第四章 衣装と音楽選び ── 「なぜスパンコールをつけねばならぬのか、男の沽券にかかわる」
練習二ヶ月目に入った頃、タスケは信長に「フィギュアスケートには演技プログラムが必要で、衣装と音楽を選ぶことになる」と説明した。
「音楽は何でもよいのか?」
「ルール上はクラシックが多いですが、最近はポップスやロックも使われます。演技のテーマに合わせて選ぶのが普通です」
信長はしばし考えた。
「では余のテーマは何がよかろう?」
「信長さんのイメージといえば……天下統一、桶狭間、革新者、あと能が好きだったとか?」
「能!それじゃ。能楽にしよう」
タスケは困った。能楽をバックにフィギュアスケートをやる選手は史上おそらく存在しない。しかし信長が「余は能を愛した男じゃ、当然じゃ」と言い張るので、タスケは知り合いの音楽家に頼んで能楽とオーケストラを融合させた前代未聞の楽曲を作ってもらった。出来上がったものを聴いた信長は「これじゃ、完璧じゃ」と大満足した。タスケもなんだかんだ気に入った。不思議とかっこよかったのである。
次に衣装問題が浮上した。
フィギュアスケートの男性衣装は、スパンコールや金糸の刺繍など、華やかな装飾が施されることが多い。タスケが衣装のカタログを見せると、信長は一ページ目でカタログをテーブルに叩きつけた。
「なんじゃこれは。男がきらきら光るものを着るとは何事か。余は戦国の覇者じゃぞ」
「でも信長さん、史実では南蛮の派手な服とか好きだったって聞きましたけど」
「……それとこれとは話が違う」
「どう違うんですか」
「……」
長い沈黙の後、信長はもう一度カタログを開いた。そして五分かけてめくり、一着の衣装で止まった。深い黒地に金糸で龍が描かれ、袖には赤と金のグラデーション。まるで陣羽織に着想を得たような、威厳ある一着だった。
「これにしよう」
「え、それ女性用のやつ……」
「知らん。かっこいいのでこれにする」
衣装デザイナーのさかえさん(女性)が特注で仕立て直すことになった。さかえさんは「こんなに眼力の強い客は初めてだ」と後日語っている。完成した衣装は確かに壮絶なかっこよさだった。黒と金と赤、龍の刺繍に能面のモチーフ。これが氷上を走るところを想像したタスケは、思わず「うわあ……」と声を漏らした。




