第五章 技術進歩と珍事件 ── 「トリプルアクセルとは三回転半のことか、ならば余は四回でやる」
三ヶ月目、信長の上達は周囲の常識を裏切るものだった。
成人男性が一から始めてアクセル、ループ、フリップをマスターするなど通常あり得ない。しかし信長は毎日五時間以上氷に乗り、失敗しても笑い飛ばさず(いや笑えないが)淡々と繰り返し、確実にものにしていった。体幹、集中力、克己心、どれも一般人の水準をはるかに超えていた。これが戦国最強の意志力というものか、とタスケは改めて感じた。
ある日、タスケがトリプルアクセルの動画を見せた。「世界のトップ選手はこんなジャンプをやります。三回転半、フィギュアスケートで最も難しいジャンプの一つです」
信長は動画を三十秒眺めた後、立ち上がって「やってみる」と言った。
「無理ですって!アクセルでさえ……」
しかし止められなかった。信長はリンクに出て、助走をつけ、力強く踏み切り、空中に舞い上がった。そして一回転半したところで力尽き、盛大に横転した。
しかし滞空時間と踏み切りの力は本物だった。タスケのスマホで撮影した動画をスロー再生すると、信長の跳躍の高さは並みの選手を凌駕していた。
信長・三ヶ月時点スキル評価(タスケ独自採点)
基礎滑走
B+
スピン
B(速度は凄まじいが止まれない)
ジャンプ高さ
A(異常な跳躍力)
ジャンプ着地
D(ほぼ毎回転倒)
ステップ
C(足さばきは武術的で独特)
表現力
S(圧倒的威圧感と存在感)
精神力
SSS(計測不能)
一方、この頃から奇妙な出来事が続発した。
事件その一:信長が練習中に氷を削るスケートの音を聞き、「銃声に似ておる、長篠の戦いを思い出す」と言いながら謎のトランス状態に入り、そのまま三十分間ひたすら高速で直線を滑り続けた。誰も止められなかった。
事件その二:大学のリンクに来ていた小学生のスケート教室で、子供に転び方を聞かれた信長が「転んだ瞬間に前方に回転して立て」と謎のアドバイスをし、実際にやってみせたところ、これが完璧なフォールリカバリーになっていたため、コーチが「なんですかそれ!」と言いながら子供たちに同じことをやらせ始めた。
事件その三:信長がスピンの最高速度を出した際、遠心力で飛んだ汗が隣で練習していた選手の顔面に直撃した。信長は「非礼であった」と頭を下げた。謝れる人だったのである。
事件その四(最大):ある日の練習後、信長がロッカールームで着替えていると、スマホを触っていたタスケが「あ、信長さん、ネットに動画が上がってる」と言った。先日の練習動画が誰かに撮影されてSNSに投稿されており、「謎のスケーターおじさん、ジャンプの高さが意味わからん」というコメントとともに数十万回再生されていた。
「余の動画が……世界中に?」
「まあ日本だけですけど、バズってますね」
「バズとは何じゃ」
「えーっと、天下に名が知れ渡ったと思えば」
「それは余の得意とするところじゃ!」
信長はその夜、「バズ」という言葉を三十回練習した。翌日から「余はバズを狙う」という謎の口癖ができた。




