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クーラーの鳴かない夏(後編)

 ところが、諦めたそのタイミングで、彼女は再び私のもとへとやって来た。

 ガリガリと網戸を引っかいている音が聞こえて、ふと顔を上げたら、例のサビ猫が(入れてください)とばかりに、ニャーニャー鳴いているではないか。

「うわー、相変わらずタヌキー!」

 網戸を開けて、彼女を抱きかかえた。重たいけど、顔の高さまで持ち上げて頬ずりする。

 太陽の光をたっぷり浴びてきたようで、干した布団みたいにホカホカしていた。

「どうぞどうぞ。ここは冷えてますよー」


 サビ猫はこの日から私の部屋に毎日来るようになった。

 昼の一番暑い時間帯に、クーラーで涼みに。

 だから私は、彼女に〈クーラー〉という名前をつけた。

 ネーミングセンスはともかく、

「クーラー」と呼べば、「ニャ?」と反応してくれるので、彼女もそこそこ気に入ってくれていたと思う。

 

 〈クーラー〉が毎日来るようになってからというもの、私の生活スタイルも大きく変わった。

 まず一つ。彼女はいつも一日の中で一番暑い時間帯にやって来るので、昼間の外出が一切できなくなった。

 もっとも、イケイケの同級生達と海や山に行ったりするバイタリティなど、私にははじめからないけれど、それでもときには、近くのコンビニに出かけたり、突発的なイベント発生で外出しなきゃいけないこともある。

 そういうときに限って、もしも〈クーラー〉がやって来たら?

 涼みに来たのに誰もいない。強い日差しの中でとぼとぼ帰って行く姿を想像しただけで涙が出そうになる。夜型生活を止めるようになったのも、〈クーラー〉との生活を守るためだった。


 用事がある日は午前中までにすべて済ませて、どんなに遅くても十二時半までには帰宅。一時から二時の間にやって来る〈クーラー〉を、お昼ご飯を食べながら待つ。

 そして夕方、暑さが落ち着くまで一緒にいるわけだ。

(猫はほんといいわ。可愛いし、人の悪口も言わない。嘘だってつかない)

 安いカリカリフードでも、とても美味しそうに食べてくれる。

 だんだんノリが合わなくなってきている同級生達と意味もなく騒いでいるよりよっぽど心が落ち着く。私が私らしくいられる。


 そうそう。〈クーラー〉との生活でもう一つ変化があった。

 なんとインドア人間の私が高校野球を観るようになったのだ!

(よくこんな炎天下でスポーツなんかできるなぁ……)

 と、私はそれまで屋外スポーツ全般を火星人の祭典ぐらいにしか思っていなかった。

 だからあの日、高校野球を五分も十分も観ていたのは、本当にたまたまだ。

「カキーン!」「わーわー!」「アウトー!」「ファール!」

 気まぐれの観戦も飽きてきて、チャンネルを変えようとしたときだった。

 普段寝てばかりいる〈クーラー〉がいきなりテレビ台に飛び乗った。そしてあっちこっち移動するボールを追い始めた。

 ボールの動きに合わせて、右に「カッ!」、左に「カッ!」……と、テレビの画面をタッチする〈クーラー〉がとても可笑しくて、そういう経緯もあって私は、高校野球を少しずつ観るようになった。

 はじめは〈クーラー〉が遊んでいるのを眺めていただけだったけど、ゲームを観る時間が増えてくるにつれて(ルールはちっとも分からないのに)一生懸命頑張る球児達を応援するようになっていた。どっちが勝ってもどっちが負けても、彼らは最後まで諦めずにプレーする。

「アウトー!!」

 一塁に滑り込んだ最後のバッターが泣きながらベースを叩く姿を観ていたら、私まで泣けてきた。

 そんなとき、ぎゅーっと抱き締められた〈クーラー〉は、「フニャー……」と苦しそうに呻く。


 ――猫だから、と言ってしまえば、それで終わってしまうのだけど、〈クーラー〉は、高校野球の準々決勝を境にぱったり来なくなった。

 決勝戦を一緒に観るつもりだったのに、贔屓のチームがこてんぱんにやられるところを、私は一人で観た。

 最後の打者が見逃し三振で天を仰いだとき、〈クーラー〉は、もうこの部屋に来ないのだと悟った。


〈クーラー〉と初めて出会ったのが、八月六日。

 カレンダーの☓は二十。今日は、八月二十一日。

 途中来なかった時期もあるけれど、大体二週間。


(気まぐれ屋さんとの付き合いにしては、長かったほうだよ……きっと)


 カレンダーの☓は増えてゆき、三十。

 八月三十一日、夏休み最終日。

 私はこの日も、クーラーの効いた部屋で一日中サビ猫が来るのを待っていた。

 時計の針が、既に三時を指していても。

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