第1話 あなたの旅路に精一杯の呪いと祝福を「狼編」
いよいよ、旅の始まりです
今日、本格的に旅路に出る。
薄い黒髪を肩まで三つ編みに束ね、丸眼鏡をかけた、12歳くらいに見える地味な少年が、手際よく旅支度を進めている。
「リュックオッケー。持ち物オッケー。旅人のすゝめオッケー」
荷物を詰め終えると、少年は最後に古びた首飾りを取り出した。瞬間、懐かしそうな表情が浮かぶ。
「……首飾りオッケー」
首飾りを服の下に隠し、リュックを背負う。
「さーて、行くか。これから僕も旅人だ!」
―――ガタンゴトン、ガタンゴトン、ヒヒーン。
馬車の中、少年は書物を抱え、上機嫌で目を輝かせる。
「坊主、旅は初めてか?」
少年は本から目を少しだけ離して答えた。
「ええ、初めてです。さっきいたひつじ村の近くから来ました」
ひつじ村とは、ついさっき少年が立ち寄った場所だ。
「そうか。近くから来たのか。じゃあ、その村に伝わる“優しい狼”の昔話は知っているか?」
「いえ、知りません」
少年は首をかしげる。
「昔、心優しい少女が迫害され、山に隠れた時、優しい狼が匿って一緒に暮らしたんだ。少女が家に帰りたくなった時、狼はあっさり許した。しかし戻ると家族は村人によって――」
「……なんですかそれ?聞いたことないです。そんな救いようのない話」
少年はふと思い出す。そういえばあいつ、
日記を持ってたな――。
「まぁ、村の年寄りが細々と伝えてきた話だから、知る人は少なかったんだろうな。ひつじ村出身じゃないと尚更か」
「でも、どうしていきなりそんな話を?」
行商人は少し笑った。
「ひつじ村の村長、実は代々村人を支配するあくどい家系だった。気に入らない村人を追放したり、悪事も働いた。でも狡猾で、誰も証拠を掴めず、善良だと思わせていた」
「……へえ。でも、どうしてそれがバレたんですか?」
「何故か一気に証拠が出て、財産も燃やされた。村の年寄りは『優しい狼の祟りでは?』とささやいていた。そこから俺はこの話を知った」
「あ〜、あれは参りましたねえ。僕も数日、あの村に滞在していて旅支度していたのに、面倒事が起きる前に退散するため馬車に乗ったんです」
「しっかし、村長の悪事が一気に露見するかねえ?やっぱり優しい狼の祟りだったんじゃ……」
「イヤですねえ、祟りなんて非現実的な。それに、その狼が本当に“優しい”なら、祟りなんて起こさないと思いますよ?」
「……それもそうだな」
行商人は納得したかのように頷いた。
少年は心の奥でつぶやく。
(本当にその狼が“優しい”なら、ね……)
―――ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ついに行き先の街に到着した。
「乗せてくれてありがとうございます。契約のお礼です」
革袋の水筒を取り出す。
「おお、この見たことのないお酒……匂いも味も独特で、琥珀色に輝き、度数も強い。本当にいいのか?」
「ええ、いいんです。借りは返すのが当然ですから。それに、実はこれ僕の自作のお酒です。ほら、もう一つ持っています」
もう一つの水筒をリュックの奥に忍ばせる。
「こんなお酒を自作で作れるのか、凄いな、坊主。俺は酒好きだからたまらないぜ」
少年は心の中で思う。
(だから交渉に出したんだ)
「ところで坊主、ここは大きい街で宿代も高いぞ。ちゃんと払えるのか?」
「大丈夫です。こう見えて僕、結構お金持っていますから」
ひつじ村に滞在していたとき、燃える前にこっそり手に入れたお小遣いがあった。
「?そうか、気をつけてな」
少年は街に入り、宿屋を探す。
「もう夕方だ、早く宿屋を見つけなければ……あ!あった!すいませーん」
宿屋に入り、チェックインを始める。
「よお、坊主。子供じゃないか。親はどうしたんだ?」
「親はいません。ちょっといろいろあって」
「そうか、悪いこと聞いたな。まあ、私には関係ないか。400ダルクだ」
「はい! ってえ?ナノじゃなくて?」
(しまった、お金の単位が違う……そういえばひつじ村は物々交換が基本で、みんな碌にお金を持っていなかったな……)
少年はリュックの奥を漁り、何かを取り出す。
「ばあちゃん、これあげる。綺麗な石」
「はあ?うちは物々交換できないよ?って、それ琥珀じゃないか!そんなものどこで?」
「こはく?いや、多分違うと思うよ。でも綺麗だからあげる。その代わり、1日だけ宿代勘弁してくれない?」
「だめだ、だめだ。琥珀は宿代より高いけど、うちは物々交換はしないんだ。お金がないなら帰りな」
少年は追い出され、別の宿屋を探す。
琥珀っぽい物体を握りつぶすと、ひんやりして独特の匂いがした。
「まあ、引っかかってくれたらラッキーぐらいだったし、別にいいか」
道端に投げ捨て、少年は歩を進める。
「さて、どうするかな……両替屋も閉まってるだろうし、ある場所も知らないし。一度別の宿屋に入って、ダメなら野宿か」
別の宿屋に入った瞬間、少年は店主と話す人物に目を止める。
深く帽子を被り、身なりの良いリュックと立派な剣を背負った、12歳くらいの山の匂いがする不思議な少年――。
謎の少年とは一体?




