第2話 あなたの旅路に精一杯の呪いと祝福を「黒猫編」
謎の少年の正体です
少年は宿屋に入った。深く帽子を被り、身なりの整った少年が店主と話している。背中にはリュックと立派な剣。12歳くらいの少年だが、山の匂いがほのかに漂う、不思議な雰囲気を纏っていた。
「なあ、これぐらいで何日ぐらい泊まれる?」
「ああ?そこに書いてある文字を読めばわかるだろ」
「文字読めないんだよ。それで?」
「……一泊、食事付きだな」
「え!? そんなに高いのかっ」
どこからか、クスクスと笑い声が聞こえる。
(あいつ、多分……まあ、そんなことより今日の宿代どうしよう……いや、こうすれば……)
「ごめん、おまたせ。いろいろあってちょっと遅れちゃった〜」
少年は、不思議な少年にまるで仲のいい知り合いのように話しかけた。
「え?ちょ、誰?」
(し!話合わせて)
「これぐらいで、どんぐらい泊まれる?」
「二人なら一泊、食事なしだ」
「あはは〜、長旅で疲れてるんだし、正直に何泊か教えてよ?」
「ーなに?」
「僕さひつじ村から来たんだけど……田舎もんだと思ってぼったくろうとするのは勝手だけど、嘘つくなら視線と声のトーンに気をつけたほうがいいよ?」
少年の目は店主を見透かすように冷たく光る。冷や汗をかいた店主は舌打ちして答えた。
「……ちっ、二泊だよ」
「ほら、また嘘つく……じゃあ、間をとって十泊三食付きで手を売ってあげる」
「なっ!? 何の間だよ!?」
「わ、わかった、三泊食事付きだ、今度は本当だ!」
「じゃあ、5泊食事付きに割引して?」
「なー」
「客からぼったくってポケットに入れてる金、ありゃ奢れるでしょ?」
「なっ、ちょ、なんでー」
「おたく、酒場の店主で宿屋の店主じゃないでしょ?告口するよ?」
地味な身なりの少年のえげつない交渉に、店主は引きつった顔を浮かべた。
「地味な身なりしてえげつねえな坊主……わかった、四泊食事付き。それでどうだ?」
「ありがとうございます、助かりました」
少年はにっこり笑い、部屋の鍵を受け取る。
「二階の一番前の右の部屋だ……名前は?」
「ん〜……フェイとシヅキで」
(ちょ、何で名前知って……?)
「じゃあ行こっか、シヅキ。いろいろ『聞きたい』こともあるだろうし」
「っ!」
部屋に入ると同時に、少年は腕を掴んできた。
「お前誰だよ、何で僕の名前知ってたんだよ」
「困ってそうだったからさ。同族が困ってたら助けるのが義理ってもんでしょ?」
「同族?」
「うん、だって君妖魔でしょ?」
「!?」
妖魔――怪異や化物、妖精など、特殊な存在の総称だ。
「…なんでわかったの?」
「逆に聞くけど、隠す気ある?山の匂いするし、服も綺麗で文字も読めない。12歳の世間知らずなんてありえない。それに筋肉や剣の手入れからして、相当修行してるでしょ。宿屋の人が気づかなかっただけで、君バレバレだよ」
「えっ、うそ……でも名前までどうして?」
「リュックに書いてあるじゃないか」
「え?あっ!」
「全部見れば分かる。あ、そういえば申し遅れたけど、僕はフェイク=ナムルス。気軽にフェイと呼んでくれ」
「それ、偽名でしょ?」
「?そうだけど?」
「旅人は他の旅人の名前を引き継ぐ伝統がある。本に書いてあるくらい有名なのに知らないの?」
「……」
「この名前、つい最近名乗ったばかりだから、慣れてなくて嘘に聞こえたのかな。でもよくわかったね。店主の嘘は見抜けなかったのに」
「うっ……集中しないと見抜けないから。それに僕は化け猫で、心臓の音とか聞いて嘘か見破れるけど、万能じゃなくて」
「へえ?じゃあ警戒されてたんだ?」
「べっ別に疑ってなんか!……ごめんなさい」
「あはは、いいよ。旅は道連れ、世は情けっていうし、『情けは人の為ならず』とも言うからね。僕もちゃんと『得』があるから助けたんだ」
「で、でも」
「だからいいって。さて、まず野宿できる場所探さなきゃ」
「え?他の宿屋に泊まらないの?」
「実はさ……」
状況を説明した後、フェイは提案した。
「じゃあ部屋に一緒に泊まろうよ。二人分払ったんだし」
「え?でも払ったのは君のお金だよ?」
「うん、一人じゃ騙されて一泊しか泊まれなかっただろうし。それに、え〜と情けは……」
「情けは人の為ならず?」
「そう、それ!だから一緒に泊まろう」
「あはは、本当に助かるよ。じゃあお言葉に甘えて」
フェイは心の奥で小さく呟いた。
(計画通り……)
自己紹介が始まる。
「僕はシヅキ。種族は化け猫で、空間と金属を操れるんだ。師匠と山で修業していたんだけど、師匠から世界を見に行けって言われて、つい先日旅を始めたんだ。理由は、よくわからないけど」
フェイは心の中で思った。
(こんな騙されやすい子供を一人で旅させる時点で、ほぼ予想できるけど……)
「それでね、僕はいつか調停者になるんだ」
「……へえ?あの調停者に?」
調停者――妖魔と人間の関係を守り、ときには戒めるために調停を執行する者だ。
「へえ?応援してるよ、頑張って」
「えへへ、ありがとう。次はフェイの自己紹介だよ?」
「うーん、僕はフェイク=ナムルス。旅の理由はまあ色々かな。種族は……クイズ形式にしよう。君も楽しいでしょ?」
「え?ん〜と、化け狸」
「ハズレ」
「カマイタチ」
「ハズレ」
三十分後。
「う〜ん、だめだ。全然わかんない」
「あはは、話変えよっか。君の師匠はどんな人?」
「君の師匠は?」
「師匠はすっごい人!世界一優しくて世界一強いんだ」
「へ、へえ……そ、そうなんだ〜?」
(ヤバい、地雷踏んだかも)
そして1時間後。
「で、師匠ってさ〜」
「待って、もう真夜中だから、一回待って」
「え!?もうそんなに経ってたの?」
(こいつの師匠の話はやばいな……)
「じゃあ、もう寝よっか」
ゴソゴソとリュックの奥を探り、抱き枕にして毛布を被った。
「おやすみ〜」
「え?あ、うん、おやすみ」
シヅキも毛布にくるまり、深く眠った。
――深夜、小雨が降る。
起き上がる影。フェイだ。抱き枕代わりの革袋の水筒をそっと寄せる。口から霧状の水分が少しずつシヅキに漂っていく。
シヅキはぐっすり眠り、顔を赤くしてイビキをかく。まるで泥酔しているかのようだ。
傍らの水が蛇のように蠢き、リュックを開ける。中には草、セミの抜け殻、ガラクタばかり。
「碌な物入ってないな……手間かけたのに、まあいいか」
少し後悔するも、反省の色は微塵もない。
「特に凶器もないし、念のために……」
パキパキと音を立て、リュックの奥に何かを仕込む。
「これでよしっと。確認したのが馬鹿らしくなるものしか入ってなかったな」
シヅキは安心しきって眠る。警戒もしていない。
「……この世界は良いものも悪いものも溢れてるのに、旅をするってことは全部見るってことなのに、よくもまあ、こんな安心して眠れるな……まあ、何も知らないだけか」
フェイは、少しだけ感傷に浸る。
(でも、この無邪気さが、後々何かを生むかもな……)
「じゃあ、今度は本当におやすみ、シヅキ」
ポトポトと小雨の音を子守唄代わりに、フェイは意識を手放した。
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