瀬ぇ」

「嬉し泣きかいな……」


「コゴローくんがロリータ以外、嫌だって言ってたけど……これで、望みが見えたよぉ」

「“嫌よ嫌よも好きのうち”ってか……。

 やったやん、スミ」

「うん……うん♪」


偽・委員長は、とても晴れやかな笑顔で、新田を見ている。


「せやけどなぁ、嘘も方便っちゅう諺もあるで?」

「ふぇっ!?」


「ふふふ、冗談や、冗談」

「広瀬ぇ、酷いよーっ、もぉっ」

「あー……あかん、新田はんの気持ち、よー判るわぁ……」


それは、あれだね?

弄ると楽しい生命体って事だよね。








浩一さんの身体に愛の証を刻みにつけた清水先輩は、はぁはぁとを上気した顔で幸一さんを見ている。

興奮状態覚めやらぬ清水先輩は、今にも飛び掛って、キスの嵐を振りまきそうな感じだ。

このままココで乳繰り合われても困るので、少し清水先輩を離す。


まぁ、ちょっと異常な空間だ。

浩一さんをリンチしているワケだから。


その割にあまり怪我をしていないのは、先程、伊織が打ち込んだ医療用ナノボットが効果を表しはじめからだ。



「で、今の茶番は何?」

「ふっふーん♪

 今のはねー、なんとびっくり……」


「暗示とか、催眠術って奴か?」


「おおーっ、詳しいね?」


僕が、雲雀に問いかけると、後ろから武居が雲雀の台詞を遮る。


「ああ、解説中すまん。

 似たような事例が、あるモンでな」

「むむぅ、アンタ……

 ええっとイケメン2号、こういったのは得意分野みたいね」


「おう、オレのライフワークだぜ。

 ちなみに武居だ。

 自己紹介したろ?」

「あー、えーっとお……」


「雲雀は独特の渾名をつけるから、気にしないでいいよ?」

「……それでイケメン2号かよ」

「その内に、適当につける渾名も落ち着くだろうから、しばらくはそれで……

 まぁ、親愛の証みたいなモノという事で、勘弁しといてください」


恋人の友人とか、友人の友人って関係は、ワリと距離感が掴みにくいんだよねぇ。

特に僕みたいな対人スキルが低い人間だとね。

雲雀の場合は、ココからガンガン自分のペースに巻き込んでいくみたいだけど。





さて、先ほどの話の続きだけど……。


どうやら呪術の一種らしい。


雲雀の記憶で見た、ノートに書かれている“配合の秘儀”の1つで、大麻を触媒として使用した暗示、魅了と言った類の物だとか。


雲雀と記憶共有して思った事なんだけど、地球の世界法則[リアリティ]で呪術って使えるものなんだろうか?

確かに、世界には色々とオカルトめいた話や、科学では説明できない現象っていうのがあるという事は知っている。

丑の刻参りだとか、恐山のイタコさんとかは僕でも知っているオカルト話だ。


「うぅ~ん、呪術で暗示ってのもね……」

「おおーっと!キチーフッ!

 最初から否定したら駄目だっ!

 世の中には、科学では判らない事の方が多いんだぜっ!?」


「別にオカルトを否定するわけじゃないけど……」


「えーっとね、呪術そのものは、必ず効果を発揮するわけじゃないよ、御主人様。

 お祖母様の作った“配合の秘儀”ってのは、あくまでも暗示の効果を高める為に行う、副次的なものなわけ。

 だから、呪的効果が発揮していない場合もあるワケで……

 まぁ、その場合はたいてい失敗するんだけどね」

「そーなんだ」

「呪術ってのは、詰まる所、想いの強さだからね。

 今回の場合、兄様が、どれだけ清水さんを手に入れたいかが、ポイントだったワケで……」


「え?わたしを?」

「そそ」


……。

要するに浩一さんは、清水先輩を呪術っぽいモノで魅了して、恋人にしたらしい。


確かに剣道部の清水先輩と、脚が悪くて歩行に支障を来たしている浩一さん……

部活が接点と考えるのは少し難しい。

それに恋人が居るのに、新田によって来る、学校での清水先輩の行動に合点がいった。


「でも、私、操られているとかってワケじゃ……」

「うん、それが凄い所でね。

 正直、兄様を見直した」


「はぁ?ナニイッテンノ?

 お前みたいなバケモn」

ボグゥっ!

「うごっ」


思わず手が出てしまった。


「兄様が“配合の秘儀”を使いこなしているのが凄い。

 暗示によって記憶を封じている所、清水さんが精神操作を受けても安定した精神状態な事……

 褒めたげるね、兄様」


「お前みたいなバケモノn」

ボグっ!

「うがっ」


また思わず手が出てしまった。

浩一さんが話す度に、バケモノ、バケモノと連呼するから思わず殴ってしまう。

いかん。

なんだか楽しくなってきた。



「くそっ、このデブ……っ!」

「さっきも言ったけど……

 浩一さん、いくらなんでも、僕は大事な人への暴言は赦せないんだ」


「わお。

 ホントなんだか、今日の御主人様はワイルドね。

 何かあったの?」

「え?いや……」


雲雀がいぶかしんで聞いてくる。

だけど、すぐに思い当たる事があったのか、顔が真っ赤になった。


「あ、そっか、昨日の……てへへ♪」


「昨日?

 何かあったのか、キチーフ」


「いや、何も……別に……ナンモナイデスヨ」


「……今日の予行演習。

 今朝まで、雲雀を縛っていた」

「「「「はぁ!?」」」」


伊織が爆弾を投下。


「「「「あっ」」」」


数人の人物が、雲雀の首元の縄の痕に気付いた。


「それって……」

「縛ってたって……えーと、さすがキチーフだぜ」

「あははは、さすがキチクン」

「若頭……」

「うわぁうわぁうわぁ……」


まずい。

このままだと、僕が“純愛が好き”と言っても誰も信じてくれなくなる。

それどころか、ただの鬼畜、変態趣味のブ男と思われてしまうっっ!!

いや、それならまだしも、新田の言うドS=ドM理論まで行き着いたら、僕が殴られて喜ぶ変態性癖な持主だと……!!


なんとかして話をそらさないと……っ!


「あーあーあー、えっと……

 いや、だってほら、浩一さんって無力化されているでしょ?」

「うん」


「雲雀が浩一さんと、O・HA・NA・SHIする時っていつもマウントポジションじゃない」

「うん」


「それと同じで、無力化されていて、無抵抗な人間には、僕は、どれだけでも強く出れるんだ!」


「さっすが♪

 反吐が出るぐらい、清々しいまでのド外道っぷりね。

 素敵よ、御主人様っ♪」

「もっと惚れ直してもいいんじゃよ?」


「「「うわぁ……」」」


まぁ。

ごまかしも入っているけど、目覚めて開口一番、「バケモノめっ!」だからね。

雲雀は気にしていないけど、僕が気にする。

僕が嫌だ。


……あれ?

でもコレって、ドS認定されるんじゃ……。




「ひゃ、ひゃはははっ。

 思い出したっ!はははっ!!

 だ、誰かと思えば……」


皆がドン引きしている中、当の浩一さんが、僕をしげしげと見て笑い出す。


「そー言えば、お前もバケモノだもんなぁっ!!

 母親は旨かったかぁ?

 人肉喰らい[マンイーター]っ!」


ボグゥ!

僕の隣から手が伸びてきて、浩一さんを殴り飛ばす。


ガラガッシャン

「げふっ!」


「あー気分爽快っ♪

 ホンっト兄様ってドMよね!」






「ねぇ、ホントにコレ、浩一が喜んでいるの……よね?」


先程まで「私は操られているわけじゃ……」なんて自問自答していた清水先輩だけど、雲雀の馬鹿力で吹っ飛ぶほど殴られたのを見て、浩一さんが心配になったらしい。

素に戻って、雲雀に質問してくる。


「ええ、大丈夫、清水さん。

 だから、何も気にしないでいーからね?」

「そ、そっか」


……。

清水先輩、チョロすぎです……。




「あははは。

 まぁキチクン、月見里さんも。

 そろそろ暴力沙汰は止めようよ」

「新田……」


清水先輩は誤魔化したけど、これ以上のリンチはまずいと思ったのか、横からやんわりと新田が僕達を嗜める。


「まぁ、そうだね」


さすがにやりすぎの感はあるからね。


「せめて、正当防衛になるように仕向けるべきだと思うよ?キチクン」

「は?仕向けるべきって……」


「……ん、新田の言う通り。

 “殺すぞテメー”や“死ねよ”などの、殺害を意図していると言う言質は取っておくべき」

「ああ、戸隠さんの言う通りだよキチクン!

 殺人未遂罪を立証しやすくなるからね!

 後はキチクンが“生命の危険を感じた”とか“急迫不正の侵害から身を守ろうと思った”とか言えばオッケーさ」


「う、うぃ……」





「ところで、質問なんだけど、雲雀」

「なぁに?」


「一般人が呪術を使えること自体が驚きだけど……

 それは置いておくとして。

 そもそも地球の世界法則[リアリティ]で、呪術って使えるのかな?」

「うーん……使えるんだから、使えるんじゃないの?」


「物理法則、科学全盛のこの時代に?

 もしかしたら、なんらかの別の世界法則[リアリティ]の可能性もあるんじゃ……。

 そう考えれば、この世のオカルト話は、全て異世界が関係している事に……」


「それは暴論だぜキチーフ。

 巫女さんやシスターは、圧倒的な超常能力を持っているんだ。

 お前なら判るだろう?」

「うん、それにメイドさんの超絶的戦闘能力もね」


「なんやね。

 あんたらの会話は、どこまで本気か、よー判らんなぁ」


「そぉ?

 執事は無敵で、陰陽術者は召喚、坊さんの圧倒的戦闘力……と考えればワリと逝けない?

 個人的には、仮面武者の変身能力とか……」

「あー……なんやね、雲雀も若頭の彼女って事が、よー判る話やね」

「あらら。

 でもまぁ、似た者同士なのは否定しないわ」

「ゴチソウサマ。

 リア充は目の毒やで、ホンマ」




「話を元に戻すね」

「ッとゴメン、思わずメイド談義をするところだった」

脱線しかかった僕達に、雲雀が話し掛けてくる。


「さっき、御主人様が言った呪術の話だけど……」

「うん」


「えーっとね。

 呪術に関しては判らないけど“配合の秘儀”ってのは、お祖母様が氷雨さんから習った事を、地球用にアレンジした物なんよ。

 だから、最初から地球人用にグレードダウンしてるから、地球の世界法則[リアリティ]でも使えると思うよー?」

「ああ、そーゆー物なんだ……」


要は、元々イプセプスにあった呪術を、雲雀の祖母が地球の世界法則[リアリティ]で使えるようにしたって物か。

それはそれで、凄い事なんだろうな。


「まぁ、その分、色々とあるんだけどねー。

 さっきみたいにキーワードがばれると、私でも操作ができるようになるから」

「……ああ!

 清水先輩のって、ソレだったんだ」

「そそ。

 昔は、色々と理解できなかったんだけど、ヴラドから世界法則[リアリティ]の事、聞いたからね。

 今なら私でも、お祖母様の遺した色々なモノが使えると思う」

「そーなんだ、おめでとう」

「もっと褒めて?」

「はいはい、えーこえーこ」


僕は雲雀の頭をナデナデする事にする。

僕も褒められて育つ子だからね。


「……シグレ」

「うん?」


そんな、雲雀の頭をナデナデしていた手を、伊織がとって自身の頭の上にのせる。


「効果は微々たる物だが、地球の世界法則[リアリティ]は、皇國代理天と比べて、オカルトに寛容。

 使えないという事は無い、使うのが難しいだけ。

 既にある程度の数値化はされている」

「そりゃ、凄い」


伊織が言うと説得力があるな。

皇國代理天の世界法則[リアリティ]では、希望とか占いですらオカルトだ。

そうだな。

例えるなら、イプセプスの呪術はライターで、地球は火打石ってトコか。

頑張れば火=呪術発動は起こせる。


じゃあ、地球には本物のオカルトもあるって事になる。

武居が喜びそうだ。


「……褒めて」

「うぃ」


「ちょおおおっと、いおりん!」

「……?」


「私がナデナデの途中だったんだけど!?」

「……キャンセル済み」


「ムキーーーッ!」




「なんや、リア充はホンマ目の毒やで」

「もげろ」

「爆発しろ」


後ろから呪詛が振りまかれているけど、ココは譲れない。

何しろ、珍しく伊織が雲雀に嫉妬していたからだ。








伊織と雲雀とイチャイチャを堪能して、皆が砂を吐き出した頃、取り合えず、僕達は浩一さんから話を聞く事にした。

それこそ一番最初の話「何故、僕達に襲い掛かってきたのか」についてだ。


「けっ!」


ひとしきり、雲雀に言いたい事を言い続けた浩一さんは、ポツポツと僕の質問に答えだした。

行き成り、バットで襲いかかって来たのは、僕達が住居不法侵入をしたかららしい。


「いやいや、それ以外にも理由があるでしょ?

 それだと、何故、僕達を泥棒ではなく、バケモノって言ったのか説明つかないじゃん」」

「ちっ!」


僕達が住居不法侵入という、一般的にはバットで殴られて当然(法律的には、過剰防衛でアウト)の事をしていたのは確かだ。

でも、それだけではない。

何か別の理由があったはずだ。


僕達が泥棒だと思ったから……という理由以外の何か。


「くそったれが……!」

「そんなスカトロ好きみたいな事を言われても……」

「兄様って、ドMでスカトロマニアだったの!?

 うわぁ、えんがちょ」

「はぁっ!?」




浩一さんが襲い掛かってきた理由は、もっと単純と言うか、後ろめたい事をしている者の特有の心理だった。


恋人が、此方に来る事を察知した浩一さんは、最初から外の様子を伺っていたらしい。

常日頃から警察や大家、電力会社に気をつけている生活を送っているみたいだけど、恋人にまでとは……。

そして、この家に向かってくるグループを発見した。


で、その恋人の清水先輩。

1人ではない、何人も引き連れてきている。

しかも、雲雀まで居る(ここでまた“バケモノまで居る”と言ったので手が出た)


「復讐に来たと思った」


どうやら、清水先輩の暗示が解けて、復讐に来たと思ったらしい。

しかも、村人虐殺事件の首魁である雲雀を連れて来たのは、復讐の本気度マックスと考えたみたいだ。


「雲雀が首魁って……」

「それ以外、考えられないだろう!?

 あんな、非道な事をする奴は、雲雀以外居ないだろぅがっ!!」


どうやら浩一さんは、魔狼による村人虐殺事件を、雲雀の仕業と思っていたらしい。

だから、バットで殴りかかるのは当然だ、との事。


「自衛の何処が悪い!?」

「なんという被害妄想……

 そもそも、何で雲雀が、村人虐殺事件の首魁だなんて思ったのか……」

「当たり前だろぅが!!」


村人の大半は、雲雀を異端視している。

それを怨んでの犯行だ。

同じ村の友人は全て殺された、次は俺だ。

雲雀は一般常識なんて通用しないシリアルキラーだ。

警察もアテにならない。

じゃあ、護身するしかない。

これは正当なる防衛だ!


……と言う事らしい。




うーん。

ちょっと、今の説明で引っかかる所があった。


浩一さんが、清水先輩の存在に気付いたのって、さっき気絶から醒めての事だった気がしたんだけどなぁ。

だけど、恋人が来るのを察知して、警戒態勢をとったと言った。


……。


ああ、そっか……。

そうだね。


呪術で恋人にしたんなら、他に居てもおかしくない。

僕も「恋人は?」と、聞かれたら「3人」って答える人種だからね。

そういった人が、世の中には居るんだって事だよね。


それで、その中の1人が、浩一さんの住居に突撃した事があったんだろな。

それで警戒をしていた……と。


うん、僕も気をつけないと。

もしかしたら僕の生首をバックに入れて「…時雨なら、そこにいますよ」って、雲雀がやるかもしれない。

ボヤボヤしてると後ろからバッサリだ!なんて事にもなりかねん。


よし、決めた。

今日の帰りには、全員に何かプレゼントを買って帰ろう。






「ナンで私が、虐殺なんてメンドクサイ事しないといけないのよ……」


雲雀を異端視しているのは、八代邸のある村の人達だけだ。

中学時代は、3ヶ所の村から子供が集まるので、そんなに異端視はされなかったらしい。

それに、昨日の記憶共有から判断すると、浩一さんが思っているほど、雲雀は酷い扱いを受けていたと思って居ない。

いや、それ以上に雲雀は“そんな事”気にしていない。


認めたくないんだけど、記憶共有した事で判ったというか、確信した事がある。


雲雀は誰かに依存しやすい……。

もしくは、依存しないといけない人間なんだろう。


お祖母様、氷雨、そして“僕”というか時雨に、依存している。

今、思えば確かにそれっぽい言動が見られた。

うん、確定的に明らか。


だからこそ、自分の村での扱いなんて気にしなかったんだろうし、相手に依存するから自身の性格もすぐに変える事が出来る。

たった4年で、ココまでも性格を変える事ができるのは。そういった理由からなんだろう。


自我が薄い……という事なんだろうか?

……その割に、ヴラドは雲雀の事を魔法抵抗力が高い、精神力があるとか胆力のある人間って言っていたけど、今は置いておこう。


まずは浩一さんの誤解を解いておかないといけない。



「えーっとですね、浩一さん」


僕は、疑り深い浩一さんに、雲雀が殺害する意思のない事を告げて、村人の虐殺事件の真相は、異世界の侵略者によるモノである事を語る。


「異世界の侵略?

 そんなホラ話、誰が信じるかっつーの!!

 馬鹿だろ、お前」

「いや、信じられないのも判りますけどね……。

 もしかして、ニュースは見ていませんか?」


「関東大断絶の事だろ?

 テロリストの広域電波妨害とか破壊工作って言ってるけどよ、根拠のない、いい加減な報道だろぅが!

 あんなのは、どっかの企業が商品を売る為に、マスコミに不安を煽らせてるだけだ」

「まぁ、否定はしませんけどね……」


伊織が感心した顔で浩一さんを見ている。

浩一さんの発言は、図星だったからだ。


関東大断絶……。

4日前、混乱の水曜日に生放送された東海圏の番組で、今回のエジソン技術帝国の侵略を、関東大断絶と名付けて、不安をことさら煽った討論番組があった。

色々な識者を集めて、適当に喋らせただけなんだけど、生活品が品薄となり、ハイパーインフレになる……みたいな事を、具体的な数字つきで語る者が多かった印象がある。

まぁ、伊織曰く、五十鈴さんの仕込みだとか。

浩一さんは、その番組の事を話しているのだろう。





「兄様が八代の話を信じないのは、そっちの勝手だけどさー。

 ……質問なんだけど、兄様の命ってそんなに価値あるモノなの?」

「なにっ!?」


「いや、要するに私が兄様を憎悪していて、殺害に来たから反撃したって、話じゃん?」

「そうに決まっているだろ!?」


「いや、だから、そこがキモじゃん!

 兄様の命って、私自身が手を汚すレベルの価値のある命だと、兄様は思っているわけでしょ?」

「……な、なにを……あ、あたりまえの事を……」

「うわぁ~~……自意識過剰すぎるよ、キモっ」

「なんだとぉっ!!」


「だいたいさぁ、基本的に使い勝手の悪いアイテムって、使わなけりゃ良いだけの話じゃん?

 そもそも憎む理由がないでしょー?」

「アイテムっ!?」

「そそ、アイテム。

 すでに上位互換品の出た最初期のアイテムって、基本的には要らないでしょ」

「…………っ」


「ゴミじゃん。

 触ったら汚いでしょ」

「――――」ぎりりっ


それきり浩一さんは黙ってしまった。


魔狼の事を言っても、なかなか信じてくれなかったけど、浩一さんが雲雀にとって、殺したいほど憎悪している対象でなく、路傍の石コロみたいなモノだという事は理解してもらえたみたいだ。

多分。

これで、良かった……のか?


兄妹の確執を更に深めた気もするけど、まぁいいや。

それよりも、サンドバックの上位互換品って誰の事かな?かな?






「まぁ。兄妹の確執についてはココまでにしておいて……」


僕達が襲撃された理由は判明したので、良しとしよう。


僕は新田や清水先輩の用件に移る事にした。

雲雀の用件は後回しにする。


一応順番で。


僕は清水先輩と新田を振り返る。


「清水先輩と新田の用件って……」


今までの雲雀と浩一さんの遣り取りで、殺害云々と言う話を、さすがに冗談とは聞き取れなかったのか、ドン引きしている清水先輩と目が合う。


「清水先輩?」

「あ。うん……」


呪術で操られている……という事実を、自身で納得する理由が出来たのか、都合よく忘れたのか、気にしていないのか、清水先輩は浩一さんの方を向く。


「ねぇ、浩一……」

「んダヨ、裏切りもn」

バゴッ

「げはっ」


「裏切り者って……酷いよ、浩一」

ゴッ


「私はこんなに浩一の事、好きなのに……」

ガッ


「浩一、ねぇ、変な薬に手を出すのは止めよ?」

ミシッ


「絶対アレってヤバイから、ね?」

ベキッ

「うぎゃぁぁっ」




「ね、浩一」

「ま、まて、判った。

 あ、“愛している”から殴るのを止めろ」

「私も“愛している”……了解」


「……で?

 変な薬に手を出すなってのは、どういう意味だ?」

「浩一がクロコとかエクスみたいな、変な薬に手を出そうとしているから阻止する。

 ガンジャで良いでしょ?

 わざわざクロコみたいなのに、手を出さないでも……」

「はぁ?バーカ、何を言ってんだ?」

「……」


「あんなのに手を出すわけ無いだろ?

 今の時代は、ブラックペッパーだ」

「だからっ!!

 そんな効果の怪しい物をっ!」


「効果なら判ってる!!

 ガンジャと違って、匂いがこびり付かないし、身体的な依存は無いっ。

 それどころか一緒に使えば、高い効果が得られるんだ!」

「浩一……っ!」


清水先輩の心配を鼻で笑う浩一さん。

僕には、違いが判らないし、ほぼ無関係と言うのもあるから、何もいえない。

だけど、恋人の心配を鼻で笑うのは、止めた方が良いと思うんだけどな。




「それよりも恵子、オレの方がお前に質問だ。

 何でお前がバケm――妹とこんな所に居るんだ?

 お前、オレの事、売っただろ?」

「してないよっ!!」


「……喋るなって、命令していたはずなのによぉ。

 くそっ!

 ついてねぇなっ!!」


「それは仕方ないでしょ?

 兄様の腕では、お祖母様の成果を活かしきる事は難しいんだから」

「お前だって、あのノートに書かれた事、ほとんどできねぇじゃねーか!偉そうに!!」


横から雲雀が口を出すと、浩一さんは再び逆上して騒ぎ始める。


「だから、最初に褒めたげるって言ったじゃん!」

「うるせぇよ!バケモン!!」

ボコッ

「げふっ」

取り合えず、浩一さんを殴る。

というか、勝手に手が出た。


これ以上、雲雀と話をしていても、再び兄妹喧嘩が始まるだけだろう。

僕が仲裁しないと。


「まーまー。

 雲雀も、どーどー」

「てめぇ……今、殴ったお前の言う事かよっ!」


あえて無視して、新田に視線を送る。





「月見里先輩の御質問には、僕が答えますね」

「先輩?」

「はい、月見里先輩と同じ高校なので、後輩になります」

「……見た事ねぇ面だな」


「妹さんと同じ歳ですので、殆ど接点は無いと思います」

「それで?

 そのイケメンが、何でオレの質問に答えるんだよ。

 まさか、恵子のセフレってワケじゃネーだろうなぁ」

「セフレって……勘弁してくださいよ、彼女、15歳を越えてるじゃないですか」

「??」


「セフレにするなら、せめて9歳から11歳ぐらいでないと」

「うわぁ……」


「新田、新田!

 Yesロリータ、Noタッチ!!」

「もちろんだよ、キチクン、当たり前じゃないか。

 ロリータが望まない限り、お医者さんゴッコだけだよ!」

「うわぁ……」




「さて、事の起こりについてなんですけど……」


新田が、清水先輩と僕達の関係について、話し始める。

清水先輩との出会いや、僕と雲雀の事など概ね事実だ。

ただブラックペッパーとかいう麻薬に関するくだりは、清水先輩が誘導尋問に引っ掛かって喋った事に変更してある。


「切っ掛けは清水先輩ですが、僕自身も先輩に窺いたい事があってココに来た訳です」

「そーかよ」


「単刀直入に窺いますが、ブラックペッパーを誰から買いましたか?

 アラブ系の人だと思いますが……。

 接触方法と、売人についての情報が欲しいんです」

「……知らねーな」


「あはははは、まぁ、そう答えるよねぇ……。

 戸隠さん、お願いしていいかい?」

「……ん。了解」


浩一さんへの慇懃な態度を、すぐに捨て去った新田は、もっと効率的な手段に出る事にしたみたいだ。


伊織が前に出て来たので、僕は場所を譲る。

伊織は、数本の髪の毛を触手の様に動かして、浩一さんに突き刺す。

丁度、注射針みたいな感じだ。


確か、ラパ・ヌイに行った時に、使っていた技だ。

髪の毛(に見せかけたナノチューブ)から何かの毒を注入しているのだろう。


「それって自白剤みたいな物?」

「……ん」


僕が聞くと、嬉しそうに頷く伊織。


地球の自白剤は、麻酔薬の一種だ。

回答者を一時的な酩酊状態にし、意識を朦朧とさせるだけのものだ。

そのため質問者には、真実の回答をさせる為のテクニックが要る。


僕ら、その手の技術無いけど……。

「……大丈夫。皇國代理天製」

「さいで」





「あー。それなら自白剤が効くまで、私の用件、先に良いかな。イケメン1号さん?

 だいたいの事情も呑めてきたし、ちょっとは話が進展するかもしれないからさ」


雲雀が、清水先輩と新田に聞いている。


「……僕は別に構わないけど、清水先輩は?」

「妹さんも用事があったの?」


「多分、2人と共通する所があると思うんだけど……

 一応、麻薬がらみってなるのかな?」


「あははは、差し支えないなら、一緒に聞かせて貰っていいかな?」

「私もね、妹さん」


「ありがとう……では兄様?」

「……ちっ!んだよ」


「まずは、褒めたげるね」

「はぁ!?」


「さっきも言ったけど……

 どの様な経緯であれ、お祖母様の医術を使いこなしているんだから、それは凄い事なのよ。

 それについては、褒めたげるね!

 偉いねぇ~凄いねぇ~天才だねぇ~」


「は、ははっ……

 お前にゃあ、“配合の秘儀”は使いこなせねーからなっ!!」

「残念だけど、昔は理解できなかったからね、仕方ない」

「昔は……って、何なんだよ」


「今は理解できなかった原因が判ったから。

 世界法則[リアリティ]が違えば、そりゃ理解できない事もあるっしょ」

「……はっ!そりゃ、良かったな。

 で?それだけを言う為に、来たのかよ」


「いやいや、そんなワケないよ!

 こっからが本番だって!

 このスカポンタン!」

「……」


「兄様が使っている、栽培システムの機械なんだけど、アレ、八代の物だから返してねっ、てゆーのと、昔、兄様がノートをコピった紙、アレを破棄をしに来たんだ」

「なに?」


「最初に嫌な話からね。

 兄様が使っている栽培システムの機械、アレ、私が氷雨さんから借りて、自室で栽培するのに使用していた物だから。

 勝手に持って行かれても困るのよ」

「……ちっ!その割に、枯らしちまってたじゃねーかよ!

 3ヶ月前に家に帰ったら、もぬけの空だ。

 お前に、あの栽培システムを、どーこー言う資格なんてあるのかよ?」


「借りたの私だし?」

「……ははっ、俺が有効活用してやるって言ってんだよ、ノーナシ!!」


「まー、兄様の方が有効活用できるという事に、異存は無いけどね」

「なら……」

「いや、だからって、借りた物は返さなきゃ駄目でしょ」

「……ちっ!」


「それで、まぁ、1つ目の話は終わりね」


まぁ、その返すべき人は、既に亡くなっているんですけどね。

ココは黙っている事にする。


「……うぅ」


薬が回ってきたのか、浩一さんは、目をしばたたかせている。







「次は、昔、兄様がコピった私のノートを破棄してもらおうと思って。

 兄様如きの腕前で“配合の秘儀”を使えるわけないと思ってたんだけど……」

「くそっ!馬鹿を言うな!!

 俺の方が上手く使えているだろう!」

「うん」

「???」


「まぁ、ココに来て少し考えが変わってワケで……」

「……」


「コピーは破棄しなくていーよ。

 兄様は使いこなしているみたいだから、ね」

「おっ」


「それに……」

「??」


「兄様があまりにも無様だからねー。

 もう見てらんない」

「―――なにぃッ!」


「そもそもが、兄様は月見里の人間じゃん?

 レールの敷かれた人生と言っても、一応は、医者になるのが兄様の夢でしょ?」

「か、勝手に人の夢を決めるな!」


「でもさぁ、でなきゃ医学系の大学になんか入らないっしょ?」

「……う」


「月見里家が薬師の一族だってのは、兄様もお祖母様から聞いて知っているよね?

 そんでもって兄様は、医者になる予定だから、お祖母様の知識って、要らないどころか害になるんだよ」

「何を馬鹿な……。

 だいたい、お前じゃあ、使いこなす事が出来ないだろうが。

 ……これほど使える物を、お前で1人で独り占めにしやがって!!」


「使えるって、兄様、医術としてじゃないっしょ?

 自分の欲望を叶える為に、門外不出の技の一部を使ってるんじゃん」

「当たり前だ!

 それの何処が悪いんだ!?

 あれは俺の力だ!

 俺が覚えた知識だ!」


「それについては、異論は無いよ。

 だけど、月見里家の薬師として力をふるうには、兄様は未熟なんだもん。

 それが問題なのよ」

「???」


言いつつ、雲雀は自分のカバンから何冊ものノートを取り出す。

10冊以上はある古びたノートで、大きさも種類もまちまちだ。

だけど、それを見た浩一さんが目を丸くしている。


「お前、これ……」


「兄様が無様といったのはそこ。

 “配合の秘儀”しか使って無いじゃん。

 まーね、コピーした所が、そこだけだから、仕方ないんだろうけどさ。

 それでも、奥義を使いこなせる人間が、それ以外の部分を知らないって言うのはねぇ……」

「う、うるさいっ」


「だから、コレあげる。

 お祖母様から私が受け継いだ、月見里家の薬師としての全て。

 巻物とかだったら、カッコ良かったんだろうけどねー。

 元々が口伝だから、仕方ないよね」


そういって、惜しげもなくノートを浩一さんに渡す雲雀。

自身にとっても、お祖母様との縁の深い物だろうに……。


「……」


さすがに浩一さんも、罵詈雑言を飛ばさない。

それどころか、泣きそうな顔になっている。

感極まったんだろう。



「だけど……」

「―――ッ!?」


ガッと浩一さんの首をつかんだ雲雀は、キュッと力を入れる。

それだけで、浩一さんの顔は青くなっていく。


「心して聞いてね、兄様?

 このノートを渡す以上、中途半端は許さない。

 ましてや月見里家の門外不出の技、お祖母様の残した遺産を汚し、お祖母様の顔に泥を塗る様な事をするなら……」

「……」


「殺すからね?」

「……」




しばらく無言のまま、雲雀と浩一さん、2人は睨み合う。


中の悪すぎる兄妹だけど、通じるものはあったらしい。

時間にして、30秒も無かったのだろうけど、妙に緊迫した雰囲気の中、雲雀は浩一さんの隣にノートを置いた。


「受け取りなさい。

 これで次から“配合の秘儀”以外の、まっとうなやり方も学んでよね」

「……」


「少なくとも、そのノートを読めば、今、兄様がやっている事は無意味だって判るから」

「なんらとッ?」


「さっきの話を聞いていて思ったんだけど……

 兄様は、お祖母様の薬術を発展させようとしているのよね?

 特に、呪術との組み合わせた“配合の秘儀”を」

「……うぅ、当然ら、この力さえあれば……」


「でも、上手くいってない」

「……っ!」


「村に居た頃の様に、上手く秘儀が働かないんじゃない?」

「くそっ!そうらっ!!

 やっぱり何か知っているな、お前っ!!

 馬鹿にしやがって!」


「へぇ~。だから、新しい触媒で、効果を強めようとしてたんだぁ」

「その通りら!

 ブラックペッパーは、ガンジャと混ぜれば、上位互換品として高い効果を見込める!

 お前如きでは、考えもつかないらろう!!」

「そう、それ!」

「?」



「まずは、兄様の勘違いから正していくわね?

 配合の秘儀に、呪術が使われているのは、兄様も知っていると思うけど……」

「あたりまえらっ」


「そもそも呪術ってのはねー、感情が全てなのよ!

 サンドバックに浮かんで消える、憎いアンチクショーの顔めがけて叩いただけでも、呪術ってのは発動するのよ!

 触媒なんて飾りです。

 偉い人にはそれが判らんのですよ」


「「「は?」」」


「おおっ!極論だが良い事言うなぁ」


皆がポカーンとしている中、武居1人が感動している。


「そんら馬鹿な事……」


薬が回ってきたのか、浩一さんは目をしばたたかせ、呂律の回らなくなった口調で反論しようとするが、すぐに口をつぐむ。






突如始まった雲雀の呪術論だけど、内容は至って簡単だ。

強い感情っていうのは、それだけで周りの事象を歪めるらしい。

本来ならば。


だが、地球の世界法則[リアリティ]の影響下では、弱体化され微々たる物となり、強い感情だけでは事象を歪める事は出来ないのだとか。


その為に、様々な条件緩和策を取る必要がある。

感情そのものを、憎悪や欲望といった直接的で単純な物とする。

強い感情が残り易く、弱体化されにくい場所や時間を選択して効果を高める。

先ほどの例で言うなら、感染原理を利用してサンドバックを人型にしたり、憎いアンチクショーの髪をサンドバックに入れる。

類似の原理に基づいて、サンドバックを殴打する事で、本来の相手にも同じ効果を与える。




「なんや、丑の刻参りみたいやん、それ」

「おう、それであってるぜ。姐御」


「うん、イケメン2号の言う通り、それであってるわよ。

 今言った事を実践すると、場所は神社、時間は丑の刻、憎いアンチクショーのワラ人形……って、なるわけ」


だが、雲雀の説明を聞いていた浩一さんは笑みを深める。


「は、ははっ。

 それが、ろーしたってんら!

 ろんなに解説しても、お前には使えない!

 合言葉がばれても、俺にしか使いこなす事のれきない力らろうが!!」


伊織の薬が効いてきた様だ。

雲雀が長々と話している間に、浩一さんの呂律が回らなくなってきていた。


だけど、なんだね。

オカルトとか不思議パワーの解説は、ヴラドが得意としている事だから、雲雀が解説をしている事に、違和感を覚える。

テリーの代りに筋肉マンが解説したり、スピードワゴンの代りにジョナサンが……ありと言えば、ありだけど、ボタンを掛け間違えた感じ。


「雲雀が解説しているなんて……こんなの絶対おかしいよ!!」

ボグッ

「うぐぅ」

「御主人様、五月蠅い」





さて、雲雀の話は続く。

ちなみに雲雀の呪術論については、ヴラドの仕込みらしいです。


やっと納得。


ボグッ

「うぐぅ」


さっき言ってた人間サンドバックの上位互換品って僕の事だよね?






彼女のお祖母様、雎鳩みさごさんは、僕の祖母である氷雨ひさめより、異世界イプセプスの様々な呪術、呪法に関する知識を学んだらしい。

それを活かして、地球の世界法則[リアリティ]でも辛うじて使用可能にした呪術、それが浩一さんの使っている“配合の秘儀”だそうで……。  


要するに、ヴラドや僕達の御先祖様の故郷、イプセプスの呪術の劣化版なんだそうだ。

それでも、地球古来の呪術と違って、効率化されているって話。


その“配合の秘儀”を使いこなせる人間が、雲雀の兄様である浩一さんなんだけど……。


最近、上手く使う事が出来ない。

昔みたいに、思うように“配合の秘儀”ができない。

毒殺、魅了、服従……高校生の頃は、色々と成果を挙げたみたいだけど、大学生になってからは上手くいってない。


雲雀が浩一さんに問いかけると、図星だった様で、呂律が回らない口で「どうして……?」とか「何をしやがった……!」と憎悪の目を雲雀に向ける。




ああ、そういう事か。


……僕には、その理由が判った。


僕の持っているモデルガン・コンストリクターは、ヴラドが色々と魔改造した代物だ。

そのシリンダー部には、周辺の万物構成物質[マナ]から魔力素を生み出す変成魔法【ファーミングチャンバー】が鋳込まれている。

シリンダーを回転させる毎に、魔力素を作り出しているわけだ。


だいたい100回転すれば、満タンになる。


最近では、村内はおろか高校など含めて、ワリと拾い範囲で魔力素を溜める事が出来るようになったけど、1ヶ月前は、八代家の周り以外で使用すると、魔力素の溜まりが遅かった。

ほとんど溜まらなかった。

100回転どころか、何万回廻しても溜まらない。


これは、原料が少ないからだ。


何故かと言うと、先程言ったけど、原料は万物構成物質[マナ]だ。


……地球には、そんな物質は無い、はずだ。

少なくとも、まだ元素記号は持っていない。

もしくは、まだ発見されていない素粒子……とか?

まぁ、今はいいや。


万物構成物質[マナ]がなければ、魔力素は溜まらない。

だから、地球ではどんなに廻しても意味が無かった。



それが、八代家の周りでなら溜まる理由。


これは異界門[ゲイト]によって、ラパ・ヌイと次元回廊[コレダー]が繋がった事に起因している。

少しずつだけど、この辺り一帯が、ラパ・ヌイの世界法則[リアリティ]に混ざっていたから、万物構成物質[マナ]が豊富だったワケだ。


最近では、世界樹[ユグドラシル]を使って世界法則[リアリティ]の範囲を拡大しているので、この近辺どころか3駅向こうの僕達の高校でも、魔力素が溜まり易い状態となっている。




さて、話を戻して。


浩一さんの使用する“配合の秘儀”だけど……大学生になってから上手く働かなくなったという話。



今の話と、だいたい根っこは同じだ。


……いつものやつ。


世界法則[リアリティ]が違うから。


大学生になった浩一さんは、村を出て豊橋で1人暮らしするようになった。

生活費は、親が出していたし、村に居た頃のパトロンから金を無心していたらしい(俗に言う、ヒモ状態らしい)

それで、まぁワリと良い生活だったんだけど、半年ぐらい前から上手くいかない。


それどころか、村の人達からも“配合の秘儀”の効果が薄れてきている。

焦った浩一さんは、祖母の家に帰って、色々と手がかりを捜したが、根本的解決策は浮かばずじまい。


ついには、妹の部屋を漁っていて、ふと見かけた水耕栽培セット。

八代家が雲雀に貸していた、特定植物栽培用の代物だ。


それを見た浩一さんは閃いた。


「触媒を上等な物に変えたら……?」


……誰でも思いつきそうな閃きだったけど、そこから先が大変なワケで。


浩一さんは、特に魅了とか服従といった効果を、使用する事が多い。


雲雀曰く、これらの効果をもつ“配合の秘儀”の触媒は、お酒や大麻、特殊な作成法をした触媒を使っている事が多いらしい。

詳しく聞いたら、昔は麻酔薬として使用されていたGHB(現在は麻薬指定されている)とか、精神高揚剤LSD(現在は麻薬指定されている)みたいな幻覚剤も使っているらしい。


まぁ、確かにお祖母様の時代には、手軽に入手できた物ばかりだけどね。

今は難しいでしょう。


僕も、この手の薬には、日頃からお世話になっているので、かなり身近な話です。

新田が言うには、ご家庭で簡単GHBクッキングみたな物もあるらしいけど……僕は、医薬品には金を出して、安全性を買う人間なので。

閑話休題。




今まで浩一さんは、服従させた友人達に命じて、大麻栽培させていたらしい。

八代家の裏山とか、閉鎖された工場、自宅の花壇など……ところがコレだと、当局に見つかる可能性が高い。


まして、良質な物を作ろうとすれば、当然ハウス栽培しかない。


浩一さんにとって、現状で一番手っ取り早く入手できる触媒が大麻だった。

そして目の前には、水耕栽培セットという良質な大麻の入手方法がある。


当然、浩一さんは、それに飛びついた。


まずは、大麻を上質な物に変える。


こうかはばつぐんだ!


それで気を良くした浩一さんは、次々とお祖母様の“配合の秘儀”をアレンジしていった。

イマココ。



「ふん、ろーだ。俺は凄いんら。

 俺こそが、あろノートを使うに相応しいんら」


自白剤の効果で、長い事、呂律の回らない言葉で語っていた浩一さんが黙り込む。

いちいち、この人「俺はお前と違って~~」とか「優秀な俺は……」って感じに、自分と雲雀を比較して、自慢話にするんだよね。

雲雀と記憶共有したから判っているけど、物凄いコンプレックスだなぁ。


「さっきも言ったけど、呪術の効果を決定するのは想いの強さ。

 触媒をどれだけ変えても、意味無いってば!」

「そんら事は無いっ!

 俺が実験して、すれに成功しれいる!」


「もし効果があるなら、触媒となった物が、強力な自意識を抑制する力があるって事でしょ。

 その分、効果時間が短かったり、身体に悪影響が出ている可能性だって、あるはずよ!」

「う……そ、そんら事は無いっ!

 す、素直に認めたらどうだ!?

 俺の方が凄い力を持っていると……っ!!」


自白剤が効いているのに、嘘を突き通そうとしている浩一さん。

さすがにバレバレだけど、その根性だけは凄い。


「だーかーらーっ!

 “配合の秘儀”のキモは、想いの強さなんだって!

 腕が良いとか、凄い力じゃあないんだってばっ!

 触媒を煎じたり、砕いたりってテクニックだけなら、私の方が兄様より上でしょーが!

 兄様、料理すら出来ないじゃん!!」

「そ、そんら事はない。

 御飯ぐらい、俺にも炊けりゅっ!

 いちゅまでも、コンビニ飯らと思うなよ!」


「そんで?

 結局、効果時間は短くなってるんでしょ?」

「うう……ブラックペッパーを使った効果は、以前の俺と同りくらいの効果らったんら……。

 確かに、持続すりゅ時間は短くなっれいるが、それれも充分な時間ら。

 アレさえあれば、教授の弱みを作って、此方の言い成りにできるんら……」


「うーわ、あんまり情けない事に使わないで欲しいなぁ……。

 でも、まぁ配合の秘儀・呪的効果の1とか2の、正しい使い方だから仕方ないかぁ……」


雲雀の記憶だと、確か服従とか魅了といった効果だ。

触媒が、麻薬か媚薬かっていう違いだけで、内容は殆ど同じ物だったはず。


「ブラックペッパーは優秀なんら。

 用法と用量が変わるらけれ、服従、魅了、どちらも同じ触媒でいけるんら。

「むむ、色々な用法に使えるって、珍しい薬ね……」


大麻とか煙草みたいな、葉っぱならともかく、通常、ドラッグと言えば、粉末状の物を用途に応じて変えるものが普通だ。

経口するなら錠剤、静脈注射や吸引するなら溶液にするとかが普通だ。


「それってデザイナーズドラッグよね?」

「そうら」



「……あれがデザイナーズドラッグ?」

後ろで声がした。

新田の声だ。

だけど、今は浩一さんの話の方に集中する。



「ふふん。

 ブラックペッパーを砕いてパウダーインセンスにして使うんら。

 強い幻覚と抑制効果がありゅから、大麻と混ぜると効果が倍増できるんら」

「あー、アロマキャンドルみたいにすれば、女受けもいいもんねー」

「そうら。

 それで、恋人持ちをハメて弱味を握るんら」



「ゲスいな」

「あははは。やるねぇ」

「サイテーや」

「うわぁうわぁうわぁ」

「浩一……」


自白剤の効果とはいえ、自身の行動を暴露した浩一さん。

さすがに後ろの方で声が上がった。

うん。

雲雀の兄といっても、この人、思った以上に外道だった。




「うーん、兄様、薬効が強いって事は、身体への危険性も増大してるんだけど、そこらへん、判ってる?」

「“配合の秘儀”を使わないと、ただの向精神薬らろ?

 あと数年もすれば、麻薬認定されりゅって物ら。

 たいしら事は無い」


「ノートを渡した以上、その使い方は兄様の勝手だけど……。

 一応“配合の秘儀”含めて、月見里である以上、薬師なんだからね?

 人を治すのが本懐って判っている?」


「もちろんら!

 らが、俺は薬師でありゅ前に地球人ら!

 地球に住む1つの生命体なのら!

 その地球が人の重みで、沈もうとしていりゅ!

 これ以上、人類が増え続ければ、地球が干涸びて水の星でなくなる日は近いのら!

 わたくし、月見里浩一は薬師として、疲れきった地球を救うべく、人類の粛清をするのらっ!」


「うん、兄様の言いたい事は判った。

 今後も、自分の欲望のままに使うのは構わないけど、それがバレて、お祖母様の顔に泥を塗るような使い方だけは許さないからね」

「まかしぇろ!

 俺は天才らぁぁ。

 不可能は無いぃぃ!!」 



どこまで本心か判らないけど、どこぞの革命家っぽく、偉そうな事を言う浩一さん。

だけど、そのすぐ後に、核戦争後の荒廃した世界で、医療の発展に尽くした人物そっくりの事を言う。


「おれの求める北都神剣はまだ遠い!!」

「ん~!?なんのことかな フフフ……」

「おれは天才だ おれに不可能は無い!!」


北都の剣に出てくる天才アミバ様の御言葉だ。


やっぱり兄妹だから、やる事が似るのだろうか。

台詞のパロディだ。







「自白剤も回って来たみたいだし、そろそろいいかい?」


新田が後ろから雲雀と伊織に声を掛ける。


「……ん、効いた。雲雀?」


伊織が、充分に自白剤の効果が出始めた事を新田に告げ、雲雀に話を終えるように顔を向ける。


「おっと、ごめんね。

 つい話し込んじゃって。

 じゃ、イケメン1号と交代するね」

「あはははは、ありがとう。

 先に話をしてくれて助かったよ。

 確かに色々と、裏側が判ってスッキリしたから」


「あーそっか、そっちはブラックペッパー絡みだもんね」

「まぁ、僕はさっきの質問の、続きだからね」


「―――あっ!」ぽんっ


新田と話していた雲雀は、急に何か閃いたらしい。

浩一さんの方に向き直る。


「そーいえば兄様、そのブラックペッパーってどんな物なの?

 まるで、生薬の様に使えるデザイナーズドラッグなんて、物凄く珍しいんだけど……

 煮てよし、焼いてよし、でもタタキは嫌っって感じの変態的なドラッグ?」

「ハッ!知りゃねーのかよ!」


「うん、見せて!!」

「はっ!誰ら、お前りゃんかにっ!

 見せて欲しけりゃ、出しゅもん出せよ!」




「まぁまぁ……」


雲雀と浩一さんの間に新田が入る。


「浩一さん、ブラックペッパーは何処にあるんです?

 教えてやるのも、器の大きさを示す事になりますよ。

 天才であるあなたなら、判るはずです」

「ん、そーらな……」




で。


新田のファインプレーにより、簡単に浩一さんは隠し場所を暴露した。


現在、尋問に飽きてきた武居と姐御は、ブラックペッパーを取りに隣の部屋を漁っている。

それの出所を知りたいらしい新田は、まずは簡単な質問から浩一さんを攻めていっている。


話に指向性を向ける為に、浩一さんにとってブラックペッパーは必要だという事。

それがあれば、天才な浩一さんは、よりビッグにリッチになれるという事。

言葉巧みに、質問を気分良く答えさせていく。


そんないくつかの質問をした後に、新田は本題へと入る。


「何処で、誰から買いましたか?」


「色々ら。ワリと簡単に手に入るろ……駅前やバーの奥、路地裏……

 何処でも良いらら、中東系な人に“コショーくれ”っれ言えば、持っれいる奴は値段を言っれくる……後は買うらけら」


僕達は、新田と浩一さんの会話を邪魔しないように、話しかけることなく、ずっと見ている。

浩一さんは、今までの頑なな態度が嘘のように、新田の質問にペラペラと答える。



ブラックペッパーというのは、俗に言う脱法ドラッグという物だ。

今、現在、麻薬として規制されていない新しい向精神薬の一種で、売る事、作る事、使う事、買う事、全てにおいて、何ら違法性は無い。


だから、普通だったら、大人向けの店や、若者向けのちょっと怪しい店、インターネット上などで普通に売っている場合が多い。


この場合、中東系の人がメインで販売しているなら、流通ルートがそういった方面から……という事なんだろう。



中東系な人か……。

愛知県は、自動車産業で発達してきた地方だ。

歴史的な事を見ると、そうでもないと言えるけど、まぁ大東亜戦争後の歴史を語るなら、自動車産業を抜きにするワケにはいかない。

なにしろ、トヨタの本拠地があるのだから当然だ。


そんな自動車産業で発達した地方だけに、安い労働力への需要は高い。


安い労働力と言えば、出稼ぎ、派遣、アルバイト。

いつでも使い捨てに出来る労働力だ。


そんな未来の無い仕事を選ぶような日本人は、滅多に居ない。

少なくとも30代、40代の日本人が、好き好んで、やる仕事じゃない。


そうなると、安い労働力を期待できるのは国外から来た人となる。


だから、愛知県は東京、大阪についで外国人が多い。


確か、豊橋市の外国人の割合は、名古屋についで2位だったはず。

愛知県下の都市の規模と同じだから、不思議ではない数字だ。


実際、豊橋駅前には、外国人がうろうろしているし、ちょっと路地裏や風俗店がある様な通りを歩けば、必ず外国人が居る。


そんな、この豊橋市に住む外国人で、もっとも多いのがブラジル人だ。

日系だと、就労ピザに制限が無いのが強みなんだろう。

主に、派遣社員で働いている事が多い。


次に中国人。

中国人も派遣社員だが、料理屋などのお店で働いている人も多い。


そして、朝鮮系の人とフィリピン人は、水属性や風属性の仕事が多い。


ペルー人は、ブラジル人と同じで、派遣会社だ。

日系ペルー人であれば、就労ピザに制限が掛からないのも一緒だ。


うん。

愛知県の外国人の多くは、ここら辺だったはずだ。


中東系……まぁアラブ系でいいだろう。

アラブ系は含まれて居ない。

割合で言うと、かなり少数だ。

ここらへんは見た目で、すぐに判る。


実際、あまり見かけない。

さっき、浩一さんは、ブラックペッパーは、ワリと簡単に手に入るといったけど……


「新田、ココに来るまでにアラブ系の外国人なんて見た?」

「あははは、見てないねぇ。イッサは?」

「ブラジル人と、フィリピンっぽいネーちゃんかな」

「だよねぇ……」


「ああ、大丈夫だよ、キチクン。

 居そうな所までは、案内してもらうつもりだから」

「誰に……って聞くまでもないか。

 自白材の効果って、どれぐらい続くの?伊織」

「……ん、個人差がある。

 3時間前後1時間程が目安。

 夕方前には連れ出せる」

「そっか、じゃあそれまで時間潰さないとね」



「それなら私、いい物持ってるわよ。

 ちょっと待っててね、作るから」

言うと清水先輩は、巻紙と干し草、手の平大のローラーを出して煙草を作ろうとする。


「いやいや先輩、僕達は高校生ですって。

 煙草は20歳になってからですよ」

「大丈夫よ、煙草じゃないから」

「いや、もっとまずいですって!」

「気持ちいーのよ?」


暗示か催眠か、清水先輩は浩一さんの現状を、プレイだと思っているみたいで、全く気にする様子が無い。


「あははは、まぁ、いったん昼御飯は欲しいしね」


「もうそろそろ2時だよ、早いなぁ……」

新田が昼御飯の話題を出したので、僕はスマホの時計を見て答える。




「あー、じゃ、ちょっと待ってて、ご主人様」

「うん?どしたの雲雀」


「昼の前に、私の用事その1を終わらせるから」

「あー、そっか。

 まだ機材は外さなくてもいいよ。

 実際、今は使う人が居ないんだしさ」

「そーお?」


「まぁ、嫌な目的に使用されているけど、僕達が持っていても役に立たないのは確かだしね」

「兄様の役に立てたら、外道な行いで泣く人が増えるよ?」

「それもそっか……」

「そそ」


僕自身は、知った話じゃないから、ドーでも良いとは思うんだけどね。





「おーぅい。ブラックペッパーってコレかぁ?」


武居と姐御が、帰ってきた。


手には、高さ15cmぐらいの茶色い薬瓶を持っている。

もちろんラベルなどは貼ってない。


「へぇ……」

「どんなのよ、それ」


皆が興味しんしんだ。


「ちょっと待っとけって」


武居は、茶色の瓶からコロコロッと錠剤を出す。


黒というよりも、こげ茶に近い色合い。

大きさはホントに黒胡椒みたいな感じのブツブツだ。


「あれ?……それがブラックペッパー?」


武居が見せてくれたブラックペッパー……

何かが引っ掛かった。


なんだっけ。


見た事がある。


どこかで……。


…………。


……。


「―――あっ!」


背筋に戦慄が走った。



思い出したっ!!

こんな重要な事を、忘れていたなんて!


タピオカほど大きくなく、それでいて存在感のある大きさに硬さ……。

コレって確か、ドネルケバブを売っていた店員さんがくれた、チャイに入っていた黒いブツブツだ。


飲むと、腹の中で、にゅるんにゅるん、びちびちっっとした、黒い寄生虫になる奴じゃん!


「これ、あかんやつや」


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