第六章 初試合へ ── 「審判とは何者か、余を採点するとはいい度胸じゃ」
四ヶ月目、タスケはアマチュアの地方大会にエントリーすることを提案した。競技の経験を積むためだ。信長は「余は即日出られるはずじゃ」と思っていたが、スケート連盟の規定やら何やらがあり、まず初心者クラスからとのことで承諾した。
大会当日。会場は名古屋市内のアリーナ。客席には地元のスケートファンが数百人。信長はバックステージで衣装を着込みながら、「試合の前は緊張するか?」と自分に問いかけた。
答えは「せぬ」だった。桶狭間で二万五千の今川軍に二千で突撃した男が、スケートリンクで緊張するはずがなかった。
しかし問題が一つあった。信長は採点というシステムが未だに腑に落ちていなかった。
「弥助、あの審判たちが余を点数でつけるのか」
「そうです。ジャンプの完成度、スピンの質、演技表現、いろんな観点から審査されます」
「……審判に余を評価させるとは、なかなか肝の据わった者どもじゃ」
「ルールなんで……」
「わかった。ならば余が高得点を出して審判に感謝させてやる」
「逆ですって……」
信長の演技順は最終滑走。信長の前の選手たちはいずれも普通の地方大会レベルの演技を見せた。観客はほどほどに楽しんでいた。
そして場内アナウンスが流れた。「次の選手は……織田信長選手」
会場がざわついた。SNSでバズったあのおじさんか、という声があちこちから上がった。スマホを構える人が増えた。
信長は氷上に現れた。黒と金と龍の衣装。仁王立ちで中心に立ち、客席を見渡す。その視線と風格だけで、観客が静かになった。
音楽が流れ始めた。能管の細く鋭い音が会場に響き、それがオーケストラに変わっていく。
信長が動いた。
技術的にはまだ粗削りだった。ジャンプは一回転や二回転が中心で、着地が不完全なものもあった。スピンの速度は異常だったが、位置がずれた。しかし誰も笑わなかった。
なぜか。
信長の滑りには、圧倒的な”存在感”があったのだ。一挙一動に人を引きつける何かがあった。武将として生きた四十九年が、氷上に滲み出ていた。音楽の静謐な部分では、会場が水を打ったように静まり返った。フィナーレで信長が氷上に膝をつき、頭を垂れた瞬間、観客は三秒間の沈黙ののちに、一斉に拍手を送った。
スタンディングオベーションだった。初心者クラスで。
大会結果(初心者クラス)
技術点(TES)
22.4点
演技構成点(PCS)
38.8点(異常に高い)
合計
61.2点
順位
2位(技術点で逆転)
審判コメント
「Skating Skills B、Performance SSS」
表彰式後、信長は審判長に近づき「余への採点、ご苦労であった」と言って立ち去った。審判長は後日「あれほど堂々と言われたのは初めてだ」と語っている。




