四.闇夜に浮かぶ蓮
その翌月、予定通りに冠礼の儀を終えた熙衡は、穏翊の字を父から授かった。丁重に押しいただくように跪いて聖旨を受け取り、熙衡改め穏翊は深く頭を下げた。
穏翊はそれまで以上に、学問と鍛錬に励んだ。心に昏い焔を抱えながらも、理想的な第二皇子として振る舞い続けた。
望んでいた復讐の機会は、雪麗の死から六年後にやって来た。
錚雲に交易開始を呆気なく合意させ、国の脅威となり兼ねない温氏と、その息子を誅殺せよ。
そう、父帝から命が下ったのだ。
内心の狂喜を隠しながら、穏翊は策を練った。父帝の承認を受けて、その罠は慎重に、温家を捕らえ始める。
いよいよ、穏翊の出番が回ってくる。
温家の息子と婚約した、唾棄すべき義妹を誑し込み、穏翊に傾倒させる。そして、最後には彼女ともども、温家の父子を、皇族暗殺犯として処刑するのだ。
長じてのち、何故か雪麗に似た面差しを持つようになった義妹は、おぞましいことに、温家の息子と仲睦まじく言葉を交わし始めた。穏翊には、それが何よりも許せなかった。
穏翊は今日も、雪麗に捧げる筈だった簪を丹念に磨き上げる。それを満月の明かりに翳して、穏翊はひとり微笑んだ。
「随分、待たせたね……。ようやく君の雪辱を晴らせるよ、雪麗」
彼の言葉に応えるように、一陣の風が吹き渡ってくる。
雪麗の愛した蓮が、今を盛りと咲き誇る眼下の池。その水面が、夏の湿った風にそっと揺れた。




