3話 2種類のゲリラ部
☆/2
――――何もないまま、水曜日になった。
体育の時間。体育館内でのドッジボール大会が開催されていた。
黄色い球体が、白線テープでコート分けされた場所を飛び交って、誰かの腹部や胸部、脚部から腕部のどこかに命中していた。運が悪い奴は顔面に直撃して、軽い脳震盪を起こしている奴も居る。ちなみに、顔面セーフというルールの下でやっているので、顔面に命中した奴は不運な事に、退場出来ないようだ。
ちなみに、俺はドッジボールには参加しない。見学だ。だが、決して仮病ではなく、ちゃんとした理由があっての見学だ。
俺は、左目の視力がない。だから、左からボールが飛んで来ても、何も見えないのだ。他人と平等ではない。
隅っこの体育教官室のドアの横の壁に背中を預けて立っていると、ジャージ姿の国光がやってきた。片手にはなぜかカメラの入ったアタッシュケースを提げている。
よく持ち込めたモノだ。
「国光、お前はもうすこしカメラから離れた方が良くないか?」
「何を言ってるのだ。それでは女子の体育着姿がレンズに納められないではないか?」
「お前は変態なのか、それとも盗撮マニアなのか、立場をハッキリさせてくれ」
この場合は、変態だよな。
そうこう言ってる間にも、国光は手馴れた素早い動作で、アタッシュケースから一眼レフのカメラと望遠レンズを取り出して、組み立てていく。その間、6秒。カメラは手ブレや日光の反射などを無視するという、嘘っぽい高性能な代物だったと、前に国光から聞かされた。アタッシュケース内をよく見たら、なぜかノートパソコンと小型のスピーカーが入っていた。
俺はとりあえず、それらを指摘する。
「おい、カメラはもう見飽きたが、そのノートパソコンとスピーカーは何だ?」
さらによく見たら、パソコンはソニーの最新機種だった。確か25万はしてたと思う。
「これかね?俺の用意した布石はすべてで三つだ。一つは更衣室、一つはシャワー室、一つはプールの水中だ」
何やら静かな自信に満ち溢れた国光の喋り。
ん?すこし待てよ。更衣室、シャワー室、プールの水中……女子は確か東屋上にあるプールだったな。
悪い予感がした。
ということは、三つの布石はカメラだよな?このパソコンはそれらを操作するための――。
「まさかとは思うが、これはすべて盗撮機械か?」
「盗撮機械とは人聞きの悪い」
「はは、そうだよな」
「遠隔操作撮影機材と言ってほしいな」
「盗撮機械じゃねぇかよ!」
「ふふ、ユーリよ、お前は何か勘違いしてないか?この世は所詮、男と女の二人しか存在せんのだよ。然るにだ、我々は女子の裸体を捉えて、この世の男達に伝えねばならぬのだよ。この素晴らしい理想がわかるか?わからないだろうな、所詮はユーリの頭なんぞ、五ミリ程度の厚みしか持たぬ豆腐だからな。それに、この撮影に成功すれば、我らが誇る撮影ゲリラ部の資金はうなぎのぼりだ。
偏った力説をする国光。
俺は「五ミリ程度の厚みしか持たぬ豆腐」の下りから、大分むかついていた。別に、俺は撮影ゲリラ部など誇りに思った事はないし、先日までは存在すら知らなかった。国光は俺の左側に腰を下ろす。俺から見たら死角だが、パソコンのキーボードを叩く音で、盗撮を始めたんだな、という事は理解出来る。
――――何気に、すこしは気になる。
右目の視線をすこしだけ左に逸らす。パソコンの液晶画面には三つの画面に分割されていた。一つは更衣室の天上に設置されたカメラの映す画面、一つはシャワー室の壁に隠蔽されているカメラの映す画面、もう一つはプールの水中カメラ。競泳水着の引き締まった女子の下半身が映っている。俺はすぐに視線を前方のドッジボールの方に逸らす。
と、いきなり横から、バチッ、という電気がスパークしたような音が聞こえた。
すぐに横を見たら、白煙を噴き上げているパソコンの姿があった。国光はやられた、と言わんばかりに舌打ちをする。
「何だ?どうかしたのか」
俺がそう訊くと、
「この校内で、誰かが強力な電磁波を放出したらしい。こんな事をする奴は、我らが撮影ゲリラ部に敵対する治安ゲリラ部の連中に違いない!彼らには、断固たる鉄槌を与えねば!!」
そう汗を漲らせて言うと、どっかに駆け去って行った。もの凄い速力だ、陸上の選手にも匹敵しそうだ。
そういえば、そんな部活もあったな。治安ゲリラ部……本当のリヴォルバー拳銃と実弾を校内で発砲して、数ヶ月活動停止してたような記憶がある。どこからそんな危ないモノを売買してきたんだろうな。
しばらく、俺はそんなどうでもいい思考をしながら、白熱しているドッジボールの試合を観戦していた。
――――あっ、相打ちした。
あと2,3話〜