手すりの向こうの、私の小さな一歩
ご覧いただきありがとうございます。足が少し不自由で、手すりがないと歩けない私の日常と、日々の小さな工夫を小説風に綴ってみました。少しでも共感していただけたり、届くものがあれば幸いです。
一見すると、私は普通に歩いているように見えるかもしれない。けれど、私の足は、右手にある「それ」がなければ、次の居場所を見失ってしまう。私にとって、街のあちこちにある手すりは単なる設備ではない。体の一部であり、命綱そのものだ。支えのない空間にぽつんと取り残されたときの一歩は、まるで綱渡りをしているかのような、静かな緊張感に満ちている。そんな日常の中で、私が自分自身と交わしている、いくつかの小さな約束がある。まず、視線はいつも少し遠くの「これから」に向けている。後ろから近づいてくる足音や、曲がり角の向こう側の気配。咄嗟に身をかわしたり、踏ん張ったりすることが難しい私の足のために、周囲の景色をあらかじめ心に写し取っておくのだ。そして、どんなときも「焦らない」と心に決めている。点滅し始めた信号、自分の後ろに続く人の列。日常には私を急かすノイズがたくさんあるけれど、そんなときこそ、深く息を吐く。「ゆっくりで、大丈夫」。自分に言い聞かせるその言葉が、強張る足元をそっと地面に繋ぎ止めてくれる。どうしても手すりが見当たらない場所や、すくんでしまうような段差に出会ったときは、そっと心の門を開けて、周りの優しさを頼ることにしている。家族の手や、通りすがりの誰かの差し伸べてくれた手。それは、冷たい金属の手すりよりもずっと温かい、もう一つの支えだ。今日も私は、手すりを探しながら歩いている。不自由さは確かにあるけれど、そのおかげで、街に溢れる優しさや、バリアフリーのありがたみに、誰よりも深く気づくことができた。私の小さな一歩は、今日もたくさんの支えに守られながら、ゆっくりと前へ進んでいく。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。手すりのない一歩は今も緊張しますが、周りの人の温かさに気づける毎日でもあります。この記事が、誰かの優しい気づきに繋がれば嬉しいです。




