第9話 令嬢のくだらないご事情
判断が早い!!
少女は顔を赤くして固まった。執事は深々と頭を下げている。
状況が理解できない。
「ロキ、どうすれば」
小声でロキに耳打ちするように尋ねた。
「シヅキ」
「うん……」
「貴族っぽい美少女と結婚とか大出世じゃないか。おめでとう。心から君の幸福を願っているよ」
「見捨てる気!?」
即答だった。
ロキはやけに清々しい笑顔で親指を立てている。腹立つほど爽やかだ。
「まあそれは置いといて」
「置いとかないでよ!?」
「そんなことより」
「そんなことより!?」
ロキは少女と執事をじっと観察する。
笑みが、すっと消えた。
「……問題は、なんで“いきなり求婚”なのか、だよ」
「え?」
「普通、命の恩人に言うのは『ありがとうございます』だ。『結婚してください』じゃない」
「た、たしかに……」
「つまりこれは恋愛イベントじゃない」
一拍。
「政治か事情。面倒事の匂いしかしない」
「うわあ……」
シヅキの顔が引きつる。
「貴族の結婚=家同士の契約。 =権力争い。 =暗殺とか日常茶飯事」
「物騒すぎない!?」
「さっき殺し屋みたいなのに襲われてただろ」
「あ」
「つまり」
ロキは少女を指差す。
「この子に関わった瞬間、僕らの平穏ライフ終了のお知らせ」
「やだああああああ!?」
少女は慌てて両手を振る。
「ち、違います! いや違くもないけど! あの、その……!」
さらに赤面。
「すごく……か、かっこよかったので……!」
「理由が軽っ!?」
ロキは天を仰いだ。
「最悪だ……感情型が二人に増えた……」
青空が、やけに遠い。
数秒。風だけが草を揺らす。
おずおずと少女が手を挙げる。
「軽い気持ちではなくてですね!」
「今『かっこよかったので』って言ったよね?」
「動機:顔。最悪」
「最悪って言わないでください!?」
半泣きである。
「つ、つまり結婚は?」
「保留」
「早っ!?」
「却下寄りの保留」
「ほぼ却下じゃん!」
「当たり前だろ」
ロキはため息をつき、改めて観察する。
服装。装飾。馬車の紋章。襲撃の練度。
(……金持ち確定。軍事系だ。
襲撃犯は熟練者。十中八九、家同士の揉め事だろう。
関わったら面倒事フルコース。
でも馬車は豪華だし、報酬も期待できる。
見捨てられない理由もある。)
露骨に嫌そうな顔をしつつも、内心で計算している。
「で。そこのお嬢様」
「は、はいっ」
「名前と立場。あと襲われた理由。そこ説明して。話はそれから」
執事が一歩前へ。
「アルトリア辺境伯家執事、グランと申します」
(辺境伯)
ロキの眉がぴくりと動いた。
(軍事貴族。はい解散)
「こちらはリュミエール・アルトリア様。ご当主のご息女にございます」
「うわ……本物の貴族だ……」
「王都からの帰還中に賊に襲撃されまして」
「賊?」
ロキが即座に遮る。
「嘘だね」
「え」
「連携も魔術も練度高すぎ。山賊じゃない。訓練済みの暗殺者。しかも御者が内通者。計画犯だ」
沈黙。
「……お見事です」
「やっぱりか」
「政敵による“事故死”の予定だったのでしょう」
「物騒すぎない!?」
少女が縮こまる。
「す、すみません……」
ロキは頭を掻いた。
「つまり」
指を折る。
「①貴族
②政争中
③暗殺対象
④しかもシヅキに惚れてる」
シヅキの肩をぽん。
「役満。詰みです」
「いやああああああ!?」
森に絶叫が響く。
「……はぁ。静かな旅がしたかっただけなんだけどな」
小さく続ける。
「まあ、見捨てたら後味悪いし」
(……シヅキが勝手に突っ込んだせいだ。面倒だが、仕方なくついて行くか。情報も報酬も、きっちりいただく)
「助けてくれるの!?」
「条件付き」
にやり。
「情報と報酬、全部出してもらう」
「もちろんでございます」
「交渉成立」
「現実的すぎない!?」
森に静寂が戻る。
ロキは馬車を見る。
車体無傷。車輪正常。御者台だけ血。
(……使えるな)
(=逃げ得)
馬車は微かに揺れ、森の湿った風が鼻をかすめる。
「馬、動かせる?」
「心得ております」
「じゃあ即発進」
「早っ!?」
「足があるのに止まる意味ないだろ」
「――とまあ、その前に」
ロキは氷漬けの暗殺者たちを見下ろした。
「襲ってきた暗殺者諸君に、いろいろ聞こうか」
にこり、と笑う。
次の瞬間。
ガリ。
「……あ」
暗殺者の一人が、びくりと震えた。
そして、力が抜ける。
糸が切れたみたいに、崩れ落ちた。
「……」
ロキの眉がぴくりと動く。
「……やりやがったなあ」
ガリ。
ガリ。
小さな音が、二度。
沈黙。
ロキは舌打ちした。
「……全滅。尋問プラン終了」
「え、もう!?」
「奥歯に毒。プロだね。ほんと嫌い」
肩をすくめる。
もう興味を失ったみたいに馬車へ向かう。
「ほら、乗るよ。ここ死体置き場になったし」
「言い方!」
馬車が走り出す。
揺れる車内。
ロキは頬杖をつき、少女を見る。
その目はもう、仕事の色だった。
「――改めて。説明どうぞ、お姫様」
「全部言って。隠し事あったら降りてもらう」
少女は背筋を伸ばす。
「……リュミエール・アルトリア。辺境伯家長女です。領地へ帰る途中でした」
「兄がいます。一応、私が家の後継者です」
「お嬢様、それでは伝わりませんぞ」
執事が宥める。
「なるほど」
ロキは即座に理解した。
「兄がいるのに君が継ぐ?……普通、逆だよね。ああ、そっか。兄が妬んで暗殺、か」
「……はい。その通りです」
「そんな……実の妹を妬みだけで……」
(相変わらずシヅキは甘いねえ。わりとある話なのに)
「で?」
ロキが淡々と問う。
「その事情と求婚、どう繋がるわけ?」
「それに関しては――私が説明を」
執事が一歩、前に出た。
本性の暴露の速度も早い!!




