第8話 フラグ立て
これだから才能ってやつは
…馬車を降りて三日。
ロキは腕を組み、遠巻きに眺めていた。
(魔術は高等学問だ。習得には時間がかかる)
そう思っていた。
本気で。
「……って思ってた時期が、僕にもありました」
乾いた声が漏れる。
少し先。
シヅキが楽しそうに笑っている。
風が走り、水が踊る。
初級魔術を、ぽんぽん撃っている。
しかも――詠唱が短い。
(……は?)
三日だぞ。
魔術の存在を知って、三日。
それで二属性同時運用。呪文短縮まで。
(どう考えてもおかしいだろ)
普通は一つ覚えるだけで数週間。下手すりゃ数か月。
(僕が凡才だから? いや、そういう問題じゃない)
これはもう、才能とかいうレベルじゃない。
災害だ。
「ねえロキ。次の魔術教えて」
「……いやいやいや」
即答だった。
「魔術はそんなポンポン増やすもんじゃない。三日で呪文短縮とか、普通に事故るから」
「えー」
「えー、じゃない」
「ちゃんと、慎重にやってるもん」
水球がまた飛ぶ。
完全に遊びだ。
「……それのどこが慎重なんだよ」
「意味もなく撃ちまくってる時点でアウトだろ。魔術はコレクションじゃない」
ため息。
「数を覚えるより、一つを研ぎ澄ませ。改造して、応用して、戦える形にする。魔術は学問だ。それも戦争用のな」
「……はい」
しゅん、と肩が落ちる。
(さて、どうするかな)
天才は基礎をすっ飛ばす。
それが一番危ない。
(痛い目を見る系の事故は、洒落にならないしな……)
その時。
ぐう〜
腹の虫。
「……うん?」
「お腹すいた」
「撃ちすぎだよ。魔力は体力食うんだよ。アホか」
(さっき食べたばっかなんだけどな……しゃーない、狩るか)
「ちょっとなんか獲ってくる」
「僕も行きたい。山暮らし長かったから山菜とか動物の取り方詳しいよ?」
「原因お前だけどな?」
「うう」
二人は森に踏み込んだ。
湿った土の匂い。草の擦れる音。
完全に狩り場だ。
「この植物は生で食べれる。この鳥は生で食えない」
(知識の方向性が偏りすぎだろ……)
シヅキの師匠が
戦闘以外ポンコツだったのを思い出す。
(……どんまい)
その時。
悲鳴。
「!? 誰か戦ってる!?」
「西だな。近い」
「行こう!」
木立を抜ける。
豪奢な馬車。
だが護衛はいない。
――中の人間が、御者を襲っていた。
「……困ったね」
「どうする?」
ロキは真顔で言った。
「助ければ礼は貰えそう。でも襲ってるのが付き人って時点で厄介事確定。リスクとリターン、どっちが得かな」
(うわあ……)
その瞬間。
か細い悲鳴。
「……死にたくない……!」
「っ!」
気づけば、シヅキは走っていた。
(え、僕、なんで――)
「は? ちょ、おま――」
ロキの声。
盛大なため息。
「……クソ、これだから感情型は」
次の瞬間、ロキも走り出す。
「死んだら後味悪いんだよ、バカ!」
シヅキが御者へ斬りかかる。
ギャリィン!
剣が止められた。
手刀。
そこに圧縮された空気。
(空装……中級風属性。無詠唱か。面倒くさいな)
手刀だけで剣を止める。
詠唱もない。
呼吸も乱れない。
(……プロだ。しかも、殺し屋寄りの)
剣撃はすべて流される。
(当たらない……!)
ロキが加勢しようとした瞬間。
三人の御者が回り込んだ。
「……これはこれは。手厚い歓迎で」
武器が一斉に振り下ろされる。
金属音が連続する。
(まずい……一撃も通らない)
シヅキの額に汗が滲んだ。
(どうする……どうする……!)
シヅキの剣は、また弾かれた。
ギン、と乾いた音。
(当たらない……!)
流される。
受けられる。
読まれている。
(どうする……どうすれば――)
その時。
ふと、声がよぎった。
ロキの声。
〘いいかい、シヅキ〙
(……あ)
〘未知の相手と戦うときに一番大事なのはな〙
刃をいなされる。
体勢が崩れる。
それでも、頭の奥に言葉が残る。
〘勘でも根性でもない〙
〘分析だ〙
〘観察して、癖を見つけて、仕組みを暴け。それが最短ルートだ〙
(……分析)
息を止める。
焦るな。
見る。
ちゃんと見る。
御者の動き。
手刀。
空気の流れ。
(あいつ……)
弾いてるんじゃない。
斬撃の軌道を、ほんの少しずらしてるだけだ。
(空気で“滑らせてる”……?)
空気の流れが、見えた。
仕組みさえ分かれば――
(笑える)
「……次は、当てる」
水滴が、指先に集まる。
薄く。 刃にまとわせる。
水膜。
〘流れろ、乱れろ〙
小さな短縮詠唱。
同時に、足元に風。
逆流。
相手の空気の流れと、真逆。
空気同士がぶつかる。
ぐしゃり、と見えない壁が歪んだ。
御者の眉が、初めて動く。
(効いた)
もう一歩。
踏み込む。
今度は――
滑らない。
逃げない。
手刀と、刃が正面から衝突する。
ギィン!!
重い金属音。
「……当たった」
そのまま体重を乗せ、押し切る。
刃が走る。水膜が空気を裂き、 逆流した風が防御を崩す。
「――斬れる」
一閃。
鈍い衝撃。
次の瞬間。
御者の体が、横に吹き飛んだ。
地面を転がり、動かない。
「……勝った?」
「おめでとう、シヅキ」
背後から、のんきな声。
振り向く。
――三人の御者は氷漬けだった。
膝まで氷。 地面と一体化して、微動だにしない。
その横で。
ロキが氷で作った椅子に座り、頬杖をついている。
まるで観劇でもしていたみたいに。
「魔術は“振り回される”もんじゃない。 使い潰すもんだよ」
薄く笑う。
(……この人のほうが、よっぽど化け物だろ)
「さて。依頼主っぽいのを確認しよっか」
「う、うん」
馬車の扉を開ける。
中には――
黄金の髪。 黄金の瞳。
物語から抜け出してきたみたいな少女と
白髪の老執事。
そして。
少女は、シヅキを見た瞬間。
顔を真っ赤にして。
「あ、あの……!」
少女は口を開いて、閉じて。 覚悟を決めるみたいに拳を握り――
「け、結婚してください!!」
「……は?」
(は????)
シヅキ、停止。
ロキ、天を仰ぐ。
(おいおいおい。どこでフラグ立った)
青空が、やけに綺麗だった。
本当に何処でフラグ立ったんでしょうか?




