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天下布氷─信長、リンクに立つ─  作者: 明石竜


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第三章 地獄の特訓開始 ── 「比叡山焼き討ちより辛い、足首の痛みとは何者じゃ」

信長の練習は壮絶だった。毎朝五時にリンクに現れ、タスケが来るまでの一時間を壁に捕まりながら独り黙々と滑る。タスケが来ると「次は何をやる」と矢継ぎ早に質問し、言われたことを即座に試みる。失敗しても舌打ち一つで立ち上がる。


問題は気持ちではなく、体の方だった。


四十九歳の体は正直である。スケート靴による足首の摩擦で、両足は見事な水ぶくれと打ち身に覆われた。信長は毎晩これを眺め、「比叡山焼き討ちより辛い」と呟いたという(タスケ証言)。


フィギュアスケートの靴は足をがっちり固定するため、慣れるまでは激しい痛みを伴う。プロでも靴慣らしに数週間かかる。信長は慣らす間もなく一日数時間の練習を強行したため、足首は常に戦場のような有様だった。


一週間目。信長はなんとか壁なしで直線を滑れるようになった。しかしカーブで外エッジに乗れず、毎回ずっこける。


「なぜ、曲がれぬのじゃ!」

「体重を乗せる方向が違います。エッジ、つまり刃の内側と外側を意識して……」

「刃!それなら余に任せよ。刃は余の専門じゃ」


しかしそういう話ではなかった。


二週間目。後ろ向きに滑る「バック滑走」を開始。信長は最初、背後に目がないことへの本能的な恐怖を感じ、顔だけ後ろに向けて滑るという謎のフォームを開発した。「暗殺者が来るかもしれんではないか」という至極もっともな理由だったが、フィギュアスケートにおいては減点要素でしかなかった。


「後ろを向いて滑れとは、背後を見せよと言うことか。それは武士の恥ではないのか」

「競技なんで……」

「……わかった。しかし万が一の際は余が責任を持って対処する」

「なんの話ですか」


三週間目。スピンの練習が始まった。その場でくるくると回転するスピンは、フィギュアスケートの花形技術の一つである。信長は最初の一回転でふらついたが、回ること自体には独特の才能を示した。もともと武術の修練で体幹が鍛えられていたのだ。


しかし問題が起きた。


スピンで目が回った信長が、「気分が悪い」と言いながらリンクの端まで直進し、フェンスに激突したのである。フェンスには「名央大学アイスリンク」と書かれた看板がついており、信長はそれを額で割った。


リンクの管理人・鈴木さんが飛んできた。「大丈夫ですか!」

信長は額から少量の血を流しながら立ち上がり、「これは余の勝ちじゃ」と言った。

「……何に勝ったんですか」

「フェンスに」


鈴木さんはその後、信長の練習を毎日遠巻きに見守る習慣がついた。目が離せなかったのである。


一ヶ月目の終わり、信長はシングルアクセル(一回転半ジャンプ)に挑戦した。フィギュアスケートで最初に習う公式ジャンプだが、成人男性が独学で習得するのは至難の業である。


一日目:三十七回転倒。


二日目:二十九回転倒。


三日目:二十四回転倒。


四日目:十八回転倒し、三回成功。


信長はその夜、タスケのアパートで夕食を食べながら、初めて笑顔を見せた。

「余は今日、三度跳んだ」

それだけ言って、また黙々と飯を食った。タスケはなんだか泣きそうになったが、理由がよくわからなかったので黙っていた。

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